第10話・憂鬱、菓彩あまねと和実ゆい

第10話・憂鬱、菓彩あまねと和実ゆい


「さて、始めようか」


 ナルシストルーが笑みを浮かべながら拘束された四人の男たちを見下ろした。

 ここは深夜の自然公園の森の中。おいしーなタウン郊外の山にヘリコプターが墜落したことこともあり、消防車や警察車両のサイレン音が山へ向かって様子が、ここからも聴き取れた。

 そのヘリを操って拓海と戦ったコメバーナレ党のウンガーと、同乗していた狙撃手、そして廃ビルであまねとナルシストルーを襲ったモンガレーとその部下の四人の男が、今、その全員をロープで縛られ、地面の上に座らされていた。

 これから彼らを尋問するのだが、訊いて答えてくれるような連中では無い。

 そこでナルシストルーの出番というわけだった。

 ナルシストルーはその手に白い錠剤を持って四人に見せつけた。


「おい貴様ら、これが何の薬かわかるか?」


 ナルシストルーの質問に、ウンガーが鼻で笑った。


「けっ、自白剤かい。生憎だが、俺たちにゃ効かんぜ」


 自白剤は基本的に相手の思考を朦朧とさせて質問に答えさせる薬だ。アルコールで泥酔させるようなもので、まともな回答を得るのはとても難しい。相手がそれを使われることを前提に訓練を受けているのなら尚更である。

 というかそれ以前に、偶発的に脱獄したような形のナルシストルーがそんなものを都合よく持っているはずもない。

 そばで見守っていた拓海は、意識を取り戻したあまねと共に顔を見合わせた。


(なあ菓彩、あいつ、何を持っているんだ?)

(わからんが、あいつのことだからロクでもない薬に違いない)

(あの、毒とかじゃないですよね?)


 拓海とあまねが顔を寄せ合っているところにソラも混ざって、三人でヒソヒソと話し合っている間に、ナルシストルーは意味深長な笑みを浮かべながら、男たちの顎を手で掴み、無理やり錠剤を押し込んだ。

 そのまま強引に飲み込ませる。


「さあて、ここからがお愉しみだ」

「手前ぇ、俺たちに飲ませたのは結局なんなんだよ!?」

「ビサコジル、 センナ、センノシド、 ピコスルファートナトリウム、 ダイオウを混ぜて固めたものだ」

「何じゃそら?」

「わかりやすく言えば便秘薬だ。それも刺激性の強力なヤツ」


 ニヤニヤ笑うナルシストルーの背後で、あまねがハッとして持っていたポーチバックを漁り始めた。

 バックに入れて置いたはずのモノが見当たらなかった。


「ナルシストルー、まさかそれ、私の薬か!?」

「お前のイライラの原因に見当がついた。随分と酷いみたいだな」

「おおおおお前は、本当にお前ってヤツはぁぁぁぁ!!」


 真っ赤になった顔を両手で覆って蹲ったあまねにソラが寄り添った。


「だ、大丈夫ですよ、あまねさん。運動と食物繊維の摂取と規則正しい睡眠に気を使っていれば必ず解消できます!」


 違う問題はそこじゃない、と顔を伏せ続けるあまね。

 拓海はそんな彼女から目を逸らし、ナルシストルーに訊いた。


「菓彩の便秘薬なんかでどうやってブラッドの居所を聞き出そうって言うんだ?」

「別に聞き出せるとは思ってない」

「何だと?」

「俺様はコイツらが下痢で悶え苦しむ様が見たいだけだ」

「最低だな、あんた……」


 呆れる拓海と高笑いするナルシストルーの前で、便秘薬を飲まされた四人が忌々しげな目で彼らを見上げた。

 四人の顔には既に脂汗が浮かび、その腹部からは微かに遠雷のような低い唸りが鳴っていた。

 モンガレーが叫んだ。


「こんな恥辱に耐えられるか! いっそ殺せ、このクソ野郎!」

「クソ野郎に成り果てるのはお前らだ。お前らが選べる選択肢は二つ。俺たちの質問に答えるか否かだ」

「だけどよお」


 とウンガーが酷くなってきた腹痛に顔を歪めながら苦笑した。


「素直に白状したところで下痢止めをくれる訳でもねえんだろ。便秘の女がそんなもん持ってるはずが無えしよ」

「いちいち私に言及するなぁ!?」


 悲鳴のような声で抗議するあまねを無視して、ナルシストルーは公園片隅にある公衆トイレを指差した。


「いずれここにも警察がやってくる。その時、ここで無様に汚れて捕まるか、トイレでスッキリした状態で捕まるか、どっちを選ぶって話だ。ちなみにあそこのトイレは個室がちょうど四つある」


