終着点・2

終着点・2



ガタンと、アリスの機体が揺れて、白んでいた意識が少しはっきりしました。


アリスは、失敗しました。

アリス自身で選択することが、とても、とても怖くなってしまって。

先生もいなくなって。

それで、つい。思わず、カヤに委ねてしまいました。

大人を見下しているのに、まるで大人のように振舞って。どこか一線を引くように冷静でいてくれる。けれど、文句を言いながら、ずっとアリスについてきてくれた。

そんな、カヤに甘えてしまいました。

カヤだって。生徒なのに。


だから、負けてしまったのはアリスのせいなんです。

勇者なのに、覚悟ができていなかった。勇者失格のアリスのせいなのです。

だから…


飛んでいる記憶。ホシノがカヤへと一歩ずつ近づいていっている所でアリスの記憶は途絶えていました。

周囲を見れば、まだアビドスの旧校舎前で、アリスはフウカの車に乗せられていました。隣には重なり合うように勇者パーティの仲間たちが積まれています。周囲からはアビドスの生徒達が慌てたように声をあげながら、こちらに銃を放っている音が聞こえてきます。

車にはエンジンがかかっており、今この瞬間にも発信する直前のようでした。


ミネ団長が飛び乗ったと同時に車が前進を始めます。およそ人間技とは思えないようなぐねぐねとした動きで、周囲に近づいてきていたアビドスの生徒達を蹴散らし、周囲の景色を流す直前でした。

車に乗っている、メンバーが一人足りていません。


「カヤ!!」


損傷率も、耐久も気にせず、アリスは車から跳ね起きます。

先ほどまでいたその場所の景色が流れていってしまうその寸前で、その光景はギリギリで目に収まりました。


発進して走り去ろうとする車に振り向き、驚愕と苦々し気な目でこちらを見ているホシノ。

こちらにわけもわからず銃を乱射しているアビドスの生徒達。彼女らの幾人かは、私たちを囲っていた場所から抜け出して、一つの場所に向かっています。

彼女たちの向かう場所にいた彼女は、ボロボロで、傷だらけで、ひどく苦しそうで。

けれど、アリスたちの走り去ろうとする車をじっと見ていて、アリスと確かに目が合いました。


そして、カヤは笑いました。

苦しそうだったのに、痛そうだったのに。

アリスと目が合って。

傷なんてなんでもないように。

とても、嬉しそうに、笑ったのです。



「止まって!とまってください!!まだ、まだカヤがあそこにいるんです!!置いていかないでください!!」


カヤの姿が急速に小さくなっていきます。周囲の景色があっというまに流れていきます。

アリスの声も走る速度に追いつけずに流されて行ってしまいます。


「仲間なんです!アリスの大切な仲間なんです!!お願いです!あそこに置いていかないでください!!」


必死に車内に呼びかけますが、ハンドルは誰も握っていません。助手席でミネ師匠がとても辛そうに唇を噛み、ヒビの入った盾を構えながら周囲を警戒し、前だけをじっと見つめています。


