美は朽ちぬもの25
鈴澄 音夢注意
・喫煙描写あり
・前半出て来ないGWちゃん
上着の内ポケットに忍ばせた電伝虫が鳴り、路地裏の壁に背中を付けて受話器を取った。
「はい、此方ギャルディーノ。只今休暇中の為仕事はお受け致しませんガネ」
「関係ないわ、来なさい」
「仕事は受け付けないと申し上げました、マーノ夫人」
マーノ家は何奴も此奴も話を聞かな過ぎだガネ。今は隠居しているが辺境伯と呼ぶと杖を振り下ろして来るジジイを思い出して、溜息を吐く。あの面倒臭くも邪険に出来ないギリギリを攻めた好々爺の仮面を叩き割る事は、終ぞ出来ず仕舞いである。
切った電伝虫がまた鳴る。五回十回と鳴らされたプルプルと煩いそれが、周りの迷惑になる前に野生に返すかと思案し始めた頃に切れるので、私の事をよく分かっている彼女に深いため息が出たガネ。
一度着信を拒否したら、番号の違う十匹の電伝虫によるワン切りリレーを開催されて酷い目に合ったし、個体番号を変えても何処からか入手して来るから意味がない。
出会った時の彼女の齢に追い付いても、その分彼女も進んでいるから私の前を歩く彼女にリードを握られたまま、噛み付く事すら甘噛み扱いから抜け出せないガネ。
またプルプルと鳴り出す電伝虫に、今度はどんな嫌がらせかと思えば、見慣れたピンクの帽子に緑のベルトが巻かれた姿に擬態したのを見て、あの子が掛けてくるとは珍しいと思いつつ受話器を取る。
「この子相手だと素直に出るのね、キャンドルちゃん?」
電伝虫の方が飛び上がる程強く受話器を叩き付け、ポケットの煙草を探る。また鳴り始めたが、無視だガネ。三回目で切れた後、珍しく何も無く沈黙した電伝虫に寝てしまえ、と懐に入れてから煙草に火を付ける。
ジッポのオイルが足りないのか、火花が出るだけのそれに溜息で足りず、火も付けていないのに捨てるのも勿体なく、能力で出した蝋に火を灯してそこから火を移して吸い始めた。
三分も経って無いのに一日分以上に疲れた気がするガネ。体が沈む様に重いのは、ニコチンの煙で煤けた分じゃない筈だ。
可視化された溜息の量は思っていたより多く、空に溶けた後も匂いの名残が残されて、私のストレスもそうだと言われている気がした。
たっぷり十分は掛けて吸い切った頃、またも鳴った電伝虫に眉を顰める。良い加減此方も仮宿に帰らねばならないのに、いい迷惑だガネ。
夜だから掛けるなと言えば問題を先送りには出来るかと、また懐から出されて不機嫌な電伝虫から受話器を受け取る。
「あ、出た」
小さく、驚いて出た様な感想だけの声だが、先程掛けて来たアテウと違う高い声。電伝虫は真似をする程機嫌を直していないから、相手が分からない状態なのだが、相棒の声を判別するには十分だガネ。
「こんな時間に如何したのカネ」
彼女で無いという事実だけでこんなに追い付く自分に内心呆れつつ、出来るだけ穏やかな声を出す。
「実はね、みんなで買い物に来たらこんな時間になっちゃったから、迎えに来て欲しいの」
「そうか、体は空いているから問題無いガネ。それで店名と場所を教えてくれるカネ」
みんなでという事は保護者は二人はいるのだろう。間も無く夜の十時だが、そこまで急ぐ必要は無いだろうと考えながら居場所を聞いた瞬間、返事を返す余裕も無く走り出した。
「えっとね、『can doll』って名前のお店」
アテウが掛けて来たのはこれカネ!