結婚式【前編】
控室
ここは、いつもの箱庭じゃない
忙しなく動き回る異星人達を眺めた後、玲王は目の前の巨大な鏡に映る自分に視線をやった
白を基調としたウェディングドレスとヴェールに包まれた姿は、どこからどう見ても正真正銘の花嫁。
今日は、旦那様全員との結婚式だ
いくら異星人といえど、一人の花嫁を多数で娶るなどありえない。だが、玉座に座る総統の鶴の一声で、特例として許可が下りるに至ったのだった
人生で最高に幸せな日
そのはずなのに、玲王の気分は晴れない
理由は明白だ
あの日、なぎは玲王の結婚を喜んでくれなかった
それどころか「籍を入れる前に逃げよう」と身重の身体に鞭打って走ろうとするものだから、玲王もかなり焦ってしまったのだ。
押し問答しているうちに異星人達が駆け付けて、なぎを何処かへ連れて行ってしまった。それから、もう何日も彼の姿を見ていない。
新しい旦那様である総統に頭を下げてなぎの安全を頼み込んだから無事だとは思うが、やはり心配なのだ
「なぎ·····」
ため息を吐いている間も、控室の中の異星人達はドタバタと準備に忙しそうだ。
宝石の光るティアラを被せられて、準備は完了。終わったと聞くや否や、沢山の旦那様が玲王の姿を一目見ようと顔を出す
その一人一人に対応している間もやはり、頭の片隅にはなぎが居た
「鬘碑牡縺梧が縺?h縲よか縺ソ莠九°縺?シ」
「ヘーキだよ。旦那様も準備があるだろ?心配しなくて大丈夫だから」
玲王を気にかけて医者を呼ぼうとする旦那様を遮り、笑顔を見せて送り出す。
控室には玲王一人だけが残った
(駄目だな····しっかりしないと)
結婚式には玲王の要望でなぎも呼んでおいたはず。だから、式の最中にでも機を見て話し掛けてみよう。
仲直りして今度こそ、祝福して貰うのだ
ぐっ、と玲王が拳を握った
その時
控室の扉が開いて、誰かが入ってきた
異星人ではない
玲王よりも小さい人間で、顔は黒い布で隠されていて見えない。
いきなりの侵入者に警戒し、玲王は黒布の人間を睨む
「誰だ」
「あー···怪しい者ではないよ」
パッと両手を上げて敵意の無い事を示した人間は、音も無く玲王へと近付いた
「!?」
「静かにしといて。騒がれると面倒だし、手早く済ませっから」
一瞬だった
流れる様に懐から銃を取り出した人間に、玲王は反応できない
キィイイイ、パキュン
機械的な音が響いて、玲王の脳は紫色の光に貫かれる
直後に襲う、情報の洪水
「·····ぁ···············?」
チカ、と視界が鋭く輝き、反射的に目を瞑る
頭を抱えて蹲った玲王を、黒布の人間は静かに見下ろしていた
思い出す
側に居た人を
退屈な人生を
初めて見つけた目標を
そして、何より大切な宝物を
自我を取り戻し、正気に帰るが、それは決して良い事ばかりでは無かった
青い監獄で凪を守れなくて、そしてその後、自分は何をした?
記憶を無くしていた期間の出来事を都合良く忘れる事など無い
あの、悍ましい化け物達に尻を振って媚を売って。それだけならまだしも
玲王は凪を酷く傷つけてしまった
先日の出来事だけじゃない
玲王が凪を忘れてしまっていた間も、ずっと傷付け続けて来た
「う··········ぅ、あ·····!」
ガンガンと殴られたように頭が痛み、耳鳴りが止まない。
脳と精神のキャパシティが一気に振り切れようとした、その時だった
パンッ!
と、軽い破裂音が響き、玲王は目を白黒とさせる。
すっかり居ることを忘れていた黒布の人間。彼が、玲王の眼前で猫だましをする時のように、手を打ったのだ
混乱していた頭が晴れ、玲王は息を吐く
「あ·····お、まえ」
「落ち着けよ。今狂われちゃ骨折り損だ」
黒布の人間は、至極冷静に玲王へと話す
「相方は厨房の横の部屋に居る。助けたきゃ向かえば良いし、このままロイヤルライフ謳歌したいならほっときゃいい」
「······凪が、そこに居るんだな?」
「おう。言っとくけど俺の協力はここまでな、これ以上は何も出来んからそのつもりで」
ピッと片手を上げて、黒布の人間は控室を出て行こうと踵を返す。
その背中に、咄嗟に玲王は声を掛けた
「待て·····何で助けてくれたんだ」
「んー、渋谷のよしみ」
また珈琲奢ってー、と言いながら、黒布の人間は今度こそ控室から出て行った
その姿に、玲王の胸には勇気が芽生える
まだ頭は混乱しているし、今にも首を搔き切りたくなるような記憶が次々に脳裏を巡っている
でも、こんな世界でも強く生きている人が居るのだ
凪もそうだった。あんな状況なのに、記憶を無くした玲王を気に掛けてくれていた
自分だけここで座っている訳にはいかない
「凪·····!今行くからな」
動きにくいドレスのスカート部分を両手で持ち上げて、玲王は駆け出す。
凪を助け出して、一緒に逃げて
ちゃんと謝って
そして、もう一度共に夢を見よう
その為なら玲王は何だってやれる気がした