美は朽ちぬもの31
鈴澄 音夢注意
・デート中!
・嵐が来たぞ!
・会話文少なめ
少し歩いた先にアンティーク調の黒檀の外壁が目立つ店があり、勝手知ったる他人の家に上がり込むように、慣れた様子の彼女が私の腕を引いて店内に入る。
湿気の強い空気がザワリと頬を撫で、古い紙の匂いと溶剤のシンナー臭に混ざる、ノリが腐ったのであろう僅かに甘い匂いが何処か懐かしいガネ。
「じゃあ、ちょっと見てくるね」
スルリと離れた温度が消えて行く。やっぱり彼女に触れるものじゃ無いガネ。閉じ込めた筈の名付けてはいけない衝動があの子に縋ろうとするのを抑え、後ろ姿を視界から逃す。
あの子の隣に居ない事で傷付ける事になったとしても、あの子が漸く歩き始めた夢追う道に私は居なくて良いんだガネ。私には、振り返れば金波銀波の跡がある。闇風に吹かれるのは私だけで良い。
店内を見渡すと、懐かしさは気のせいではなく、確かに昔来たからだと気付き、思い出したくない思い出に頭を抱えそうになるが、上げた腕を引っ張る長袖の布の違和感の方が気になって考える事を放り出したガネ。
私がカービングで使うナイフの様に特殊な物は取り扱っていないが、材質や太さの違いで分けられた道具が博物館よろしく並べられた様は壮観であり、ある種鬱々とした空間に差し込む窓の光は晴れやかで、違う世界を貼り重ねた様な異様さにも似た美しさに、供が変わっただけでこうも変わるかと己の単純さに笑いそうだガネ。
暖かい日差しが彼女に降り注ぎ、蝶の鱗粉の様にぼんやりと輪郭を光らせる横顔は真っ直ぐに画材と向き合う芸術家のそれで、子供の頃のままに見える姿でも、成長しているのだと良く分かる。
「その二つで悩んでいるのカネ?」
「うーん、今まで使ってたのより絵の具が落としやすいらしいんだけど、太いからちょっと迷っててね」
まだしばらく悩むつもりらしい彼女を待つ間に、店内に入っても付いてくる視線の主を探す。棚の高さからして彼女は見えていないだろうが、私の視界ではハッキリと分かるガネ。
「時間はたっぷりあるから満足するまで考えると良いガネ」
スッカリ自分の世界にいる彼女が頷いたのを見て離れ、視線の主に顎をしゃくって外に促せば、あの子に直接手を出す気はまだ無いのか大人しく付いてきたヒールの音に安堵する。黒檀の外壁に良く映える、ギラギラと賑やかな『成金』の名に相応しい金色のローブデコルテから見える高いハイヒールに、ヒールの高さはプライドの高さという言葉を思い出したが、この女にピッタリだガネ。
「あらあら、こんな所でなんて運命ね」
「ええ、こんな所で会う様な方でもありますまいに。まあ、貴女の言う運命とやらのタネに予想は付きますガネ」
未来の宝の為ならば、荒波超えたこの手で自分の運命まで掬い上げてやるガネ。