緑水沫

緑水沫


マリモを拾ったハンコックがゾロのことを色々思うゾロ子不在のゾロ子×ハンコック ちょっとしっとりしてるかも

ゾロ子の名前はロロノア・ゾロのままだけど女の子設定です










「早く召し上げるのじゃ!」


北の海からやってきたのであろう海賊船だった。船を引く遊蛇二匹に睨まれているにもかかわらず甲板も船内も海も凪いでいるのは、その船にはもう元人間であった石像か積荷しか載ってはいなかったからだ。

船員達がせっせと宝箱や食物を運び出すのを退屈そうに眺めていたハンコクックの瞳を一筋の光が灼く。その光源は、数多の宝石でも豪奢な装飾品でも綿密な刺繍が施された敷物でもなかった。


「これ、そこの」


歴戦の戦士達に混じって積荷を下ろしていた新入りと思しき少女はまさか自分に声をかけられるとは思っていなかったのか歩みを止めることは無かったが、ハンコックは気にせずに少女が手にしている籠の中から干し魚でも真珠でもなく小さな透明のビンを摘みあげる。水で満たされているのであろうビンの底に沈んでころころと転がされるままになっている緑の球状のそれは。

ほとんど真上にある陽にかざしてやればやはり硝子を通して深緑の光がハンコックの瞳を、頬を燻らせる。


「貰っていくぞ」


少女は女帝に話しかけられたことへの興奮と衝撃とでとうに意識を失っていたのでハンコックの声は届いていない。その内、少女が気絶していることに気づいた者達の声が騒がしくなったのでハンコックは背を向けて一人、猿女車に乗り込んだ。

水面にある緑のひかり。そればかりが、ハンコックを射止めて止まない。




自室に戻ったハンコックはまずどこにでもあるような小瓶を飾り立てることにした。

ゾロが海で拾ってきたのだと渡してくれた桜色の貝殻。蒼のシーグラス。どこかの島で迷い込んだ挙句にたどり着いた一面の花畑から摘んできてもらった花束から作った押し花。それらを瓶の側面に貼り付けて。

最後に、お前のために買ってきたんだ、おれのお気に入りの酒だ、と笑いながら共に飲み交わした酒瓶の王冠を蓋に付けてやる。

彼女とハンコックの思い出で囲われて緩やかに海に漂うそれはまるでゾロのようだ、とハンコックは錯覚する。


「ふふ……ちいさくてまぁるい、そなたの後頭部のようじゃ」


身長差があるとはいえ、しかしハンコックが彼女の後頭部を見ることはそう多くはなかった。

同じベッドで眠る時はゾロはいつもハンコックの方を向いて抱き締めるように背中を撫でるのが常であったし、共に歩く時はハンコックがゾロの手を強く握って目を逸らすことのないように隣を歩く。

ハンコックがゾロの背をじっくりと見られるのはゾロが刀の手入れをしている時くらいだった。広い肩幅とぴんと伸びた背筋。


「きれい、じゃ」


幼馴染の少女のものだっただとかどこかの国の姫から貰うことを許可されただったとかいう刀を見つめるゾロの瞳を真正面から見つめることなんて出来ずに、ただ背中ばかりを眺めていた。

だけれどハンコックはゾロの背中が好きだった。

自分のような、思い出したくもない暗澹で汚らしく穢らわしい過去が刻まれた背ではなく、小さな刀傷一つさえ見当たらない真っさらで真っ直ぐなそれを眺めているとどうにも堪らなくなってその綺麗な後頭部ごとゾロを背中から抱きしめてやりたくなるのだった。そうして掻き抱くことができたのなら。


だけれど今、ハンコックの手の中には冷たい小瓶一つしかない。


「……これは、どういう感触なんじゃろうか」


瓶の中で沈黙している緑藻は見た目だけならば柔らかそうに見えるが想像と実際とでは大きく異なるものをいくつかハンコックは知っている。

例えばゾロの緑の髪だ。

グリーントルマリンのように煌めいているそれは、しかし日焼けと海風とで傷んでいるし身体のみを洗う石鹸で頭まで洗う悪癖のせいで指通りが酷く悪い。


あれは確か半年ほど前の事だった。整えてやろうとブラシで撫でてやったら小さな白い花が零れ落ちて来た時は流石のハンコックも呆れたものだった。




「そなた……一体どこを歩いてきたのじゃ」

「どこって……船から真っ直ぐあんたの屋敷にだよ」


何百回とこの島どころか屋敷に上がり込んでいるくせにゾロは未だに巨大迷路であることを疑ってはいない。

言い訳を聞くことも説教をすることも正門の場所を教えることもハンコックにはできたが、そのどれもハンコックとゾロにとってどうでも良いことであったから、ハンコックはゾロを強く抱きとめた。

そうして、ハンコックはゾロの頭頂部に口付けを落とした。がざがさとした髪から漂う、海と森と石鹸と汗と、それから微かに鉄と酒の匂い。そのあたりにありふれている物達ばかりでつくられているのに、国中、いや世界中の調香師を呼びつけたってゾロと同じ香りの香水はできないだろう。

皮膚の下から立ち昇るような、いのちがたりない。


「そんなに匂わねぇだろ」


ゾロは自分の服を摘み上げて鼻を鳴らすがよく分からなかったのだろう、首を傾げていたが、ふとなにかに気づいたように口角を釣り上げた。


「なら……風呂入るか?」


ゾロが迷路だと断言している屋敷の中で辿り着ける場所が二つある。ハンコックの部屋と、湯浴み所だ。

湯を浴びてしまえばゾロの香りはたち消えてしまうだろう。きかししばらくすればハンコックとゾロの匂いが混ざり合い何よりも馨しい芳香になるのだからそれも悪くは無いことだとハンコックは考える。


「……用意をさせよう」


悪巧みに成功した子供のような、快楽の道へと引きずり込む大人のような笑みを浮かべたゾロの額にも口付けを落としたことを覚えている。あの時の感触を、唇は覚えているだろうか。




遠い昔のようなついこの間の最近を思い返していたハンコックの手のひらの中でやはり小瓶は冷たい無言を貫いたままであった。

分かっている。分かっていた。太陽に照らされて輝いているこの丸い深緑はとても可愛らしく愛らしく美しい。ロロノア・ゾロにとても似ている。

だとしても、ハンコックが瓶からそれらを取り上げようとすれば途端に体温でその色はくすみ形は保てなくなるだろう。だってゾロは思い出の中なんかで小さな瓶の中なんかで生きていられない。ゾロの感触も、匂いも、ここにはない。ゾロはハンコックの名前を呼ばない。ゾロはハンコックに姿を見せない。五感全てを閉じ込めたって、ここにゾロはいない。


「……ゾロ」


ここに無いものを似た者に投影するだなんて馬鹿らしいことだとハンコックにも分かっている。それでも、たとえどんなに離れていたって彼女の分身が二人の思い出の中にあるならば、そんな仮初の虚像じみた幸せで平和な世界でさえハンコックは壊せないでいるから結局その小瓶を手放せずにいるのだ。






「なぁナミ、こいつ飼っていいか」

「だから!アンタは!森にはいる度に蛇を拾ってくるなって言ってるでしょうが!!!」




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