第6話・再会、ナルシストルー

第6話・再会、ナルシストルー


 拓海とゆいが囮となってコメバーナレ党を引きつけていた頃、あまねは変装したマイラ女王を連れて別行動をしていた。

 隠れ場所である大学がある小高い丘陵から街までの森の中を、あまねはキュアフィナーレに変身した状態でマイラを背負って走り抜け、街中に入る手前で変身を解く。

 そこから先は繁華街だ。木を隠すなら森の中と古事にある通り、二人は人混みに紛れた。

 コメバーナレは強力な武装集団だが、無差別テロを仕掛けるほど無知性な凶暴性はない。これまでの襲撃から、あまねはそう判断していた。


(とはいえ、必要とあれば民間人を躊躇なく巻き込むくらいのことはやりかねん連中だ……)


 今それをやらないのは、メリットよりもリスクの方が上回るからだ。派手に暴れて日本の治安維持組織全てを相手に回すより、今のようにピンポイントに絞って強襲する方がリスクが少ない。ただそれだけの理由だ。

 恐らく、確実な逃走手段とマイラの暗殺が確実に行える状況ともなれば、奴らは何十、何百という民間人を巻き込んだ無差別攻撃を仕掛けてくるかもしれない。いや、確実にやる。

 一度しか対峙していないが、コメバーナレ党の戦闘員たちから感じ取った雰囲気は、単なるゴロツキとはまったく異質な、戦争兵器としての殺気だった。


「ねえねえ君たちぃ、女の子二人だけ? これから飲みに行かない?」


 急に横合いから擦り寄ってきた、こういう軽い男たちとは、何もかもが比べものにならない。と、あまねは軽くため息をつきたい気分になりながら、マイラの手を引いて脚を早めた。


「お、お誘い頂きありがとうでございーーあ、アマネ!? そんな急いで引っ張らないでございます!?」

「相手にしてはいけません」


 軟派男を無視してさっさと先へ進んだが、男はしつこく言い寄ってきた。


「ちょっと無視すんなよぉ。いいじゃん、ちょっとだけ、一杯だけ付き合おうよ。雰囲気いい店に案内するから」

「結構だ」


 目を合わせず、前だけを見てさっさと進む。ちょうどもう少し歩いた先に交番があった。あの近くまで行けば軟派男も流石に諦めるだろう。

 そう思ったとき、


「おいおい、そっけないじゃないか。俺とお前の仲だろ?」

「っ!?」


 ヘラヘラしていた軟派男の声が、急に、心に忍び込む様な聴き覚えのある声に変わり、あまねはゾッと肩を震わせた。

 ハッとなって振り返ると、男が薄ら笑いを浮かべながら、


「よぉ、ジェントルー」


 ニヤ、と笑った見覚えのないその顔が、まるで手品のように見覚えのある顔に変わっていく。

 整った美形の顔立ちに冷たい光を宿した目。口元には性悪な笑み。束ねた長髪を左肩に垂らしたその男の名は、


「な、ナルシストルー!? 何故、貴様がここに居る!?」

「アマネのお知り合いでございますか?」


 状況を把握できずおっとりと問いかけたマイラを、あまねは咄嗟に背中に庇い、鋭い眼差しでナルシストルーを睨みつけた。


「おいおい、睨むなんてひどいじゃないか。俺様はもうブンドル団から足を洗った身なんだぜ?」

「黙れ。貴様はまだクッキングダムで服役中のはずだ。ここに居るはずがない」

「実際にここに居るのに?」

「脱獄するような凶悪犯は、警戒して当たり前だ。……何が目的だ?」


 あまねの問いに、ナルシストルーは肩をすくめて笑った。


「お前を助けてやろうってのさ」

「何だと?」

「黒胡椒を囮にコメバーナレの連中を引きつけたつもりだろうが、侮っちゃいけない。奴らはこの街の監視カメラ全てをハッキングして管制下に置いている。お前たちの動きは筒抜けさ」


 その言葉に、あまねは思わず振り向いて周りを見渡した。

 電柱や店の軒先、交差点の辻、この場所からパッと見渡しただけでも三つのカメラが目に入った。ここまで長く歩いてきたつもりはないが、それでも既に複数のカメラに自分たちの姿が映り込んでしまったはずだ。

 だが、全てのカメラをハッキングして管制下に置くなど、そんなことが可能なのか?

