紺青の空の下

紺青の空の下


※注意※

・ヤンマに心を開くラクレス

・ラクレスとヤンマは左右が確定していない(恋愛未満)

・またもHなし色気なし








 ラクレスは城外のバルコニーから澄み渡る空を眺めていた。

 ふと人の気配を感じて振り返ると、そこにはヤンマの姿。

 彼はバルコニーのハンドレール(手摺)に凭れ掛かった。


 しばし、沈黙がふたりの間を流れる。


「お前さ…たまには笑えよ」

 唐突にヤンマが言った。

「……どういう意味だ?」

 ラクレスは少々考え込んだ後(のち)、問い掛ける。

「シュゴッダムの歴代の王が背負ってきたもんを思えば、笑ってられる状態じゃなかったのはわかる。だけど、」

 もういいんじゃねーか、と彼は続けた。

「玉座はギラに明け渡すんだろ?」

「あぁ…」

「だったら…王様じゃなくなるんだから、お堅い仮面は取っ払って――笑え」

「っ!」

「まぁ17年も冷徹な国王を演じてたんだ、急に笑顔って言われても難しいだろうが…」

「……」

「せめてギラには、素顔を、ほんとのお前を、見せてやれ」

「……!!」

 ヤンマにそう告げられ、目を見開く。

「今までの、途切れた兄弟の時間きっと取り戻せるぜ?」

「何故、そんなこと…。君は私を嫌っているのではないのか」

「確かに、いけ好かねぇと思ってた。

 けどな、チキューを守る為…宇宙を救う為…憎まれ役に徹していたって知ったからには――もう敵意を向けらんねーよ」

 彼は自分に対し敵意はもうない…つまり――

「今後は…味方になってくれるのか?」

 ラクレスは、強い驚きと微かな嬉しさで、思わず訊いた。

「……は?はぁー?! なに言ってんだッ、タコメンチっ?!!」

 ヤンマがラクレスの方を向いて声を荒げる。

「タコ…?」

「ンなこと、確認すんなっ!このスカポンタヌキ!!」

「タヌキ??」

「あーもう…ッ!

 お前はギラの兄だよ!!間違いなく!!」

「???」

 タコだの…タヌキだの…先刻から何を言っているんだ?――ラクレスが頭に疑問符を浮かべていると、ヤンマは溜息を吐き

「兎に角!今までのこと償うんならギラとちゃんと向き合え」

と説いてくる。

「……どうすればいい…」

 ぽろっと溢れた。



 ギラに仇なす邪悪であり続け、今更どうしてギラに顔向けできよう…。

 私の素顔とは何だ…笑い方など遠の昔に忘れてしまったと謂うのに…。本当の私…――そんなものは存在しない。


 ギラと向き合う…?どうすればいい…?――脳裡を駆け巡る答の出ない問題に、つい溢してしまった。



「なんで、俺に訊くんだ…」

 ヤンマが呆れたような声を出す。

「お前は俺と違ってお育ちがいいからなー、仕方ねぇか…。

 ‘あの時’も…俺をブッチしようとした癖に『助けに来てくれたのか!感謝する!』とか言ってたよな」

 ラクレスは彼が何のことを言っているのか察した。すなわち、バグナラクと形だけの同盟を結んだときの遣り取りである。

 今にして思えば、‘あのとき’の、自分の発言は理不尽だ。

「‘あの時’は申し訳なかった」

「謝らなくていい、もう怒ってねぇ。きっちり仕返しもしたしな」

 こちらが詫びるもヤンマはあっさりしている。

「あんだけ邪悪の王やって人の善性を信じてるよな、お前…根本が素直なんだ、だから暴虐の王になった自分は役目を終えたら用済みと思ってる…。

 あん時お前が『助けに来てくれたのか!』と言ったのは命乞いじゃねェ、あの時点で死ぬ訳にいかなかったからだろ?

 逆に謂えば、全てが終わって、ギラに託したら…――死んでいい って…そう考えていたんだろ」

「 っ、どうして…」

 わかった…?

「それで俺は、この前『死ぬなよ』と言ったんだ」

「!!」

「ギラが真の王になるようお膳立てして、自分は全部の責め苦を負い汚名を被って死ぬ とか…――カッコよすぎるから」



 ああ、そうか。その瞬間、ラクレスはわかった。…自分が何故、この男を嫌いでないのか.その理由を。


 ヤンマ・ガストは厄介な男だ。

 切れ者で物事の本質を見抜く力に長け理解が早い一方で自身の気に入らないことがあれば何にでも食って掛かる気性の荒い人間。頭がいいから物の道理をわからないはずないのに時に冷静さを欠き理屈を置いて感情的になる。

 五王国同盟に参加しない。

 類いまれなる技術力と頭脳を持っていながらプライドという形のないものの為に自分の命さえ捨てることを厭わず、どんな相手にも諂わない。

 全く制御不能な存在である。

 それでも、ラクレスはヤンマが嫌いでなかった。


『確かに、いけ好かねぇと思ってた。

 けどな、チキューを守る為…宇宙を救う為…憎まれ役に徹していたって知ったからには――もう敵意を向けらんねーよ』

『あん時お前が「助けに来てくれたのか!」と言ったのは命乞いじゃねェ、あの時点で死ぬ訳にいかなかったからだろ?

