第一章/断片
第1章の書きたいところだけ書きました。
一部グロテスクな描写が存在します。
◆事件調査前◆
「……急ごう。あの子の父親がまた冤罪で捕らえられているかもしれない!」
クギ男の噂を聞きユーマと死に神ちゃんは時計塔へと向かった。ヨミーからの「超探偵たちを集める」という依頼はそのままにしてしまっているが、事件が起こるという未来を知っている以上放ってはおけない。
「どいてください!」
『そこのけそこのけ、ご主人様が通る!』
野次馬を掻き分けながら進むと、こちらに背を向ける二人の人間と彼らに涙ながらに何かを訴える少年の姿があった。
三人とも、元の世界でユーマと関わりがあった人物である。
「ハララさん……ヴィヴィアさん……」
『ご主人様、残念だけど夢じゃなかったね。悪魔ちゃんと貧血ヴァンパイアが敵なのは現実みたい』
「……っ」
顔を背けたくなる衝動と戦う。真実から目を背けるな。どんなことがあろうと、自分に胸を張れるように。自分を鼓舞し、改めてハララとヴィヴィアに向き直った。
「なんだ……キミか」
ユーマの声に振り返ったハララが忌々しげに顔を歪める。カナイ駅で取り逃してしまったユーマを明確に敵だと定めたのだろう。
ヴィヴィアはユーマの姿を見て瞳を眇める。
「あぁ……彼が、ハララくんの言っていた探偵見習いなんだね……」
ゆらゆらと右手を振る。無表情のまま友好的に手を振られても逆に不気味だった。
「初めまして……私はアマテラス社保安部の、ヴィヴィア=トワイライトだよ……」
マイペースなヴィヴィアの言動にどう応えればいいか窮していると、不意にヴィヴィアの瞳がある一点——死に神ちゃんが浮遊しているところに向いた。
『も、もしかしてこっちの貧血ヴァンパイアもオレ様ちゃんが見えてるの!?』
「君……変なものに取り憑かれてるね……」
『やっぱり見えてるよ〜! ……って、変ってなんだコラァ!』
「まぁ……どうでもいいか……」
ヴィヴィアはすぐに興味を失い、泣いている少年に振り返った。
涙を浮かべている少年は、ユーマが知る世界の中で父親がクギ男であると免罪をかけられユーマとハララに事件解決を依頼してきた少年だった。
けれど、様子が少しおかしいように思える。
「た……探偵……?」
ハララとヴィヴィアの間をすり抜け、少年が駆け寄ってくる。しかし足取りはふらついていて、顔は真っ青だ。
「だ、大丈夫?」
少年を安心させるように顔を覗き込み、笑顔を作る。
しかし、探偵としての勘だろうか、あるいは少年の様子にただならないものを感じたのだろうか、心臓が早鐘を打つのを止めることは出来なかった。
果たして少年は口を開いて涙ながらに告げる。
「お願いです……! 父さんを……! ……父さんを殺したクギ男を捕まえてください!」
「…………殺された、だって…………!?」
◆謎迷宮攻略後◆ 一部グロテスクな描写が存在します。
謎迷宮からユーマとスパンクが脱出すると同時に、止まっていた時間が動き出す。
真犯人たる信者と使用人が倒れ、記憶を失ったスパンクとヨミーが蘇生を施そうとしているところにヴィヴィアがボソリと呟いた。
「ユーマくん……君の死神の力だね……」
『ちょ、ネタバラシが早すぎるって! 普通五章とか六章で持ち出す話題だよそれは!』
「……どういう事だ?」
ハララがヴィヴィアに視線を向ける。
「どういう経緯があったのか……それはどうでもいいけど……彼には死神が取り憑いているみたいだ……。彼らの死は、死神によるものだよ……」
「……なるほど」
ハララはちらりとユーマを見て頷いた。
(ハララさんには……見えてはいないはずだよね?)
