終わりの始まり

終わりの始まり


少年と怪物は、共に生まれました。

少年は怪物であり、怪物は少年でした。

生まれ落ちる以前より、ふたりは共にあったのです。

 

少年は善良でした。怪物は悪辣でした。

そうです、呼吸を止めるように。断食をするように。感覚を閉ざすように。少年は怪物を封じ込めていました。

自覚はありません。それでも、無意識の中で少年は「大切」なものを守っていたのでした。

 

そうして生まれ落ちた少年にとって、世界は眩いものではありません。色のない灰色のものでした。

輝かしいものではありません。濁った澱んだものでした。

賑やか?いいえ、騒がしいというのです。こういうものは。

人間だって同じです。真っ黒で煤けた塊が動いていて、気持ち悪いったらありはしません。

笑顔の裏で何やら企む大人の何と多いことでしょうか。純真無垢な顔をして、悪意に満ちた心の何と多いことでしょうか。

 

ああまったく、気持ち悪くて反吐が出る。

少年はひとりでした。ひとりぼっちでした。仲間はいても、……いた、の、でしょうか。わかりません。もう少年にはわかりません。いたとしても、何かが変わったわけでもないでしょう。心を許す存在がいるわけはないのですから。それなのに、何を大切だと思っていたのでしょうか。

大切だから守っていました。大切なものがわからなくなりました。

どうでもいいけれど、気持ち悪いけれど、反吐が出るけれど、それでも少年は守っていました。それでも解き放ってはいけないと無意識は思いました。

 

ある日、一人の少年に出会いました。ギリシャから来たと言うのです。双子の弟と離れて暮らす、双子の兄でした。彼はひどく真っ白で、きらきらしていて、少年は驚いてしまいました。こんな人間には今まで会ったことがありません。

ああ、と、思いました。人間ではないんだな、と。人間のような反応ですが、どこか違います。しかし、その時は初めて見た白が眩しくて、話しかけられて驚いて、そんなことはあまり考えませんでした。

とんとんと時計は回ります。話している最中、ふと彼は少年に向かって言いました。

星のようだ、と。

星。ギリシャ語ではファステリといいます。英語ならスターですね。

適切とは思いませんでしたが、何となくその言葉は気に入りました。ファステリ。ファステリ。ファステリ。名前にしてもいいかな、と思うぐらいには気に入りました。

そして、彼は一週間ほどで帰って行きました。きっと弟に会うのでしょう。

 

それが起きたのは、少年が15のときです。

少年は、ええ、有り体に言えばいじめられておりました。

少年は優しく、臆病で、反撃なんてできませんでした。そんなこと、想像の端にものぼりませんでした。

怪物を抑えるには正しい性格でしたが、人間相手ではそうとも言えません。元々こんな性格だったから怪物を抑え込めたのか、怪物を抑え込むためにこんな性格になったのか。はっきりとしたことはわかりませんが。

 

その日は、特にひどかったのです。家すらも安息の地ではない少年は、路上で一人思います。

 

――――ああ、すべて、なくなってしまえばいいのに。

 

それがトリガーでした。

一瞬よぎった思考が、この先の全てを捻じ曲げました。

怪物が解き放たれてしまったのです。それが全ての始まりでした。

 

少年に自覚はありません。少年は怪物であることも、怪物は少年であることも、自分が怪物を抑え込んでいたことも。全ては無意識のうちにやったことであり、少年の意識にはありません。

だから、わけがわからないままでした。

次の日ニュースで、遠い国で人が一人ずつ、殺されていると流れました。映像ごとです。それを皮きりに、殺人の様子が次々と報道されるようになりました。犯人はわかっていましたが、どうにもならないものでした。

皆が怯え、惑い、混乱していました。

一週間後、裏側である日本でも次々と人が死んでいきます。とうとう来てしまったのか、と誰かがいいます。それまでと同じように一人ずつ殺され、少年は最後の一人になってしまっても、なにもわからないままでした。

 

だから、記憶をけすことにしました。

なにもわからないなら、わからないままでいいのです。

そうしてすべてわすれて、少年はヒスイにやってきたのでした。


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