 半信半疑になったあまねに、ナルシストルーは言った。


「信じる信じないは勝手だ。そんなのあり得ないって思うなら、そのまま街中を行ってみるといいさ。少しでも人気が少なくなった瞬間に答え合わせできるだろう」

「………何故お前が敵の作戦を知っている? それに私たちを助ける、その目的はなんだ?」

「一つ目への回答は、俺様は天才だから。二つ目はの回答は、俺様とお前の仲だからさ」


 答えにもならない答えを言いながら、ナルシストルーは指をパチンと鳴らした。

 ブン、とどこかで微かに空気が震えた感触を感じ取り、あまねは周りを見渡した。

 ちょうど横、そこにビルに挟まれた、人一人がやっと通れるかどうかの細い隙間があった。その隙間の奥で、暗闇が渦を描いて揺れていた。


「あれは…まさか、クッキングダムへのゲート!?」


 そのとき、あまねが手首につけていたハートキュアウォッチが着信を告げた。

 小さな表示画面に光が灯り、そこに見知った相手の顔が映し出された。


『あまね、聴こえるかしら?』


 低い男の声。かつての協力者にして友人の一人、ローズマリーだった。


「マリちゃん?」

『事情はこちらでも把握しているわ。とりあえず話は後よ。ナルシストルーが開いてくれたゲートを使って、すぐにクッキングダムへ避難しなさい』


 どういうことなのだ、これは。あまねは逡巡した。事態の展開が予想外過ぎて状況が理解できない。

 一瞬、これはコメバーナレの罠かと勘繰った。何しろ試製デリシャストーンを保有して武器として扱っている連中だ。クッキングダムの存在についても知っている可能性はある。

 だが、自分とナルシストルーやローズマリーとの関係まで把握しているとは考えづらかった。もし敵がそこまで把握していたならば、そもそも自分たちが居るこの日本でマイラを襲撃しようだなんて思わなかっただろう。


『あまね』

「わかった、マリちゃん。いったんそちらに匿ってもらおう」

『急いでね。こっちで待ってるわ』


 通信が切れ、あまねは顔を上げた。ナルシストルーは相変わらず薄情そうな笑みを口元に湛えたまま、あまねを眺めていた。

 この男は、昔ブンドル団の幹部だった頃の雰囲気そのままだ。と、あまねは思った。

 冷酷で、傲慢で、自分以外の全てを見下していたその態度。ブンドル団壊滅後、悪事から足を洗い、大人しく服役していた最近では、あの頃とは違う柔らかさや素直さを取り戻した印象を受けたのに……


「どうしたジェントルー。俺様の顔に見惚れてでもしたか?」

「いや、お前は変わったと思ってな」

「変わった? 俺様が?」


 可笑しそうに喉を鳴らして笑うナルシストルーに、あまねは首を横に振った。


「変わったのではないな。変わらなかった、と言うべきか。また昔のお前に戻ってしまった……そんな気がする」

「俺様は俺様さ。それより、こんな無駄話をしている暇があるのか?」

「そうだな」


 あまねはマイラの手を取ったまま、ビルの隙間に身を滑り込ませた。


「アマネ…」


 不安そうなマイラの声に、あまねはその手を強く握った。


「心配いりません。彼らは私の仲間です」


 その言葉は、自分自身へ言い聞かせるものでもあった。

 隙間の奥でゆらめくゲートに、あまねはマイラと共に足を踏み入れた。

 その瞬間、すべての景色が一変した。

 夜の街は、明るい日差しを浴びたファンシーでカラフルな街並みに変わり、周りにはどこか牧歌的な雰囲気の人々がのんびりとした足取りで行き交っている。

 四方八方の建物からは美味しそうな香りが漂い、たくさんのレシピッピたちが宙を舞う、この世界は、まさしく、


「クッキングダムだ……間違いない」

「ここが、ココネたちが話してくれた世界?」

「ええ、そうです。とりあえずここに居ればコメバーナレには見つからないでしょう。それよりナルシストルー、そろそろ事情を説明してもらう……ぞ……?」


 当然、一緒に着いてきたと思っていたナルシストルーの姿がどこにも見当たらなかった。

 さらに、今通り抜けてきたゲートさえ、既に跡形もなく消えていた。

 その代わりこの場に現れたのは、


「あまね!? それにマイラさま!?」


 聴き覚えのある声が背後から聞こえ、振り返るとそこに、先ほどの通信の相手である長身の美丈夫・ローズマリーが息を切らして駆け寄ってきたところだった。


「マリちゃん。迎えに来てくれたのか」

「迎えに!? 何を言ってるの、あまね!?」

「ん?」

「ワープゲートが突然出現したから慌てて確認に来たのよ。そしたらあなたたちが現れたから驚いたわ。いったいどういうことなの、あまね!?」

「どういうも何も、マリちゃんが私たちを、ここに……違うのか!?」


 ローズマリーの反応に、あまねは混乱した。彼は、何も知らないのだ。

 では、あのとき自分は誰と通信をしていたのだ?


