終章
幕間・見えざる帝国の様子見えざる帝国
「――以上が殿下からのご報告となります」
「ご苦労だった。下がって良い」
「はっ」
銀架城の玉座の間で、ユーハバッハは報告を聞いていた。報告書の内容を読み上げた兵士を下がらせると、椅子に深く背中を預け、足を組む。口許に手をやって長い息を吐き出すと、一拍置いてクツクツと喉を鳴らした。
そばに控えていたハッシュヴァルトが、ぴくりと眉を動かして静かな声で訊ねる。
「いかがなさいましたか、陛下」
「――…いや…さすがは我が娘だ、と思ってな。カワキが無事で何よりだ」
ハッシュヴァルトは何も返さない。その美貌は、心做しか常より翳っている様にも見えた。ユーハバッハは上機嫌で言葉を続ける。
「“尸魂界へ侵入する”などと……一体どんな無茶を言い出すのかと思いはしたが、結果は期待以上だった。お前の教えた剣術も、随分と役に立ったらしいぞ」
「それは――……。……いえ……鍛錬の成果がカワキの身を守る事に繋がったようで何よりです」
ハッシュヴァルトは何か言いたげに開いた口を閉じて目を伏せると、少し間を開けて、軽く頭を下げながらそう言った。長い睫毛の隙間から、憂いを帯びた緑色の瞳がちらちらと見え隠れしていた。
「そう沈んだ顔をするな、ハッシュヴァルト。死神共への怒りはいずれ来る侵攻の刻までとっておけ」
ユーハバッハは笑みを浮かべてそう告げると、次の指示を出した。
「服と道具類の追加が必要だと言っていたな。すぐに手配しておけ。できる限り早急に次を届けろ」
「了解しました」
カワキの要請を通し、ユーハバッハが物資の補給を命じる。ハッシュヴァルトにも異論は無いようで、命令に淡々と従った。
「それから――…ふむ…防御に不安があるならば、次は装備も一式送り届けるべきか……」
「恐れながら……陛下。我々と同じものを身につけていては、以前の戦争を知る死神達や石田家の者に、カワキの正体が露見する恐れがあるかと……」
何より――…あとほんの数年で“力の9年”が終わり侵攻が始まる。そうなった時に、侵略者と友が同じ格好をしている事に気付いた人間達は、カワキにどんな目を向けるだろう。
たとえ僅かな時間の差だとしても……。ハッシュヴァルトは見えざる帝国とカワキの関係をすぐに結び付けられるような事は避けたかった。
「防御も、攻撃も……やはり最も確実な方法は、血装の使用解禁かと愚考しますが……」
「血装か……」
今回の件でのカワキの負傷報告。その大半は、血装があれば防げた筈だ。本来の力を発揮したカワキの静血装は、帝国でも指折りの防御力を誇る。弱体化させられた今でも、十分通用するだろう。
そう考えたハッシュヴァルトの提案に、ユーハバッハは思案するように視線を下げた。
「報告書に細かな記載はありませんでしたが、こちらの観測では、藍染惣右介は大虚を従えていました。もしまた戦闘になった場合、虚による負傷は……」
――滅却師には毒となる。虚に耐性を持つカワキであっても、程度に差はあれ例外では無い。
そう続く筈だったハッシュヴァルトの言葉を遮って、ユーハバッハは告げた。
「良い、わかっている。…カワキは賢い子だ。その時が来れば、自ら正しい選択をするだろう。装備については多少外見を弄ったものを送っておけ」
「――……!」
ハッシュヴァルトは束の間、目を大きくして唇を震わせた。それが何かの言葉になる前に、ぎゅっと口が引き結ばれる。一度瞼を閉じてから、次に開かれた時には、微かに眉を下げて追従の言葉を発した。
「かしこまりました、陛下――…」
***
陛下…心配よりやや安心が上回っている。無事でよかった〜! でも無茶はほどほどにしてほしい。さすが我が娘だと言いつつおのれ死神…とも思ってる。カワキは賢い子だし危ない時は血装を使うと思ってる。
ハッシュヴァルト…安心よりもやや心配が上回っている。剣を教えておいてよかったけど、剣術が役に立つ場面なんて来ないで欲しかった。怪我も心配だし、陛下は何で同行許可なんて出したんだと思ってる。
カワキ…この場には不在。大事な事が抜けに抜けた報告書を提出して帝国ツートップを困らせる。対策欄が脳筋の根性論。