美は朽ちぬもの⑩
鈴澄 音夢注意
・年齢に敏感な3兄さん
・甘さ控えめ
星明かりが目に優しい深夜の闇が深まる頃、止めたシャワーの湯気が闇に攫われる。タオルで拭った頭が乾いて、肌が心地良い時間になったガネ。潮の匂いが落ちた体はやはり軽い。支障が出る程では無いが、海の波飛沫を受けるのはやはり能力者としても、肌触りとしても不快だガネ。
書類が終わらなかったせいで遅くなってしまったが、明日からは実務になる。早く寝なければ、睡眠時間が足りないガネ。パタパタと風に揺れるタオルを肩から外し、Ms.メリークリスマスに指示された洗濯カゴに入れるかと踊り場の窓に腰掛けていた体を下ろす。
「えっ、Mr.3?こんな所でどうしたの?」
その時偶然、二階から降りて来たMs.ゴールデンウィークと鉢合わせ、滅多に無い彼女を見上げる構図で少々面食らったガネ。今まで作業をしていたのか、服に所々絵の具が付いている。
「涼んでいただけだガネ。そう言う君は、こんな時間まで起きていたのカネ」
腕で汗でも拭ったのだろうガネ、流石に顔にまで絵の具を付けるのはどうなんだ。タオルの使っていない部分で拭ってやろうとすれば、サッと避けられ、流石にオッサンが使ったタオルは嫌か、と心にダメージが入った。
「えっ、あ、ごめん。落ち込まないで。塗り潰したの落ちちゃうから避けただけなの。確かに使用済みはちょっと、いや、なんでも無いのよ!」
追撃。刺さったナイフを抜こうとして、引く刃で切られる様に傷口が広がる。手と膝を床に付けたい気分だが、プライドだけで立ち続けたガネ。
「嗚呼、いや。君も年頃の女の子だガネ。私の様なオッサンか使ったタオルで顔を拭かれるのは、うん、嫌、だ、ろう、ガネ」
尻窄みになる言葉をなんとか紡ぎ、彼女と別れる。シャワールームと洗面台が分かれていて良かったガネ。あの後一緒に歩けと言われて心が保つ気がしない。
「まだ、塗り潰させているのカネ」
今でも思い出せる私の罪の証拠が、彼女を汚している。私の擦り切れた、増えた皺とタコが目立つ、節くれだった手とまるで違うあの手に、戦闘など知らない傷のない柔らかい手に、彼女を塗り潰させている。
『受け入れて欲しい訳じゃないよ、Mr.3。ただ貴方に片思いしてる私がいただけ。明日になったら塗り潰すから』
違う。そうじゃないんだガネ。私はあの子に自由であって欲しかっただけなんだガネ。私の半分も生きていない人生、私の半分も無かった身長、私の半分しかない手、小さすぎたあの子を私に縛り付けたく無いんだガネ。
幼稚という名の枷を外してやりたかった、貧困という名の重りを外してやりたかった、強者という名の椅子に座らせてやりたかった。
「ただ、あの子が振る旗が自分の物であれと願っただけなんだガネ」
その場にいるだけの者の為に重い旗を振らされる事がない様に、旗では無く己が自由を示す者になって欲しかったんだガネ。