 ナルシストルーの言葉に、四人は冷や汗まみれになった顔を寄せ合ってヒソヒソと話し合い始めた。

 話し合いはすぐに終わり、ウンガーがナルシストルーに目を戻す。


「手前ぇらが聞きたいのはブラッドの居所だけか?」

「ブラッドと、そいつが攫った女の居所だ」

「それだけなら条件次第で答えてやってもいい」

「条件ってのは?」

「トイレは最新の暖房便座ウォシュレット付きを望む。そうでなけりゃ俺たちは舌を噛み切って自決する」

「潔いのかバカなのかわからん条件だな。面白いヤツだ、気に入った。おい、黒胡椒」

「何だ?」

「俺様はトイレのウォシュレット機能を修理してくる。一個だけ調子が悪そうだったからな。尋問はお前がやれ」

「わかった」


 トイレに向かっていくナルシストルーに対して、悪党同士で通じるモノでもあったのかな、と思いながら拓海は四人に目を戻した。

 ごろごろ、と四人の腹が大きく鳴り響き、彼らはその苦痛に前のめりになって震えていた。

 これほど強力な便秘薬をあまねが持ち歩いていたとか、むしろ彼女の便秘の方が心配になるレベルだが、まぁそれはさておき、


「ブラッドと、ゆ──マイラ女王はどこだ?」

「おいしーなタウン田部法台町8989番地だ。廃工場の倉庫に女を監禁している」

「本当だな?」

「行きゃあ分かるさ。それより約束は守れよ」

「よし」


 あまねやソラの手も借りて、拘束した四人に肩を貸して公衆トイレまで連れて行った。

 そこから先は男二人の仕事だ。ウォシュレットの修理を終えたナルシストルーと協力して、拓海は彼らを個室トイレの便座に座らせた。

 もちろんズボンは両足首まで下ろして、そこで歩けないようにベルトで締め付けておいた。


「おい伊達男!」

「何だよ?」

「両手の拘束も解きやがれ! 後ろ手に縛られたままでどうやってウォシュレットを使えって言うんだ!?」

「警官が来たらスイッチを押してもらえ」

「ふざけろ手前ぇ……ふぐおおお!?」


 嫌な光景が繰り広げられる前に拓海は個室の扉を閉めた。その奥から耳を塞ぎたくなるような水音がすぐに聞こえてきた。

 余っていたパラシュートのロープでトイレの個室扉を開かないように縛り付け、拓海とナルシストルーは外で待っているあまねとソラの元へ戻った。

 警察車両のサイレンが、徐々に迫りつつあるのを聴きながら、拓海はブラックペッパーに再変身した。


「ゆいの居場所は聞き出せた。急ごう」

「品田、警察に任せるつもりはないのか?」

「ブラッドはコメバーナレ以上に危険な相手だ。それに……」


 ブラックペッパーは一度言葉を切り、ソラに視線を移した、


「……ソラ、君の言うことが本当なら、奴は俺が始末をつけるべきだ。そうだろう?」


 彼の言葉に、ソラは静かに頷いた。


〜〜〜


 おいしーなタウン郊外の廃工場。コメバーナレがアジトにしているそこに、ゆいは監禁されていた。

 彼女を攫った男・ブラッドペッパーの正体が品田拓海であったことに、ゆいは未だに混乱していた。

 あの男が拓海であるはずがない。頭ではそれを理解している。何故ならブラッドは、ゆいが愛する拓海の前に現れ、彼を容赦なく傷つけたのだから。

 同じ場所に同一人物が二人も現れるのは物理的にあり得ない。だから、ブラッドは拓海そっくりの偽物。そうであるべきはずなのに。


(ブラッド……)


 その彼から聞かされたのは荒唐無稽な話だった。


 こことは違う世界線、いわば並行世界に存在する品田拓海。それがブラッドペッパーの正体だった。


 その世界はクッキングダムのような違う歴史文化を持つ異世界とは違って、ゆいが知るこの世界と瓜二つの世界。この宇宙にはそんな同じ世界が合わせ鏡のように無限に並び立っているのだと言う。

 そんな宇宙の仕組みなどゆいには理解できなかったが、問題はそれが本当に存在するのかどうかではなく、ブラッドがこの世界に現れて拓海とゆいの前に立ちはだかった理由の方だった。


