終幕

終幕


「……ズェピア、何を」 

ソファに座って、ポップコーンを食べながら録画した演劇を見ていた。アトラス院のスーパー錬金術師×2とは思えない堕落さだけれど、息抜きには悪くない。

「何を、とは。ただのスキンシップさ」

穏やかに、しかし有無を言わせぬ笑み。

伏せたままの瞳、長い睫毛。芸術品のように麗しい人……いや、人というのは語弊があった。 既に300年以上の時を重ねた吸血種、死徒。 

「……最近近くない?距離」

「そうだろうか……私は割と昔からこうだったが」

口元に宿した笑みを絶やさず、私の頭を撫でる。丁寧で穏やかな手つきなのに、優しいとは思えない。わしゃわしゃと良く撫で……ううん、少し撫ですぎじゃないだろうか。ただの友人のはずなのに、最近やたらと距離を詰めてくる……ような……?

「……とにかく、今日のは外れだね。所詮は二番煎じ、これじゃあズェピアと触れ合いコーナーしてた方がまだマシかな……」

「む……そうか?私は嫌いじゃないが。確かに序盤の陳腐さについて思うことがない訳では無いがね、終盤の……ほら、鳥とか……君に似て可愛らしかったとも」

「ズェピア……ふざけてる?」

すました様子の彼の頬を思い切り引っ張る。……思ったよりもよく伸びる……。

「ふざけてはいないが……いひゃい、はなしてくれ……」

「ふーん、ズェピアも痛いとかあるんだー……」

「あるさ。君が相手だからかな」

クスクスと笑う彼の頬を離す。

「やだ、口説いてる?そうやってすぐにキザな事言う癖、やめた方がいいよ」

「それは失礼。君があまりにも麗しいレディに成長したものだからつい、ね」

くすくすと笑っている、成長した、なんて言ってもお互い外見は出会った時から変わらないのに。

「成長も何も、変わらないでしょ。死徒なんだし」

「そうだったか、長生きすぎて忘れてしまった」

それでも笑ったまま。なんだ、今日のこいつは随分と上機嫌らしい。先程の演劇が余程楽しかったのか、何かいいことでもあったのか。どちらにせよ私には関係の無いことだけど。

「……む、時間だ。今日はこれで失礼するよ、この後はまた研究に戻らねば」

「そう。じゃあねー」

軽く手を振る。どうせまた会えるのだ、別れを惜しむこともない。

「ああ、また。……いや、少し淡白すぎないかな。親愛なる友人との暫しの別れなのだからもう少し、何かあっても良いのでは?」

「ばいばい」

「……リテイク」

「はぁ?」

「リテイクだリテイク!」

……これ面倒なやつだ。お互いやることは山積みだろうに、こいつは1度こうやって言い出すと長いんだ。

「あぁもう、じゃあそっちからなんかすればいいでしょ!もう馬鹿!」

「ふむ、それでは少々手荒になるが」

「は?待て、友人との別れの挨拶に手荒とは……きゃっ!?」

ふと、手を引かれる。そのまま腰を抱き寄せられてバランスを崩した。

「失礼」

何を、するかと思えば。私の髪を一束、手に取って口付けを。

「なんだ、くすぐったいな、もう。……これで満足?」

「あぁ!大いに満足したとも、それじゃあまた、そちらも元気で」

パッと幕の落ちた舞台のように消える部屋の照明。出ていく時に部屋の電気消すのやめろっていつも言ってるのに。

「……全く、しょうがないやつ」



___



「うわああああぁぁぁぁぁ!!!!!!何をどうやっても人類は絶対に滅ぶ!そうだアトラス院を解体して新人類を作ろう!」

発狂。

……その日の私はいつにも増して酷かった。私なんて1ヶ月に1度くらいの頻度で発狂しかけているけど、アトラス院の錬金術師なんてそんなものだと思いたい。……というか、時計塔の魔術師だって研究ノイローゼになって発狂とかしないんだろうか。アトラス院の歴代院長のことを思うともはや発狂なんてアトラスのお家芸だけど、そういう意味でも300年耐えているズェピアはやっぱり天才なのかな。