「師匠!師匠!!車を止めてください!まだ、まだカヤを救護できていません!今すぐ戻って…!」


『それはできませんよ。アリスちゃん。』


「ヒマリ!ヒマリが運転しているのですか!?お願いです、車を。」


『……できません。』


車につけられたスピーカーから響く、見知った声への呼びかけは、暗く、感情を押し殺したような声で遮られました。


「なんで…なんでですか。アリスは、勇者は、仲間を見捨てるわけには……」


『今戻っても、カヤさんを助け出すことはできません。再び敗北しにいくのは、正しい判断ではありません。』


「でも、じゃあ、カヤは、カヤはどうなるんですか!あんなにボロボロで、とてもホシノたちのことを怒らせて、あそこに一人で置いていかれたカヤは…!!」


『……大丈夫、ですよ。カヤさんは超人ですから。あの程度のことでは、くたばりませんよ。』


「ヒマリ。カヤは確かに、超人かもしれません。…でも、アリスの知っている、カヤは。」


カヤは、いつもエラそうで。礼儀正しいけど、冷たくて。RPGのボスにもならない悪役みたいな笑みで人を馬鹿にして。

でも、色んな事を考えてくれて、なんだかんだ言いながらアリス達のことを助けてくれて。

アリス達との旅の中で、先生と話す中で、

叫びながら、泣き言を言いながら、よく心からおかしそうに笑うようになって。


「ただの…ただのカヤでした。勇者パーティの、ただのカヤ、だったんです……」


『………。』


だから、ああしたカヤが、あの後どうなるのかなんて、どうしてそうしたのかなんて、当然の結末は、アリスでもわかるのです。


「……うああああああああ!」


アリスは泣きました。

後部座席にぎゅうぎゅうと押し込まれた仲間達の間で、一人足りなくなった仲間の間で。

あまりにも自分が不甲斐なくて。

感情をどうしたらいいのかわからなくて。

アリスは、もう、泣くことしかできませんでした。



音声記録

XXXX/XX/XX 10:10

先生奪還作戦 勇者部隊

アビドス旧校舎への強襲失敗。


予想外の異常な強さ*1を手にしていた小鳥遊ホシノにより部隊壊滅。


不知火カヤを残し、部隊は旧校舎近辺より離脱。


以下、部隊離脱後の音声記録より抜粋。


<音声開始>


(走り去っていく車のエンジン音)


(バタバタと足音が複数近づいてくる音がする。)


「動くなっ!」

「貴様、よくもやってくれたな。」

「ホシノさん、大丈夫ですか?」


「…うへ~。まったく、してやられたね~。あ、残りの皆はそのまま車おっかけて~、ほどほどで帰ってきていいよ~。」


「この超人を…甘く…見ていましたね……。」


(固い物で小突く音、カヤの呻き声がする)


「すみませんホシノさん…私達がしっかりしていれば…」


「ん~………。ま、いいよ~。転校生がいなくなっちゃったのは残念だけど、あの子たち数人逃げたくらいで何か変わったりしないしさ~。」


「ふふっ…本当に、そう思っているんですか……?」

「私は、超人、ですからね。誰が一番役に立つ駒なのか、危険なのかは、ちゃーんとわかるんですよ。」

「私が、何の意味も無く、こんな辛い思いをしてまで、あの子たちを逃がすわけないじゃないですか。」

「精々、後で後悔すると、いいですよ。」


「減らず口をっ!」

「う”っ…」


(殴打の音)


「後悔、ね。じゃ、一人残ってくれた…えーとなんだったっけ。ま、なんでもいっか、君にその選択を後悔させてあげよっか~。…素直に知ってること喋ってもらおうね~。」


(何かサラサラとしたものが揺れる音)


「好きに使っていいからさ~。ソイツのこと、『素直』にしてあげて?私は、一応アリスちゃん達を追いかけてくるからさ~。」


(軽い足音がその場から遠ざかっていく。)


「はいっ!ホシノさんっ!」

「おらっありがたく思えよ!ホシノさんの持ってる砂糖はな、一番高級な奴なんだぞ!お前なんかじゃ本来とることすらできないんだからな!」

「一度とったら絶対転校したくなっちゃうんだから…速く素直になった方がいいよ?」


「む…ごっ…だれ、が……!」


(しばらく暴れる音がするが、すぐに静かになる。)


「それじゃあ質問するわね…あのアリス?って子はなんなのかしら?」


「……せい…」


「?」


「あなたは、元、正義、実現委員会ですね?」


「っっ!」


「そっちは、ゲヘナの風紀委員…そっちは、ミレニアムの一般生徒、ですかね?」


「っ、今はそんなこと聞いてねぇぞ!」


「各、学校を回った時に、少しばかり、転校届を出した生徒達のリストを確認しておいたのですけど…ふふふ、皆さん、存外未練がましいんですね。アビドスの制服と一緒に昔の学校のものなんかつけちゃって、本当は、戻りたいんじゃないですか?」


「う、五月蠅いッ!!」


(バゴンッと強い殴打の音がする。)


「確かに、コレは随分気分がいいですね…お陰で、頭は、痛いですが、あなた達を心の底から見下せて、とても楽しい気分ですよ。」


「コイツ…!!」


「落ち着け、ただのやせ我慢だ…!少しばかりコレをやった後に、砂糖をやらないでおいてやればすぐに口を割る…!!」


「あっ…す、すみません、あんまりにも癪に触って……」


「ふふふ、知っていますかあなた達。私、なぜか人を怒らせるのが得意なんですよね?私は正しいことを言っているだけだというのに、なぜ、皆怒るんでしょうねぇ?」


「ぁぁぁつ!!もう、コイツホントイライラするっッ!!少しは大人しくしろっ!」


(連続する殴打音。その後、何かが口の中に入ったような、息苦しそうな声がしばらく響く。)


