素ヨダナやらかす2
またの名を、嵐の前の静けさ
マスターが頭おかしい
ヴィカルナの頭もおかしい
アルジュナ・オルタは目の前の状況に困惑した。
マスターの部屋からドゥリーヨダナの悲鳴とマスターの大声、アシュヴァッターマンの悲痛な叫び声が聞こえ、急いで向かったのだが…。
目の前に広がっているのは地獄絵図だった。
一言で表すなら、
アシュヴァッターマンが血涙を流しながら自害しようとしている所を普段と異なる姿__有り得ざる世界の彼に近い__姿をしたドゥリーヨダナが羽交い締めし、カルナがその後ろからドゥリーヨダナの頭から生える黒いツノを鷲掴みし後ろに思いっきり引っ張り、マスターは露出度の高い服を持ちながらドゥリーヨダナの周りを駆け回っていた。
若干地から浮かび上がったアシュヴァッターマンはもがき、何とかドゥリーヨダナと離れようとするが、それを許さないドゥリーヨダナであった。
「あだだだだだ!やめ、やめんかアシュヴァッターマンよ!!」
「離してくれ旦那ぁ!!あんたが傷ついちまう!!」
「ちょ、まっ、カルナぁぁあ!!折れる折れるぅぅ!!わし様の背骨が絶対曲がらない所まで曲がっとるからあ゛あ゛!!」
「耐えろ」
「ドゥリーヨダナァァ!!この服!!この服着て!!デンジャラスなビースト!!」
「ちったぁ止めんかマスター!!いだだだぁぁ!」
……本当に何なのだろうか。
ちらっと共に来ていたスヨーダナを見る。
彼も絶句していた。子供らしい大きな瞳は見開かれ、口はポカンと開き、暫く閉じることはなかった。
「…ドゥリーヨダナは何をしているのだ?」
「…」
「あの姿は……なぜ?あのものは俺たち(これ)とも、べつの俺たち(これ)らともことなる道をえらんだのだろう?すくなくとも、ドゥリーヨダナは人間として英霊の座に刻まれた、そうであろう?」
「…」
「それに、ツノをあんなふうにもたれて…今ふうでいう”つっぱりばんちょー”にでもなったのか?カルナは」
「…」
「あと、マスターは、あのひものようなものをどうして渡しているのだ?あれは一体_」
「スヨーダナよ、食堂で私と、もう1人の私とカレーを食べましょう」
「っえ?い、いや…いたいのは…」
「さ、行きますよ」
「っ?!ひっぱるな!あ、ま、マスター!!たす、たすけて!!」
これ以上は、教育に良くない。
スヨーダナの悲痛な叫びは残念ながら目の前のドスケベリザードマンのドゥリーヨダナに興奮しているマスターには届くことはなかった。
そしてまた、マスター達もアルジュナ・オルタやスヨーダナが来ていることには気づかなかった。
遡ること1時間ほど前
ドゥリーヨダナの姿を見てアシュヴァッターマンは思わずタックルを決めた。弁明するならば彼は別に敵意を持ってやった訳では無い。
今のドゥリーヨダナの姿は、アシュヴァッターマンが看取った彼の最期の姿を連想させるものだった。最期の最後に見せた、人では無い悪魔、人口を削減するための機関に成り果てかけた姿。敬愛する友が、2度も人の道から外れた姿に近づくのを見たのだ。そりゃあ思わずタックルを決めるだろう。
だが、次の言葉がいけなかった。
「ぐほぉあ!っ、痛いわ!何をするかアシュヴァッターマン!!」
『痛い』
その言葉は、生前の記憶を呼び覚ますものだった。
血溜まりの中、横たわる友。冷たく動かない四肢。其の額から生える人ならざるものの象徴。自身の聖石によって灼かれ、未だ鮮明に思い出せる匂い。
その全てが、一瞬のうちにフラッシュバックする。
「あ、ああ」
「……?どうした?死にそうな顔して……はっはーん?さては、わし様に怒られて悲しいのか??全く!幼子のようで変わらんのぉ?」
記憶が、混濁する。
もう一度言おう。アシュヴァッターマンにとって、今のドゥリーヨダナの姿はもう二度と彼を魔性に落とすようなことから護り、傷つけないと誓った彼にとっては毒である。それこそ記憶の混濁が生じる程には。
続くように紡がれた「痛い」という言葉は、ドゥリーヨダナの最期を彷彿させるものだった。
つまり、アシュヴァッターマンの脳は、
『自分は旦那が魔に堕ちてしまうのを防ぎきれなかった所か、あろうことか傷をおわせてしまった。』と、認識してしまったので。
