続・オモダカさんはチリちゃん達を納得させたい。

 続・オモダカさんはチリちゃん達を納得させたい。


 だいぶゆるめ(当社比)のR-18注意






「ちなみに押し倒されて抵抗しても無駄だと思った、ちゅーのはトップの意思とは言わへんよ?」

「私がアオキとこのまま結ばれたいと思ったから抵抗しなかったんです。酒に酔っていたせいだったとしても構わない、アオキに抱かれたいと思ったんです」

 いまだに納得出来ていないらしいチリがなおも言い募るが、それに素直な自分の気持ちを伝える。そんなオモダカの言葉に、チリの表情が不信から困惑へと変わっていく。

「……トップ、アオキさんのこと、どう思ってたん?」

「チリがリーグに入社する前からずっと、アオキのことが好きでしたよ」

「好きって、どういう意味で」

「恋愛的な意味で、です」

 

 何でもない振りをしながら、そう告げる。それでも頬が赤くなるのは止められなくて黙って目を逸らす。オモダカの気持ちを知ればチリももう少しこの状況を受け入れてくれるだろうか。そう思って口にしたけれども、とてもチリがどんな顔をしているのかを確認など出来なかった。

 ずっと前から自覚はあったけれども、自分の気持ちを口に出したのはこれが初めてだった。

 本人にも、周囲にも漏らすつもりはなかったけれど、ずっとアオキのことが好きだった。普段の彼の言動を見る度にどうしてこんな人に惹かれるのかと思うこともあったけれども、自覚してから今までずっと、その気持ちは無くなってくれなかった。

 何がきっかけだったのかはわからない。後から思うと、若くして委員長になり、周囲の対応が微妙に変わっていく中でアオキはオモダカへの対応があまり変わらなかったせいかもしれない。今では直属の上司と部下となっている以上、流石に全く変わらないとまでは言えないが、多分根っこのところは今も変わっていないのだろうと思う。今も彼はオモダカが委員長だからといって媚びたり、過剰にへりくだりはしない。それが救いになっていたのかもしれない、とは思う。

 けれど結局は後付けの理由だ。昔、自覚した時にはそんなことは考えていなかった。気付いたら自分の中で特別な存在になっていた、という表現が一番近い。


 だが、自分とアオキは相応に歳も離れているし、そういう対象として見られることはないだろうと思っていた。

 オモダカが彼と初めて会ったのはまだオモダカが今のチャンピオン・ハルトよりもう少し幼い頃のことだ。そのせいか昔はアオキはオモダカのことを子ども扱いするような言動をすることもよくあった。流石にオモダカがアオキの上司となってからはそういう言動は無くなったが、何となくその頃の感覚を引きずっているように思っていた。

 そんなアオキにこの気持ちを告げたとしても真剣に受け取って貰えるとは思えなかったし、それを告げることで業務に支障が出るのが怖かった。だからこの気持ちは一生告げるつもりはなかった。上司と部下として、今と同じ距離感で側に居られればそれでいい。それ以上のことを望んではいなかった。この気持ちは胸に秘めたまま、それこそ墓場まで持っていくくらいの気持ちでいた。


 だからあの夜アオキに押し倒された時は驚いたし、何が起きているのか一瞬わからなかった。アオキが自分のことをそういう目で見ることなどないと思い込んでいたから。

 忘年会の後、珍しく酔っ払っていたアオキをチャンプルタウンに帰すのを諦めて近場のホテルの部屋をとったオモダカは、ジャケットを脱がせ、ベッドに寝かせようとしていた。そんなとき、気付いたらアオキにベッドに引き寄せられ、覆い被さられていた。

