綿飴(改変)

綿飴(改変)

D-B

音楽の都、エレジア。

ドンキホーテファミリーの新入り、シュガーは夕焼けを見ながら呆然とベンチに座っていた。

入るに際して食べた悪魔の実は「ホビホビの実」。

若……自分たちの船長であり拾ってくれた恩人であるドンキホーテ・ドフラミンゴもその詳細をつかめていない実だった。

現状わかっているのは、触れた相手をおもちゃにできること、自分は今後歳を取らないこと……くらいだ。

せっかく拾ってもらったのに、何の役にも立たない人間になってしまった。

その自責から、まだ精神と肉体が同年齢のシュガーは涙を目に溜めて夕陽を呆然と眺めるしかなかったのだ。


「ねえ、どうしたの?」

そんな折、突然声をかけられた。

驚いて振り返ると、紅白の髪をした自分と同じくらいの少女が心配そうな眼をしてシュガーを見ていた。

「別に……夕陽を見ていただけよ。」

仮にも海賊、弱みを出会ったばかりの少女に見せるほど馬鹿ではない。

「もう、嘘ばっかり!」

そう言って少女はシュガーにズイと何かを差し出す。

それは大きな綿飴だった。

「何?」

「今日、し……父さん達が来てるからお祭りしてるんだって!

そこの売店で売ってた出来立てのわたあめだよ!

あげる!」

そう言いながらもう片方の手にはちゃっかり自分の綿飴を持っているあたり、ただ話しかけに来ただけなのだとよくわかる。

「……もらってあげるわ。」

そう言って受け取ると、彼女は太陽に負けない眩しい笑顔を浮かべながら隣に座った。

「私、ウタ!」

「……シュガーよ。」


陽が沈んでからも、2人は言葉を交わし続ける。

主にウタの話す幸せな話を、シュガーが聞く形だが。

「そうだ!私、歌が大好きなの!何か歌ってあげる!」

そう言ってリクエストに答えて何曲か歌ってくれたり。

シュガーからすればそれは羨ましい以外の何の感情も湧かぬ話ばかりだった。

その中で出てきた悪魔の実の話にふと興味を惹かれる。

「それでね!ルフィったら勝手にゴムゴムの実食べちゃったの!」

「ゴムゴムの実……悪魔の実ね。」

「そうそう、びよびよーって体がゴムみたいに伸びるんだよ!」

「へぇ……」

「ちなみに私のはウタウタの実っていうの!」

「え?」

話の流れでどこかの海賊船の船員なのは知っていたが、まさか手の内まで晒すとは。

訥々と自分の能力について話すウタを、呆れ半分に見つめる。

察してはいたが、能天気にも程がある娘だ。

「ねえねえ、シュガーちゃんは何か知ってる悪魔の実、ないの?」

「……」

逡巡する。ここで手の内を晒してもいいのか。

「ホビホビって実、くらいかな。」

初めてできた、歳の近い女友達。そんな彼女に隠し事ができるほど、彼女は大人になれていなかった。

「へえ!ねえねえ、どんな能力なの?」

「ええと……」

わかっている限りの能力の内容を話す。

「面白そう!いつか見てみたいなあ」

そう言って笑うウタに、シュガーも笑みが溢れた。

「じゃあ……」

「あ!」

能力を使ってやろうとした瞬間、弾かれるようにウタが立ち上がる。

「シャンクス達に合流しなきゃ!」

「!!」

……よりによって、赤髪の仲間!

シュガー達ドンキホーテファミリーがこのエレジアに来たのは、何を隠そう赤髪のシャンクス率いる赤髪海賊団との交渉の為だった。

まだ海賊になって日の浅いシュガーでも、交渉相手に手の内をバラすのがいかに愚かな行為かは理解できる。

咄嗟に反応できない間に、ウタは駆けていく。

「シュガーちゃん!またね!!!」

そう叫んで、大きく手を振る姿に、手を振りかえすしかもはやできなかった。



その夜、ウタの眠った深夜。

ドフラミンゴがもたらした、【エレジアにはウタウタの実の能力者のための何かがある】という情報をもたらし、ゴードンがその情報を補強する。

「……ウタは、エレジアにおいて行く方がいい。その方が、きっと幸せだろう。」

シャンクスが、ドフラミンゴ達にそう語っているのを部屋の外を通った折に聞いたシュガーは、ウタの寝かされている場所へ駆け出していた。


「子どもの意見も聞かず、そうやって焦って決めると後で後悔するぞ、赤髪。」

ドフラミンゴの忠告に、シャンクスは

「……ううむ。」

悩む素振りを見せる。

そして、意見を変えた。

「まず、ウタに聞いてみるか。」

「フッフッフ、それがいい。親が勝手に決めた未来ほど、子供を縛るものはない。」

(……まあ、口に出した時点で歯車は回っているものだがな。)

しかし、そんな会話はもはやシュガーには届かない。




(……親と無理やり引き離すなんて、

そんなの、だめだ。)

