網の目にさえ恋風がたまる
ドン・ロレンツォにとっての潔世一は、懇ろな仲である同じバスタード・ミュンヘンのアレクシス・ネスやミヒャエル・カイザーより体格が小柄で顔も童顔なジャポネーゼらしいジャポネーゼというのが第一印象で。そしてその次に思ったのが『5000万の年俸の価値に収まらない有能株』の選手ということで。
でもまあ、逆に言えばそれだけだった。
それだけの筈だった。
***
だぁ、やっと寝た……?みたいだな。
世一っちが、イサギヨイチが、5000万が。崩れるように倒れ込んできて寝てからやっと、俺は呼吸が出来たような感覚になった。
今まで、今の今まで。
何故だかどうしようもなく喉の奥が詰まってしまって息苦しくて。胸の奥がつっかえて上手く取り繕えなくて。
わかんない。全然わかんねぇよ。
スナッフィー、おしえてよ。
俺の愛も俺なりの善意も全部無茶苦茶に否定されて。
そりゃ、おいしい飯が毎日出てきて、ふかふかのベッドで毎日寝れて、あったけぇシャワーが浴びれて。満足のいく愛を与えられたような凡百なヤツには俺のことなんてわかんないだろーけどさぁ。
そうやって、違う世界のヒトだからって無理矢理納得させようとしてもなんだか頭の中で思考が絡まってくる。
俺がダメなの?スラムで育ったから?淫売だから?
感情の言語化?そんなのできてる。できてるから、行動を起こした。
スナッフィーは俺に愛を与えてくれた。
ゴミ捨て場に居たゴミ同然の俺の身にはもったいねぇくらいの溢れるくらいの愛。
愛を受け取るガラス瓶がバラバラに壊れてた俺の心を絆してくれて、信じてくれて、愛してくれて、与えてくれた。
だから俺はスナッフィーに尽くしたいと思ったし、恩返ししたいと思ったし、愛を返したいと思った。
俺にとっての愛。
俺にとっての愛はSEXか、或いはフェラチオや手淫で。
俺はそれしか知らないから、それしか貰えなかったから、それしか分からなくて。
そう、本当は少し、不安だったのだ。
スナッフィーの眩しいくらいの愛が、怖かった。
スナッフィーに愛されてると痛かった。
スナッフィーに宝物のように扱われるとむず痒くなって。
スナッフィーに褒められるとそんな大層な人間じゃないと叫び出したくなって。
スナッフィーからあったかくて、綺麗で、ピカピカしてて、光に満ちたようなモノを受け取ると、どうしようもなくゾッとする自分が、バカみてぇに無邪気に喜ぶ俺の中に確かにいて蓋をしていた。
スナッフィー貰うコレが愛。本当の愛。愛、アイ、あい。
じゃあ俺が愛だと思ってたモノは何?何なんだよ。
パパは俺を愛してなくて?捨てられた後のスラムでの陵辱も全部愛じゃなくて?己の価値を切り売りして売った春への想いも全部勘違いで?
『自分の気持ちの言語化が難しいのなら俺が一緒に考えるよ。言語化できたらやりたいことも明確になって、ロレンツォとスナッフィーの過去の経験に基づいてスナッフィーをめいいっぱい喜ばせることができるだろ?手伝わせてよ。俺ロレンツォのこと好きだから』
バカじゃねぇの。バッカじゃねえの。
ばか。ばーか!!
やりたいこと?明確になってんだろ。
過去の経験に基づいて?とっくにそうしてる。
スナッフィーの喜びそうなこと?
欧州リーグ全制覇、俺だけではできない。却下。
お嫁さんと子供、穢れた俺なんかじゃ無理。却下。
親友、俺じゃスナッフィーの親友になれない。却下。
だからSEX。感情の交わり。肉体の繋がり。
こんな辺鄙な監獄じゃ発散する相手も場所も道具もなんて居ないだろうし。
どう?俺。スナッフィーのことめちゃくちゃ考えてるだろ?
