結わう絆(3)
ゆみが学校に着き教室に入ろうとした時、友人から腕を掴まれた。
「ゆみ、待って待って、ステイ、ステイ!」
そのまま廊下の片隅に連れて行かれた。
なんなんだいったい?
「あのね、ゆみ、落ち着いて聞いて欲しいんだけど」
「なになに?」
「昨日の雑誌あるじゃん?」
「あるね」
「その件がネットでヤバいことになってる」
目をぱちくりさせたまま小首を傾げたゆみの前で、友人がスマホを見せた。
映っていたのはSNSの画面。過去数時間で多く使用された単語が一覧となって並んだ、その一番上に「星奈ひかる」の文字があった。友人からスマホを受け取りその文字をタップすると、写真を伴った投稿が溢れ出すように画面を埋め尽くした。
写真に写っていたのは星奈ひかると父・品田拓海の姿だった。例の雑誌に掲載されていた写真がほとんどだ。その中で一番多かったのは、品田拓海が星奈ひかるをお姫様抱っこしているあの写真だった。そして、コメントの内容は………
「不倫……? 略奪愛……?」
どういうことなのか、と記事を追いかけたゆみの目に、また別の写真が飛び込んできた。それはやはり星奈ひかると品田拓海のツーショット写真だった。だけど、それは雑誌に掲載されたものではなく、明らかに隠し撮りされたと思われる写真だった。
撮られた時間は恐らく夜だろうか、二人が並んで建物の玄関らしき場所から出てきた様子が収められていた。拓海がひかるの肩を抱き支え、ひかるは父の腕にすがるように歩いている。背景の建物はモザイクでぼかされてどこかはわからないが、記事には二人がホテルから一緒に出てきたと書いてあった。
ゆみの手から力が抜けてスマホを取り落としそうになった。友人が慌ててその手からスマホを回収する。
「ゆみ、大丈夫……な訳ないか」
ふらつきそうになったゆみの肩を友人が支えてくれた。
「このネタ、今朝からバズりまくってる……てか大炎上してるから、教室に入らない方が良い。保険室に行こう」
「うん……」
友人の勧めに従って保険室へと向かった。実際のところ体調不良があるわけでもないけれど、でも今は友人に支えられなければ立っていることさえできそうにない気分だった。
保険室には女性の養護教諭が待機していた。彼女はゆみを一目見るなり、何も訊かずにベッドで休むよう勧めてくれた。その事務机上にはスマホが置かれており、その画面は待機状態になっておらずSNSの画面がまだ表示されていた。
ゆみは、養護教諭もまた父とひかるのことを知っているのだと察した。ゴシップに自分の現実が急速に侵食されていく気がして、ゆみはゾッと身を震わせた。
目が絡み、倒れ込むようにベッドに横になった。胸の動悸が激しく感じられ、胃の底から湧き上がる吐き気を必死で堪えた。
友人はそんなゆみを落ち着かせるために背中をさすりながら、養護教諭にこう言った。
「この子、早退させてあげたいんですけど、良いですか?」
「そうね」
と、養護教諭も頷いた。
「担任教師には私から話しておくわ」
「ゆみは私が送っていきますって、それも伝えといてくれますか?」
「友人想いね。でもあなたたちだけではちょっと危ないかも」
「危ない?」
養護教諭は友人を手招いて窓の外を差し示した。
学校の敷地の外に、普段は見かけない男や女たちが数名、誰かを待ち構えるようにたむろしていた。
「あれ、突撃取材ってやつですか?」
「さすがに学校の中までは入って来ないと思うけど、見つかったらしつこいでしょうね」
「どうしましょう?」
「車で移動した方がいいかも。保護者の方あたりに迎えに来てもらえればいいけど……ねぇ、品田さん。親御さんに連絡……いいえ、それはダメね、ごめんなさい」
養護教諭から謝罪され、ゆみは、混乱する頭で必死に考えようとした。
パパは…そう、ダメだ。だって、不倫……そんなの、うそ、だよね
?
星奈ひかるさんと、一緒に…ホテル……違う、今は誰かに迎えに来てもらうことを考えなきゃ……でも、あたし、なんでお家に帰らなきゃ行けないの……?
パパが不倫して、それをみんな知ってるから、あたし教室にも入らなくなって、記者とかに待ち伏せされて、なんで、なんでこうなったの!? なんで!?
ベッドに横たわったまま混乱し続けるゆみのそばで、友人が「あ、そうだ」と声を上げた。
「ゆみ、叔父さんたちに迎えに来てもらおうよ」
「おじ……さん……?」
「そうそう。あのイケてる双子のオジ様たち♪」
「……あっ!?」
イケてるかはともかく、双子の叔父は確かに居る。
ゆみは自分のスマホを取り出し、連絡先から母方の叔父の連絡先を探しだした。
菓彩ゆあん、みつき。
ゆみは迷った末に、ゆあんの連絡先をタップした。