第602.5話『0人目』
〜シャボンディ諸島42番GR海岸、麦わらの一味の集合地点〜
巨大な翼とともに到着した船長を迎え、いよいよ一味の船出の時が迫っていた。
沿岸に迫る軍艦を足止めする九蛇海賊団の援護もあり、現状サニー号への海軍の脅威は薄い。
「落ち着けよサンジィ…お前どうしちまったんだ?」
「おれが…おれがどんだけ…」
「しょうがねえな〜…あれ?」
そこでルフィがあたりを見渡し、その場の全員に問いかけた。
「…ウタは来てねェのか?」
「そうね…少なくとも私が来たときはまだバーには」
「おれもだな」
「私もね」
二番目に遅かったロビンすら、ウタの名前は聞いていないという。
「そうなのか…」
「そういえばルフィ、あなたこれは知ってるの?」
そう言ってロビンが取り出したのは、一枚の手配書だった。
「ん?…あ、ウタ!!」
『赤髪海賊団"海賊歌姫"ウタ 検証金2億ベリー』
そう書かれた手配書が手渡される。
「彼女、どうやら赤髪海賊団と合流していたみたいね」
「そっか…シャンクス達なら安心だな」
安堵したようにルフィが息をつく。
「そうそう、それと皆さん、こちらはご存知ですか?」
そう言ってブルックが取り出したのは、ここにいるもの全員馴染み深い貝だった。
「素性不明の謎の女性歌い手が、TDや電伝虫を利用した配信で歌を配信していたのですが、やはりこれは…」
「やっぱりあれ、ウタの歌だったよな!!」
ブルックの推測に、チョッパーが跳ねながら同意を示す。
「ああ、ウタのやつ、すげェ歌が上手くなってたな!!」
「ああ、それにあの歌…きっとありゃウタちゃんなりのおれ達へのメッセージだろうな…」
ウソップとサンジの言葉に、ゾロすら含めその場にいた者が頷いていた…一人、ルフィを除いて。
「…そっか、あいつも元気にやってるんなら良かった…よし!!」
ルフィがマストの椅子に飛び乗り、その場の全員を見渡す。
「フランキー、船を出してくれ!!」
『!?』
ルフィの言葉に、その場にいた全員が驚愕する。
「おれ達も負けてらんねェ!!すぐ追いついてやるぞ!!」
「ちょ、ちょっとルフィ!?」
ナミが思わず身を乗り出して言葉を挟む。
「あいつは元々シャンクスのとこに戻るのが夢だったからな!!…先に新世界に行ってるなら、あっちで会う楽しみが増えた!!」
『いつかシャンクスと会ったらそこから先は別れることになるけど…そのときは、どっちが先に新時代を作れるかの勝負よ!」』
かつてのフーシャ村での誓いを思い出す。
少し違う形での別れとなったが、あちらが一つ目標を叶えたなら負けてられない。
そう思うルフィに対し、周りは慌てに慌てていた。
「ね、ねえルフィ…あんたウタの歌聞いて…」
「ん?2年間修行で新聞も何もなかったからなァ…あとで聞かせてくれよ!!」
「やっぱり…!!いいルフィ、ウタの出してた歌ってのが…」
ナミがルフィに話そうとしたとき、銃声がそれをかき消した。
「いたぞ、麦わらの一味だ!!」
気づけば、海岸に海兵達が集合し、こちらに武器を構えている。
「…お前らの小隊は何故人数が削れた?」
「突然の雨で火薬がやられた…そっちは」
「巨大な昆虫だ…大勢が対処に回された」
「こっちは何故か将官殿含め皆ネガティブに…」
「………思い出したくない……!!」
紆余曲折あってバラバラになった小隊が集合しているものの、
その人数はそれなりのものがあった。
迫撃砲等の中型兵器も存在している。
何より目を引いたのが…。
「…懸賞金4億ベリー、"麦わらのルフィ"…」
「やべェぞ、パシフィスタだ!!」
「まだ残ってやがったのか!!」
「アウ…こうなったら出航の準備だけしちまうぞ!!」
「頼む、フランキー!!」