「男の前でそんな無防備な言動をするものじゃないですよ」

 と、彼は酔い潰れかけている自分を棚に上げてオモダカを咎めた。そうしてオモダカの身体に手を伸ばす。

「男なんて、皆こうすることしか考えていないんですから」

 初めは脅しだったのかもしれないが、オモダカが呆然としている間に彼の手がオモダカの身体をなぞり始めて。それでもオモダカがアオキに身を委ねたまま、その感触に身体を震わせているうちに徐々にその動きはどんどんいやらしさを帯びていった。

 そこから先は今思い返しても夢なのではないかと思うほど、現実感がなかった。彼の手があちこちを撫でる程にオモダカの身体はそれを貪欲に受け入れて。やがて直接秘められた場所に触れられ、ぐずぐずにされて。初めて感じる快楽に訳が分からなくなっているうちに彼が中に入ってきて。

 相応の痛みはあったが、それ以上に欠けていたものが満たされるような感覚に、ひどく幸せだと感じていた。アオキがやがて自分の快楽を求めるかのように動き出し、快感を堪えきれないような吐息を零すのが嬉しかった。

 そうして身体を重ねる幸せな時間は、ほどなく終焉へと向かっていった。

 突発的な出来事だし、避妊具の用意など無かったのだろう。それでもアオキもその行為の末にあるものを全く考えていなかった訳ではなかったのだと思う。その行為が終わる寸前、アオキは腰を引こうとした。せめて外に出さなければ、というだけの理性は残っていたのだろう。

 それがひどく寂しかった。だからオモダカの意思で彼の腰を足で絡め取って引き寄せて、そのままその熱を受け入れた。

 この状況は、アオキがひどく酔っていたからこそだろうと思っていた。二度目などないだろう。これが最初で最後ならきちんと最後まで彼を受け入れたかった。子供が出来ても構わない、と思っていた。

 そんなオモダカの動きを止めることも、振り払うことも出来ないまま彼は達したようだった。荒い息を吐き、じんわりと自分の中にアオキの熱が広がった感覚も覚えている。それを感じながら、オモダカの意識はふわふわとした夢の世界に旅立っていった。


 今思い返すと翌朝アオキが頭を抱えていたのは流石にそのまま中に出したのは想定外だったせいだろう。けれど予想外にオモダカを抱いてしまったことに対する罪悪感と後悔なのだろうかと思って、気にしなくていいと一生懸命にとりなしたのだ。やはり、アオキが自分に欲情していたのは酔っ払ったがゆえのことであり、オモダカのことは何とも思っていなかったのだろうと切なくなりながら。


 そうしてオモダカがあの夜に思いを馳せている間に、チリは戸惑った声を上げる。

「いや、そのトップがずっと好きだったってのがほんまなら、告白したいとか付き合いたいとか思ってなかったん?」

「今の状況を壊すくらいならこのままの関係の方がいいと思っていたので」

 とはいえ、もしこうなっていなかったとして、ずっとこのままの関係を続けられたかどうかはわからない。

 アオキへの想いを抱えたまま他の男性と交際しようなんて思ったこともないし、オモダカに男女交際の経験はない。だが、周囲はそんなオモダカをいつまでも自由にさせていてはくれないだろう。最近では取引先から縁談を持ちかけられることもあったし、普段はオモダカのしたいようにすればいいと言ってくれる両親も、そろそろオモダカに結婚して欲しいのか何度かお見合い写真を送ってきていた。今のところは全て断れていたが、きっとこの関係を保ち続けるのは限界だったのだろうと思う。それはうすうす察してはいた。

 だから妊娠がわかった時は嬉しかった。本当にたった一度で出来るとは思っていなかったけれども、検査薬の窓に浮かんだ陽性のサインを見た時に胸に浮かんだのはただただ喜びだけだった。アオキがどう思うのか、ということだけは不安だったが、それでもその存在に否定的な気持ちは一切湧かなかった。この子がいれば、少なくとも見も知らぬ男と無理やり結婚させられることはないだろうと思ったのだ。