「マリちゃん、ナルシストルーはどこに居る!?」

「な、ナルシストルー? 彼なら、まだ刑務所で服役中よ。あなた、何回も面会に行ってるから知ってるでしょ?」

「すぐに刑務所に連絡してくれ。あいつ、脱獄したかもしれない!」

「何ですって!?」


 ローズマリーはすぐに自分の通信機で、刑務所へ問い合わせた。

 それに対する返答はすぐに返ってきた。


「刑務所で特に変わった事は起きていないみたいよ。ナルシストルーも大人しく服役しているわ」

「そんな馬鹿な!? 私はついさっきナルシストルーと会ったんだ。おいしーなタウンで! ここに来たのも、あの男がゲートを開いたからだ!」

「あまね、落ち着いて。とりあえず事情を教えてくれないかしら」

「教えたくても、私自身、状況がさっぱりわからないんだ。とりあえずナルシストルーに会わせてくれ。服役しているのが本物かどうか、それを確かめてからだ」


 その要望を、ローズマリーは戸惑いながらも了承してくれた。

 クッキングダム王国の近衛隊長からの要望ということで、刑務所への面会要請はすんなり通った。

 あまねとマイラとローズマリーの三人は面倒な手続きに煩わされることなく面会室に案内され、長く待たされることなくナルシストルーもすぐに引き出されてきた。


「誰が面会に来たかと思えば、ジェントルー、またお前か」


 呆れ顔を見せたその男は、まさしくあまねの見知ったジェントルーだった。

 傲慢さは相変わらずなものの、昔のような冷酷さや、人を人とも思わないような見下した態度はなりを顰め、そんな自分をどこかで楽しんでいるような余裕を感じる……それが、今のナルシストルーだ。

 そんな彼を目の当たりにして、あまねはホッと安堵の表情を浮かべた。


「良かった。お前は、お前のままだったんだな……」

「あ? なんだ小娘、わざわざここまで来て俺様の顔を見てニヤニヤ笑いに来たとでもいうのか? 不愉快だ」

「誰がお前の顔なんか見てニヤニヤ笑うものか。だいたいその態度はなんだ。私以外に面会に来る相手なんかいないくせに」

「喧嘩売りに来たなら買うぞ、ジェントルー」

「ジェントルーと呼ぶな」

「小娘」

「私の名前は菓彩あまねだ。何度言ったら覚えるんだ」

「あまね」

「名前で呼ぶな! ゾワッとする!?」

「じゃあどうしろって言うんだ!?」


 今にも掴みかからんばかりに言い争う二人を前に、面会室の見張り兵士がオロオロとしていた。

 ちなみにクッキングダムの面会室はガラス等で仕切られていない単なる個室である。基本的に性善説に基づいた、悪く言えば平和ボケした組織の兵士は、想定外のことが起きそうな恐怖を目に湛えながら一緒に室内にいるローズマリーに目を向けた。


「ま、まぁ心配しないで。あの二人はいつもああだから」


 兵士を宥めるローズマリーの横で、マイラがふむふむと頷いた。


「なるほど。ユイも言ってました。喧嘩するほど夫婦同然、って」

「「全然違う!!」」


 あまねとナルシストルーが異口同音に否定した。


「ほらほら、二人とも落ち着きなさい」


 とローズマリーが仲裁に入った。


「それで、あまね。そろそろ事情を聞かせて欲しいのだけど、説明できそう?」

「正直、まだ不明確な部分は多いが……」


 あまねは深呼吸して、訪日したマイラがイースキ島の反政府組織コメバーナレに襲われたこと、その最中にウバウゾーが現れ、すぐに消えたこと、コメバーナレが試製デリシャストーンを兵器として使用していること、そして……


 ……ナルシストルーの偽物が、自分たちをここに送り込んだことを説明した。


「俺様の……偽物だと? なんだそいつは、気に食わん」

「ナルシストルー、心当たりは無いのか?」

「あるわけがない。だいたい、俺様のような天才科学者にしてハンサムな男がこの世に二人といるわけがないだろう。そもそも俺様レベルを真似られる偽物なんて居るはずがない」

「だが、お前そっくりだった。いや、昔のお前そのものだった」

「節穴にもほどがあるぞジェントルー」

「だからその名で呼ぶな」

「あまね」

「やめろ!?」


 すぐに話がズレそうになる二人の横で、ローズマリーが顎に指をかけ、考え込みながら言った。


「謎のウバウゾーに、デリシャストーンを使うテロリスト、それにナルシストルーの偽物……それぞれの事象がバラバラ過ぎて関連性が見出せないわ。こう言っては無礼かもしれませんが──」


 とローズマリーはマイラに一度断りを入れてから続けた。


「──マイラさまの御命を狙うテロリストの目的に、他の要素が絡んでくる理由が無いのよ。まるで全く違う目的を持った複数の敵が、その現場に鉢合わせしたみたいな感じだわ」