シュガーは知っている。親と離れる孤独を。

シュガーは知っている。孤独の寒さを。

シュガーは知っている。ウタの暖かさを。

自分には姉がいた。でも、このまま置いていかれればウタには何も残らない。

自分の友達がそんな目に遭うことに、シュガーは耐えられなかった。

無我夢中で走ると、ウタの眠る場所についていた。

シュガーの作戦はこうだ。

ウタをおもちゃにして、シャンクスの船に投げ込む。

頃合いを見て、おもちゃ化を解く。

そうすれば、ウタは何も知らず、シャンクス達について行くことができる。

(我ながら、完璧な作戦だわ……)

そう言ってウタを抱きしめ、能力を発動させた。



シュガーの目の前には、謎のぬいぐるみが1体。

背中についたオルゴールから、キラキラと音が大きく流れていて、驚きを表しているようだ。

ただ、シュガーからすればそれは不愉快な騒音でしかない。

「なに、アンタ。うるさいなあ。

黙って。2度と歌わないで。」

その瞬間、美しい音は何かを噛んだようにガチン!と音が鳴って止まり、ギーギーという音が鳴るだけになった。

「……なんで私、こんなところにいるんだろ。

若のところに行かなきゃ。」

そういうと手に持っていたソレを放り出して、シュガーは出て行った。

後に残されたのは、なにやら音のなる箱を背負ったぬいぐるみが1つ。



-13年後、ドレスローザ-

「っ……あ、あぁ……」

ウソップとウタの連携タバスコウタボシで気絶させられていたシュガーは、周りのほとんどが倒れた戦場で目を覚ますと同時に全てを思い出した。

あぁ、そうだった。

あのぬいぐるみは、私の最初の……

耐えきれず、ふらふらとしながら駆け出す。

玩具たちが元に戻った動揺、ルフィとドフラミンゴの闘いの余波、そういったもので、元凶のはずのシュガーを見咎めるものはいない。

そのままたどり着いたのは街中に用意していたセーフティハウス。中に入って奥に進み座り込むと、ただ涙を流す。

バタン!

扉の開く大きな音に振り向くと、いま一番会いたくない人物が立っていた。

ウタ。シュガーの、最初で最後の「友達」。

「……アンタ、ここに来るなんて随分余裕じゃない。」

「しゅがーちゃん……」

分かっている。ここにウタがいる意味。

若は、負けたのだ。あの忌々しいゴム人間に……

「なんで、あんなことしたの?」

ウタが辿々しく尋ねる。それは決して責めるような音色ではなく、単純に、純粋に気になっているという聞き方だった。

「アンタが赤髪の仲間で、若の邪魔になると思ったからよ!

わかんない?アンタの能力の厄介さ、私たちと赤髪の関係性!

若にとって邪魔なものは排除する!当たり前でしょう!」

「うそ。」

間髪入れずウタが断言する。

「嘘じゃない!」

「じゃあなんで、そんなにないてるの?」

咄嗟に目に手を当てる。涙なんか出ていない。

「しゅがーちゃん、くるしそう。」

「……煩い、煩い煩い!もういい!もう1回オモチャにしてやる!」

そう叫んでシュガーはウタに飛びかかり、しかしウタは避けない。

触った瞬間、オモチャにしようとした。

しかし、何も起こらない。

「な、なんで……」

「久しぶり。覚えてる?」

目の前にいたはずのウタはかき消え、後ろから声がする。

振り向くと、先程と同じ姿のウタ。しかし、服が明らかに綺麗だ。

座り込んだまま、見上げる。

「あなたの友達……ウタだよ。」

すぐに理解した。ここはあの時聞いた、ウタの世界。

「ねえ、シュガーちゃん。」

「黙れっ!」

そう叫んだ瞬間、何かがウタを襲う。

それは、大きな……ウタと同じくらいあるテディベア。

ワラワラとこの世界のそこかしこから湧いてくる。

立ち上がると、今まで感じたことのない視線の高さ。

なるほど、ここはウタの世界だ。でも、ウタが制御することはできていないらしい。

その証拠に、私の想像するものも出せる!

