第5節 彼が求めた唯一のモノ
ディープインパクト「ユタカ!ユタカ!目を覚ますプイ!」
ユタカ「…………はっ!? 」
ディープインパクトの声で目を覚ますユタカ。辺りを見回すとどうやら見覚えのある森林と、地べたに横たわり気絶している修正班たちの姿が飛び込んできた。どうやら自分たちは彼に負け、城に入る前の場所に戻ってきてしまったのだとすぐにユタカは状況を把握した。
ユタカ「…………どうやら俺たちはリュージオルタに負けてここまで連れてこられたみたいやな。ケンイチ、おるか?」
ケンイチ『いやずっと居ましたよ! ユタカさんが起きるまで1時間ぐらいかかったんですからそれまで退屈でした!』
ユタカ「おうそれは悪かった。とりあえず全員のバイタルサインを確認してもらいたいんやけど……頼めるか?」
ケンイチ『あぁそれならとっくのとうにやりましたよ。全員の数値に異常は無かったので大丈夫ですよ。どうやら魔術かなんかで気絶させられてここまで飛ばされたんでしょう。』
ユタカ「お、おう……お前めっちゃ仕事早いな……」
有能なガイドマンに微量の畏怖を感じながら、気絶している仲間を一人ずつ起こしていくユタカなのであった。
〜〜
ユタカ「えー。これより特異点修正会議を執り行いまーす。司会は騎手クラブ会長の僕が勤めます。じゃあユーイチ、なんか意見出してみて。」
ユーイチ「えぇ!? いきなり俺に振るんすかユタカさん!」
ユタカ「ええやろ。ロードなんやったら作戦の一つや二つぐらい出してほしいわ。」
新入社員に宴会芸を強制してくる上司のように、隣に座っているロードに無茶振りを仕掛けるユタカ。ユーイチは先輩のそんな突然の要求に狼狽えながらも口を開く。
ユーイチ「うーん…………あっ、そういやオペラオーはどこ行ったんすか? アイツさえ居れば状況を打開できると思うんすけど……」
ユタカ「オペラオーが? その話詳しく聞かせてもらえへんかユーイチ。」
ユーイチ「はい!まず本題から入らせてもらいたいんすけど———テイエムオペラオーは冠位英霊なんだと思います。」
冠位英霊。グランドサーヴァントとも呼称されるそれは通常の英霊よりも遥かに強力な力を持っている英霊である。もしユーイチの予想が的中しているならば、テイエムオペラオーという馬は修正班たちにとって強力な切り札となるのだが——しかしそこにはある矛盾が存在していた。
ノリヒロ「グランドサーヴァント……?いやユーイチ。確かにアイツは強かったけど、人類悪とは言えないと思うけどな。」
タケシ「人類悪……?人類悪ってなに?」
カズオ「人類悪ってのは、愛ゆえに僕たち人類と、この世界の文明を破壊しちゃう悪いヤツって感じで抽象的に覚えとけばいいよ。確かに父さんの言う通り、和田さんのオルタは僕たちが戦ってきたどんな人たちよりも強かったと思う。けれどあの人に人類に対する愛なんて見つかんなかったし、人類悪と呼べる存在では無いはずだよ」
タケシ「な、なるほど……」
ノリヒロ「知らなかったのかタケシ。これは帰ってから勉強の時間をとらないとな。」
タケシ「なんでそんな笑顔で恐ろしいこと言うのさ父さんは!」
ノリヒロが述べた通り、本来彼らは7つの災厄——人類悪に対してのカウンターとして召喚されるサーヴァントである。そのため人類悪の資格を持たないリュージオルタの眼前にグランドサーヴァントが訪れるのは本来ありえないことなのだ。しかしながら彼の力は人類悪にも匹敵するものなのだが。
ユーガ「……いや、でも待ってください。『和田リュージ』っていう存在を打破するためのカウンターにテイエムオペラオーっていう英霊が抑止力に選ばれたって考えれば辻褄が合うと思いませんか?」
ユーイチ「……俺の言いたかったことをなんで先に言うんやユーガ!」
ユーガ「ユーイチさんのことならなんでもわかりますから!」
ユーイチ「お、おう……そうか、ありがとうな!ユーガ!」
リュウセイ(こんな状況でも変わらないなこの人たち……あっダイチさんが胃を押さえ始めた。しかもミユキさんはスティルインラブとまた二人の世界に入ってる……あれ、なんで僕がツッコミやってるんだろ?)