「うぅ”……ぁぁつ””……」


「身体が熱いでしょ。少しとはいえ、直接接種してるんだもの。ビギナーにはキッツいわよ。」


「そこでコレだよ。ほら、一気にキマるぜ??」


(何かがまた口の中に入れ込まれた声、今度は息切れが激しくなる。)


「どうだ?この落差、たまんねぇよな。このまま、何回も何回も繰り返してるとよ、すっかり頭がおかしくなっちまうんだ。」


「…でも、ないともうダメになっちゃうんです。気づいたら皆、ここに来ていて…」


「アンタもそうなるのよ!気持ちいいでしょ?最高でしょ??だからほら、素直になりなさいよぉ。そしたら、もっとたくさんあげるから。」


「ふへへ、いいなぁ。ねぇ、ちょっとだけ、ちょっとだけなら貰っていいよね?どうせそんなにもたないし、ねっ?」


(がさりと袋が奪われる音)


「あっコイツ馬鹿!くそっ、ずりいぞ!!」


「ちょっと!!抜け駆けはなしよ!!私も混ぜなさい!!」


(しばらくごたごたと奪い合っている音がするが、順番にしずかになっていく。)


「あっ…ぁ””~~~…ごめんなさい、ごめんなさいぃぃ…うへっ、うへへへへぅっ……」


「いいんちょ…いいいんちょうぅ、私が、私が悪かったですゥぅ……」


「せいぎぃ…これが私のせいぎなんだからぁ、はすみ先輩がそういってたもんん…だから、間違ってないの…」




「…。」

「なんで、謝ってるんですか、あなた達?」

「悪いと思ってるなら、さっさと使うのを止めて、謝りに行けばよかったじゃないですか?」

「今からだって、遅くないはずなのに。」


(カヤの発言でピタリと少女たちのうわ言が止む。)


「うるさいっぅつっ!!今更っ!!今更戻れるわけないじゃないぅつっ!!!」

「コイツはダメだ…黙らせなきゃ……お前も同じようになっちまえばいいんだ……」

「開けろ…口を開けろっ……暴れるなっ!!」


「ひっっ…」


(喉の奥につっかえたような細いカヤの悲鳴)



「…ふふ、あははっ!やれるものならやってみるといいです。私はっ、超人ですよ?こんな程度では、死ななっっ」



(言葉は途中で遮られ、しばらくの間、バタバタと激しく暴れる音がする。)


(30秒間の沈黙。)


「…あれ?」


(1分間の沈黙。)


「ヘイロー、消えて、る……?」


(沈黙。)


(誰のものともわからない声にならない絶叫。)


(地面に何かが投げ出される音。)


(叫びながら、その場から走り去っていく足音達。)


(沈黙。)


(沈黙。)


(沈黙。)



<音声終了>



以上の記録を、彼女たちの旅をすべて聞いていながら、彼女の犠牲を止めることすらできなかった愚かしい無能の戒めとして厳重に保存する。


また、この記録は決して、天童アリスに閲覧させないこと。



アリスは、FOX小隊の突入作戦に同行していました。


あの後、小鳥遊ホシノはしばらくしてこちらに追い付いてきましたが、何か連絡が入ったかと思うと、なにか、とても怖いことがあったかのようなひきつった顔をして、その場を去っていきました。


私達が彼女を引き付けていたお陰か、無事、先生の奪還作戦は成功したそうです。キヴォトス人ではない耐久力が、ギリギリで壊れない量を投与されていた先生は、今、開発された治療用の新薬の副作用と必死で戦いながら、一刻も早く戦線に戻ろうと頑張っています。



戻ってきた先生に、カヤを置いてきたことを言ったのは、ミネ師匠でした。

師匠は、あそこからシャーレの先生奪還部隊との合流地点まで、とても怖い顔をしていて、それでも、車の中で泣くアリスに、希望を捨てるべきではないと、はげます言葉をかけて、強い師匠でいてくれました。

