箱入り娘の一人旅
「ん?」
強い覇気のぶつかり合いを感じて目を開ける。
何かあったんだろうか、そう思い身をおこ………
グワン、グワン
せなかった。
「ウッ、頭、痛ッ」
いつかまた結んでもらうから。
そう思って切れずにいる髪が無造作に布団の上に散らばる。
ベッドにうつぶせに倒れ伏したところで呼気にうっすらと混ざるアルコールのにおいに気づく。
そういえば昨日はみんなに流されて少し飲んだんだった。
外はもう明るいのに………私が闇に勝てるのはもう少し先の話になりそうだ。
♪
結局のところ、私が自分の部屋から出てこれたのは陽が暮れてからのことだった。
船を降りて、どうやらパパたちがいるらしい島の真ん中のほうへと向かう。
辺りはまるで昨日からの宴が今さっきまで続いていたかのようなひどいありさまで、ここに立っているだけでも酔ってしまいそうに感じる………、っていうか酔った。
………酔うのは嫌いなのだ。
私自身はあまり記憶にないのだが、私は酔うと直情的というか、少し積極的な感じになるらしく、自分のその様子を想像するだけで恥ずかしくなってくる。
ハァ………。
酔った私がめっちゃかっこよくってクールなキャラだったらよかったのに。
マァ、私の中に眠る人格がそんな奴なわけはないんだけど。
でも、酔った私の姿も嫌いだけど、普段の私はもっと嫌なわけで………つまりは詰みなのだ。
そんな思考をぐるぐる回しつつ、アルコールの海の中を歩いていく。
目的の場所までいくと、まず目についたのはだらしのない恰好で寝ている大人たち。
そして、二人で飲み明かしているベックマン、それに宴の場には似つかわしくない巨大な剣を背中に背負った一人の男ー-”鷹の目”のミホークさんだ。
近づいていくとこちらに気が付いたので顔を向けてくる。挨拶をしなくちゃ。
「こんばんは………ミホークさん、ベックマン」
するとどうだろう。
只挨拶をしただけなのにミホークさんは手に持つグラスを下げてこちらを怪訝そうににらんでくる。
その迫力に逃げ出したくなるというか、逃げ出すことを決意した数瞬前にベックマンが口を開いた。
「アド、声が出てないぞ」
ボンッ!!
その瞬間何かが沸騰した音を私は確かに聞いた。
♪
「えっ、ルフィが!?」
しばらくして落ち着いた後、二人の座っていた机の反対側に座ったところでベックマンが私が寝ていた間に起ったことを話してくれた。
何故ここにミホークさんが?と疑問に思ったのだが、どうやらルフィに懸賞金がかかったらしく、その知らせを手配書とともに持ってきてくれたのだそうだ。
なるほどなるほど。
………普通そこまでする?
と思ったら、どうやらミホークさんは以前にルフィについてシャンクスから聞いていてその上で直接ルフィとその仲間たちにあって面白い奴らだと思い、ふと以前聞いた話を思い出したのでとのことらしい。
なるほどなるほど。
………。
………いや、そうだとしても、そこまで普通する?
