約束は灰となって

約束は灰となって


「あァ…あァァ…」

 降りしきる豪雨が腕の中の彼女の体温を奪っていく。目を閉じ呼吸すらしなくなった彼女はまるで眠り姫のようだった。その声は失われた。その心は失われた。

『ねェルフィ。わたしを守ってくれる?わたしもルフィを守るから。』

『当たり前だろ。おれがウタを守る。ウタもおれを守る。"約束"だ!』


 ここ数日過ごした洞窟の中で火を焚き彼女と、今までトレードマークだった麦わら帽子を火に焚べる。政府には彼女の血の一滴すらもやるものか。戦場に残った血はこの豪雨が流し切ってくれるだろう。

『この帽子は"誓い"の証だ。お前に預ける。』

『悪いがウタの夢を支えてやってくれないか。』

 全て燃え尽き出来上がった灰を集まる。火を起こすのに使った木や人1人分の灰だ。かなりの量になった。それをかつて使ってたボトルに入れる。灰を残してあいつらに利用されたくは無いからだ。空っぽになった心を埋めるように荷物を漁る。出てきたのは最近手に入れた音貝。起動すると今は亡き彼女の歌声が再生される。心の穴を埋めるように聞き耽る。

【ひとりぼっちには♪飽き飽きなの♪】

 灰の入ったボトルを手に持ち走り出す。着いたのは洞窟の奥にある湧水。地下水脈でもあるのかと思えるほどの水がここにあった。灰を全て口の中に含み空いたボトルに水を汲み飲み干す。彼女の体が自身の体に流れてくるような錯覚を覚える。

「これでずっと繋がってられるな。ウタ。」

『ルフィ…寂しいよ…1人にしないで…』

『"約束"する。おれは絶対にウタを1人にはしねェ。』

 そういえば彼女は常に言っていた。わたしは夢の世界を持ってるのだと。もしそうなら迎えにいかなければ。きっと今も彼女は夢の世界の中で1人泣いている筈だ。はらりと落ちた楽譜に目が行く。

「トットムジカ…」

 むかし、自分達を苦しめた魔王の楽譜。そういえば彼女が間違えて歌わないようにずっと持っていたっけか。その力は強大だ。だが

「がーざんたーく…」

「やっぱり無理か」

 歌えども魔王は出現しない。理由はいくつか思いつくがどうでも良いだろう。この魔王には彼女の夢の世界とこの世界を繋ぐ力がある。彼女を迎えにいくにはこの魔王の力が必要なのだ。


 突如現れた悪魔を討伐する為の軍隊が島を取り囲む。3方向から3大将の同時攻撃。それで悪魔を討伐する作戦。しかし、この悪魔の出現を突如、と言うのは都合がいい話である。そうなる可能性なとみなが予想できるぐらいだったのだから。

『おっちゃん』

『大将黄猿とよんでほしいがねェ〜』

『おっちゃんはよ、殺したく無いって思った事はあんのか?』

『…こんな時代だからねェ。罪のない人々を手にかけなきゃいけないってのは中々堪えた事もあったさァ。』

『そっか。ならよ!おっちゃんが生きてる間に作ってやるよ!平和な新時代!それがおれの夢でウタの夢だ!おれとウタなら出来るって信じてるからな!"約束"だ!』

『それは楽しみだねェ〜』

 この島で大虐殺を行った白い悪魔を前にして大将黄猿は呟く

「これが、お前たちが夢見た新時代ってやつなのかねェ〜」


【最愛の日々♪忘れぬ誓い♪】

「そうだな。おれとお前なら最強だ。」



『そろそろ決めたらどうだい。しつこく聞かれてんだろ?掲げる正義』

『そんな事言われてもよ〜おれはウタが幸せならそれで良いし』

『仮にも海兵がそんな事言うんじゃねェよ。特にお前さんは人気者なんだから。どこぞの鳥にでも聞かれたらどうするんだ。』

『うーん。ウタかぁ。よし!大切な人が笑える正義だ!ウタが笑えるって事はみんな笑えてるって事だしな。シシシ』

『そんな適当な…おれが言えた義理じゃねェな。こりゃ。ルフィ、一応聞くぞ?お前はその正義を貫き通せるのか?』

『もちろんだ!"誓って"も良い!』

 この島に至るまで、多くの国を滅ぼし、数多の島を沈めてきた白い悪魔を前にして大将青雉は嘆く。

「世界がお前さんをそこまで歪めちまったのか、元々世界が歪んでたのか。今、この世界をみてお前さんの大切な人は笑えてるのかね。」


【怒りよ今♪悪党ぶっ飛ばして♪】

「そうだな。邪魔する奴はみんな悪党だ。」


『痛ェ!なんだよ!殴る事ねェじゃねェか!』

『今月で何回めじゃ!おどれは何回問題を起こす気だ?ゆうてみィ。』

『仕方ねェだろ!ああでもしないと助けられなかったんだから!』

『ならもっと鍛えい!今回だって今すぐ突撃する必要は無かった!』

『もちろんだ!おれはもっと強くなってマグマのおっちゃんよりも強くなってやる!そしたら全部助けられんだろ!』

『ゆうちょれ』

『おう!勝手に"約束"するぞ!』

 ここに至るまで多くの海兵、海賊の襲撃を返り討ちにし続けた白い悪魔を大将赤犬は睨み怒る。あの悪魔が返り討ちにした者はいずれもこの時代で大きく名を挙げた者達だ。

「力の振るい方は教えたと思っちゃったがのォ。その力に呑まれるなとも。」


「ガーザンターク」

 歌う。歌う。おんなじ歌を繰り返し。歌う。歌う。少しずつズレを修正していく。その為には彼女の歌声を再現しなければ。もっと彼女の歌を聞かなければ。もっと、上手くならなければ。


