糸師兄弟の日常がサッカーと怪異に満ちているぶつ切り小話
蛇のようにのたくりながら体を這い上がってくる不定形の悪霊を起き上がりざま掛け布団と一緒に壁に叩き付けて、糸師冴は今日もスピーディに意識を覚醒させた。
「おきろ、凛。朝ごはん食べてサッカーするぞ」
「んぅ……まだ眠いよ、兄ちゃ……」
窓から柔らかな陽光の差し込む今日はまさにサッカー日和。
未だ夢の世界に微睡んでいる弟の肩を軽く揺すって目覚めを促してやりながら、掛け布団に絡まって蜘蛛の巣に捕まった虫のように藻搔いている悪霊を足蹴にして念入りに潰す。ちょっと埃がたって鼻がムズムズした。
グネグネと動きで苦しみを表現していた悪霊がすっかり大人しくなってどこかに消え失せた頃には、凛もすっかりおねむから抜け出して瞼をパチパチとさせていた。
寝る前に目を閉じたままあくびをしていたから、そのせいで涙がまつ毛と目尻で固まって違和感があるのだろう。
冴は枕元に置いてあるウェットティッシュで優しくそれを拭き取ってやって、ベッドの下から顔を出してこちらを覗いている悪霊その2に使用済みのそれを投げつけてやった。
眼球にゴミがジャストヒットした悪霊その2は短い悲鳴と共に床に溶けて行った。天国だか地獄だかに成仏したのだろう。知らないが。
「兄ちゃん、今日の朝ごはん何かな」
「昨日の夕飯カレーだったし、たぶんカレーうどんだろ。そのまま2日目のカレーって線もあるけど」
この世の大多数のご家庭がそうであるように、糸師家でも晩御飯がカレーだった次の日はそのまま朝御飯もカレーが出るかアレンジされてカレーうどんが出てくるかだ。
母がパン作りに凝っている時期だとカレーパンが錬成されて食卓に並んでいるパターンもあるが、もうそのブームは母の中で終わりを告げている。商店街のくじ引きで当てたパンメーカーはここ数ヶ月キッチンの隅で置物と化していた。
「じゃあ先に着替えても服汚しちゃうね」
まだ小学校低学年の凛はカレーうどんの汁を跳ねさせずすするなんて器用な真似はできない。冴も正直たまに跳ねる。
「だな。このまま下りるか。後で着替えようぜ」
2人してお揃いのパジャマ姿でダブルベッドから床に跳んで、冴は扉を開けてやるついでに隙間から部屋に入り込もうとした小さい魑魅魍魎を素足で踏んづけた。千と千尋の神隠しで見たことあるような造形だ。あれよりはだいぶ可愛くないが。
映画だとあれを踏むと足の裏が黒くなっていたのでチラッと確認したが、特に汚れている様子も無かったのでそのまま歩いて階段を下りる。
スリッパは用意されているが男子小学生は面倒臭いからいちいちそんなもの使わないのだ。