綻びを束ねるために

綻びを束ねるために


「・・・さて、またあの神様が騒動を起こしたのかい?」

お祭り実行委員会と書かれていた部屋から医務室を移動するまでの間全く目を覚ますことなく、くたりと弛緩したように手足を投げ出すようにして顔色悪くベッドに横たわったままのドゥリーヨダナを様子をじっくりと観察するようにして見つめながらダ・ビンチは言葉を紡いだ。

「また・・・だって・・・?(これで何回目なんだ?ふざけるな。ふざけるな!ドゥリーヨダナは玩具じゃない!愚かしい神々よ!!・・・やはり、マスターの言葉を優先せずに殲滅すべきなのでは?そうだ。その方がいい。愚かで、傲慢で、無邪気で、自分勝手で、押し付けて、要らなくなったら捨てて!!あぁ。許されぬ、許すものか!!)」

「そんなことより」「兄さんは?」「目を覚ますよな?」「顔色悪いな。」「大丈夫だよな?」

聞き逃せない単語を耳にして小さな少女に問い詰めようとするものの、ユユツオルタが憤っているのに気が付いていないのか、ドゥリーヨダナの傍に寄り添ったまま彼の弟たちが心配そうな声音で次々に少女へと問いかけてくる。

「取りあえず検査して見た結果、今の彼は霊力が枯渇しかかっている状態で、重度の貧血症状のようなものが出てしまっている状態だね。」

「俺たちが表に出てることは何か関係あるか?」

緊急処置として、点滴のような形で魔力を供給しているのか管を繋いだ状態のドゥリーヨダナを診て静かにダ・ヴィンチは告げた。彼を囲っていた弟達がお互いに顔を見合わせ、代表の一人が問いかける。医務室には放送で呼ばれたマスターも同席しており、心配そうな顔でドゥリーヨダナを見つめていた。

「たまによくあるカルデア経由の霊基異常であるなら、無いと言い切れるんだけど、今回の発端もアポロン神だからね。申し訳ないけど、零とは言えない状態かな。」

「アポロンという神を排除すればその症状は解決するのかな?(あぁ‥。殺してやる、殺してやる!元の形が分からない程に壊しつくしてやる!)」

カルデアで不定期に今回のドゥリーヨダナのように幼児化するのは勿論の事、女体化・動物化・ぬいぐるみ化等といった様々な霊基異常に襲われることがあるとダ・ヴィンチは困ったように眉を下げながら説明する。

だが、ユユツ・オルタにとって重要なのは今のドゥリーヨダナの異変を治すために巻き起こした神を排除すべきか否かであった。

「前回もそうだったけど、今回も既に起こってしまったことだからね。彼の神をボロ雑巾のようにしても解決しないさ。今回、解決するためにはどうやら君たちの願いを一人一つ叶えなければならないらしい」

「願い?」「やりたいこと?」「やってみたいこと?」「してみたいこと?」「叶えたいこと?」

「無理難題には応えられないけど、ある程度なら融通するさ。今回も解決しなければ、インド鯖達がボイコットしそうだしね。」

空中に浮かぶ、ドゥリーヨダナの現在の身体情報を診断し続ける透明なモニターを見つめながら話すダ・ヴィンチに対して、彼の弟達はお互いの顔を見合わせ不思議そうに首を傾げる。ダ・ヴィンチは普段のドゥリーヨダナの破天荒ぶりを思い出したのか釘を指しながらも空気を軽くするためかジョークのように話をした。

「マスター。バーヌマティーがドゥリーヨダナが何処に居るのか探して居るらしいんだがー‥」

「‥‥」

「「‥‥」」

「えぇと‥。スヨーダナ・オルタこれは、その‥」

医務室の入口から入って来たのであろうスヨーダナ・オルタが許可を貰ったのか、躊躇うことなくカーテンを開けて入ってくる。ちょうど今起きたのか、ベッドの上で弟たちに支えられながらも体を起こしている顔色の悪いドゥリーヨダナと視線が絡み、驚いたように大きく目を見開き暫く見つめ合う。

マスターがどう説明すべきか悩むような言葉を発するが、全く気にしていない様子でスタスタとベッドへと近寄りしゃがみ込んでドゥリーヨダナと目線を合わせる。

「‥‥ドゥリーヨダナ、それは嵐だ。」

「‥‥嵐だと?」

「‥‥嵐であろう?」

聞いていても何の話をしているのか全く分からない会話を彼らはする。だが、それだけでお互いに伝わったのか考え込むような顔をしつつドゥリーヨダナは彼自身の胸に手を当てる。その手の上から被せるようにしてスヨーダナ・オルタは手を乗せ何らかの言葉を発した。