ダイチ「うぅ……こんなシリアス特異点の修正なんて初めてだし胃が……」
デムーロ「ダイチさん、胃薬です。これ飲んで落ちついてください」
ダイチ「あ、ありがとうデムーロ。いい加減俺もなんとかしないとなこの症状……」
ノリヒロ「うーん……よくわからないけどとりあえずオペラオーは味方にしたいよね。」
ユタカ「……決まりやな。とりあえず俺たちの目下の動きはこの特異点のどっかにいるオペラオーを探すことでええな。」
ユタカの声に頷く一同。簡易的ではあるが、彼らはこれからの方針を立てたのであった。
ユタカ「まぁこれで方針も立った訳だし……じゃあ早速オペラオーを探しに行くで!」
〜〜
テイエムオペラオー「…………なんて、酷い…………」
失意の庭に幽閉されたリュージの様子を知り憔悴するオペラオー。彼の姿には平生のような陽気さも軽妙さもなく、そこには悲嘆と絶望のみがあった。
———彼の姿はまるで、取り返しのつかないことをしてしまったことで親から叱られる子供のようだった。想定していたとはいえ最愛の相棒がこの悪趣味な空間の中でここまで変わり果てた姿を晒しているのを見て、オペラオーは胸が張り裂けるような思いに包まれた。
テイエムオペラオー「……なるほど、オルタが彼に与えたかった痛みとは、こういうことだったんだね……」
リュージオルタ「大正解や。さっすがオペラオー。俺がやりたいことをすぐにわかってくれるな。」
背後から突如として現れたリュージオルタの声にオペラオーは咄嗟に振り向いた。オルタは憎悪と歓喜が混ざったような曖昧な表情でオペラオーの双眸を眺めていた。
テイエムオペラオー「……キミがリュージオルタみたいだね。」
———リュージオルタは知っている。彼が自分の追い求めていたオペラオーとは似て非なる存在であることを。それでも最初に言いたかった言葉がある。あっさりと自分を捨てた、残酷な世紀末の覇王に言いたかった言葉が。
リュージオルタ「久しぶりやな…………俺を忘れて歌うアリアは楽しかったか?世紀末覇王さん。」
リュージオルタは自分が込められる最大限の憎悪を込めて、そんな呪詛を目の前の存在に吐き捨てる——こんなことをやっても意味は無いと理解はしているのだが。
テイエムオペラオー「……僕はキミを忘れた覚えはないんだけどね。」
リュージオルタ「確かにそうやったな。そっちのお前はそっちの俺と偉業を成し遂げたんやった。全く……反吐が出る。」
男は早口になり、捲し立てるようにオペラオーに話しかけていく。
リュージオルタ「いつまでそんな奴のことなんか心配しとるんや。いつまでも子離れできない親なんかお前は?」
テイエムオペラオー「子離れできない親か……確かにそうかもしれないね。だって英霊になった後もこうやって彼の為に動いてしまうんだから。」
リュージオルタはそのオペラオーのセリフを聞いて更に怒りを募らせる。そんなに『俺』が大事なのか。お前は俺を捨てたくせしてどうして、なんで———男の思考はそんな嫉妬と激情で埋め尽くされていく。
リュージオルタ「あんなヤツなんかもうどうでもええやろ…………お前に最後まで乗ってたくせに、約束もなんも叶えられなかった奴なんかにそんな態度とってるんじゃねえよ!」
リュージオルタ「リーディングはそこそこ、G1に至っては中々勝てない……そんな男がなんで、なんでこんなにお前に思われるんや……俺だって、俺だって……!!!!」
オペラオーはそんなリュージオルタの慟哭を聞きながら少し悲しそうな表情をしながら話しかける。
テイエムオペラオー「……キミがボクのことをそんな風に思っているのはよくわかったよ。けれどすまないね。今キミと話している時間は無いんだ。」
するとオペラオーは背後の失意の庭に繋がっている鎖を一瞬の内に断ち切り、そのまま自分の口に咥える。リュージオルタはそれを阻止すべくガンドを撃つが、オペラオーは自身の周りに張っている結界でそれらを全て防いだ。
リュージオルタ「待てオペラオー!俺との話はまだ終わってないやろ!勝手に逃げようとしてるんじゃねえ!!」
ガンドの出力を更に上げオペラオーを行動不能に追い込もうとするオルタ。しかしその攻撃がオペラオーに届くことはなかった。それどころか哀憫を込めたような視線をオペラオーは彼に向けている。
リュージオルタ「やめろ……!そんな目で俺を見るな!俺はお前に哀れまれるためにこんなことをしとるわけじゃないんや!!」
しかしそんなリュージオルタの叫びも虚しく、彼は忽然とオルタの目の前から消えていった。オペラオーにまんまと逃げられたオルタは皮膚が裂けて血が流れ出てしまいそうなほどの強烈な力で拳を握った。
リュージオルタ「ふざけんな…………なんでお前はまた俺の前から居なくなるんだよ!なんで俺のことを認めてくれないんだ!俺は……俺は、お前に認められるために余計なもんは全部捨てたっていうのに……!」
———部屋に残っているのはただ一人。私怨と憤怒、そして心痛を抱え募らせている、哀れな男のみだった。