──君を今度こそ守りたい……


 ゆいがブラッドから聞かされた言葉を思い出しかけた時、監禁されているその部屋に、ある人物が訪れてきた。


「ご機嫌いかがですかな、マイラ陛下」


 慇懃無礼を絵に描いたような態度でやってきたのはアジナシーだった。

 黙って睨み返すゆいに、アジナシーは笑みを浮かべた。


「どうやら影武者のお嬢さんはご機嫌斜めのようだ」

「……ッ!?」

「何故わかったって? 私はマイラの親族だよ。あの小娘のことは子供の時からよく見知っている。高貴な立場のマナーというのは厳しくてね。それを幼少期から叩き込まれてきた女と、そうでない女の区別ぐらいはすぐにつくさ」

「………」


 ゆいは答えないまま、アジナシーの様子を探った。

 今、ゆいは拘束されていない。廃工場の一室に設えた大きなソファに座らされているだけだ。部屋の中に他に見張りは居ない。

 アジナシー独りをなんとかすれば、この部屋からは出られるかもしれない。ゆいは一瞬そんなことを考えたが、すぐに思い直した。

 アジナシーが立っているのは部屋の入り口のすぐ近くだ。その入り口の影から、もう一人の男が鋭い目で室内の様子を伺っていたことに気がついた。

 白兵戦のエキスパート、カメームだ。別に身を隠しているわけでもなく入り口で佇んでいただけなのに、彼は闇に溶け込んだようにその気配を消していた。

 プリキュアに変身できない今のゆいではカメームには敵わない。いや、プリキュアに変身できたところで、人間相手には本気を出せないのだから勝てるかどうかわからない。そしてこのアジトにはそんなカメームに匹敵するような猛者が他にもたくさん居た。

 アジナシーもそんな部下たちの力量を知っているのだろう。まったく警戒するそぶりも見せず、ゆいに近づき、無遠慮にその顎を持ち上げた。

 無理やり上向かされたゆいの顔をアジナシーはまじまじたら眺めた。


「ふむ。やはり似ているな。まるで双子の姉妹だ。これなら国民だって騙せる」

「……どういうこと?」


 堪らず問いかけたゆいに、アジナシーは答えた。


「マイラを始末した後、私の王位継承の準備が整うまで君を影武者にするプランも悪くないと思ってね。君が協力してくれるなら命の保証だけでなく、もっと良い待遇を約束するが、どうかね?」


 言葉で答えるまでもない。ゆいは首を振ってアジナシーの指から逃れた。


「そうかい。残念だ」

「……」

「まぁいいさ。君は友達思いの優しい素敵な女性なのだろう。だが君の友達はマイラだけでは無いはずだ」


 その不穏な言葉に、ゆいは再びアジナシーに目を向けた。


「何をする気なの……ッ!?」

「君の仲間……確かプリキュアだったか。彼らを人質にすれば君の考えも変わるだろう」

「拓海は……プリキュアは、あなたたちなんかには負けないよ!」

「果たしてどうかな? ブラッド曰くプリキュアはウバウゾーとかいう怪物への対処に特化した戦力で、対人戦にはリミッターがかかると聞いた。対人戦に関してはこちらがプロフェッショナルだよ。それに君たちが使うDストーンは我々も所持している」


 余裕の態度でそう告げたアジナシーだったが、その時、背後にしていた入り口から、また新たな男が部屋に入ってきた。

 コメバーナレを率いるリーダー、イーモッチだ。


「ご歓談中失礼、アジナシー卿に大事なご報告があります」

「プリキュアの捕獲に成功したか」

「逆です。ウンガーとモンガレーがしくじりました。率いた部下共々、警察に確保されたそうです」

「おやおや」


 アジナシーは呆れた声で天井を見上げた。


「私のプランは皮算用に過ぎなかったか。いやはやプリキュア、大したものだよ」

「ちと早計でしたな」

「私の見通しが甘かったのは認めよう。だがそんな時のためのプランBだ。イーモッチ、準備は良いかね」

「すでに整っています」

「よろしい、始めたまえ」

「了解しました」


 退室するイーモッチを見送った後、アジナシーはゆいに振り返った。


「さて、これからパーティ会場にプリキュアがやってくる。盛大に歓迎してあげようじゃないか」


 そう言って、彼は監禁部屋に置かれていたテレビの電源を入れた。

 その画面に映し出されたのは、アジトとは別の廃工場の光景だった。


(この場所…!?)


 ゆいには見覚えがあった。そこはブラッドに当初アジトにしていた場所だ。

 その場所に、ブラッドを含む大勢のコメバーナレの兵士が集結していた……

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