総隊長の執務室にて
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護廷の長、山本元柳斎重国は執務室に鎮座していた。貫禄のある面は表情こそ分かりにくいが顔を顰めている。
藍染惣右介──かつては優男の風貌をし、部下に慕われていた男だった。だがそれもつい昨日離反を起こし皆の認識を大罪人へと変えた男だ。
彼らがメノスグランデと共に何処かへ逃げた後の被害は甚大だった。護廷にて三人もの隊長の離反。中でも藍染惣右介が隊長をしていた五番隊は今はもう隊士達を指揮をできる者はいない。
本来であれば五番隊副隊長である雛森桃が隊長代理として副隊長と兼任で業務にあたるのが筋だが、しかしもっとも心理的にも肉体的にも藍染の被害にあった雛森桃は四番隊隊舎にて治療中であり、まだ目を覚ましていない。
「失礼致します」
雀部が扉を開いた。他隊舎から書類の類を持ってきたのだろうと推測する。
しかし予想は外れ、代わりに雀部の背後には少女らしき体格の何者かが立っている。
「雀部…後ろの者は」
「件の黒崎一護と行動をしていた現世の少女です。元柳斎殿に用があるそうで…」
「構わぬ」
扉の前でその少女の入室の許しを伺っていた雀部に一言そう告げる。
現世の少女──旅禍の中にいた少女は二名。
1人は他者に高度な治療を施せる少女。そしてもう1人は───滅却師であったと、元柳斎は隊士からの報告で聞いていた。
雀部の背後から体を出し、頭を下げながら一言声を出した。
「お忙しい中無理を言ってしまい申し訳ありませんでした…ご存知かも知れませんが現世で滅却師をしている鳶栖璃鷹と申します」
若く張りのある声が響く。水縹色のウェーブかかった髪の少女が姿を表した──。
礼儀正しい自己紹介が耳を掠める。
「お主が件の…」
「やはりご存知でしたか…」
「双極の丘では済まぬことをした 現世の者を巻き込み離反した死神の相手をさせてしまった」
「いえ、朽木さんを助けに行くついでだったので。どうかお気になさらないでください」
璃鷹はそう微笑む。滅却師には少なからず恨まれていると思っていたが、悪意のないその言葉に若さを感じた。
元柳斎は本題に入るために「して用とは?」と言葉を発した。
今黒崎一護達は穿界門の準備が整うまで滞在していた筈だ。ならば一体なぜ雀部の当初の言葉を思い出しそう尋ねる。
璃鷹は申し訳なさそうに言い淀んだ。
「このような大変な時期に我儘だとは承知しているのですが…その…」
その先の言葉を言うのを躊躇っている璃鷹に雀部は言葉を濁す璃鷹の肩に手を置き少女を鼓舞した。
「大丈夫です元柳斎殿は成長を望む若者を無碍にするようなお方ではありません」
「雀部さん…」
短期間の間にいつの間にか仲が良くなっている2人に困惑したような表情を見せる。
璃鷹は雀部の言葉に「ありがとうございます」とお礼を言うと話を始める。
「本日は…私に御指南をしていただきたく…」
「指南…と」
「は、はい……やはり…ダメでしょうか…?」
言った言葉の意味がわからず、元柳斎は一度復唱した。
あまり良い反応ではなかったのを感じ取ったのか、不安げな琥珀色が元柳斎を下から覗いている。
「じゃが滅却師と死神では戦闘方法が違う 何も得るものはないとおもうが…」
「それは種族特有の技術などではそうかも知れません…しかし総隊長様と一戦交えることで何かを学び取ることはできます」
滅却師の指南など経験のない元柳斎はそう言った。
しかし璃鷹はその言葉にも引かず元柳斎との打ち合うで得られるものは確実にあると璃鷹は断言する。
「私が指南を受ける受けない以前に未熟であることは重々承知ですが…だからこそお願いします」
そう自分を卑下した璃鷹を、元柳斎が否定する。
「お主はまだ年若い。齢のみを言えばまだ未熟な部類じゃが…お主はもう滅却師として、才と努力がなければ常人ではとても辿り着けぬ境地に至っておる。此度藍染と共に離反した市丸ギンを無力化しているのがその証拠じゃろう」
死神は人間との寿命の差が激しい。
才能がなければまず研鑽の年月が大幅に違う人間と死神が隊長を相手に渡り合うなど不可能に近い。
やはり滅却師の王と比べればやはり見劣りするが、それは比べる相手が悪い。
それでも才能に加え積み上げてきた研鑽が璃鷹から伝わってくる。だが、璃鷹は元柳斎からの評価をひと蹴りした。
「でも、それは今はどうでもいいんです」
『どうでもいい』と、確かに彼女はそう言った。側で誰かが聞いていれば苦言を呈しただろう。或いはその恐れ知らずな言動に怒鳴る者もいたかも知れない。
しかし、それが冷たく突き放すだけの言葉ではないことは声色からわかった。
璃鷹は元柳斎に謝罪の言葉を述べた。
「先程は耳障りのいい理由を並べてしまい申し訳ありませんでした。確かにここに向かう途中は色々な理由がありました…けれど、今はそんなことはどうでもいいほどに」
璃鷹は真剣な眼差しでその皺が刻まれた老年の姿をした猛者を射抜くようにして見つめる──。
「私は…今貴方と戦いたい」
──過去の記憶を思い出すように血が疼いた感触を感じ取った。
それは懐かしくも滅却師という好敵手がいなくなったことでナリを潜めていた──戦闘での愉悦。
「元柳斎殿…私からも何卒お願い致します。数時間であれば執務は私が代わりますので…」
雀部の言葉の後に元柳斎が一言告げる。
「もし出来るとしても一戦だけになるが…」
「!!は」
璃鷹がその言葉に嬉しそうにしていると、雀部もそれを見てまるで自身のことのように喜んだ。
「やりましたな!」
「これも雀部さんのおかげです!」
楽しそうにしている2人を横目に元柳斎は今はどこの訓練場が空いていたか脳を巡らせた。
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