継承

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「私を、狩人にしてくれ。"血"ならもうある」

そんな台詞と共におれとドフラミンゴのもとを訪れたのは、上等とは言えない薄い服に不釣り合いな美しい血晶石のブローチを留めた、凪いだ目のガキだった。

当時立て直しの真っ最中だった医療教会には、まともに動ける狩人は殆ど存在していなかった。ドフラミンゴが長を務める狩人組織は、医療者のそれや統治の仕組みから随分遅れて設立されたからだ。

白く変化したコラさんの血にどういった効能があるのか、血を受け入れ狩人となった者たちが凪の外でどの程度活動できるのか。正確な医療データなしに狩人の数を増やすことを、ドフラミンゴは頑なに認めなかった。

「教会の狩人は、"あの夜"にほとんど死んだろ?その穴をひとつ埋めてやろう」

「ガキに頼るほど困っちゃいない。それに、あの夜いなくなったのは獣も同じだ!」

当時のおれだって周りから見れば同じくらいガキだったろうが、おれはそんなことは全く棚上げして言った。

実際、新しい医療教会の狩人の役目は旧いそれとは大きく異なっている。狩るのは血に因る病からついに獣と化した天竜人の落とし子たちで、そこに誉も何もあったものじゃなかった。

身に悪魔を宿したおれでも、妙な目つきのガキに好き好んで政府の尻拭いを、殺しをさせたいとは思わない。

「なら、これでどうだ?」

案の定わざと圧をかけたおれの声にも動じなかったガキは、腰に提げた小ぶりの刀に手をかけた。

居合の構えだ。

「フッフッ!!"狩人にしてくれ"か…お前はとっくに狩人だろうが」

刀が引き抜かれるより前に、そんな言葉が頭上から降った。

「獣に…狩人も狩っているな。それに師も居たろう……誰だ?」

灰のような髪を短く切り揃えたガキは、それを聞いて同じ色の瞳を細め、ムカつくくらいに綺麗な笑みを浮かべてこう言ってのけた。

「鴉羽のコラソン」


コラさんの弟子を名乗ったそのガキは、嫌になるほど優秀だった。

あの獣狩りの夜、夢の中でコラさんを待つことしかできなかったおれと同じくらいの歳で、ようやくオペオペを使いこなせるようになったおれよりも強かった。

血刃と短銃を使いこなし、まだ細い腕で臓腑を抉り引きずり出す。

戦う術が血に織り込まれているようなその有様は、言葉よりも先に人を蹴り殺すやり方を覚えたデリンジャーを思い起こさせた。

「あの方は、私に狩りを与えてくれた」

恐ろしい夜を歩いたコラさんの話をする時、その灰色の瞳はいつも夢見るような影を浮かべる。

「店の連中が皆獣になって、たまらず外に逃げ出した。獣除けの香がもうほとんど意味を成していないことは分かっていたし、どうせ死ぬなら街の薄汚い連中を一人でも多く殺してからが良いだろうと考えていた」

ガキの両親は、穢れた血族と呼ばれたカインハーストの貴族の産まれだったらしい。

騎士だった父親はガキが産まれる前に医療教会に殺され、身籠ったままで墓地街に逃げ込み、後にヤーナムで娼婦となった母親はあの夜に狂って死んだ。

ガキの手に遺されたのは、父親のものだったという刀と古びた短銃、それに傷を癒す母親の血。

「そうしたら、どうだ。深い血の香りの狩人が、私の居た店に飛び込んで不潔に腐れた連中を殺してくれた」

迷いなく狩り道具の手入れを進めながら語る声が、希望をはらんで熱を持つ。

「ただ美しかった。頭のイカれた住民どもに殺されるくらいならば、この方に狩られたいとそれだけで声をかけた」

赤い月の現れた街で、ガキはコラさんに出会っていた。

それがあの夢に居たおれにとっていつ頃のことなのか、ずっとあの人の嘘に守られていたおれは知らない。

「結局私が狩られることはなく、獣除けの香が噎せ返るほど焚かれたあのオドン教会へと連れられて、万が一の時の為にと武器の扱いを教わった」

その後はコラさんの友達であるあの盲目の男と共に、どこからか食糧を持ち込むコラさんを待っていた、と、そういうことにしていたらしい。

「あの方に少しでも近付きたくて、獣になりかけの連中や教会の狂った狩人を罠にかけながら狩った。食糧を運びに戻られるたび皆ことごとく狩られていなくなったが、狩るべき者は次々と蛆虫のように現れて鍛練の相手には困らなかった」

吐き気を催す街の惨状も血の臭いも、ガキには少しも気にならなかったようだった。

コラさんの教えてくれた身を守る術を殺しの手段に変えたこいつは、話を聞く限りあの夜だけで随分多くの人間を殺している。

「そしてある時…私はあの方の狩りを知った。…きっとお前には分からないだろう。あの、死をもたらす優しげな沈黙の美しさが」

肌身離さず持ち歩いているブローチの、血の色を透かす真っ赤な石を祈るように撫でる指先は、ひどく穏やかで愛おしげだ。

おれの知らないコラさんの話をするこいつのことが、おれはずっと苦手だった。


「やあ、おかえり。有意義な話は聞けたかな?」

「…ああ。お前のややこしい言い回しよりは相当分かりやすかった」

「ふふ、手厳しいな」

頂上戦争の後始末がひと段落した頃、ディアマンテにかつての"最高幹部コラソン"の話を聞きに行っていたおれを、鴉羽の外套を翻したあいつが迎えた。

いつしか狩人を狩る任に就いたその腰には、小ぶりの刀の代わりに歪んだ隕鉄の刃が提げられている。多くの死をもたらしながらも、慈悲の名を持つ刃が。

灰のような色の長髪を一纏めに括り、血筋のせいか憎たらしいほど背の伸びた女狩人の、おれを見下ろす瞳はいつも通り優しげだ。

「お前はコラさんの狩りを知ったと言っていたな」

「ああ、知ったとも」

「教えてくれ。おれにも、あの人の狩りを」

瞬いた目に希望の熱が灯るのが見えた。

感極まったとばかりに優雅に一礼した胸元で、美しい石が赤く煌めく。その血晶石がコラさんからこぼれ落ちたものであること、そしてそれを自ら研磨したものだということを、いつだったか聞いたことがある。石を失くした母のブローチに、新しく赤い血の石を嵌め直したのだと。

「ようやく、ようやく聞いてくれたか。勿論伝えよう、あの方の愛し子よ!」

「お前、あの夜からおれのことを知って…」

「弔いだよ。ロー」

柔らかく告げたその灰色の瞳は、同じ色をした姉様よりもコラさんに近いものだと、おれはなんとなしにそう思った。





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