__現在、命を持ってその無礼を詫びようとしていた。
そこから30分後、たまたまマスターの部屋の前を通りかかったカルナが騒ぎを聞き付けた。
「マスター、何かあっ……」
無機質な機械音と共に中に入るカルナであったが、目の前の状況(正確に言えば、ドゥリーヨダナの姿)を見て絶句した。
その姿は、生前友が恐れていた末路であって。
「おぉ!カルナ!ちょうどいいところに来たな!ぐっ、アシュヴァッターマンを止めるのを手伝ってくれ!こやつ、先程から自害しようとしてだな…」
「成程、把握した」
そのままカルナはドゥリーヨダナの背後に回り……
角を掴み剥がさんと強く引っ張った。
「全く、お前らは!よく見ろ!!」
あれから格闘すること数十分。2人の頬には赤い鱗の痕がくっきり残っていた。(あまりにしつこいので、思わず尻尾で頬をはたいた)
俯き、何処か思い詰めたような顔をした2人の頬をグッと掴み、無理矢理目を合わせる。
そこには、いつものお調子者がなりを潜め、かつて正義と戦った、悪名高きカウラヴァの王将がいた。
いつもより赤みの増した魔性の眼から視線を逸らすことは許されない。
テノールの声が1層静かになった部屋に響く。
「俺の友、カルナよ。お前の目の前に居るのは、誰だ?」
いつもの変な一人称ではなかった。空気が張り詰める、緊張感。
「…ドゥリーヨダナだ」
「そうだ。では、俺の戦士、アシュヴァッターマンよ。お前の目の前に居るのは、誰だ?」
「…ドゥリーヨダナの旦那、だ」
「そうだ。…分かっておるでないか!全く!」
2人の言葉に満足したのか、いつもの不満気な顔を晒して、手をぱっと離す。
「いいか!どんなに見た目が違えど、わし様はわし様だ。決してカリではなぁい!!」
だから、と言葉が続く。
「わし様を通して、わし様でないものを見るな」
不敬だからな!と、ふんぞり返った。
……ああ、そうだ。
人間と程遠い見た目をしながら、人間くさい仕草をする男を見て、ストンと胸におちる。
たとえ、目の前にいる男の姿が、約束を果たせなかった末路だとしても。死の間際に見せた悪魔の成れの果てだとしても。この男の中身は、何ら変わっていない。
この男は、決して神の創った道具ではない、人間のドゥリーヨダナだ。
「すまねぇ…」
「すまなかった」
「うむ!許そう、わし様は寛大だからな!」
「ところで、マスターはどこいった?」
「あ?そういやいつの間にか居なくなってたな」
「いや、『服をもっと持ってこなきゃ』と言って何処かへ走り去っていた」
「……服……?」
「ドゥリーヨダナ~?」
無機質な機械音が再びなり、3人分の足音が聞こえてくる。
錆びた機械のように首をそちらに向けると、満面の笑みを浮かべたマスターと、同じくニコニコと笑うヴィカルナ、2人とうってかわって疲れきった表情のドゥフシャーサナが居た。
「いや~まだバレンタインの礼装の予備があってよかったよ!」
そういうマスターの手には大量の服(というか、最早布切れのような面積の…下着?)の入った紙袋が。
「いやぁ、こちらも東洋の着物なるものや、ちゃいな服というものも頂けましたし!」
そういうヴィカルナの手には色とりどりの和風系や中華系の服が大量に。
「すまねぇ兄貴……止められなかった……」
と苦々しく吐くドゥフシャーサナの手元には数々のアクセサリーが。
逃げなければ。
頭の中で警鐘が鳴り響く。が、どこに逃げる?出口は塞がれてしまった以上、強行突破しかありえない。
不意に肩を叩かれる。
「まあ、旦那…ファイトだ!」
「ここでオレ達は見ているから」
「じゃ!お着替えしよっか!!」
「いやだぁぁぁぁあ!!」
アルジュナオルタは再び困惑した。
再びマスターの部屋の前に尋ねたところ、またドゥリーヨダナの悲鳴が聞こえたので、中を覗いた。覗いてしまった。
「ほらぁ!!似合ってる!!えっっちだよぉ!最高ー!!」
「いえ!マスター!!やっぱり兄さんにはこちらの、この赤色が似合います!!青じゃなくて赤色の方が!!」
「シテ…コロシテ…」
「諦めろ」
「あー、大丈夫か?」
「大丈夫なわけないだろ…唐突な兄貴の供給は嬉しいけどよぉ……」
「変わらないな」
「教育上…良くない」
「おい!目を塞ぐな!俺たち(これ)にも見せろ!!」