精霊達のミカエル

精霊達のミカエル


“ミヒャエル”

人名としてのそれの、元となった存在はミカエル。

旧約聖書からユダヤ、キリスト、イスラムと三つの宗教に引き継がれた天使。三大天使、四大天使、七大天使のひとりとカウントされている、その三つの宗教においてもっとも偉大な天使のひとり。

孤児であり名を持たない彼をそう名付けたのは、青薔薇を希求する精霊たちだ。なぜ精霊が少年に天使の名を付けたのかと言えば、それは彼のルーツに理由がある。

少年の源流にはドリュアス、つまりは古代ギリシャにおける木の精霊がある。それが此度は精霊たちの祝福を得ることになった理由でもあるのだが、ミヒャエルと名付けられた理由もそこにある。


とはいえ、本来、古代ギリシャにおいて天使という存在はない。現在伝わる有翼の天使のモデルとなった勝利の女神ニケはいる。恋の天使、キューピッドとして現在知られるエロースもいる。だが、彼や彼女はあくまでも神であり、天使ではない。


話は変わるが、シェムハムフォラエというものがある。語呂合わせ(ノタリコン)や数字遊び(ゲマトリア)に長けたカバラの伝承であり、おおよそは名の集合という意味を持つ。元は古代ユダヤの民が自分たちの神の御名を4つの文字で表したものだが、12文字、22文字等の拡張されたパターンも生み出されていった。現代に流布しているのは、その内の72文字の神に連なる文字を隠した集合体──由来をエジプト記における19節から21節。モーセが海を渡る際に唱えたとされ、悪霊を祓い、病を癒し、不幸を遠ざける力を宿すとされた箇所──である。カバラにおける天使達は、この力ある72文字を定型化した概念だ。

その天使の中には当然、ミカエルの存在もある。


ギリシャの学者たちが自らが定めた学問の中に天使を取り込んだのは、古代エジプトの哲学がギリシャへと流出したときだ。この時点ではまだ加護を持った精霊という扱いではあったが、自分たちが定めたシステムのなかに取り入れた。

つまり、古代エジプトにおける“天使”とその思想が流出してきたギリシャにおいての“加護を持った精霊”はイコールで結ばれる。

であれば、“加護を持った精霊”に“天使”の名を付けることになんの問題があろうか。

その体に流れる木の精霊の血。青薔薇を求める精霊から受けた加護。“神のごとき者”というミカエルという名の意味。ルーツを辿れば古代ギリシャに行きつく少年への名づけに、旧約聖書にすら存在を認められる天使の名は他のなにより相応しかった。自然界に存在しない青薔薇を求める女たちにとっては、それを体現するであろう少年は神と紛うたことだろうから。精霊たちにとって、もはや天使とは彼女たちのことでもあったのだから。

──だから。そのようにして、ミヒャエル・カイザーという少年は生まれたのだ。


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