『だけど信じてるみたいだよ。悪魔ちゃんと貧血ヴァンパイア、よっぽどお互いを信頼してるんだね』
「その死神の力で彼らを殺したんだろう……?」
「っ!」
「ふざけたこと言ってんなよ、権力の犬共が!」
ユーマに近づこうとしたヴィヴィアの前にヨミーが立ちはだかる。
「死神だァ!? んなイチャモンつけてユーマを連れていこうとする気だろうが!」
「……まぁ、受け入れるのは難しいよね……誰だって、理解できないものを受け入れることは、難しいから……」
「そういう話じゃねーんだよ!」
ヴィヴィアを射殺さんとするヨミーに視線をやり、ハララが肩をすくめる。
「キミが死神の存在を信じようが信じまいが、どうでもいい。今重要なのは今ここで二人死んだ事だ」
「んだと……!」
「そこの超探偵が連れてきた重要参考人が、なんと同時に死んだ。……子供でも関与を疑うだろう?」
「フン……どうのこうのと理由をつけて、結局は俺様たちをしょっぴくつもりだな?」
「ご明察」
スパンクの言葉にハララがニヤリと笑みを浮かべる。そして、瞳を細めてユーマを見下ろす。ナイフの切っ先のように鋭い気配をまとったハララにユーマは息を飲んだ。
「さて。ユーマ=ココヘッド。スパンク=カッツォーネル。着いてきてもらうぞ」
ハララの細い腕がユーマの胸ぐらを掴み、ひょいと持ち上げる。
「……ぐっ!」
「駅の時の借りをようやく返せるな」
『このー! ご主人様を離せー!』
「待て! 連れてくなら俺も連れて行け……!」
「あぁ……ヨミー=ヘルスマイル……キミにも来てもらった方がいいかもね……」
ヴィヴィアが淡々と呟く。
「そんな……! ヨミー、所長……!」
ユーマが思わずヨミーに声をかける。ヨミーはユーマの表情を見て、ふ、と安心させるように微笑んだ。
「安心しろ、ユーマ。オメーはオレの事務所の探偵だ。所長であるオレが守ってやるからよ」
『くっ……! 天然ストレートの癖にかっこいいこと言うじゃん!』
死に神ちゃんが歓声を上げる。
『けど、いくらかっこいいこと言ったって悪魔ちゃんと貧血ヴァンパイアは止められないよー! 誰かご主人様だけでも助けてー!』
決して死に神ちゃんの嘆きが聞こえたわけでは無いだろう。
それでもまるで、死に神ちゃんの助けに応えるように——予想もしないところから救いの手は降りてきた。
「待った、待った! ちょーっと待った!」
パタパタと足が地面を蹴る音。
いつか、どこかで聞いたセリフと一緒に、二度と会えないはずの人間が姿を現した。
(……ヤコウ、所長……!!)
『も、モジャモジャ頭!』
「ヤコウ=フーリオ……なんでテメーがここに居んだよ……!」
「彼が……」
「部長……!?」
「来ていたんですね……」
三者三様にヤコウを迎える。
ユーマと死に神ちゃんは、懐かしさ、切なさ。そして——やはり彼も敵だったのかという、ある種の諦観に似た悲しみ。
ヨミーとスパンクは驚愕の色を浮かべ、警戒する。
ハララとヴィヴィアは一瞬目を見開き、ユーマたちを捕らえている手を緩めた。
「はー……久しぶりに走ったからきついわ……歳をとるのは嫌だな……」
「ヤコウ! 何しに来たんだ……!」
低い声で吐き捨てるヨミーを一瞥する事さえなく、そして部下であるはずのハララやヴィヴィアさえも視界に入れず、ヤコウはユーマとスパンクに人懐こい笑顔を見せた。
「カナイ区にようこそ、超探偵。オレの名前はヤコウ=フーリオ」
「……ヤコウ……フーリオ……」
「君が……ユーマくんだな? ユーマ=ココヘッドだろ?」
ハララがユーマを掴んでいた手の力を緩めたため、ユーマは尻餅をつく格好で座り込んでしまっていた。
そんなユーマに手を差し出しながら、ヤコウが微笑む。
「大丈夫? 立てるか?」
「……」
頭の奥がぐらつき、瞳が熱くなる。視界が烟っているのは、雨のせいではないだろう。
理性は、世界一優秀と称されたユーマの脳は、彼もヨミーやハララやヴィヴィアと同じように元の世界の彼とは別人なのだとわかっていた。
だけど、ユーマの心はぐちゃぐちゃに荒れ狂っていた。もう二度と会えないはずの人に会って、もう二度と聞けないはずの声を聞いて、どうとも思わない人間は居ないだろう。
ユーマはどうにかヤコウの手を取らず、自分の力でゆっくりと立ち上がった。俯いたままのユーマに、そっと死に神ちゃんが寄り添っている。
「大丈夫そうだな」
もう一度見たかった懐かしい笑顔に泣いてしまいそうになるのをグッと堪える。
『ご主人様……』