 それでも、あの瞬間までオモダカはアオキの気持ちを理解出来ていなかった。

 だが、流石に子供が出来たことを告げない訳にはいかないだろう。オモダカの立場では子供が生まれるまでどこかに身を隠すなんて現実的ではないし、お腹が膨らんできてしまえば隠し通せない。何よりあの日の翌朝、万が一の時はきちんと教えてくれとアオキにしては真剣な顔で告げられたのを無下にすることは出来なかった。

 認知だけしてくれればいい。いや、アオキの反応次第ではそれすらなくてもいい。ただこの子を堕ろすことは出来ない、産ませて欲しいという願いさえ叶えてくれればそれで良かった。


 そう思って彼に妊娠を告げたのに、アオキに求婚されるとは思っていなかった。ずっと自分の片思いだと、アオキに抱かれてもなお信じ切っていたオモダカにとっては、青天の霹靂と言っても過言ではなかった。

 一夜の過ちの為に彼に色々なものを捨てさせ、愛のない結婚を強いることになるのかと思ったが、アオキはそんなオモダカの言葉を否定した。

 責任を取るのではなく、オモダカと子供と共に生きていきたい。

 そんな彼のプロポーズからは、確かにオモダカへの想いが感じられた。子供が出来たから仕方なく、ではないのだと信じさせてくれた。

 いつから好意があったのか、どこまでアオキがオモダカのことを想っているのかはまだきちんと聞いていない。だが、自分が思っていたよりも、アオキは好意を持ってくれていたらしい。

 いつか聞かせてくれるだろうか。オモダカがそう考えた時。


「おじちゃん、はいりませんの?」

 執務室の扉から、ポピーの声が聞こえた。その一拍後にドアが開き、耳まで真っ赤になったアオキと、ポピーが入ってくる。ポピーはともかく、アオキがここにいるなんて想定外で、思わずぽかんとした顔で彼を見つめる。

「アオキ?」

「……その、お疲れ様です」

 今日は普通にチャンプルタウンに詰めているはずなのに、どうして。そう内心で動揺しつつもオモダカは表情を取り繕いながらアオキに問いかけた。頬が熱くなるのはどうにもできないままだったが。

「どうしてここに?」

「今朝もあなたは気分が優れないようでしたので。宝食堂で女将さんに悪阻の時には何なら食べやすいか聞いて、買ってきました」

「……ありがとうございます」

 オモダカの問いにアオキは袋を差し出す。袋の中を覗き込むと、オレンジやベリーなどの比較的さっぱりした果物が入っていた。その気持ちが嬉しくて、オモダカは笑みを浮かべる。サンドイッチやおにぎりは喉を通る気がしないけれども、確かにフルーツなら少しくらいは食べられるような気がする。

 そうしてフルーツに気を取られていると、アオキが先程の言葉を蒸し返す。

「ところで、初耳だったんですが。あなたがその……」

「アオキは……どこから聞いていたんですか?」

「このまま結ばれたいと思っていたから抵抗しなかった、あたりです」

「ほとんど全部聞いてたんやないか」

 チリが冷静にツッコミを入れるが、オモダカとしてはそれどころではなかった。まさかあの言葉も聞いていたなんて。

 本当はチリを説得する前にアオキに告げるべきだったのだろうとは思う。オモダカだって夫婦になった以上一生黙っているつもりはなかった。けれども、こんな風に聞かせるつもりではなかったのに。

 いや、改まって話すのも気恥ずかしくて結局中々切り出せないかもしれない。そう思えば今こうしてきっかけを得られたのもそれはそれで良かったのだろうか。

 そう思いながらも、改めてアオキに向き直る。

「本当ですよ。私は、ずっと前からあなたのことが好きでした」

 顔から火が出るのかと思うくらいに熱くなる。

 アオキはそんなオモダカを呆然と見つめていたが、オモダカの視線に耐えかねてかやがて目を逸らす。耳が真っ赤になっているので照れているだけだろう。けれども何も反応してくれないと余計に居た堪れない。

