終盤その4
62「ウタ!」
崩れたステージに叩きつけられる直前、力強い腕が私の手を掴んだ……ルフィだ。
そのままルフィは私を引き寄せて抱き、傷つかない様に地面に着地した。
「ウタ、大丈夫か?ごめん、お前を止めるにはあれぐらい本気じゃねェと駄目だと思って、おれ……」
先程までの鬼のような形相はどこかへ行き、今のルフィは申し訳なさそうにただ私に謝罪をしてくるのみだった……調子狂うなぁ。
「あー大丈夫だよ?ルフィ。私はこの世界で傷つく事はないし」
「そうか?本当か?」
「ホントホント」
「そうか……よかったー!」
心の底から嬉しそうな顔。さっきまで戦っていた相手を心配するなんて本当にお人好しだ。そんな風に考えているとルフィが静かに笑いだした。
「しっしっし!ウタ、今回の勝負、おれの勝ちだな!おれの184勝目だ!」
「……ちょっと?どさくさに紛れて何言ってんの!私が183勝なんだからね!あんたが勝ったのは今回だけだよ!」
「なんだと!そもそもお前が卑怯なまねして……あれ?今回は負けを認めんのか?」
「うん、流石に完璧に負けだしね。ぐだくだ言うつもりは無いよ」
「そうか……そうか!よっしゃー!おれの勝ちだー!」
「あははは……あれ?」
いつの間にか私の目には涙が溢れていた。止めどなく後から後から涙が流れていく、まさに号泣だった。
「ウタ?やっぱりどっか痛いのか!?やり過ぎたかおれ!?」
「違う……違うの……」
この涙はたぶん、安堵と嬉しさからくるものだと思う。
ルフィは昔から何も変わっていなかった。海賊になってもルフィはルフィのままだった。それが嬉しくて、そしてそんなルフィが私を止めてくれたという安堵。その二つが重なって涙が溢れてくるんだと思う。
涙でぐちゃぐちゃになりながら私はルフィに質問する。
「ぐすっ……ねぇルフィ、聞いてくれる?」
「あ、ああ」
「私、小さい頃にこのエレジアを滅ぼしてしまったの」
「……ああ」
「それをずっとシャンクスがやった事だと思って恨んでいた
でも違った。全部私のせいだった。なのに私は、気がついた時にはもう『海賊嫌いの歌姫』の仮面をはがせなくなってた」
「ああ」
「救世主なんて呼ばれたけど、そんなのには相応しくない。でも皆の期待は裏切れなかった。
なのにやろうとしたことは皆を無理矢理ウタワールドに引きずり込む事……結局エレジアを滅ぼした時と何も変わっていない」
「……」
「ねェルフィ、貴方は言ったよね?私を奪うって。こんなに間違えてばっかの私を……本当にどこかに連れ去ってくれるの?」
「当たり前だ!おれに二言はねェ!」
「!……ウゥゥ、ワァァァァァン!」
即答。早すぎて驚く程だ。
その答えを聞いてまた涙が溢れてくる。私ってこんなに涙脆かったっけ?しかも感極まって思わず抱きついてしまった。
私が泣き止むまでルフィは静に待っていてくれた。
─────
───
─
《現実・ライブ会場》
現実でも同じように大泣きしてルフィに抱きついてしまった。
今更ながらだいぶ恥ずかしい事をしてしまった気がする。名残惜しいけど、私はルフィから離れた。
「もう大丈夫か?」
「うん、大丈夫ありがとう」
「しっしっし、そうか……もう計画は終わりにしてくれるんだよな?」
「うん、私の力じゃルフィを捕まえておけなさそうだしね。どう頑張っても計画の完遂は無理そうだ」
「おう!おれの目が白いうちはウタの計画はおれが止めてやる!」
「ルフィ、それ『おれの目が黒いうちは』が正しいよ」
「あり?そうだっけ?」
「そうだよ、まったくもう」
呆れながらも私は安堵する。
成功するかわからない計画のままだったら私はまた同じ過ちを繰り返してしまうかもしれない。だけど、ルフィが必ず止めてくれる。なら、計画を実行しても意味がない。そういう逃げ道をルフィは作ってくれた……もう無理して救世主を演じなくてよくなったんだ。
「じゃあ、ウタワールドを閉じるね。そうすれば皆帰ってくるよ」
「おう、じゃお願い」
「御歓談のところ、失礼しやす」
誰かが私達の会話に割り込んできた。声のした方向を見ると、そこには海軍の人達がこちらに銃口を向けていた。
その中の長い棒を持った男の人が一歩前に出ていた。この人が声の主かな?
「トバクのおっさん!」
「"麦わらのルフィ"、今回はお前さんには用はありやせん。今回の目的はお嬢さん、お前さんでさ」
私か。ま、当然だよね。こんなことをやらかしているしね。だけれど、まだ捕まるわけにはいかなかい。
「待って海兵さん、私はもう計画をもう中断することに決めたの。ウタワールドに連れていった人達も皆解放するよ」
「ほう、どういう心変わりがあったか知りやせんが、それは重畳。ですが、お嬢さんが『世界転覆計画』を実行したのは事実。罪を犯した以上、罰は受けてもらわなけりゃいけやせやん。覚悟してくだせェ」
わかっていたけど説得は難しそうだ。そう思ってるとルフィが前にでて私を庇う様に立ち塞がった。
「ウタは連れていかせねぇ」
「……大人しく歌姫ウタを引き渡してくだせェ。そうすれば今回はお前さんと仲間には手出ししやせん」
「駄目だ!ウタだっておれの仲、ま?やべ、もう……」
ルフィがふらつきながら尻餅をついた。今まで白かったルフィが元の姿に戻っている。しかも息が荒く、明らかに窶れている。
あの姿、もしかして凄い体力使うの?なら、今までずっとその姿だったルフィは限界が近いんじゃ?なら、私が守らないと!
私は息を吸い込んで歌おうとした。だけど。
「あっ!?」
「申し訳ございやせん。大人しくしてくだせェ」
目に見えない力で地面に押さえつけられて、一瞬で身動きが取れなくなる。歌おうとしてもこの体勢じゃうまく歌えない!お腹も、押し潰されて声がうまく出ない……!
「海楼石の手錠を。"歌姫ウタ"と"麦わらのルフィ"を拘束しやしょう」
「はっ、了解です」
「まって、だめ!」
手錠を持った海兵が近づいてくる。待って、まだウタワールドを閉じてない。このままだとウタワールドに皆を閉じ込めてしまう。ルフィも連れていかれちゃう!
海兵が私の腕を持ち上げ、私の手首に掛けようとする。
待って、まだ駄目なの!お願い止めて!
「"歌姫ウタ"確保……」
「おっと、そいつは止めてくれ」
「!?下がれ!」
「え?うわっ!」
トバクのおっさんと手錠を持った海兵が急に飛び退いた。一瞬遅れて飛び退いた空間に剣が振り抜かれる。
この声……まさか。驚いていると私は体を起こされ、誰かに抱き寄せられる。ルフィとは違ったゴツゴツとした手……安心感を感じる温もり……まさか。
「この子は俺達の大事な娘なんだ。勝手に連れていかれちゃ困るな」
「……シャンクス!」
赤髪海賊団が私とルフィを守るように円形に並んで海兵を睨んでいた。
来てくれた……やっと、やっと!シャンクスが来てくれた!