縺れる糸
千年血戦IF 帝国の捕虜ルート降りしきる雨の中、赤に塗れた金色が腕の中にいる。苦しげに上下する胸だけが、生きている証明だ。だんだんと冷えていく体温に、足元が崩れるような錯覚を覚える。
「選べ、石田雨竜。その女の命を——」
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「……雨竜」
案内された先、僕に宛がわれた部屋の中。花嫁を思わせる白い拘束衣に身を包んだ撫子さんがいた。両腕には鈍く光る金の腕輪が嵌められている。
彼女の金の髪は、白い色にこそ映えると思っていたのに。この白は、あまりにも彼女には似合わない。
「……あー、この恰好? 傷治された後に着せられてん。なんやセンス悪いよなァ。少なくともアタシの好みやないな。それにこの腕輪! これのせいで鬼道も撃てへんの。しかもやたらゴテゴテしとるし、アイツらセンス無いんやなァ」
寝台に腰掛けていた彼女を抱きしめる。ちゃんと、体温がある。生きている。
「君が無事でよかった」
「……ごめん、雨竜。アタシのせいやろ」
「違うよ。僕は最初から、誘いに乗るつもりだったんだ」
「アタシのこと、放っておいてもよかったんやで」
「そんなことできるわけないだろう! 他でもない、君を見捨てるなんて!」
彼女は捕虜となってしまった。今のところ僕預かりの彼女だが、いつ僕から引き離されて、何をされるか分からない。
生まれつき死神と虚の力を持つその身体は考えるまでもなく貴重なものだろう。滅却師にとっても、それは例外ではない。
「雨竜?」
言われた言葉を思い出す。
——「殺しはしない。あの女は特記戦力への人質になりうる」
——「だが、それ以前に捕虜であることを忘れるな」
——「精々大人しくしていることだ。あの死神の女を慰み者にしたくないのなら」
嫌だ。
軽やかで伸びやかな彼女を、慰み者に、なんて。そんなことは許さない。許されない。
未だ腕の中にいた撫子さんを寝台に押し倒して覆い被さった。
他の誰かに穢されるくらいなら、他者の悪意で奪われるくらいなら、先に僕が摘み取ってしまえばいい。それに、彼女がたしかに生きてここにいると確かめたかった。流れ出る血と雨のせいで冷たくなっていた体温を忘れたかった。彼女の体温に、直に触れたかった。
「……撫子さん」
「雨りゅ、」
強引に唇を奪った。ああ、すまない。ごめん。君にこんなことをするなんて。抵抗はない。彼女の唇は温かで柔らかで、何度も味わうようにキスをした。舌を差し入れるとぎこちなく応えてくる。撫子さんの腕が縋るように僕の体に回される。背徳感と罪悪感と満たされる征服欲に、体の芯が燃えるようだ。
唇を離すと、彼女はぼんやりとした目で僕を見た。
「……抵抗、しないのか」
「……嫌やったらとっくに顎砕いとる」
柔らかく微笑む彼女に、口を衝いて言葉が零れた。
「……君が、好きだ」
誰にも渡したくない。他の誰かのものになんてするものか。
「順番を間違えてしまったけど、君が好きなんだ」
「キス、アタシ初めてやったんやけど」
「……ごめん」
「しゃーないなァ。アタシは雨竜が好きやから許したるわ」
こんな状況でもくすくす笑う彼女の笑顔は、惚れた弱みもあるが可愛らしいと思う。撫子さんの頬を撫でた。
「撫子さん。君を、僕だけのものにしたい」
「……ええよ。アタシ、雨竜になら。雨竜だけのものにして」
**
お互い、譫言のように名前を呼んで好きだと繰り返した。この時間が終わらなければいいのにとさえ思った。もちろん、終わりはやってきたけれど。
寄り添ってくれている金の髪を梳いた。
「ねえ、雨竜。無理するつもりやろ。独りで」
「……」
「アタシ、雨竜を独りにしたないよ。……さいごまで、そばに居させて」
僕がしようとしていることを聡い彼女は察しているんだろう。撫子さんを抱きしめると、彼女は僕に腕を回した。
チャンスはきっとある。彼女には生きていてほしい。必ず、この場所から無事に脱出させる。
でもどうか、今この瞬間だけは。滅却師でも死神でもなく、ただの石田雨竜と、ただの平子撫子でいさせてほしい。
たとえ行く道の先に、未来がなかったとしても。