 そう思っていると、アオキがふと呟く。

「……多分、自分の方があなたより昔から好きだったと思いますよ」

「……え?」

 その言葉に思わずアオキの顔を見つめる。言葉の意味はすぐに理解出来たが、それはつまりいつのことだろうかと思うと何とも言えない気持ちになる。

 恋心を自覚した当時の自分は二十歳かそこらだったはずだ。それより前というと、それはつまり…… 

「……流石に、あなたが成人してからです。自分に小児性愛の気はありません」

 そんな一瞬の疑いを察したのか、アオキが顔を顰めてそう言う。それを聞いて思わず息を吐いてしまったが許されるだろう。いくら想い人が自分の事を想っている話だとしても流石に12の時からそういう意味で好きだったと言われたら引く。やる気はなくとも倫理観はしっかりしているはず、という信頼を裏切られず済んでほっとした。

 そんなオモダカにアオキはどこか嫌そうな顔で言った。

「そういう顔をされると思ったので、言うつもりはなかったんですよ」

 もっと早くに自分から気持ちを告げていれば、もう少し早くに違う関係を築けていたのだろうか?

 一瞬だけそう思ったけれども、すぐにその思いを否定する。

 二十歳そこそこのオモダカが告白したところでアオキは応えてはくれなかっただろう。成人していたとはいえまだ幼い相手に自分の欲望をぶつけるようなことを良しとするような人間ではない。きっと今こうして年を経たからこそ、こうして共に過ごす日々を得られたのだろうと思う。少々段階を飛ばしてしまった気はするが。


「オモダカちゃんとアオキおじちゃんはずっとまえからすきどうしだったんですのね?」

 そんなアオキとオモダカのやり取りを眺めていたポピーがどこかはしゃいだ声でそう言うと、チリがガリガリと頭を掻きながら溜息を吐いた。

「……それを最初に言われてればチリちゃんだって反対せぇへんわ」

「ありがとうございます」

 自分たちの関係を認めてくれたチリの言葉に、オモダカの気分も上向く。恥ずかしい思いをしながらも自分の気持ちを伝えた甲斐があったのだろう。祝福してくれるのならばそれだけで嬉しい。後は、ハッサクのことを説得出来れば。

「今の話をすれば、ハッサクさんも認めてくれるでしょうか?」

「それだけやなくてアオキさんがもうちょい真人間になれば認めてくれるんやない?」

「……」

 そういうチリの顔を見て、次にアオキの顔を見て、思わず溜息を吐く。小手先の対応でハッサクが素直に祝福してくれる姿が想像できなかった。正直に自分たちのこの状況を伝えれば今よりはもう少しくらいは認めてくれるだろうか、と思うが今までのアオキの素行が悪過ぎる。絶対に大丈夫、と思えはしなかった。

 とはいえ、ハッサクも心の底からアオキを疎ましく思っている訳ではないはずだ。何よりオモダカの幸せを願ってくれているとは思う。誠意を見せれば、いつかは伝わるはずだ。

  そう思っていたら、チリが更にオモダカをからかうような口調でとんでもないことを告げた。

「あと、こないだボタちゃん経由でネモやハルトにも伝わったみたいやけど、ネモが思いの外ご立腹やったらしいで」

「チャンピオン・ネモが、ですか?」

「まぁ、ネモはトップのこと尊敬してたからな。トップがそんなことを自分からする訳がない、アオキさんがひどいことをしたんだと誤解したんやない?」

「……」

 更に与えられた試練に、前途多難、という字が浮かぶ。近しい人ほど素直に祝福してくれないのは仕方ないこととはいえ少し堪えるものがある。


 けれどもきっとアオキもこうしてオモダカのことを気遣ってくれるし、愛してくれているのであればきっと皆わかってくれるはずだ。いずれ何とかなるだろう。

 何とかなると信じたい。



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