結婚式【後編】
白く細めのドレスを着たまま長い2層のレースを引きずり走る玲王は大層目立ったが、誰も彼もが道を開けた
異星人よりも身分の低い地球人といえど、ファーストレディとなる人物なのだ。制止しようにも、誰も力尽くで止める事など出来ない
今だけは、人格を失った自分の魔性に玲王は感謝した
これで障害を全部無視して凪の元へと駆け抜ける事が出来る
地球の技術では到底再現など出来ないような内装の中を走って、玲王は厨房付近へと辿り着く
「凪ーっ!!どこだ!!?」
せっせと料理している異星人達が玲王の大声に驚いているが、構いはしない
厨房の横にあった、倉庫のような部屋へと勢いよく飛び込んだ
そこは暗くて、1m先すらもまともに視認できないような部屋だった
カツン、カツンと靴音を鳴らしながら、玲王は手探りで歩く
「凪、居るんだろ?返事しろ」
両手を前に突き出して歩く。
呼び掛けに返事は無い。という事は、凪はもうここには居ないか、意識の無い状態でいるのかも知れない。
早く助けてやらなければという思いで、玲王はひたすらに歩き続ける
ひたり
手のひらに生温かい何かが当たって、玲王は咄嗟に後ろに飛び退いた。
生肉でも吊るされていたのだろうか、いや、それにしては温か過ぎる
じっと目を細めてみると、ようやく目が暗闇に慣れてきたらしい。ぼんやりと目の前の何かを視認する事が出来た
「·····! 凪!!」
そこには、天井から紐で吊るされた凪が居た
両腕ごと胴体を縛られ、ぷらぷらと浮いている。玲王は直ぐに駆け寄り、凪へと声を掛けた
「凪、ここに居たんだな。待ってろ、すぐ下ろしてやるから」
凪を縛る紐へと手を伸ばす。しかし思ったよりも頑丈に縛られていて、中々解くことが出来なかった
「······レオ············?」
玲王が手こずっていると、凪が目を覚ましたらしい。囁き声のような小さな音が玲王の耳へと届いた
「凪!俺···っ!ごめん、本当に···いや、謝るのは今じゃないよな。すぐ助けるから、一緒に逃げよう!」
パッと顔を上げると、そこには薄く目を開いた凪の顔があった。嬉しくて、玲王はつい喋り過ぎてしまうが、凪を解放しようとする手は止めない。
そんな玲王を見て、凪は小さく息を吐いた
「逃げない」
「··········え?」
「だから、俺は逃げないよ、レオ」
凪が囁く言葉
その意味がすぐには理解出来なくて、玲王は首を傾げる
「な、んで?あ、俺はもう正気だぞ!本当に、凪には沢山迷惑掛けて·····」
「レオがどうとか、関係無いよ。俺はこのままで良い。だから逃げない」
淡々と吐かれる言葉に、玲王の思考は停止していく。疑問符が頭に浮かんで、それ以外は考えられない
は、と自分が息をする音で、玲王はようやく我に返った
「変な冗談、止せよ凪。あ、俺がずっと、アホになってたから、怒ってるのか?」
半分縋るような声音になってしまうが、構わない。とにかく凪を説得して、一緒に逃げなくては
けれど凪は玲王の言葉を無視して俯く。その視線の先には、凪の脚があった
太腿の付け根から先がごっそりと消えた、凪の脚だった空間が
「·····あ··········え?」
「··········」
「なぎ、あし·····どこやった?」
凪は答えない
そこにはただ、凪の下半身は殆ど消えたという事実だけが残っていた
「···あぅ·····あ、いや、関係ねぇ。お前を担いででも、俺は逃げるぞ」
消えた脚はどこへ行った?お前は一体何をされた?
聞きたいことは沢山あったが、今はそれら全てを無視する
きっと凪は脚を切り落とされて途方も無い衝撃を受けたのだろう。だからこうやって気力を無くしてしまっているんだ。
けど玲王は、これしきの事で凪を見捨てたりなんかしない
引き続き縄へと手を伸ばす玲王に、凪はそっと呟いた
「ねぇレオ、知ってる?脚を切られるのってキモチイイんだよ」
「···········は···?」
「変な薬打たれてからさ、脚切られて、生えて、また切って。でも全然辛くなかったんだよね。キモチイイから」
凪は、玲王をじっと見る
そこで玲王はやっと気付いた
凪の瞳が狂気に染まっている事に
「·····な··········ぎ」
「俺の肉は食用だって。結婚式に出るらしいよ。レオ、ちゃんと食べてね」
そこに居るのは、玲王の知っている凪誠士郎では無かった
凪は玲王の知らない内に、何者かに壊されてしまっていた
玲王は、ぐっと唇を噛む
「··········見捨てない。お前は壊れた俺の側にずっと居てくれてた」
それでも、諦めるつもりなんて無い
凪の心はここから逃げてから治せばいい
何を言っても凪を諦めない玲王を見て、凪は心底不思議そうに呟く
「なんで?レオは俺を見捨てたじゃん」
ひゅう、と息を吸って
玲王の喉が締まる
「俺じゃなくて、あの異星人の方が良いんでしょ。レオはずっとそうだった」
なんで今さら
と、凪の言葉は玲王の胸を貫いていく
言い訳なんて出来ない
つい先程までの玲王は確かに、凪の言うような人間だったのだから
「い、今は、違う。お前は俺と一緒に逃げるんだ。連れて行くから」
「·····そいつら相手にどうやって?」
凪は視線を後ろへとやる
追って、玲王も後ろを振り向くと
そこには『旦那様』が並んでいた
「···············あ·····」
「謌代i縺ョ闃ア雖√?ゅ&縺∬。後%縺」
大きな手が無数に伸びて、玲王を掴む
咄嗟に凪を振り返るが、凪は無表情で、無感情に、玲王を見送った
「お幸せに」
その言葉が、玲王への止めだった
城のように大きなオルガンが奏でる音
爪弾かれるハープ
貴族や有力者がこぞって集まった結婚式は、厳かに進行している
無限に続くと思える程、式場の廊下は長かった
周囲を警備兵に囲まれながら進む『花嫁』と、数多の旦那様。
その先頭では、この結婚式を強行した総統が胸を張って歩いていた
純白の花嫁は紫紺をヴェールの下へ隠し、ほんの少し俯いて歩いている
ひそひそと交わされる噂話は、花嫁への好奇が殆どだ
ぐわんぐわんと耳鳴りがして、自分が今、ちゃんと歩けているのかすら分からない
導かれるままに歩く玲王は、薔薇の舞う空間の先には絶望しかない事を知っている
神々しい像の前まで辿り着いた時、やっと、玲王は自分に向けられる無数の視線に気付いた
異星の中でも飛び抜けて地位の高い者達が集まって、誓いの言葉を待っている
像の前で待っていた黒いレースを纏う女性が、聖書を開いて声高らかに言う
「汝、病める時も健やかなる時も、常にこの者を愛し、守り、慈しみ、支え合うことを誓いますか」
聞き覚えのある声
ああ、この人すら。
玲王はもう、足元の感覚すらまともに知覚することが出来ない
「隱薙>縺セ縺」
旦那様が、声を揃えて宣言する
次は玲王の番だ
視線が強まり、玲王を逃さない
唇が震えて、喉がつっかえる
黒いレースの女性の声。そして
「誓います」
言ってしまった
ヴェールが上げられて
零れた涙は絶望故か、それとも
「ごめんなさい」