箱庭

箱庭

弟の蛮行(兄者視点)により気が変になった柱間と、色んな意味で運がなかった扉間

 柱間には目の前の部下が何を言っているか全く理解できなかった。いや、脳が理解を拒んだ、というべきだろうか。

「すまん、もう一回言ってくれんだろうか」

「扉間様が、任務中に消息を絶ちました」

震える手で部下が弟の額当てを差し出す。血に塗れている。本能が、弟の血だということを嗅ぎ取る。心臓がざわめく。死んでいる、とはこれでは証明できない。同時に、生きているという証明も不可能だ。

「現場は?」

「それが……増水した川の近くで」

皆まで言われなくても察してしまい、思わず頭を抱える。扉間の任務先で川がある場所は山の中だ。山の川は流れが速い。増水しているのなら尚の事。これが見つかったのが幸運で、他の痕跡は全て水が押し流してしまったのだろう。

「扉間に生死については一旦秘匿とする。よいな」

曖昧に頷いた部下にもう一度念押しをし、下がらせる。気配が完璧に去ったのを確認して、息を大きく吐く。珍しく喧嘩をした翌日にこれとなると後悔をせざるを得ない。

「だからと言って……」

里から出て行く、と言った弟を叱らずにいろというのは無理な話だ。いや、叱ったことより任務に行かせたことが間違いだったのかもしれない。兄者の気持ちは分かった、と言った。だが、里から出ない、とは言わなかった。扉間が死という形で里から出て行く、という手段を取らぬとは今の柱間には断言できない。

「生きておると言ってくれ」







 上手くいっただろうか、と辺りのチャクラを感知する。木の葉の里の者のチャクラが感じ取れないのを確認して扉間が肩の力を抜く。感知の優れた忍が居ないと分かって場当たり的に決行した作戦だったが、どうやら上手くいったらしい。

「さて」

里を抜ける、ということ自体は前々から決めていたことだった。理由は幾つかあるが、大きいのはマダラと扉間派の千手の存在だ。頼んでもいないのに扉間を推す者は前からそれなりに居たが、里ができマダラ、もというちはと交流が生まれると柱間に不信を抱き扉間を頭領にしようという者が増えた。そして扉間を推す者たちは大抵反うちはだが、別に扉間は反うちはではない。これは誰が何と言おうが事実である。千手だろうが、秋道だろうが、猿飛だろうが危険な者は警戒をし、監視をする。別にうちはのみではない。扉間はどの一族も等しく警戒し、等しく融和を望んでいた。

「これでマダラもうちはも少しは落ち着くだろう」

イズナを殺した以上、マダラと仲良くというのは端から諦めていた。扉間個人としても、兄におかしな感情論で自死を迫ったマダラに好感は抱けない。とはいえ、毎回敵意を剥き出し、存在そのものが気に食わぬことを隠さないのは勘弁してほしかった。うちはと千手が手を組んだというのにうちはの頭領が千手の頭領の弟を憎んでいるのを隠しもしないのではお互い信用ならないという者がでてくるのは当然の帰結だ。

「まぁ、なるようになるか」

少なくとも、己が居なくなったので兄に不満がある者は担ごうとしていた神輿を失い、マダラも憎い相手が消え、己の一族に目を向けられるようになるはずである。落ち込みやすい兄が若干心配であるが、それは時間が解決するだろう。

「里より我が身の心配が先だな」

野垂れ死ぬつもりも、何もせず無為に過ごすつもりもない。外から里を守る、ということも落ち着けば可能だろう。なんにせよ、この場から離れるのが先決だった。







「柱間。お前大丈夫か」

「……まぁ、見ての通りだ」

千手扉間の行方が分からなくなったのが半月前のこと。マダラからすればどうでも良いことだが、兄である柱間には耐え難い苦痛であるのは見ていれば分かる。凹んだり、寂しそうにしているならまだ良かったのだが、今の柱間は真夏の太陽のように苛烈だ。調整役の弟が居ないだけでこうも変わるのかといっそマダラは感動したが、それに焼かれる有象無象にとっては堪ったものではないのも分かる。過激に事を推し進めているわけでも、配慮を怠っているわけでもないのに有無を言わせぬ圧が確かにあった。