見慣れない魔術が発動し、その効果がドゥリーヨダナへと発揮したのか彼の手元から光が消える。

「少し楽になったのではないか?」

「‥‥。すまんな。恩にきる。」

「まぁ、無理矢理定義づけてる状態ではあるからな。解決するまで手伝ってやろう。」

「君、今一体何したんだい?ドゥリーヨダナの身体状況がほんの少しだけ正常状態に近づいたんだけど!?」

「・・・説明するわけなかろうて。それより良いのか?バーヌマティーもいずれはここにたどり着くと思うぞ」

お互いしか分からないような会話をしながら納得したように頷き合う。顔立ちが似ているのか年が離れているのにまるでその様は双子のようであった。困惑してその様子を見るしかできないユユツ・オルタと数値が急に改善したモニターとスヨーダナ・オルタ驚いたように交互に見比べ、ダ・ヴィンチは叫び声をあげる。

「直ぐ改善しないんだよ!改善するには彼らのちょっとしたお願い事を叶えなくてはならないいんだ」

「なるほど?」

「逆にその方がいいかもしれんな」

「え?」「兄さん・・?」「姉貴が来るの?」「俺達の妻を内包した姉貴が?」「うわ。やば・・・。恥ずかしいんだけど」

「ええと・・・どういうことなんだい?」

「見ていればわかる。」

普段のバーヌマティーの神への怒り具合がこちらに向くことを想像したのか悲鳴を上げるような声を出すダ・ヴィンチを他所にのんびりとした様子で2人は言葉を紡ぐ。それに対して弟たちは逆に徐々にそわそわし始めていた。落ち着き払っている二人と逆の反応を見せるドゥリーヨダナの弟たちを見て逆に不安に思って問いかけてしまったユユツに対して苦笑しながらも肩をすくめ説明する気は更々なさそうだ。

「失礼するわ。こちらにマスターが居ると聞いたのだけど。」

「わし様はここにいるぞ。バーヌマティー。」

「‥まぁ!前に聞いたことのあるカルデアの霊基異常ってやつかしら?この年代の貴方にあった事無いから不思議な感じね。‥この触感、癖になりそう‥。」

「違いますよ、バーヌマティー。アポロンとか言う巫山戯た神が原因です。(巫山戯ているでしょう?愚かしいでしょう?憎々しいと思うでしょう!?)」

そう言ってカーテンを広げて入ってきたバーヌマティーはドゥリーヨダナの呼びかけによりマスターではなく、すぐさま声の聞こえたほうに視線を向けて固まる。そしてぱぁと顔を輝かせ、近づいて手を伸ばし彼の頬をむにむにと両手で捏ねるよるにして触つた。

ニコニコ笑っている雰囲気を壊すようにしてユユツ・オルタは現状を説明する。彼女も己と同じく神を憎む人。共感してくれるだろうと思いながらも己の激情を言葉に乗せて吐き捨てるようにして呟いた。

「マスター‥どういうことかしら?説明してくださらない?」

【えぇと‥その‥】

「バーヌマティー、此方を見ろ。」

「あなた、私は今怒って‥」

ドゥリーヨダナから手を離し、彼に向けていた笑顔のままの筈なのにマスターを見た際は威圧感のある凄みをみせている。移動してきたバーヌマティーにどう説明したものが悩んでいるのかしどろもどろに言葉を紡ぐマスターと静観している彼の弟たちを余所にドゥリーヨダナはバーヌマティーに近づくためにベッドの端へと移動して、気にしてないかのように彼女へ呼びかけた。

直ぐにくるりと顔の向きを変え「怒ってます!」とでも言うような表情を浮かべるバーヌマティーの頬に徐に手をのばす。

「バーヌマティー。俺の為に怒ってくれるのはとても嬉しい。その怒りに猛るさますら美しく思う。だかな、バーヌマティー。俺は俺のものが笑っている方が好きだ。微笑んでいる方が好きだ。バーヌマティー、俺の妻。憎しみに燃え続ける俺の后よ。お前はありのまま、美しく咲き誇れ。」

