続き
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「——! ——ろ、起きろって!」
「ん、う……。朝、れす……?」
「ああ。朝飯なんだけど、これ多いか?」
イッカクの声に、チーオが目を擦りながら体を起こすと、目の前に大きな皿が差し出された。
見ると、白い皿の上に、パンと目玉焼きが半分ずつ置いてあった。それは普段チーオが食べる量の10倍ほどになる。
「そ、そうれすね……。これだと余っちゃうので——このくらいにして欲しいれす」
チーオはそう言って指で四角い枠を作ってみせた。
「そんなもんでいいのか。朝飯にするから起きてきな」
「は、はいれす」
軽く身なりを整えたチーオが大部屋に着くと、そこではクルーの何人かが朝食を摂っていた。
イッカクは、今朝の調理担当にチーオの分を減らすように言っているところだ。
「えと、お気遣いありがとうれす」
チーオは2人に礼を言い、イッカクに言われた席に向かう。机の上に座ることになってしまうが、流石に咎める者は居ない。
イッカクはチーオの前に皿を置くと、自身も隣に座った。
「そうそう。ペンギンがアンタのこと監視するって言ってたから、もう少ししたら来ると思うぞ」
「わかったれす」
素直に頷くチーオに、イッカクは呆れを隠さずに言う。
「……はっきり言っといてなんだけどな。アンタ大概図太い性格してんな」
チーオは、うーん、と困ったように笑うと、
「自分の状況は理解してるつもりれす。皆さんに疑われるのは当然のことれすし、反抗して良いことは何も無いれしょ?」
机に目線を向けたまま、声色を変えずに答えた。
イッカクからチーオの顔はみえなかったが、その態度は見た目にそぐわず大人びていた。
「……アンタ、何歳なんだ?」
チーオの口から出たのは、その素朴な質問への返答では無かった。
「うう。き、気持ち悪い……。くらくらするれす……」
チーオは食事の手を止め、頭を抑えて蹲っている。
「どうした?」
「大丈夫か?」
いつの間にか聞き耳を立てていた男性陣が、真っ先にチーオを心配する言葉をかける。
「デレデレしやがってお前らは……。チーオ。水、飲むか?」
「の、のむれす」
チーオはイッカクから水の入ったコップを難なく受け取ると、ゆっくりと飲み始めた。
「……ぷぁっ、ありがとうれす。ちょっと楽になったれす」
「どうしたんだ? 卵とか無理だったか?」
「そういう訳じゃなくて……」
チーオは一瞬考える素振りを見せ、
「すっかり忘れてたんれすが、ぬいぐるみにされる前、2日ほど何も食べてなかったんれす。戻ってからもベリーを数粒しか食べてなくて。多分、それが原因だと思うれす」
と言った。
「何も食べてなかったってお前、何があったんだよ」
クルーたちの疑問も尤もで、チーオに質問が殺到しそうになっていたその時だった。
「何騒いでんだ?」
チーオの後ろから、そんな声がした。全員の視線がそちらに集まる。
「?」
そこには、チーオの監視にきたであろうペンギンが立っていた。ぬいぐるみの付いていない帽子を被っているそのシルエットは、どことなく物足りない。
「それがなー、ペンギン……」
クルーの一人が、チーオの話をペンギンに伝える。
「ヘェ、それは確かに気になるな。——そもそも、なんでぬいぐるみにされたか聞いてたっけ? ドンキホーテファミリーの部下にやられたって言ってたが、なんでそんなことになったんだ?」
「っ、それは……」
ペンギンの言葉に、チーオは両手で自身の体を抱え込むようにして、かたかたと震え始めた。
その様子を見て、ヤバイと慌てるクルーたち。
「まあ、無理して話すことねェだろ。な?」
「それもそうだな。まあ、ほら、今度で良いよ。今度で」
ペンギンは、狼狽えながらも、その問いを撤回することはしなかった。
「ごめんなさいれす。そのうちに必ず話すれすから」
チーオは、そう言って笑みを浮かべる。
少し引きつったそれに、クルーたちはどうにかして慰めるべきかと目配せで相談している。
「今野菜スープ作ってるから、ちょっと待ってなー」
出し抜けに、キッチンからそんな声が飛んできた。重いものの食べられないチーオが少しでも栄養を取れるものをと考慮してくれたようだ。
「えっ、わざわざ作ってくれてるれすか?」
「そりゃまあ、女の子栄養失調とかで死なせたってなったら寝覚めが悪いしなァ」
それを聞いて、チーオははっとした表情を作ると、
「そうれした! えっと、鏡を貸してほしいんれすけど……」
そう言いながら辺りを見回しだした。
「洗面所に有ったぞ?」
クルーがそう言うと、チーオは礼を言いながらぴょんと机を飛び降り、洗面所へ向かっていった。
その背中を不思議そうに見送り、クルーたちは朝食を再開した。
***
チーオが鏡の前で自分の姿を観察していると、少し遅れてペンギンが洗面所に入ってきた。
「やっぱりそういうこと……? よね……?」
顔や体の角度を変えながら、チーオは小さく呟く。
「どうした? 何か気になる事でもあったか」
「……どうやら、わたしは、ぬいぐるみにされる前の状態から成長していないようなのれす」
声をかけられ、チーオは鏡越しにペンギンへ目を向けて答えた。
「成長してない?」
「詳しい事は後で話すれす。いい匂いがして、もうお腹ぺこぺこで……。あの、もし良かったら連れてって欲しいんれすけど……」
チーオは振り返ると、困ったように笑い、両手を胸の前で組んで言った。
そしてその姿は、身長の差によって、必然的に上目遣いとなる。ぶっちゃけ誰が見ても可愛い。
「し、仕方ねェな。ほら」
「えへへっ。ありがとうれす!」
差し出された手に満面の笑みで飛び乗るチーオ。
「昨日も思ったんれすけどね、わたし、ペンギンさんのそばだとなんだか落ち着くんれすよ」
「そうか?」
チーオは、ペンギンの体をよじ登り、帽子の上に寝そべる。
「そうれす。ここからね、ずっと見てたんれすよ。皆の格好良いところも、悪いところも」
そう言って悪戯っぽく笑ってみせたチーオに、ペンギンは苦笑する。
「お前……、それが原因で監視されてるの分かって言ってる?」
「ほんとのことれすから。でも……」
チーオの声が、毅然とした大人びたものから、弱々しい少女のものへと変わる。
「あのね、ペンギンさん。これは独り言なので、聞き流して欲しいんれすけど」
チーオは、小さく息を吸って続ける。
「わたしは、皆のこと知ってるのに、皆はわたしのことを知らないの、分かってたことれすけど、とっても寂しいんれす。とっても……怖いんれす。——わたしは、皆が優しい人たちだって知ってるけど、やる時はやる人たちってことも知ってるから、余計怖くなって」
カリ、と布を引っ掻く音がペンギンの耳に届く。
「だけど、……だけど、少なくとも、わたしは。あの時に買ってくれたのが、ペンギンさんで良かったって、そう思ってるれすよ」