「休んでも誰も文句は言わねぇよ」

「文句を言えぬ、の間違いであろう」

苦笑交じりにそう言った柱間に掛ける言葉が思いつかずマダラが黙り込む。人が好きな男だというのはよく知っている。その男が人から避けられ、神の如き扱いを受けるこの状況は誰も幸せにならない。

「なぁ、お前の弟」

「……なんだ」

「いい加減、覚悟を決めた方が良いぜ」

「マダラっ」

いつかは言わなければいけないことだ。そしてそれを言えるのは現状マダラしか居ない。柱間は弟の居ない状態での身の振り方を考えなければならず、周囲は柱間という神との共存方法を考えなければならないのだ。他の弱い者はどうでも良いが、柱間が傷付き続けるのは友人として止めなければならない

「仮に生きてたとしても、今日まで帰ってきてねぇのが答えだろ」

「言うな、言ってくれるな。マダラ」

「……半分はオレの所為だ。恨んでいいぜ」

マダラの言葉に柱間が首をゆっくりと振る。重苦しい静寂が部屋を包んだ。







 情報収集も兼ねて各地を転々としていた扉間が、その噂を耳にしたのは里を抜けてから二週間ほど経ってからのことだった。木の葉の里の政情不安と、千手柱間への権力集中。まさか、と思う反面まるきり根も葉もない噂とも思えないその話に嫌な胸騒ぎを覚え、火の国の国境付近に戻ったのがつい先日のことだ。

「木の葉の里への旅行かい?」

「いや、まだ決めていないんだ。ちょっと怖い話を聞いたからな」

「ああ、あの話。お兄さんは忍じゃないんだろ?なら平気さぁ」

「忍は怖い目に合うのか?」

「いやぁ、オレも商人だから詳しいことは知らんよ。ただ、弟さんが居なくなって火影様がピリピリしてるとかで」

「成程。じゃあオレは止しとこう。旅行はのんびりしたい派なんだ」

「違いない!なら、オレの故郷の波の国はどうだい」

「そうやって案内料を取るつもりだろう。銭はやるから他をあたれ」

「へへっ、ばれてやしたか」

まだ銭を欲しがる男に適当に銭を投げ渡す。国境付近ですら伝わっているということは中はもっと緊張状態だろう。里を抜けるにしても血の付いた額当ては遺品として下策だったかもしれない。だが、殿として敵方の忍と交戦の最中残せる物品などアレしかなかったのも事実だ。いらぬ混乱をもたらさぬよう里を抜けたがこれでは本末転倒だ。

「参ったな」







 悩んだ末に扉間は関所を通らず秘密裏に火の国へと戻った。そもそもこの事態は己が中途半端に生存の可能性を残した所為であり、始末をつけるべきだと思ったからだ。とはいえ、増水した川に流されたことになっている上、半月以上が経った今まともな状態の遺体が上がっては不自然だ。

「仕方ないか」

自分が死んだと分かり、そしてこのタイミングで見つかっても不自然でないものと言えば身に着けていた鎧の残骸だろう。苦楽を共にしたこれを自らの手で壊す、というのは気が引けるが、未練を絶つには丁度良い。扉間が鎧に手を掛ける。その手が止まった。確かに兄のチャクラを感じた。あ、これは逃げられん、と察してしまう。

「扉間」

「……兄者」

敗因はおそらく戻ってきてしまったことだ。自分は一度も兄に隠れ鬼で勝ったことが無かったのを思い出し扉間はそう思った。覚悟を決めて、振り返る。意外にも兄は笑顔だった。

「お帰り、扉間」

「オレを連れ戻すのか」

「連れ戻す?いや、お前は元からオレのものであろう」

「痛い、離してくれ。兄者、嫌だ」

「怖いことはせんから、大人しくしてくれ、な?」

無理やり目を合わせさせられる。妙にぎらぎらとした瞳が扉間を貫く。その瞳に縫い留められた扉間の唇を柱間が塞いだ。舌を強引に捻じ込まれ、口内を蹂躙される。逃れようにも柱間に力で敵うわけもなく好きなようにされるしかない。