 その日、また一つこの世界から陸地が消えた。海軍大将の敗北をもって世界は大きく動き出す。大きく権威の揺れた海軍は旧時代の英雄達を復帰させる事で一時的な安定を測った。それは一時的にではあるが成功した。だが、安定しただけである。海軍が力を取り戻すには、まだ時が必要だった。これを持って、赤髪、白髭主導のもと前代未聞の四皇全体による同盟がなされた。


【またおんなじ歌を歌うたび♪あなたを思うでしょう♪】

「そうだな。ずっとウタの事を思ってるよ。待ってろよ。必ず迎えに行くからな。」


『エース!サボ!ちょっといいか?』

『なっ!?お前!そんな夢があったのに諦めちまったのか!?』

『いや、諦めて当然だけどよ…』

『諦めたんじゃねーよ。ただ、ウタの方が大事だったんだ。シャンクスにも託されたしな!ニシシ。』

「ルフィ…」

 兄は狂ってしまった弟を思う。本来なら幸せに包まれた未来へ進める筈だった妹と弟を。その怒りは理解できた。正当な物だと思えるほどに。だが、

「弟の不始末は兄が付けてやらねェと」

 その兄を知る物達にとって、その顔はおそらく一度も見た事のない顔だろう。怒り、後悔、悲しみ、憎しみ。おおよそ人間が持てる感情を全て入れ煮込んだような表情。けれどもその拳は振るわなければならない。大切な弟がこれ以上苦しまぬように。


【ただひとつの夢♪決して譲れない♪】

「そうだな。これだけは絶対譲れないんだ。」


 白い影が降ってくる。白いと言ってもその半身は返り血で真っ赤に染まっていた。世界の5割の国が滅んだ。3割の島が海図からその姿を消した。そんな惨状を起こした白い悪魔がたかだか18の少年だと言えば一体誰が信じるのだろうか。白い悪魔は暴れ回った。海軍も、海賊も、市民も関係無く。世界中の人々を殺し回った虐殺者が、かつては英雄と持て囃されていたなどと誰が信じるのだろうか。だが、悪魔は討たれた。いくら強力な力を持っていようと力を合わせた四皇の敵などではなかった。悪魔の鼓動が弱まっていく。その上に降ってくるのは一枚の布切れ。布切れに丁寧に刺繍されたのはまるで瓢箪や餅巾着のような模様だった。その色を除けば…だが。遅れて降ってくるのは1つの音貝。白い悪魔が最後まで大切にした物。それは岩にぶつかり、1つの曲を流し出す。

【新時代はこの未来だ♪世界中全部変えてしまえば♪】

 イントロが流れる。それに合うように悪魔の心臓は息を吹き返す。重なるドラムと悪魔の心臓。驚きの中立ち尽くす皇帝を前に悪魔は再誕する。

「ᚷᚨᚺ ᛉᚨᚾ ᛏᚨᚲ ᚷᚨᚺ ᛉᚨᚾ ᛏᚨᛏ ᛏᚨᛏ ᛒᚱᚨᚲ」

 その口から紡がれるのは魔王の歌。だが、その魔王は現れず代わりに悪魔を黒が包み込む。その白かった体は黒く染まっていく。羽衣は落ち黒い花が生える。もちろん四皇も黙って見ているわけではない。しかし、歌と共に呼び出された異形の怪物達がその行手の邪魔をする。

「迎えにきたぞー!ウターー!」

 一曲歌い上げ、完全に黒に染まった悪魔は嬉しそうに声を上げる。果たして悪魔が見てるのは幻想か、はたまた現実か。


 歌を歌う。魔王の歌を。その瞬間に生まれた全能感に確信する。成功したのだと。だが、途中で歌うのを辞めて失敗しないだろうか。ここまできてやり直しは流石に心に堪える。指を振れば音符が、兵士が主人の敵を排除しに動いてくれる。誰にも邪魔はさせない。歌を歌い終わり、やっと安心できる。きっと彼女もずっと待っててくれてるだろう。せっかく繋がったのだ。早く伝えてあげなければ。

「迎えに来たぞー!ウターー!」

 声を上げる。この世界全てに届くように。居るはずの彼女に届くように。

(やっと来てくれた。待ちくたびれたよ。ルフィ。)

 ああ、彼女の声が聞こえる。音貝越しではない生の声だ。後ろから抱きしめられる。彼女の暖かさに満たされる。口を開こうとして、彼女は1つの布切れを目の前に持ってくる。

(ねェルフィ。作ろう?新時代)

『作ろう。新時代。』

『おう!』

『これやるよ。』

『なにこれ』

『シャンクスの麦わら帽子!』

『おれたちの新時代のマークにしよう!』

「おう!そうだな!作ろう!新時代!」

 その布を手に取り空に掲げる。その布に刺繍されたのは2人だけの印。約束の証。2人以外、誰も意味を知らない特別な物。


その印が血で塗り潰されてる事など気づかないように悪魔は笑う。誰もいない空にまるでそこに愛しの人が居るかのように。そこにもはや、かつての少年の面影は無く、あるのはただ狂った殺戮者のみである。

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