「は‥ぇ‥。」

「アヌニャイナ、ドゥシュブラ、チトラクシャ、ダルシャナ、パンディタカ。お前たちもいってきたらどうだ?」

「え“」「兄さんの後で!?」「たたみかけるためとはいえ」「解決のためとはいえ」「普通に恥ずかしいが!?」

ゆるりと和らげられたドゥリーヨダナの瞳は溶けてバーヌマティーの事を愛おし気に見つめている。急な怒涛の褒め言葉にバーヌマティーは顔を真っ赤に染めあげ、パクパクと口を開閉することしか出来ていないようだった。他人事の様にいつの間にかユユツ・オルタの傍で椅子に座っていたスヨーダナ・オルタは何時も持っているメモ帳に目を通してからドゥリーヨダナを囲っていた彼の弟の名前を1人1人に目線を合わせて順々に呼ぶ。1人も間違うことなく呼べていたのか、5人は小声で反論した。

「おや、お前たちの妻に対する愛はその程度だったのか?情けないなぁ?」

「「「「「上等だ。いってやらぁ!」」」」」

「(ちょろいなぁ・・・)」

きゅうと目元を弓なりに細め口元に笑みを浮かべながらも、その口調は煽るようにして放たれているのにもかかわらず呆れるような雰囲気すら感じられる。その煽りに誘われてしまったのか5人は言葉をそろえて同じ言葉を紡ぎバーヌマティーの元へと移動する。スヨーダナ・オルタがわざと行動しやすくするように言った言葉とはいえ、あっさりと引っ掛かってしまうのはいかがなものかと思いつつもユユツ・オルタは勢いをそがれてしまったため状況を静観する。

「「「「「バーヌマティー。否、我らが妻よ」」」」」

「似通っていたのに他の兄弟ではなく、俺を選んでくれて嬉しかった。」

「共に過ごしてきた時間は、俺にとってとても幸せだった。」

「お前たちには苦労を掛けてしまった。だが、俺と共に有ってくれてすごく嬉しかった」

「おいていくことが分かっていたのに、俺の妻のままでいて欲しかった」

「俺の帰る場所であり、美しく、気高くあった我が妻よ。」

「「「「「俺の妻よ。俺の宝物。俺は今でもお前のことを愛している。」」」」」

「はわわわわ・・・。」

怒涛の口説き言葉がバーヌマティー否、彼らのそれぞれの妻たちに襲い掛かる。バーヌマティーは目を白黒させて顔を真っ赤に染め上げ震えることしか出来ていないようだった。自分が対象ではないから他人事の様に眺められるが、もしもドゥリーヨダナに褒め殺しされたら似たような反応を返してしまうだろうなと容易に想像できてしまうので少し同情的な目で見てしまう。そんななか、ドゥリーヨダナの弟たちの体が透け始め退去するときのように光始める。

「・・・おっ?」「達成した?」「なる程、こんな感じで戻るんだな」「勢いでいろいろ言ったけど」「全部本当の事だからな!」

そう思い思いの言葉を告げ一層強く光り思わず目を瞑ってしまう。暫くすると光が収まった様な感覚があったため目を開けるとバーヌマティーを取り囲んでいた5人の弟はどこにもいない。弟たちに場所を譲るため横に移動していたドゥリーヨダナの方へと目を向けると、キョロキョロ周りを見回して彼の近くにいる5人の弟たちと小さな5つの光を大切そうに両手で救い上げ包み込むようにして胸元へと近づけ穏やかに笑っているドゥリーヨダナの姿があった。

「霊基異常の数値が良い方向に修正されたようだから、治療法は間違ってなかったみたいだね。このまま全員分の願いが叶えられたら問題なくいつもの霊基に戻れるだろうさ。」

「分かった。行くぞ、ヴァラキ、ドゥシャーラ、チトラーンガタ、ドゥルヴィローチャナ、アバヤ。」

「必要だろうし私も同行しよう。マスターとユユツはどうするのだ?」

ドゥリーヨダナの胸元へと吸い込まれた光を見た後、透明なモニターを見て一人納得したかのようにダ・ヴィンチは言葉を呟いている。終わった点滴を引き抜かれたドゥリーヨダナはゆっくりとした動作でベッドから降り立ち弟たちへと呼びかける。ユユツ・オルタの傍にいたまま静かに眺めていたスヨーダナ・オルタはするりと立ち上がり彼の近くに寄ってから確認するようにしてこちらを振り向き首を傾げる。

「俺はちょっと技術顧問と話がしたいからここに残ろうかな」

【心配だし、一緒に行くよ。】

にこりと笑ってマスター、スヨーダナ・オルタ、ドゥリーヨダナ、彼の弟たち5人をユユツ・オルタは笑顔で扉が閉まる音がするまで見送った。そうして笑顔のままダ・ヴィンチへと目線を向ける。

「いろいろと、説明、してくれますよね?」

「アッ・・・ハイ。」

区切るように話し圧をかけるユユツ・オルタにダ・ヴィンチは頷くことしか出来なかった。

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