「はっ、あに、じゃ、なんで……」

「嫌だったか?まぁ、そのうち好くなるからの」

宥めるように優しく頭を撫でられるが、それすらも恐ろしくて扉間は震えた。色事に積極的に関心を持ったことはないが、これから何をされるか分からないほど鈍くはない。

「だめだ、兄者、頼む。やめてくれ」

「怖いな、大丈夫、オレに任せろ。痛いことはせぬ」







 穢土転生。良い術ではない。そう思っていたが、確かに柱間のことを助けた。追い詰められた柱間が扉間のへその緒を使って行った術は失敗した。生きている者の魂は呼び寄せられない。つまり、扉間は生きている。そのことが分かった柱間は、扉間が戻ってくるのを待った。そして、扉間はちゃんと柱間の元に戻ってきた。

「良いのか?柱間」

「覚悟を決めろ、と言ったのはマダラであろう」

「そうだけどよ」

吹っ切れてくれないか、と思っていたがこうもあっさりと弟の死を認めるのは些か不気味だ。それに、毎日機嫌がよさそうだ。本当はどうしようもなく精神を病んで壊れてしまったのではないか、という疑念がマダラの頭から離れない。ここ最近、柱間は誰にも告げずに里から離れることが増えている。訊くべきなのだろう、と理性では思いつつ、本能が止めておけと警鐘を鳴らす。マダラは柱間の友で居たかった。

「そういえば、マダラ」

「なんだ」

「そろそろ火影の座をお前に譲りたいんだが」

「……オレが人望ねぇの知っているだろ」

「そうかの?一時は確かにオレも擁護しきれんかったが、今はそれなりに馴染んでいるではないか」

「それは……」

お前の弟が居ない分、オレにお鉢が回ってきた所為だろ。とは流石に言えず、視線で柱間に訴える。ニコニコとしているが、正直不気味だ。人語を解さない荒魂の神を前にしているような気分にさせられる。

「できん、とは言わせんぞ」

「提案の振りをした強要はお前の悪癖だ」

「扉間にも散々言われたの。答えが決まっているのに人に訊くのをやめろとな」

どこ吹く風な柱間にわざとらしい溜息で返答しマダラが執務室を去る。これで、扉間が里に戻る必要はない。漸く終わったな、と柱間が伸びをする。そろそろ扉間の元に行かなければならない。初めは怖がっていたが、最近は自分の好きなようにさせてくれるようになった。後はもう少し、恥ずかしがらずに善がってくれたらいいのだが。







 兄の気配が近付く。ああ、また犯されるのかと嫌になる。快楽を拾うようになった身体にも、こんな状況になっても兄を嫌いになれない自分にも嫌気がさす。いや、そもそも自分が里を抜けなければよかったのだろうか?

「扉間」

「……兄者」

「マダラが火影になるのが決まったぞ」

「そうか。それは良かった」

「お前がオレから離れてまで成し遂げたかったことだからな。オレも頑張ったぞ」

驚きのあまり扉間が兄の顔を仰ぎ見る。太陽のような笑みと頬へのキスが返ってくる。マダラと兄者が気兼ねなく仲良くできれば良いとは思っていたし、その結果マダラが火影になるのなら喜ばしいことだと思う。でも、柱間の口振りからしてそうではないのは扉間には解る。

「……マダラは、望んでいたのか?」

「扉間、里のことはもう気にしなくて良い」

「それはできん。兄者の夢だ。オレも、」

「お前を守ることと、里を守ること。両立できんと分かったからな」

唇を塞がれる。初めは苦しいばかりだったのに今ははしたない声が漏れてしまう。いつも以上に長いキスに息も絶え絶えになりながら、身体を這う手を制止する。

「あにじゃ」

「ん?」

「オレより、さとを」

「もう気にしなくて良い、と言ったであろ?お前はオレの弟。それだけ分かっていれば良い」

話は終わったと言わんばかりに、大きな手が身体を弄ぶ。また気をやるまで抱かれるのか、と心は憂鬱なのに慣らされた身体が喜んで受け入れる。

「明日からは会える時間も増えるな!」

心底嬉しそうな柱間に反して扉間には死刑宣告にしか聞こえなかった。

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