第29話『ヤミヤミの実』

第29話『ヤミヤミの実』


「あれか……」

ガープの海軍船に乗ったエースは船首に立っていた。彼が見つめているのは、前方の肉眼で捉えられるギリギリの位置に確認できる海賊船だ。

「皆の者、手筈通りに。基本はわしとエースで海賊船を制圧する。他の者は距離を取った上、船で待機じゃ!」

エースの後ろではガープが部下達に指示を飛ばしていた。今日この船に乗っているのはガープとエース、そしてガープの信頼出来る少数の部下だけ。

エースの方の部下はというと、クザン主催の強化訓練に参加させている。デュースにはガープと共に上に呼び出されたという説明と、自分の代わりにクザンの見張りを頼むと言い含めてきた。

彼は多少何かを感じたようだが、ガープも一緒ということで渋々ながら送り出してくれた。嘘をついた事に少し良心が痛むものの、この件を早く片付けて本部へ帰ればいい。

エースはそう思いながら、距離が近付き先程より鮮明に見える目標のジョリーロジャーを睨む。

「エース」

「終わったか?」

「ああ、行くとするかの」

エースの隣に立ったガープに視線を動かせば、頼もしい海軍の英雄の姿があった。

二人はエースのストライカーに乗って目標の海賊船へと近づく。

「そのまま飛び乗る形でいいな?」

「任せるわい」

一応ガープに確認を取って、エースは一気にストライカーの火力を上げると海賊船の甲板まで勢いよくジャンプした。

「ぶわっはっはっ!! 海賊共、海軍中将のガープじゃ! 大人しくお縄につけ!!」

ガープはそのまま甲板へと降り立つと名乗りをあげる。瞬間、海賊達はざわめき始めた。

「な、何で海軍の英雄ガープが?!」

「火拳のエースまでいるぞ?!」

 急な敵襲、さらに格上の海兵達の登場とあって、海賊達は戸惑いを隠せない。そして動揺によって生まれた一瞬の隙は、戦場では命取りとなる。

「遅い! 遅い!」

慌てて戦闘の構えをしようとするがもう遅い。武器を手に取る前に、彼らはガープの拳に吹き飛ばされていた。

「こんな化け物達相手に勝てる訳ねェ!! 逃げるぞ!!」

「そうだ、逃げよう!!」

「逃がす訳がないだろ? 火拳!!」

恐れおののいて、逃げようとした者にはエースの炎が襲いかかる。新世界の海賊団とあって、多少骨のある者もいたのだが。ガープとエース相手では足元にも及ばなかった。

差ほどの時間もかからず、全員を制圧し終わった二人。エースは意識を失った海賊達を縛り上げてから船内を駆け回る。もしかしたらあの実があるかもしれないと、片っ端から荷物をひっくり返しては探した。

いくつかの部屋を探し、次に目に付いた船長室らしき場所の扉を勢いよく開ければ、中には先客がいた。

「おお、来たか。エース」

先に部屋にたどり着いていたらしいガープはひとつの宝箱を抱えている。息を切らせているエースに近づくと、ガープは箱の中身を見せた。

「これじゃな? ヤミヤミの実というのは」

「っつ……そう、だ……」

そこに入っていたのは忌まわしき悪魔の実。エースは声を震わせながら何とか言葉を絞り出す。

「やっと……やっと……これで!……」

サッチを助ける事が出来る。エースは宝箱を受け取り、抱き締めると目に涙を浮かべて喜んだ。

「おっと!」

「……悪ぃ……」

ヤミヤミの実を先に見つけられた事で、ここ数ヶ月ずっと張り詰めていた緊張の糸が解けたらしく。思わずふらついたエースをガープが支える。そんなエースの様子を見てガープも胸をなでおろした。


順調に行った制圧。そして見つける事が出来たヤミヤミの実。

あまりに上手く行き過ぎて、二人は無意識の内に気を抜いてしまっていた。その僅かな気の緩みによって、ガープもエースも、忍び寄る危機に気が付くことができなかった。

それがこの後の運命を分けた。


突如、激しい轟音と共に船体が大きく揺れる。下から押し上げるような攻撃を受けた船は大破し、二人は空中に放り出された。

「くっ!!」

自身も空中でバランスを崩しながらも、衝撃で宙を舞ったヤミヤミの実を掴もうと手を伸ばすエース。

「エース!!」

その身体をガープが包み込むように抱えた。次の瞬間二人を激しい衝撃が襲う。

崩壊する船の破片が沈む時の波のしぶきを全身に浴びてしまい、身体の力が抜けたエース。だが、ガープが比較的破壊されずに残った船体の部分に押しやってくれたおかげで海に沈むことは無かった。

「……ぐっ……ジジィ?」

先程の衝撃を浴びて朦朧としながらエースはガープを探す。ぼやけた彼の目に飛び込んできたのは。

「ジジィ?!」

かろうじて船の破片の一部にしがみつきながら、頭から血を流してぐったりとするガープの姿だった。

そしてその近くに立つのは。

「ゼハハハ!! 二人ともぶっ殺すつもりでいったのに、あの攻撃を耐えるなんて流石は海軍の英雄だな?」

「ティーチ!!」

マーシャル・D・ティーチだった。

ティーチは笑いながらガープへゆったりと歩み寄る。

「うっ!」

そのままティーチはガープの腕を踏み付けて、彼が手に持っていたモノを掴む。ガープは抵抗したものの先程のダメージが大きく、あえなくモノは奪われてしまった。そう、ヤミヤミの実をだ。