そんな疑問を抱えつつ、頭を本題の男、『モンキー・D・ルフィ』に切り替える。
ルフィ………、まだ私も小さいころに訪れた東の海の小さな村にいた二つ下の少年で、私たちの弟分だ。
なぜかルフィは私のことを姉ではなくまるで妹かのように扱う節があったが………。
ともかく私にとっては大事な弟分で、初めてできた幼馴染で、今会える可能性のある唯一の………。
なんかそう思うと私も会いたくなってきたな。
でも、シャンクスたちは航路をそっちに向けることはないだろう。
昔と違ってシャンクスは四皇という身分を押し付けられている。
へたに動けば世界政府や海軍を刺激してしまうのだ。
現に同じ四皇の白ひげおじいちゃんに連絡を取る際にもわざわざメッセンジャーを使ったほど。
黒ひげという危険な海賊についての話でそれなりの緊急性を要する話でもこれなのだから、ルフィに会うというだけで簡単に動けるはずもない。
それに男と男の約束とかいうのをしているらしいので四皇がどうこうというのを抜きにしても会いに行くことはないのだろう。
ハァ………結局会えないんだ。
今ももちろん幸せで、楽しくって………不満なんてそんなにない。
でも………あの頃の記憶、三人で一緒に遊んだ記憶は私にとってはちょっとだけ特別なのだ。
あの頃も今も守ってもらってばっかりなのは変わらないけれど………あの時だけは自分がまるで絵本に出てくる主人公になったみたいで………。
あぁ、何かが起きて会いに行くようなことにならないだろうか。
いや、そんな都合のいいことが起きるわけもないか。
そうあきらめようとした時だった。
今思えば残り酒にあてられて完全に酔っていたのだろう。
私の中のナニカが語りかけてきたのだ。
『いや、会いたいなら会いにくればいいじゃねぇか。海賊ってのは自由なもんだろ?』
当時の私にそんな冷静な判断能力は残っていなかった。
だからこそ、この語り掛けに応じてしまったのだ。
(そうだよね、私だって、赤髪海賊団の一員なんだ)
「そろそろおれは出るとしよう」
「おっ、なんだ、もう行っちまうのか?」
「………フン…おれはこんな島で一夜を過ごすようなお前たちと違って暇ではないのでな」
「そうか………あぁ、なら渡しておきたいもんが………」
そんな二人の会話を尻目に普段の私らしくない即断即決さで、ひっそりと準備をするために自室に戻るのであった。
「………フフッ」
♪
「…それで………何故、お前がおれの船に乗っているのだ、赤髪の娘」
「エッ、イヤァ、ソノォ、スゥ~、わ、分け合って、ソノォ、故あって偉大なる航路の前半に行きたくって、デモ、一人で船とかは乗れなくって、だからうんまぁ、え~。
………。
ト、とりあえず、コレ、お、お土産で、ァ、あの、ソノ~お父さんたちが後で飲むからとっておくって言ってた赤ワインだからきっと、ソノォ、いいやつなんだと思いマス、ハイ、多分」
「…………」
「アッ、コッ、コレだけじゃ、タッ、足りないデスよね。
チ、ちょっと待っててください」
そういって背中に背負っていた私の愛銃『カムパネルラ』を取り出す。
ちょうどいいところに大きめの魚の群れがいるみたいだ。マグロかな?マグロだといいな。
そう思いつつ引き金を引く。
”ズドン”
そう、轟音を鳴らすはずの私の愛銃はもちろん一切の音を立てない。
数瞬の後、僅かな赤とともに一匹の魚が浮かび上がってくる。
向きもよかったため脳天から背骨にかけて銃弾が貫通しており、締めもバッチリだ。
「…………」
「エッ、えっと、ソノォ、これもよかったらどうぞ。
ルゥ………、うちのコックが言うには意外と、ソノォ、マグロも赤ワインに合うらしいので、良かったら、エット……。
アッ、でも私お寿司大好きなのでちょっとだけもらえたらァ、ナンて、ハイッ、スゥ~」
「………ハァ…。
マグロはすぐに食べるには向かんのだ。
食べごろが来るまでは乗せていってやる。
騒がしくするなよ」
「アッ、ハイ。エット、ソノ~静かにするのは得意デスし、人がそれなりにいるところにおろしてもらえればそれで大丈夫デスので………エット、よ、よろしくお願いしマス」
「血抜きをする。
そいつをよこせ」
「アッ、ハイ。ド、ドウゾ………」
「………やけに土産を渡してきたのはこういうことか…
似合わんことをすると思ったが………」
♪
「な!な!なんてこった!!アドがいねぇ!!どうしよう、みんな!!」
「お!お!落ち着け!お頭、この野郎!!みんなで探しゃあ、すぐ見つかる!!いやっ、見つける!!」
翌日の昼過ぎ、穏やかに眠っていたはずの赤髪海賊団は突如、強い緊迫感に包まれていた。
幹部がそろいもそろって慌てている中で船員の一人がダッシュでこちらにやってくる。
「大変だ!!お頭~!!!
アドの、アドの自室にこんなメモが!!!」
その声を聴いたシャンクスがメモをその手からひったくるように奪う。
そこに書かれていたのは…
『ルフィにあってくる ミホークさんのふね』
といった内容であった。
「なるほどな………。
お前なら…いい。
鷹の目…。
…。
……。
………。
ってなるか馬鹿野郎!!
急げ、お前ら!!船を出す準備だ!!」
船長の号令に全員が一気に動き始める赤髪海賊団。
「………ったく」
まぁ、副船長を除く全員ではあったのだが。