流石にパシフィスタを前に悠長にはしてられない。
数名が戦闘態勢に入り、フランキーが出航のため海に飛び込む。
「よりにもよって今…いつになったら来るのよウター!!」
ナミがその場にいない彼女に叫んだ。
その時だった。
海兵達の後ろから、聞き慣れた歌声が響いてきたのは。
『新時代はこの未来だ
世界中全部変えてしまえば 変えてしまえば』
その場にいたもの全員の視線が、その歌声の元に集中する。
海兵達の後ろから、巨大な音符に乗った影が現れた。
ピンクのカーディガンに身を包み、巨大なフードで顔を隠した歌姫が、歌を響かせた。
『I wanna be free 見えるよ新時代が
世界の向こうへ さあ行くよ NewWorld』
曲が最高潮に達するその瞬間、フードが取られた。
海兵達は驚愕した。海賊達は歓喜した。
その中心にいたルフィも、それが誰かを認識し…歓喜の笑顔をこぼした。
『新時代はこの未来だ
世界中全部 変えてしまえば 変えてしまえば』
盛り上がりを見せる音楽とともに、指先から伸びた五線譜が海兵達に纏わりつく。
為す術もなく海兵が囚われていき、ボールのようになったそれが転がっていく。
『果てしない音楽がもっと届くように
夢は見ないわ キミが話した』
最後、眼前に現れたその賞金首を認識したパシフィスタがレーザーを構える。
しかしそれより早く音符から飛び降りた歌姫が、背中の槍を構え、その穂先を黒く染め…。
『「ボクを信じて」』
一閃。
槍を正面に構えた突撃で大きな損傷を受けたパシフィスタが、
歌姫の背後で爆発した。
槍をしまい、彼女が跳躍する。
そのまま落ちる勢いで、すでに膨らんでいたサニー号のシャボンに突撃し、甲板に降り立った。
「…〜っルフィイイ!!久しぶり!!」
顔を上げた歌姫─ウタが、目に涙を浮かべながらルフィに突撃して抱きついた。
とっさだったがルフィも抱き返す。
「うおっ!!久しぶりだなァウタ!!」
「ほんとだよも〜!!皆もまたやっと会えたね!!」
「ウオオオウタちゅわん!!…グッ…!!」
「サンジ、耐えろサンジイイ!!」
「ウタが露出少ない服で助かったな…」
ぎりぎり鼻血を堪えるサンジと、それを介抱するウソップとチョッパー。
その横でナミがウタに話しかけていた。
「信じられるウタ?このバカあんた待たずに出航しようとしたのよ!?」
「ハァ!?どういうことルフィ!!」
「ぶべべべべバナベ…ブベッ!!」
両側から頬を引っ張られ、その反動で奇声を上げたルフィだったが、そこにフランキーが割って入る。
「おうルフィ、既にロビン達が帆を張った!!いつでも行けるぜ、アウ!!」
「ん?そっか…よし!!」
改めてルフィが登り、ナミに声をかける。
「出航だな、ナミ!!」
「全く…どうぞ、船長」
「ほんじゃ野郎共!!!ずっと話したかったことが山程あるんだけど!!とにかくだ!!」
「2年間もおれのわがままにつき合ってくれてありがとう!!!」
「今に始まったわがままかよ…」
「まったくだ!!お前はずっとそうなんだよ!!」
「ほんと…もう慣れてるよ」
「おのれ麦わらの一味…行かせは…グハッ!!」
「お嬢の船出なんで…邪魔には行かせないんですがね」
「出航だァ〜〜〜〜!!!」
『オオオオオオ〜〜〜〜!!!』
「行くぞォ!!!魚人島ォ〜〜〜〜!!!」
「おのれ…まさか赤髪海賊団の"海賊歌姫"まで来ていたとは…」
「あーそれ、訂正しておいてくれるか?…赤髪海賊団改め…」
〜〜
「…さて、船も出航したし…話したがってる10番の話でも聞くとするか?」
海中にに入り少しした時、ゾロがそわそわしたウタの方を向く。
「あんたいつまで一番自慢してるのよ…」
「え、ゾロ一番なの?奇跡!?」
