終戦前日譚/運命
何処までも雲が広がり、荒れ地が連なる。
硝煙と汚泥が煮詰まった臭いが広がる中で、幾度も破裂音が響き渡る。
音の発生源にいるのは5人のヘイローを浮かべた少女達。
齢7〜15位の彼女達は各々その小さな手に銃器を持ち、眼前の敵へと引き金を引いていた。
──否、正確には誤解がある。
「────」
少女達の中でも一等見窄らしく幼い少女が、その場にいる全員の間隙を縫うように縦横無尽に動き、他の4人は捉える事も出来ずに牽制の無駄玉を吐き出していた。
少女達は前衛2、遊撃、後衛と小隊として適切な割り振りと、各々の立ち位置に合わせた銃、更に幾つかのグレネード等を使って幼い少女を追い立てようとするが、それに構うことなく、苦しげに表情を歪ませつつもショットガンを片手に、身に弾を掠らせることなく翻弄していた。
「苛つくぜ……何なんだよお前はぁぁあ!」
「まって!迂闊に近づいたら──!」
痺れを切らした前衛の少女が牽制を捨てて突撃するのを遊撃の少女が諫める声より早く、猫のようにしなやかに突撃を始めた少女の前に逆に詰め寄り、顎をショットガンで勢いよく殴り抜け、去り際に膝裏を蹴り飛ばしながら味方諸共と投げられたグレネードの射程から離脱する。
残されたのは脳を揺らされた上にバランスを崩された少女だけで──爆音と共に散らされた鉄片諸共血塗れになりながら吹き飛ばされていく。
「ちぃ──回収しろ!これ以上はヘイローが持たない!お前達だけでも撤退するんだ!」
五体が辛うじて満足なものの無惨な様相の有様にもう一人の前衛だった少女が叫び、遊撃と後衛の少女が抱えて後ろに下がろうとする。
その姿を、幼い少女は無表情に眺めていた。
「貴女はどうするの!?」
「殿だ!どのみち後はないが少しでもお前達は生き残れ!」
再起の目は無い。
自分が属する陣営の戦力は彼女達の小隊だけであり、対して幼い少女の陣営は他にも戦力がいた。この場にいないのはこちらの陣営を抑えるためであり
──なによりも。
「『死神』相手に時間をどれだけ稼げるかわからん!それでもいいからいけ!」
「───っごめんっ……!」
ただ一度の敗走も無く、戦場で無傷のままの他の陣営を叩き潰してきた目の前の少女──死神の異名をもつソレに勝てるヴィジョンが無かった。
撤退していく仲間達の幸福を少しでも願いつつ、銃を構えて一分一秒でも長く時間を稼がんと気合をいれた。
「──1つ問う」
だからこそ。
その少女がこの場で口を開いた事に、今の今まで口を開かなかった死神が、自身を見つめながら痛ましげに見つめていることに動揺した。
「投降しないか?」
「はっ?」
「戦う選択を選ばなければ、そうでなくとも諦めてくれれば命を奪うことはしない……私のように人質を取られて戦場に駆り出されるかもしれないが間もなくこの戦争は終わる。貴女達が助かる確率は高いはずだ。だから……」
「お断りだ」
驚くほど冷たい言葉が、幼い少女の言葉を遮った。
悲しげな瞳で何故と問うその姿に先程までの恐ろしげな死神の色を見出だせない。
所詮喰い物にされてるお仲間でしか無かったと、小さく落胆して、今度こそ銃を突きつけた。
「他ならぬお前のその姿が!テメェのあり方が示してんだよ!糞の掃き溜めだってな!!!」
「──っ、無駄な殺生を、またさせるっ!」
──……
「ちっ……届かなかったか……」
結局、一撃たりとも与えられずに少女は崩れ落ちた。
元より小隊で勝てなかった相手に単身で勝てるはずもなく、せめてもの自爆すら避けられて、逆に致命傷を負った。
「……どうして皆、生きることを諦めてしまうんだ……」
「……まだわかってないんだな……どこまでも、愚かな奴」
寂しげに見つめてくる無傷の死神。
その姿に、せめてもの傷をつけたくて、少女は口を開いた。
「冥土の土産だ……精々聞いてけや馬鹿」
──栄養もロク取れてない自分達よりもなお見窄らしく、幼いオマエ。
武器もまともに渡されていない、服もマトモなものではなく奴隷のソレ。
本当に人質がいるのであれば、そんな弱らせる様な事はしなくていい。
裏切れば人質を殺せばいいのだから。
だから、人質はもういない。
血を吐きながら零した言葉の影響は顕著だった。
「……だ……うそだ……そんなの嘘だ!」
「一度でも会わせて貰えたのかよ?声を聞くとかもさ?」