「海に沈んじまってたら探すのたいへんだったからな。持っててくれてありがとよ!!」

ティーチはヤミヤミの実に噛み付き、飲み下す。エースが止めようとするも叶わず、再びヤミヤミの実の力はティーチのモノになってしまった。

「ゼハハハ!!!!」

高笑いをしながらティーチは闇を身体から溢れさせる。

「テメェ!!」

怒りで炎を揺らめかせながら、立ち上がったエース。しかし、ただでさえ不安定な破損した船の一部の上。己の能力を使えば、自分だけではなく、ガープまで巻き込んでしまう可能性が高い。

彼は深呼吸をして周囲の状況を改めて見回す。

崩壊した海賊船とその海賊船の真下から浮上してきたティーチの船。どうやらコーティングした船で海中を進んできたらしい。船の上ではインペルダウンの元囚人達がニヤニヤと笑いながらエース達を眺めている。

さらに離れた位置で待機していた筈のガープの戦艦が近くまで来ており、見ればシリュウが甲板に立っていた。ガープの部下達の姿はエースの位置からは確認出来ない。

油断した。四面楚歌のエースは冷や汗を流しながらどうやってこの場を切り抜けようか思考を巡らせる。

「ウチにお前が入ってこないのを不思議に思ってたら。期待の新人海兵なんて新聞記事を読んでよ。驚いたのなんの!」

ティーチはゲラゲラと笑いながら一人で話し始めた。

「どうしてウチに入って来なかったんだよ、エース。寂しいじゃねェか」

場違いな程明るく、まるで友達かのようにエースに語りかけてくる。

「…………」

だが、エースは無言を貫いた。この男の底知れなさに呑み込まれないように。

「なんだ、だんまりかよ。ツレねェな〜」

ティーチは肩を竦めながら、ガープの腕を踏んでいる足に力を込める。

「ぐっ……!」

「やめろ!!」

ミシミシと骨が音を立てる程に強く踏みつけられてガープは呻いた。堪らずエースが悲痛な声で叫ぶ。

「やめてもいいんだがよぉ。どうする? ガープはこの通り使い物にならねェ。お前らの戦艦はウチのシリュウが制圧したし。今にも沈みそうな難破船の上で能力者のお前は全力を出せねェときてる」

 楽しそうにティーチはエースに今の状況を突き付ける。お前に逃げ場はないと思い知らせるように。

「……テメェも今能力者になっただろう。一緒に海に沈んでやってもいいんだぜ?」

道連れにする事ぐらいは出来るとエースはティーチを睨みつけた。

「おいおい、自暴自棄になるなって。せっかくシリュウに仲間は殺すなって言ってやったんだから」

「じゃあ!」

ティーチの言葉にエースは思わず反応した。

「ああ、全員生きてるぜ? そこで取引だエース。お前が大人しくコチラ側の仲間になってくれるって言うなら、ガープやお前の仲間達は無事に逃がしてやる」

どうする? とエースに決定権を委ねるティーチ。

言われなくとも、エースの中で答えは既に決まっていた。

「おれ一人でいいんだな?」

エースは瞳を伏せてティーチへと再度確認する。

「ああ、お前一人で戦力としては充分だ」

「……ジジィと仲間達全員が、無事に海軍本部まで帰ることが条件だ」

 条件を更に念押してから。

「分かった、分かった。今から人にも船にも一切の攻撃をしねェ。約束するぜ?」

「……約束を守ってくれるなら。おれの事は好きにしろ……」

ティーチの要求を飲み込んだ。

エース自身の命と、ガープや仲間達の命を天秤にかけた時、どちらが大切かなんて分かりきっているのだから。

「ゼハハハ!! 話が分かるじゃねェか!!! 前より素直になったか?」

エースは無言で海軍の正義と書かれたコートを脱ぎ捨てた。今この瞬間から、海軍が掲げる"正義"を背負う事はエースには許されない。

「……や、めんか! ……エース!!」

大人しくティーチに近づいていくエースを、何とか意識を取り戻したガープが引き止める。ガープはエースを庇い、更に吹き飛びそうになっているヤミヤミの実まで確保したが為に。先程のティーチの本気の一撃をモロに食らってしまった。いくらガープと言えども受けたダメージは深刻だ。

彼は朦朧とした意識の中、必死にエースへと手を伸ばしていた。そんなガープに。

「……ごめんな、じいちゃん。……あの時おれの話を信じてくれて嬉しかった……なのに、最後まで迷惑掛けて、やっぱりおれ……」

"生まれてこなきゃよかったな"

泣きそうな顔で笑ったエースは、ガープへと背を向けてティーチの船へと乗り込んでいく。

「馬鹿もん!! そんな訳があるか!! 待て!! エース!! 行くな!! 行くんじゃない!!」

喉が裂けるほどに叫ぶガープの声が聞こえているだろうに、エースは一度も振り向かなかった。

「さぁ、野郎共錨をあげろ!! 出航だ!! ゼハハハハ!!!」

下品な笑い声を上げながらティーチ達とエースを乗せた海賊船はガープの前から過ぎ去っていく。

「 クソッ!! 孫の一人も守れんで何が海軍の英雄じゃ!!」

取り残されたガープの悲痛な叫びだけが、辺りに木霊した。


こうして、炎は再び闇へと捕らえられてしまったのだ。

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