けれど、治療中で寝転がる先生が憔悴しきった顔で、それでも前と同じように”ただいま、心配かけて、ごめん。”と私達に言って、師匠は少しだけ安心したような疲れたような顔になった後、一気にボロボロと泣きだしてしまいました。

『不甲斐ない』『ごめんなさい』『私はまた、守れなかった』『私の、力不足の、せいで…』

そうこぼしながら、師匠は先生に起きたことを説明しました。最初は泣く師匠を優しく促すように静かに聞いていた先生の顔が、だんだん、とても悲しそうに辛そうな顔に変わっていきました。

話を聞き終わった頃には、ベッドから先生は明らかに無理をしている青い顔で、上半身を起こしていました。


『”……先生の、責任だ。”』


今にもベッドから抜け出そうな先生を止めたのは、ここまで先生をつれてきたFOX小隊の隊長さんでした。

無理をするな、先生の身体は一つしかない、ここで治療しないと、この先のより多くの生徒を救うことは難しい。…その役割は、私たちに任せて欲しい。

そう言って、アビドス旧校舎への再度の突入作戦を提案しました。


ミネ師匠が泣いている間。何も言えずに、また、泣きそうになってしまっていたアリスは、それについていきたいと言って…隊長さんは、少し迷った後、静かに頷いてくれました。



アビドス旧校舎への再度の突入は、あっというまに進みました。

それは、FOX小隊だけでなく、傷だらけで、ボロボロだった勇者パーティの仲間たちが、身体を無理に引きずりながら、後から追いついてきて、加勢してくれたお陰だと、隊長さんは言っていました。


けれど、勇者パーティの皆、どこか、細い希望にすがるような、暗く、不安定な目をしていました。

そうであってほしいと、願うような目でした。



きっとそれは、アリスが、そんな目をしていたからだと思います。

勇者パーティがどんな雰囲気になるのかは、勇者が決めるのです。

勇者が、どこかで希望を信じていないから、そんな雰囲気になるのです。



だから、数刻前に見た光景が近づいてきて、傷だらけの皆より速く動けるアリスが一人、そこに先にたどり着き、それが目に入った時、アリスは、驚きませんでした。



まるで、叩き落されて、そのまま地面に転がって、誰からも見向きもされなかった虫の屍のように。

地面に、彼女は仰向けで転がされていました。

手足はだらりと脱力し、ヘイローは消えています。全身についた傷からは血が滲んでいます。


細めていた目が虚ろに開かれて、不敵に笑ったままのカヤがいました。




「カヤ……カヤ……」


細く、弱々しい声で、彼女の名前を呼びました。冷たい身体に触れました。


「起きてください…」


わかっています。もう、彼女は起きないと。


「アリスが、助けに来ました。もう、疲れましたよね。休んで、HPを回復してください。」


わかっています。現実は、ゲームではないと。


「何か、言ってください……」


わかっています。彼女の最後の言葉は、あの笑顔だけだと。


「カヤ……」


アリスの小さな手を、カヤの顔にかけました。


「おやすみなさい。」





カヤの旅は、終わりました。

アリスのせいで、終わりました。



でもまだ、アリスの旅は、終わっていません。


終わりには、できません。


だから。


「アリスは、もう、迷いません。」

「勇者失格ですけど。」


「それでも、絶対に。」


「もう、泣きませんから。」



カヤをそっと抱え上げて、アリスは皆の所に戻ります。

そしてまた、旅を続けます。

みんなを助けるために。

辛くても、苦しくても、弱くても。

自分を貫くことで、助けられる強さがあるから。



□BADEND

















































□??????□


『ふざけるな…ふざけるなよ…!!』


『私は!私はこんなことを望んでいたわけじゃないっ……』


『黙れ!うるさいっ!!もうなにもかも遅い事ぐらいわかってるよ!!今更戦争を始めといて何言ってんのさって自分でも思ってるっ!!』


『でも、死ぬなっ…死ぬな!死なないでよ…!!』


『私…まだ…』


『希望を、捨てられて…ないから……』


(何かを強く叩き続ける音と荒い息の音だけがしばらく続く。)






(薄く細い呼吸音が混じりだす)


<音声記録終了>



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