「おいおいウタちゃ…グッ…このマヌケマリモは気にするな、なんたってこいつ漁船と…」
「うるせェ斬るぞ鼻血眉毛」
「アア!?」
「お前ら仲良いな〜」
「はいストップ!!」
終わりそうにない喧嘩を仲裁し、ナミがウタを見る。
「あはは…それよりルフィ、なんで私置いてこうとしたの!!」
「お前が遅かったんじゃねェか!!それにシャンクス達と一緒にいたっていうからよォ!!」
「でも歌出してたでしょ!!あと遅れたのはゴメン!!」
そう抗議するウタだったが、ここでナミが口を挟む。
「それがねウタ、こいつ修行中一回も歌聞いてなかったらしくて…」
「嘘、そんなことある!?レイリーさんもレイリーさんだよも〜!!」
そうつま先を叩きながら愚痴をこぼすウタだったが、ここでルフィが質問をしてきた。
「なんだ?歌聞けばなんかあったのか?」
「えっ?それは…そのお…」
「何恥ずかしがってんの…フフ、ねえルフィ、ウタの出してた歌なんだけど、歌詞が」
「ワーッ!!ストップ!!なんか説明されると恥ずかしいから!!」
「何言ってんのよ、それで…」
「ワーッ!!ワーーッ!!!」
「ナミのやつ、ありゃシキの時ウタが説明ノリノリでしようとしてたの根に持ってたな…」
「アウ…恐ろしい女だぜ…」
「フフッ…」
ナミとウタの僅かな攻防が終わったとき、改めてルフィがウタに話しかけた。
「…でよ、結局お前シャンクス達はどうしたんだ?そのまま戻りゃ良かったのに」
「…そうだね、ちゃんと説明しよっか」
その言葉と共にウタが辺りを見渡して声を出す。
「ルフィに、そして一味の皆にお知らせがあります!!」
「この度海賊ウタは…赤髪海賊団の船を降りました!!」
「え〜〜!!?」
ウタの宣言に、ルフィが驚きの声を上げる。
(ちなみに他の全員はやっぱりという表情をしていた。)
「ウタ、良かったのか!?お前あんなに…」
「うん!!ちゃんと一度会えたし、しっかりお別れはしてきたから」
すっきりとした顔でウタは言う。
「そっか…まァお前とシャンクスの話だしな」
「うん…それでルフィ、お願いがあるの」
「ん?なんだ?」
表情を改めて、ウタがルフィに向き直り…頭を下げた。
「…お願い!!私も"麦わらの一味"の仲間としてこの船に乗せて下さい!!!」
それまで見たことのないウタの改まったその言葉を、一味全員がしずかに見守る。
静寂の中、何も言わないルフィに不安げにウタが目線を上げると…。
─ポカンとした顔から、喜びに笑みを浮かべながらルフィが抱きついて言った。
「そっかあ!!よろしくなウタ!!」
「…OK…ってこと?」
「当たり前だろ!!!お前が仲間になってくれるならおれもすげー嬉しいよ!!!」
「〜ありがとう!!またよろしく!!」
「ヨホホ!!これは喜ばしいですね!!」
「スーパーめでてェな!!ま〜分かっちゃいたが」
「そうね…きっと「彼」も喜ぶわ」
「ウタがちゃんと仲間になったんだな!!」
「うおおおおウタちゅわあん…ブフウ!!」
「サンジイイイ!!…でも、なんかしっくり来ちまうよな」
「そうね…」
言いながら、ナミは一年前空島に流れてきたその音楽を思い出していた。
TD越しに懐かしい声が響かせる歌と、そこに込められた思いを。
『信じられる?信じられる?
あの星あかりを海の広さを
信じてみる信じられる
夢の続きでまた会いましょう』
『夢のつづきで共に生きよう
暁の輝く今日に』
(…あんなに分かりやすく、「また会いたい」って、一緒に生きたいって言ってたのにね)
「一応九人目ってことなんだろうけど…やっぱり私やゾロより先にいたのよねぇあの子」
「へっ…なら『0人目』ってとこか?」
「皆!!改めて、"麦わらの一味歌姫"ウタだよ!!
これからまた、よろしく!!」
『オウ!!!』