そこまで考えて、パッと部屋の電気が消えた。

……噂をすれば、と言うやつだ。

「元気そうでなによりだ。ところで差し入れに果物はいかがかね」

「……ズェピア……」

私の布団の枕元へ優雅に座る彼を軽く睨む。どうせ私の事を茶化しに来たのだろう、ホントやなやつ。

「何か?要望があるなら可能な範囲で聞こう」

「お前の顔みてたら正気に戻った、帰って」

「それは良かった。だが帰れ、というのは些か。せっかくなのだからワインでもどうかな、君の見舞いにと思ってとっておきを持ってきたのだが」

にこりと笑って、ワインと果物をどこからか出した。

「……ちょっとだけだからね」 

私も起き上がって彼の隣に座ろうとしたけど、その前に彼の方から私の隣に座ってきた。人のベッドに堂々と座るその図々しさはさすが、と言うべきか。でも案外、そういうところは嫌いじゃないかな。



___



……そういえばしばらく見てないな、あいつ。この間一緒に酒盛りした時からもう2ヶ月は経ったが。


それはともかくここはアトラス院の外、久しぶりの日差しに晒されて私は歩いていた。

「……うう、眩しい……」

 久しく、外には出ていなかったので。本当に面倒なことだが仕事なのでこれも仕方がない。聖堂教会からアトラス院_というか私への_依頼だった、とある死徒を始末して欲しいだとか。

だいたい、こんな事のためにいちいち根回しが陰湿なのだ。わざわざ私をご指名でアトラス院から引きずり出すとは教会もよくやってくれたな、なんて。そもそも死徒なんて私が見ている滅びとは全くの別ジャンル、挙句私は戦闘なんてからっきしで……とまぁ、もはや嫌がらせか何かなのだろうかと疑うほどのミスマッチだ。それでも私でなければいけないのだ、と。

……で、挙句の果てにはどこに現れるか検討もつかないと!ばっかじゃないの!?ばーかばーか、教会のバカ! 

何はともあれ、死徒探し、ということで夕暮れの街を歩き回っていた。

「……あれ」

遠くに、見知った影を見掛ける。

あの金髪と、まるで1人だけ銀幕を切り取ったような立ち振る舞い。またカットとかリテイクとかほざいてるのかな、とにかく声をかけようと思いたって、彼を呼び止めた。

「ズェピア!何やってるの、こんなところで……」


「___、む」

一瞬、奇妙な間があったような。

振り向き際の彼の横顔に、どこか遠いものを感じてしまった。久しく会っていなかったからかな、でも、それにしたって、これは。

「……君か。人探しはおすすめしないな」

「何、開口一番に私の目的の否定なんてしちゃって」

2ヶ月ぶりでもこの減らず口は何も変わっていないらしい、勝手に目的を見抜いて勝手に助言をしてくる厄介さは健在だった。

「どうしても、と言うなら構わないが。君が探しているのは私だろう」

「死徒探しだよ」

間髪入れずに言い返す。

「……やはり私で間違いないだろう。君が選ばれた理由も、理解できるとも」

座ろうか、なんて笑ってその辺のベンチに腰かける。

「…………ここは些か日光が強いから、長話をする気は無いが」

こいつにしては珍しく、俯きがちに口を開く。

「……君は綺麗だ」

「なに、急に。褒めても何も出ないよ」

「出さなくて結構。君は本当に美しい、私はもはや以前の私では無いが、それでも、君についてはそれなりに以前の記録に思考が寄せられるらしい」

「……そう」

なんて言うべきか分からなくて、それだけ。

「以前から、いっそ首をねじ切って自分のものにしてしまおうかと幾度も考えたものだがね」

「恐ろしいこと考えてたんだね、ズェピア」

「あぁ。……だが、いざ目の前にすると、どうにも食指が動かない」

困ったように緩ませた口元に浮かんでいたのは、今思い出したって、複雑で、酷く、胸が詰まるような、人間らしい微笑で。

そんなふうに笑うなんて、知らなかった。

「……消えてくれ」

「なんでよ」

「好きだ。……愛している、と言ってもいい」

耳を疑うような言葉。

だけど、少しだけ納得もした。

「……ありがとう」

詳しい事情はよくわからないけど。

多分もう会えないな。

そのまま立ち上がって、二度と振り返らなかった。

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