終末逃避と理想郷

終末逃避と理想郷


今朝、コロニーが壊滅した。

生存者は俺を含む僅か三人でそのうち一人が重症、昨日まであった辛くても温かい「いつも通り」が塵が吹き飛ばされる様に消えた

「はあ…はあっ…!これからどうするの…?私達しか残ってないよ…?」

「知るかっ!!あいつも死んだ、俺達も明日の日の出は見れんだろうな!…はっ……ホント、最後の最後までクソったれな世界だよ」

「…そんな事言わないでよ!どうせすぐ死ぬって分かってるよ…!それが嫌で話してるのにさあ!」

絶望的な状況は険悪な空気を作り出し、場は一触即発の状態になる。…この状況下で殴り合わないのは無駄だとわかっているから。どうせ死ぬなら最後まで足掻きたい、そんな思いがあるせいで互いに口汚く罵るだけだった。



意外なことにコロニーの外は思っていた程危険ではなかった。いるのは小型のエネミーが殆どで、武器も禄に持ってくる事が出来なかった俺達でも月が昇るまでは生き延びる事ができた。

ああでも……最悪な事に、世界は俺達を生かすつもりはないそうで

「おいおい…霧が出てきたってどうなってるんだよ…?!」

「足音が…怖い、怖いよ……死にたくない…!」

不用意に踏み入った瓦礫の山、俺達は最も会いたくないモノ…生き残った敵対エネミーに出会う。

鼓膜が破れる程の大きな咆哮が空を振るわせ、地震と間違えるほどの足音が烈しく鳴らされる。獲物を狩る遊びが始まると言うように、姿を知らないエネミーが動き出した。



「わ…私から見て三時にいる……早く、早くどうにかならないの?!」

「うるせえ黙れ!!こっちだって助かるもんなら助かりてえよ…!」

深い深い霧の中で他者から見れば滑稽だと言われそうな程に逃げ惑った。片方が位置を知らせ、もう片方が解決策を練る…どうにもならないと悟りつつも、意地汚く生き延びようとする外に方法は無かった。



「くっそ…あいつがすぐそこまで来てる…隠れる場所はあるか?!」

「…………ない。隙間も小さすぎて、もう…!」

すぐそこまで迫る死を背に、眼の前に詰みが立ちはだかる。相方の言葉を代弁するなら……もう、死ぬしかないようだ。

「…畜生……!本当にこの世界はクソったれだ!」

「きゃあ?!何するの…」

「口出しすんじゃねえ!……生きたいんだろ!!」

「…っ」

腕を掴みただ走る。前も後ろも右も左も分からず、そのうち疲労で上下すらも覚束なくなり始めたが構わずに走る。こうする以外に方法はなかった。

それでも終わりは来る。突然視界がくらみ、空間すらも歪んでいって…



「こんにちは、お客さん。僕の世界にようこそ」

眼の前には赤い目を持ち青い髪を靡かせる人の形をしたナニカがいた。

場所も音も匂いすらも変わり、目の前には写真ですら見ることはできない様な田園風景が広がっていた。



「ここは…あなたは誰?」

相方が問いを投げかける、当たり前だ。そもそもさっきまで死にかけてたってのに突然こんなところに来たんだ。目の前に誰かがいたのならこいつが仕組んだ犯人だと疑わない方がおかしいだろう。

さらに眼の前のナニカは明らかに人では無い、形こそは人だが体の一部が木に変化していた。髪は途中から枝になり葉が芽吹いている。左半身は完全に木になっていて動作を見る限り動かせない様だった。

「僕は…僕は辷楽、ここの村の村長をしているよ」

穏やかにナニカは…辷楽と名乗るエネミーは言う。

「…馬鹿言うんじゃねえ、この世界に村とかありえねえよ」

「ちゃんとある。僕が一から作り上げたんだ、簡単に否定されちゃ困るな」

あまりにも信じられなかった。柵で囲われたコロニーぐらいしか安全地帯の無いこの世界で、真っ当な村なんて築けるわけが無い。その上にこっちは死にかけた所を突然来た、そんな夢のような事があるかと一蹴する。

「……ねえ、村があるなら私に見せてよ。そこまであるって言うなら確認させて」

「お前っ…」

「いいよ、ついてきて」

こっちの返事も聞かずに歩き出すエネミー、相方は既についていく気満々のようだ。ここならもしかしたら…そんな甘い考えがよぎり、それを振り払うように頭を振った。



おにいちゃんあそぼー!

やめなさい、あの方は忙しいんだから

米は明日頃に収穫でしたよね?

「ごめんね、今は後ろの二人を案内しないといけないんだ。米は明日の昼頃に、僕も手伝うから村の全員でやるよ」

この村を一言で表すなら…あまりにも平和で異常だった。明らかな異形である辷楽を当たり前のように受け入れ、全員が親しげに話しかけている。

「なに…これ……」

「俺が言いてえよ…こんなの、コロニーなんかよりもよっぽど…」

この終わった終末世界に似合わない様なのどかな景色、話だけでしか聞いたことのない終末前の世界を見れたのならこういうものだったのだろうか。

「いつでも出ていって良い。だから少しの間…ここで暮してみないかい?」

辷楽のその言葉に、とてもいいえとは言えなかった。




―――――――――――

(新しく二人…家を建てないと人数的に不味いか)

大きな大樹の枝の上、迷い家のエネミーの本体の上で辷楽は…僕はぼおっと考える。こんな事になったのはいつからだったか


世界の終わりは突然にやってきた。穏やかな日々で誰にも気づかれずに突然死ぬ物だとばかり思っていた中、それは唐突にやってきた。あっという間に世界は滅びの道を歩み始めた

数を大きく減らした人間達は柵を作って家すら捨てて群れ始めた。少ない友人は更に数を少なくし、どこどこで誰々が死んだと風の噂を聞くのみになった。食べる肉もなくなり、日々の腹を膨らませるために詰めるものは青臭い葉が殆どになった


そんな日々が嫌になって自分だけの秘密の場所に行ったのが始まり

迷い家のエネミー、迷い続ける事で辿り着く異界。小さな世界の真ん中には大きな淡虹色の不思議な木が生えている。意図的に行く方法はおそらく自分しか知らない安全圏

急速に変わる世界から逃げだして…迷い家の腹の中でのうのうと暮しているうちに僕の体に少しずつ異変が起き始めた


最初は寝る時間が伸びるだけだった。日が暮れ始めた頃に寝たら次起きたときは昼過ぎ、という日が続くようになった。次第に体の一部が痛むようになった。左手の指先や左目に突き刺す様な痛みが時たま走り、時間が立つうちにその痛みがずっと続くようになった

終いには体が木になった。痛みが走った部分が木に変質していた。初めは指先、手の甲、腕、肩、顔…左半身が完全に木に成り果てた

外に出ようにももう出れなくなっていた。いつの間にか僕と迷い家は混ざり合っていて、一つの歪なエネミーになっていた



(こんなに人がいたらもう、気軽に消えたいだなんて思えないな)

村を見下ろす。皆が騒がしく幸せそうな気がした

自分は人の上に立てるような立派な生き物じゃない。そのくせになんとなくで人を集めて村を作った自分自身に呆れてしまう


…いつか、彼等にまた会えるんだろうか。僕はもうここから出られない、迷い家の管理をして人を引き込む事しか出来ない

終末から逃げた先で小さな理想郷を作った。半身は侵食されて人型ですらなくなった。柄でもない、変わっていったのは世界のみではなく自分すらもだった

「……怖いよ…寂しいよ…██、………あれ」



…僕が呼んだのは誰の名前だ?


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