終局にて
『_ちぇ、あと少しだったのに』
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罪を犯している。
「っ…んぅ…ぁっ」
震える吐息。赤く染まる頬。
嫌々と首を振る彼女の顔は煽情的で。
傷つけないように細心の注意を払って動いてみる。眉間に皺を寄せるばかりだった彼女の眉がぴくりと動いて、もどかしそうに声を漏らした。
「は、……快いのか」
返答はない。たださらに濃く頬を色づかせるだけ。その反応が肯定を示していることを知っている。無意識に口の端が緩んだ。
_ああ、なんて浅ましいのだろう。
この交わりに意味はない。見よ、この崩れゆく神殿を。この場にもはや未来はなく、あらゆる存在は悉く消え去るだろう。
人理修復の旅の果て、なおももがき続けるカルデアを私はこの終局特異点にて迎え撃った。集いし英傑たちを屠られ、盾の乙女さえ眼前で消されてもなお、彼女は震える足を誤魔化して私を睨みつけた。
藤丸立香。我が怨敵。我が憎悪。我が運命。私は確かにおまえを認め、おまえと戦い、おまえに敗れた。
_だというのに。
ああ、なんて醜悪。なんて無様。あの瞬間、あの数秒にも満たない刹那の時間。たったそれだけ、おまえは諦めるのが早すぎた。あまりの呆気なさに怒りさえ湧いたが、それを口にする資格は私にない。ただただおまえが恐れ怯えることのないようにこうして誤魔化してやることだけだ。
これが、何の救済にもならないということは承知している。この状況でおまえをほんの少しでも慰められるものがあるとすれば、カルデアは無事帰還したという事実のみだろう。
「…いや、どれもこれも、なんの慰みにもならないか」
生きたかったのだものな、おまえは。
私の呟きに彼女は気づかない。もう、とっくに欲に溺れている。
わかっている。己が罪も、この行為の醜悪さも。
けれども、どうしようもなく、おまえのその姿が哀れで愛おしい。
この感情が不健全で疎むべきものだとしても、私はもう瓦礫とともに落ちてきたおまえを手離すことはできないだろう。
閉じていた彼女の瞼が、緩やかに開いていく。その瞼の先には琥珀を蕩かしたような黄色があるはずで。
「____あぁ」
赤みがかった黒が涙で潤んでいる。
私の色が、確かにそこにあった。それが過度な魔力供給による一時的な異常であったとしても、ひたすらに愛おしくて。
「りつか、りつか」
棒切れのような体を引き寄せて強く強く抱き寄せる。そうして狂ったようにおまえの名をよんだ。その名を呼ぶたび、感情は制御不能なほど肥大化していって。
「___げー、てぃぁ」
「__ああ、りつか」
彼女は拙く笑って私の名前を紡いだ。
その瞳に、もはや何も映っていなくともいい。
私もまたそれに応えて、その額にキスを贈るだけだ。
_罪を犯している。
救いは届かず、償いは果たされない。
ただふたつ、命がかき消えるだけ。