1人で生産性のないことを考えながら俺の腕の中で馬鹿みたいに安心しきって寝息をたててる顔を覗く。
好きって、何なのか分からない。
ネス坊と見た映画の時間は楽しかった。
ミヒャとプレイするサッカーの時間は楽しかった。
スナッフィーと過ごした時間は楽しかった。
よいちっちに好きって言われて、嬉しかった。
そんじゃダメなのかな。線引きって必要なのかな。
愛も好きも結局は“リビドー”なんだから同じだろ?
あの部屋から逃げたい為の方便って、分かってた。
分かってたけど、混じり気のない『好き』が嬉しかった。
俺のことを初めて好きっていってくれた人。
俺が好きだなんて変なやつだなぁって思った。
だってさ、だって。俺からサッカーの上手さ取ったらスナッフィーから貰ったモノしか残らねぇのにな。
俺のどこが好きなんだろ。分かんねぇ。センス悪。
だからいたずらのつもりで精液を口移しした。キスだとさえ思わなかった。
そんで、そんで。よいちっちからのキスは情熱的で、長くて、感情まで伝わってきそうで酷く怖かった。
どういう気持ちでしたんだろうか。知りたいけど怖い。
教えて欲しい。スナッフィー、いやこの際誰でもいいから。
俺が間違ってるなら、もうそれでいいから。
俺が頭のおかしいヤツでもいいから。
俺の与えられるモノで、スナッフィーに何をどう返せばいいのか教えてよ。
見つめる。触れる。考える。
俺に思い切り口付けしてきた唇。
俺の指を加減せず噛んだ歯。
俺の匂いを肺いっぱいに吸い込んだ鼻。
俺を熱っぽく見つめてきた瞳。
その真意をどれか1つでも分かれたら愛がなにか分かるのだろうか。
なあ?潔世一。俺に愛を教えてくれるって、言っただろ。
なら愛を頂戴。教えて。愛して。
無防備な寝顔の唇に口付けをした。
リップ音が出るような軽いキス。
こいつに対する感情は多分。
愛じゃなくて情でもない。
俺の中で、ドン・ロレンツォを構成するモノの中には無い感情。
分からない。分からない?分からない!
例えば。
ミヒャに首を絞められた時は?
ネス坊に乱暴に扱われ時は?
確かに馬鹿みたいに安心した。ホッとした。
事実馬鹿だけど。本当に馬鹿だけど。
というか、これが愛じゃないなら、それ以外の呼び方を知らなかった。
「よいち。起きてるでしょ」
「きききききききす、した?!いやしましたよね?!ロレンツォさん?!」
分かりやすい。途中から起きてたことバレバレ。
演技向いてねぇな。
「なぁ俺のこと好きぃ?」
「……うん」
「なんでぇ」
それが1番知りたかった。
それが分かったら何かのピースが埋まりそうな気がした。
「正直なことを言っていい?分かんない。この感情の言葉の当てはめ方が。わかんない。でもお前のことが好きなのは本当だから、信じて欲しい」
なーんだ。やっぱり愛も好きも恋も全部大差ないじゃん。
肉欲が付随してて、特別。それが愛だろ?愛なんだろ?
言語化の仕方を考えようって言ったのにその本人が分かってなくて笑える。
でもそうか。だぁ、うん。
ぶっちゃけ、愛情でも親愛でも友愛でも性愛でも全部同じじゃん。
ミヒャもネス坊も世一も同じことを言ってきたけど、愚問だと思った。
そんなことしてスナッフィーが喜ぶのかって?
スナッフィーが喜ぶのかじゃない。喜ばせる。
数発出せば気持ちよくなるだろ。
中に挿れれば気持ちよくなるだろ。
気持ちいい=嬉しい、だろ。
馬鹿にされるのも甘んじて受け入れるけどさ。
スナッフィーが受け入れてくれればそれでいいから。
だって、だって。
「わぁい世一、好きぃ♪」
俺の愛がこれだから。俺の愛がそれだから。
それで理由なんて充分、OK?