 逆に謂えば、全てが終わって、ギラに託したら…――死んでいい って…そう考えていたんだろ』

 ヤンマは裏表がない。

 宇蟲王を確実に討ち滅ぼす好機を掴む為、相手の腹を探り相手の裏をかく。そんな駆け引きにラクレスは神経を擦り減らされていった。誰も信頼できない――宇蟲王のスパイがシュゴッダムに潜入しているならばスパイが成りすましている可能性のある側近にも気を許せない。口八丁手八丁で煙に巻くカグラギをどこまで信用していいものか、その妹であるスズメのことも半信半疑。ディボウスキ兄妹は信を置けると判断するまでの間、信じられるのは己のみ。

 そんななか、ヤンマの言葉に嘘はなかった。明け透けで裏がない。――そのことに酷く安堵した。…喩え、自分を非難するものであっても。彼に足を引っ張られ計画が思うようにいかなくて正直 憤りを感じたこともある。ただ、怒りを覚えることでラクレスは自分がまだ人でいられると実感できた。心を圧し殺して宇蟲王に従順であり続け、いかなる屈辱にも耐えるうちに〈いっそ人としての情を失えば…〉と頭を過ったこともある。そんな自分が人の心――負の感情とは謂え人の心を消さずに済んだのは…、スズメのことを信頼できると思える日まで、自分が人を捨てないでいられたのは…。


『ヤンマ・ガスト!この国を、民を、守りたいのなら…跪き忠誠を誓え』

『やなこった…!』

『このまま死にたいか?』

『俺は媚びねえ…諂わねえ…!誰が相手になろうとも、意地とドタマでブッチギる!

 それがンコソパ総長――ヤンマ・ガストだ!…来いよ』

 ヤンマは邪魔者な向きはあったが敵でない。


 『ギラが真の王になるようお膳立てして、自分は全部の責め苦を負い汚名を被って死ぬ とか…――カッコよすぎるから』。――自分は弱く、己で戦う覚悟もない、ただの卑怯者だ。ならば、せめて邪智暴虐の王として散るのが最期の王様仕事と思い定めただけのこと。それを“カッコよい”と評するヤンマの思考はわからないが、

 『それで俺は、この前「死ぬなよ」と言ったんだ』。――おそらく嫌っていたであろう自分に彼が掛けてくれた『死ぬなよ』は、どれ程 響いたか。



「おい、聴いてんのか!」

 すっかり物思いに耽っていたラクレスは、ヤンマのその声で我に返った。

「何千年の呪縛か知らねェけど、」

 ヤンマが視線を遠くへ遣る。

「これまでの一族の業を引き連れて地獄に堕ちる。――それが、お前の…王としての在り方 だったんだろう?」

「……!」

「俺には到底 及ばない考えだ。けど、俺はお前の生き様を否定しない。だから、お前も俺の生き方を馬鹿にするな。

 俺は俺の意地を通す。お前はお前の矜持を誇れ」

 ただ、と彼は付け加えた。

「もう王でなくなるんならこれから先は…たまに笑え!

 その方がずっと取っ付き易いからよ」

 ヤンマは口角を上げる。

「……そうか…」

 心が軽くなった。

「そう!それだそれ!」

 ヤンマがこちらの顔を指差す。

「?」

「そんなふうに笑えばいい」

「…そうか……(私はいま巧く笑えているのだな)」



『今ここで誓えッ!!必ず…必ず民を救うと!

 出来ぬと言うなら、玉座は私のものだ…!』

『…僕は、シュゴッダムの王として、あなたの意思を受け継ぐことを誓う!』

『頑張れよ』

 ギラに、弟に、エールを送った‘あの瞬間(とき)’、自分はちゃんと笑えていたのだろうか…。

 一抹の不安を覚える。

 けれど、



「いっつもお高く留まってるなと感じてた。

 だけどさ、お前…ちゃんと笑えるんだからこれからはいまみたいに笑ってみろ」

 ヤンマの口振りを聴いていると、遠い‘あの頃’に置き去りにしたと思っていた笑い方を自分は忘れていなかったようだ。


 ―――友になってくれないか…

 ヤンマに言い掛けた思いを、ラクレスは飲み込んだ。


 代わりに

「これからは君が兄貴分としてギラの力になってくれないか」

 ギラのことを頼む。

「断る」

 しかし呆気なく拒まれた。

「ギラ(あいつ)の兄貴は…ラクレス、お前だ」

 鋭い眼光と言葉が真っ直ぐに突き付けられる。

 やはり、彼はいつだって真っ向から来る。

 それが清々しくて。

「それでは…私達兄弟に手を貸してくれるか」

 ラクレスはそう投げ掛けた。

「いいのか、俺がお前ら兄弟に手を貸すってことは…――俺はお前らと対等になるんだぜ?」

 ヤンマは不敵に笑う。

 それを受けてラクレスは

「あぁ。わかっている」

 ゆっくり肯いた。

「了解だッ!」

 ヤンマが拳を突き出す。

 ラクレスも倣って拳を前へ。

 コツンッ ――ふたりは拳と拳を突き合わせる。



 見上げれば紺青の空がどこまでも広がっていた―――。

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