「────っ……」
「はっ……!死神様も随分と頭がお花畑だったようで……」
取り乱して。
目を震わせて。
銃を取り落として。
力なく座り込んだその姿には何処までも惨めで憐れだった。
あぁ……消して消えない傷を、刻み込めたんだ……。
「──じゃあな、最強。ただ強いだけの……愚かなガキ……」
呼吸の音が止まる。
その場に一人残され、座り込んだ少女を残して彼女のヘイローは砕け散った。
1分、5分とその場に座っていた少女は、ぶつぶつと口を動かし──やがて、幽鬼の様に立ち上がり、震え、総てを吐き出す様に月に吠えた。
「■■■■■■■■■■■■■───────ッ!!!!!」
全て消えてしまえと、抑えられない感情を吐き出して──。
──……
そこは幼い少女が属していた一派の拠点だった。
現在のアリウスの中でも一大勢力を誇り、統一も間近と目され、影に拠点を置かずとも構えられる程だった。
・・・
そう、だったのだ。
その場には何もない。
建物も、人も、木も。
何もかもが抉れて真球の様にポッカリと抉れた半径1kmほどの土地だけが残り、その縁に幼い少女はいた。
──これをやったのは、私だ。
自覚はある。
どうやったのかは覚えていないけれど感情のままに拠点に戻り、全てを消した。
親族を人質にとって、従うのであれば悪いようにしないと言っていた者達を。
殺しを強要してきた者達を。
戯れに甚振ってきた者達を、遍く全てを消した。
消して、消して、全部終わって──いない。
遠くから銃撃音が鳴り響く。
一大勢力が音もなく消えた混乱と共に、燻っていた戦火が俄に燃え上がり始めるのを感じた。
また、命が減る音が響き続ける。
「……いつ?」
また、無間地獄が続く。
「いつ終わる……?」
また、苦しみが人の中に広がり続ける。
「〜〜〜ッ!!!」
銃を投げ捨てて、地面を叩いて、吠える。
「いつ終わるんだ!いつ終わるんだよ!!いつになったら……戦いは終わるんだよぉおおお!」
──わかってる。
私が引き金を引いたのはわかってる。
我慢すればよかったんだ。
そうすれば、私の所属していたそこがアリウスを統一して戦いは終わったはずだった。
一時の感情に流されなければ、全て、終わっていたはずだった。
「出来る訳ないだろう!そんな事!」
たった一人の妹を失って、残された家族親族一族郎党総てが殺されていたのに我慢なんて出来るわけがなかった。
「じゃあどうすればよかった!どうすればよかったんだ───!」
叫び疲れて、倒れ伏して。
もう全て投げ出して楽になってしまいたくて──。
「あぁ……全て……虚しいな……」
「誰か教えてくれ……どうすればいいんだ……」
瞼が落ちていく。
「──ええ、私が教えてあげましょう」
そんな声が聞こえて、目を動かした先に。
朝日を背に此方を見つめる赤い肌の異形の女がいた。
「────……なにを、そんな簡単に」
「簡単……ですか。フフッ……そうでしょう。貴女が正しく力を使えばそれこそ呆気なくこの戦いは終わるでしょうね」
可笑しいと言わんばかりに女は口を開く。
「甘い……いえ、優しいのですね……だからこのような状況に甘んじている」
「貴女が望んでしまえば、その悍ましい/素晴らしい力を使ってしまえば全てを終わらせられるというのに」
「……それで何になる……後に何も残らなくて」
「えぇ、それでは何の意味もない」
だからこそと、女は口にした。
「貴女の圧倒的な力を示すのです。誰も逆らう気が起きないほどに、圧倒的に、無慈悲に。大人が子供を教育するように。遍く全てに貴女が格上だと教え込んで締め付ける──言うなれば、『教官』といったところでしょうか」
「その果にこそ、この地の平定を片手間になし得て、その次となる」
朗々と語るその姿は、本来であれば信じるに値しなかっただろう。
けれど。
道を違えた幼い少女には、その力がある少女には、この地の争いを治めたかった少女には。
何処までも魅力的に聞こえた。
「──貴女の、貴女の名前を教えて下さい」
「私はベアトリーチェ、崇高に至る者」
まともに力の入らない四肢に力を入れて立ち上がり、恭順の意思を示す為に膝を付く。
「どうか私を導いて下さい──マダム」
「えぇ……これより、我々の遍く奇跡の始発点が始めましょう」