(……ありがとう、死に神ちゃん……)
体から力が抜けないように踏ん張りながら、ヤコウの顔を見上げる。
「保安部の、部長……」
『気をつけて、ご主人様……こっちのモジャモジャ頭も、死を見つめてきた雰囲気を纏ってる……』
(……うん)
「まあそう警戒しないでよ。オレは君らを助けに来たんだから。……一応聞くがお前ら。どうして二人を連行しようとしたんだ?」
「彼らはそこに倒れている教会の使用人と信者を殺したんだ」
「……証拠は?」
「そんなものは無い」
悪そびれた様子もなくハララが報告する。眉を顰めるヤコウに、ヴィヴィアが補足の為口を開いた。
「ユーマ=ココヘッドには死神が取り憑いています……その力を使ったんじゃないかな……」
ヴィヴィアの言葉にヤコウは、はぁ、と大きくため息をつき肩を落とした。
「にわかには信じ難いけど……『ヴィヴィア』が言うならそうなんだろうな」
「このまま彼を放置すれば脅威になるだろう。だから——」
ハララの言葉を遮るように、ヤコウがぱん、と手を叩いた。
「ま、死んだのはクギ男とそいつに乗っかった便乗犯なんだろ? 良いんじゃない? むしろ感謝しようぜ、ユーマくんに。オレ達の仕事を減らしてくれたんだから」
「…………わかった……部長の指示に従おう」
ハララは小さく頷く。その様子を見てヤコウはニヤリと笑みを浮かべる。
「オレの方でもあの二人が犯人って証拠を掴んだよ」
「……」
「ハララもヴィヴィアも……今回は先走りすぎじゃないか? ユーマくんたちが真犯人を捕まえてくれて助かったな?」
ハララが苦々しげにユーマ達を睨みつける。
「……ヨミー=ヘルスマイルは……」
「そいつも放しておいて」
「はい……」
ヴィヴィアがヨミーの拘束を解く。
解放されたヨミーが忌々しげにヤコウを睨んだ。
「悪人なら……死んでも良いってか……」
「『悪人』? 違うな……。人殺しの化け物だ」
ヤコウの瞳が雨の中でもわかるほど昏く輝いた。
「テメーは……どんな奴もそう言って……処刑してきたんじゃねーか!」
「事実だからな。どいつもこいつも人面獣心のカスだ。だから死神には感謝してるんだよ。死ぬのが遅いか早いか、オレ達がやるか死神がやるかの違いでしかないんだから」
飄々とした態度を崩さないまま残酷な言葉を言い放つヤコウ。彼は笑顔のままつかつかと倒れた使用人に歩み寄る。
「まぁ……思うところがあるとすれば……」
ヤコウから全ての表情が削がれ、目が見開かれる。
すっとヤコウが足を上げて——勢いよく使用人の死体に振り下ろした。
「こいつが殺した人間の百分の一も……!」
ぐちゅりと果実を潰すような音と共に使用人の腹が裂ける。
「千分の一の苦しみも感じず……!」
ぐちゃりぐちゃりと水の音が発生する度、目に痛いほど鮮やかなピンク色が迸る。地面にジワリと広がっていく。
ヤコウの凶行を、誰も止められない。
「あっさりと……死んだことかなぁ!?」
ぐりぐりとかつて生きていた人間の肉体を叩き潰そうと、擦り潰さんと、ヤコウの足が動かされる。
何度も何度も、振り下ろされる。
「……部長……」
ようやく口を開いたのはヴィヴィアだった。ハララは唇を噛み締めてじっとヤコウを見守っている。
「これ以上したら……足が折れてしまいますよ……」
「うるせぇな……」
低い声で言い捨てるヤコウは、しかし死人を貶める蛮行をようやっと止めた。
「あーあ……汚ねぇ血で汚れちまった。買い換えるか……」
『うひゃぁ……モジャモジャ頭、本当にどうしちゃったの……?』
(こんな……こんなことって……)
死に神ちゃんが震える声で呟く。目の前で起こった出来事にユーマは意味のある言葉を絞り出すことができずにわなわなと唇を振るわせるだけだ。
ピンク色の血に塗れたヤコウが顔を上げ、ユーマに笑いかける。
「おっと、悪いなユーマくん。汚いものを見せちゃって。……あらら、顔色悪いよ?」
『当然じゃない!? 突然あんなグロスプラッタ見せられちゃったらさ!』
「……さて、そろそろ帰んないとな。お前ら、ソレの片付けよろしく」
「はい……部長」
「……ああ」
ヴィヴィアとハララが、ヤコウから渡された死体袋を広げる。二人とも無言で、手慣れた様子で死体を片付けていく。
「また会おう、超探偵諸君。真実を見つけ出してこの雨を止めてくれることを祈ってるよ」
ひらひらと手を振り立ち去るヤコウにハララとヴィヴィアが付き従う。
後に残された人々の沈黙の中で、毒々しいピンク色が雨に流れて薄められていった。