「この世界で敗北しなさい!ウタ!」

「しないよ……私は負けない!」

そういうとウタの周りから音符のような戦士達が現れ、テディベア……だけではなくなった玩具軍を押し返す。

これが最後の、ドンキホーテファミリーと麦わらの一味の戦争だ。


しかし、やがて音符兵たちが玩具軍を押し始め、ついには全ての玩具軍を倒し切った。

残すはシュガーのみ。

シュガーは歩み寄るウタを最後の意地とばかりに睨みつけ、そして殴りかかった。

「いいよ、喧嘩、しよっか!」

さらりと避けたウタは、シュガーに正対してファイティングポーズ。

「何が喧嘩よ……!」

今まで自分の身で戦ったことのないシュガーと、ずっとルフィの戦いを見てきたウタ。しかもここはウタのホームグラウンド。

タイマンなら、どちらが強いかは火を見るより明らかだった。

必死なシュガーに対して、ウタは

「ウタウタの〜〜〜〜……ピストルぅ!」

はしゃぎながらルフィの技を真似て戦う。

「やってみたかったんだぁ!」

やがて、シュガーは膝をついた。

「……なによ。殺しなさいよ!」

目の前に立つウタを睨みつけ、シュガーは叫ぶ。

そんなシュガーをウタは抱きしめた。

「シュガーちゃん。殴ってごめんね。」

呆然とするシュガーに語りかける。

「なんであの時オモチャになったかはわからないけど……でも、私が戻って、シュガーちゃんが起きてから、ずっと貴女の泣く声が聞こえてたの。

だから分かってるよ。本当はこんな目に合わせるつもりじゃなかったこと。

今喧嘩して、沢山殴ったから、それでおしまい。

また、友達。ね?」

そう語りかけるウタに、シュガーは何も言わない。言えない。

ただウタの腕の中で震えているだけだ。

「……ごめんなさい。」

「うん。」

「オモチャにしたら、忘れちゃうなんて知らなくて」

「うん。」

「そうするしか、思いつかなくて……」

ウタの肩が濡れる。

ウタは静かにシュガーを抱きしめ続けた。

「……ウタ、あったかいね」

「でしょう?またあったら、今度はここじゃなくて、向こうで抱きしめてあげる。」


現実世界。

まだ眠っているシュガーをこちらでも抱きしめていたウタは、ウタワールドを閉じて戻ってくる。

シュガーは涙を流しながら、未だ寝ていた。

ウタは理解していた。シュガーは許されないことをした。

ウタは理解していた。少なくともこの子に苦しめられた人が、この国には沢山いる。

ウタは理解していた。シュガーは裁きを受けるべきなのだと。

ただ、それをウタは受け入れられない。怨敵で犯罪者でも、ウタにとっては初めての女友達だった。

しかし、それだけで逃すことが正しいとも思わなかった。

だからセーフティハウスのベッドにシュガーを寝かせると、静かにそこを出ていく。

ヒラリ。

「?」

足元に何かが落ちる。

それは古ぼけた音楽の書かれた紙切れだった。

なんだか放って置けず、ウタはそれを拾い上げると握りしめ、そしてルフィたちの元へ歩き出す。

-

やがてシュガーは目覚めた。

外は既に暗く、自分を探す海兵たちの群れが辺りを彷徨いている。

脱出計画は一瞬で固まった。赤髪の覇気を遠くに感じた時点で、あの判断が自分の勘違いに過ぎないことなど察していた。

まだ、ウタにきちんと謝っていない。

それまでは、捕まるわけにも、死ぬわけにもいかない。

シュガーは、一か八かの賭けに出る。


自らの顔を触り、玩具化を敢行する。


成功だ。

そのままシュガーだった玩具は、夜の闇に消えた。

-


数ヶ月後、音楽の都エレジア。

美しいその都市の片隅。

1人の少女が、ひっそりと自らの暮らす一室で配信電伝虫を聞いていた。

Dr.ベガバンクが海軍を追われる前に作った最後の発明品の一つは今や世界中で欠かせないツールになっている。

そして、そこから流れる歌声は、四皇「麦わらのルフィ」の船の通信士、「海賊歌姫・ウタ」のものだ。


--いつか いつのひか

またあなたと会えますように

あの日食べた綿飴みたいに

この気持ちが

溶けて無くなりますように--


「そんなあまちゃんだから、私に騙されるのよ。」

緑髪の少女は送信機能のない電伝虫にクスリと笑いながら囁いた。



補足

最初はエレジア事件が小規模に起きて(ファミリー介入のバタフライエフェクトで被害は史実ほどではない)……って話だったけどあまりに晴らさなくて書いてるこっちが悪魔の実を併せ食いして死にたくなったからちょっと変えた

うっかりシャンクスが声に出したから……という余計にシャンクスが曇りきる代物になったことをお知らせします(多分シャンクスは外に子供がいたのに気がついていたけどどうせ何もできないと放置、詰問しに行った船でドフィに「赤髪、こんな諺を知っているか?『口は災いの元』。フッフッフ……」とか言われてキレるにキレられない。でもこうしないと整合性が取れない……悲しいところよね)

あまりにやらかしをしてしまったのでシュガーがどうやって脱出したのかの個人的解釈を軽く入れておきます。脱出方法これしか思いつかんかった……

多分作中でそういう状況にならないだけで、戻すこともできるんだと思うんだよな。ちゃんと読み込んでないところがあるからもし書いてあったらもう殺してください。

これだと自分が原因なのでドフラミンゴもシュガーも殴ることはおろかキレることもできないシャンクスとか、顛末を聞いて何とも言えないルフィとか……

あれれ?改変したらシャンクスの曇りとシュガーの曇りが結果的に酷すぎることになってる。

あと最後の曲はシュガウタ概念を知ってから書いた「こんな曲をウタが歌ったらなあ」的公式には存在しない曲概念です。ぶっちゃけこれが入れたかった。


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