 その言葉に、あまねも頷いた。


「違う目的、か。つまりウバウゾーも、あのニセシストルーも、目的はマイラさまではないということか」


 その横でナルシストルーが吹き出した。


「ニセシストルー。……ぷっ、ふははは、なかなかセンスが良いじゃないか、あまね」

「あまねって呼ぶな」

「ジェントルー」

「ジェントルーって呼ぶな」


 睨みつけるあまねに、ナルシストルーはケラケラと笑った。


 そのときだった。


 あまねのハートキュアウォッチから着信音が鳴った。


「ん?」


 誰からだろう、もしかして品田からか? と手首に目を落とした時、そこに表示された名前を見てあまねは思わず声を上げた。


「な、何…ッ!?」


 そこには“ニセシストルー”と表示されていた。

 今、思いつきで呟いたばかりの言葉が、何故ここに表示されているのか。しかも着信相手としてである。

 予想外どころか想像を超えた異常な現象にあまねが言葉を失っている間に、ウォッチの画面が切り替わり、そこにある場所の映像が映し出された。

 そこは夜の街の景色、どこかの廃ビルの屋上らしき場所。そこに──


「し、品田!? それにあれは……馬鹿な、ジェントルー!?」


 ──傷つき倒れた品田と、かつての自分の姿があった。

 肩から大量出血して仰向けに倒れた品田拓海を、黒づくめのゴシック服に身を包んだジェントルーが介抱している。

 その姿は、ここに居るナルシストルーから洗脳を受けてブンドル団の幹部となっていた、かつての自分……怪盗ジェントルーそのものだった。


 あれは、誰だ?


 呆然とするあまねの様子に、ローズマリーやナルシストルーもそばに寄って彼女のウォッチを覗き込んだ。


「ジェントルー? おかしいわ、あの子があそこに居るはずかないわ!」


 ローズマリーが言う“あの子"とは、試製デリシャストーンの暴走事故がきっかけで誕生した擬似生命体・ジェントルーのことだ。


「あの子とは、あまねたちがここに来る直前まで私と一緒に居たのよ。あの子単独でワープゲートを開く力なんて無いし、おいしーなタウンに行けるはずがないわ」

「おいおい、ニセシストルーに続いて今度はニセトルーか。ニセドル団でも設立されたのか」


 他愛もないことを口にするナルシストルーをあまねは無視して、画面に映る二人の様子に釘付けになっていた。

 拓海は重傷だ。それだけでも息が止まりそうな衝撃だった。

 それを見ていることしかできないあまねの前で、ニセトルーが何か青い光を発するペンダントを手に持ち、それを拓海に翳していた。


(治癒の光?)


 それはどこか、拓海が変身したブラックペッパーが使う癒しの光にも似ていた。

 その光の下で拓海の傷からの出血が止まり、苦悶に喘いでいた拓海の顔にも、少しだけ余裕が戻ったように見えた。

 しかし拓海は気絶してしまったのだろうか、倒れたまま身じろぎせず、ニセトルーはそんな彼の手にペンダントを握らせると、そのままどこかに立ち去ってしまった。

 映像もそこで途切れた。


「おい、あまね。今のはなんだ」

「わからない。ただ、品田が……ゆいが……」

「拓海くんが倒されたってことは、ゆいちゃんの身に危険が?」


 ナルシストルー、あまね、ローズマリーのやりとりに、そばにいたマイラが小さく悲鳴を上げた。


「ユイが……私の代わりに……そんな……」

「くそ!」


 あまねは思わず口汚ない言葉を口にした。


「ここに居ては何もわからないし、何もできない。ニセシストルーは私をここに送り込んだ上にこんなものを見せて、私に何をさせようと言うんだ!?」


 その疑問に応えるかのように、室内の空気が揺らめいた。


「っ!?」


 あまねとナルシストルーのすぐそばに、ワープゲートが開いていた。

 ゆらめく空気の向こう側は、あの廃墟ビルの屋上だ。そこに倒れた拓海が見えた。

 これもまたニセシストルーの仕業か。あまねは即座にそう悟ったが、けれど拓海の姿を見た途端、そのワープゲートへと飛び込んでいた。

 理屈も何もあったわけじゃない。ただ、片想いしている男の傷つき倒れた姿に、居てもたっても居られなかったのだ。


「品田…ッ!」

「おいバカ!?」


 ワープゲートに飛び込んだあまねをナルシストルーも追った。


「あまね!? ナルシストルー!?」


 ローズマリーも慌ててその後を追おうとしたが、ワープゲートは即座にその穴を閉じ、虚空へと消失した。


「な…なんてことなの……」


 友人の危機、ナルシストルーの脱獄、そして取り残されたイースキ島女王のマイラ。

 私的な面は言うに及ばず、治安面でも外交面でも特大の爆弾を抱え込んでしまったことに気がつき、ローズマリーは愕然とするしかなかった……

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