第四異聞帯・前日譚
スレ主
『ふざけるな』
———そこには何もなかった。
虫も、植物も、動物も、人間も、建物も、文明も。何もかもが無に帰していた。
ただ一言例えるなら———白き地平線。
真っ平らで左右上下、天地の理の何もかもが白一色で染められ、辛うじてそこに一つを二つに別つ境界線が敷かれていた。
その境界線にて黒い影が二つ。
方や極光と称するに値する黄金の輝きを放ち、されどその神髄はどこまでも白く気高き御霊を待ちし神/カミ。
方や深々と輝いてはいるものの、極光とは違いどこまでも無感動なこの|領域《ソラ》を体現している人《神》。
どちらも只人はおろか、英傑を越え、幾多の修羅神仏ですら到達することの叶わぬ空前絶後の天頂にほかならない。
極光と比喩された御仁は領域《ソラ》と化した人物を怒りとも悲しみともとれる顔で見つめた。
対する領域《ソラ》は無慈悲に、或いは無感動に極光を見つめていた。
「……自身《オレ》にお前を批難する資格はない。
自身《オレ》もまた、お前に耐え難い苦痛と恥辱を与えた自覚はあるからな。
────だがな……なんだ、其の様は 」
突如───極光が爆ぜた。
白き領域《ソラ》が黄金の神威に染め上げられる。
領域《ソラ》はその眼を僅かに見開いた。
当然だ。極光がどれ程の神霊なのかは彼の神の息子である自身もよく知っている。かの〝神王〟がどれほどの神なのか。
人々を苦しめる凶暴にして尊大な蛇ヴリトラ、トヴァシュトリ神の生み出した3つの頭を持つ怪物ヴィシュヴァルーパや、ヴァラ、ナムチ、ダーナヴァ、ヴィローチャナ、マハーバリ、メーガナーダといったアスラやラークシャサと戦い、其のいずれにも負け、いずれにも最後は勝利したこの地の|神話《テクスチャ》最強の武神。
全盛期の神王は、かのトリムルティをしてその智は全知《ブラフマー》を越え、その武は全能《シヴァ》よりも猛々しく、その勇は全権《ヴィシュヌ》に並ぶと謳われた。
しかしそれは比喩であると誰もが思っていたのだ。無論それは|領域《ソラ》も同じである。
だれが思うというのか。天地開闢以前─────宇宙創成から携わっていた三神をも上回る神性がいるなどと。
だが、その三神を取り込んだ自身だから解る。
謳われた武・智・勇の何れも比喩などではない。
認めよう───トリムルティを取り込んだ自身でもまだ届かない───と。
領域《ソラ》である自身が全を以て一を為す規格内の神であるならば、神王は一を以て全を為す規格外の神。
領域《ソラ》が幾多の神格・権能を獲得してようやく全能の扉が開けたというのに、神王はたった一つの権能で全能の扉をこじ開けた存在だ。
それは最早神霊というよりも神/カミと呼ぶにふさわしい。
一体どこにそれほどの力を隠し持っていたというのか………それほどとはと思うし、それでこそとも思う。
領域《ソラ》自身が手放し、それでも尚こびりつく黒い痣が尊大なる父を見て眼を煌めかせた。
─────だからこそ、越えねばならない。
神王が余波だけで天地を焦がす雷光を迸らせるように、雄大なる|領域《ソラ》もまた自身の背後にて流転する宝玉の力を解き放つ。
それは正に一つの宇宙だ。広大なる星々が極点である自身を中心として廻り巡る無限の渦。
スケールの大きさは語るに及ばず、全ての星を束ねても尚届かぬ原初の星すら呑み込むだろう。
「それがどうした」
神王は不動であった。領域《ソラ》がどれほど広大で、どれほど自身よりも強大になろうと、《根底にある者》は何一つとして自身には及ばないと確信していた。
神王からすればあれは単なる虚勢に過ぎない。
帰滅を裁定せし廻剣───なるほど確かに強力であり強大な代物だ。
で?
だからどうしたというのか
全宇宙を滅ぼしかねない武具ならば自身も保有しているし、何ならあの憎たらしい破壊神など持ちうる全ての武具がそれである。
だが、その功績はその武具をその担い手が扱い為したものである。担い手ならざる者がその武具を振るおうと、同じ功績はなせない。
あの馬鹿息子は確かに稀代の大英雄であり、その廻剣を扱えてはいるのだろう。
しかし、だからといって担い手ほどかと問われればそうではない。
あの廻剣の本来の担い手は来るべき宇宙の終末期《カリ・ユガ》を踏破する者だ。
かの英雄王であればたった一人の神性でもって神王たる己を下すのだろう。それは武力でもなければ知識でもない。
単なる自己の精神性─────それだけで己は敗北するだろう。
それに対してあれは違う。
あの馬鹿息子はかの権能を万全に扱える精神性を有してはいなかった。それに近いものはあったのだろう。けれど近いだけであって到達はしていない。そこに至るには神王も息子も我が強すぎる。
それでは大波に流される大木だ。
よって神王の認識は脅威ではあってもそれ以上には感じられなかった。
寧ろそこまでやっても中途半端な息子に怒りが募る。
───そこまで行ったならばどうして人のまま至ろうとしなかった
言葉なき怒号が領域《ソラ》へと突き刺さる。
領域《ソラ》は言葉を介さず渦を廻し、神王もまた自身の雷光を高めるのみ。
衝突は避けられない。
領域《ソラ》は己が大願を成就するために。
神王は自身の馬鹿息子を深層から引きずる出すために。
長期戦など考えない。
籠めるは全霊、決めるは一撃。
極相たる天頂の星は己の証を握りしめ、輪廻する銀河は全ての星を収束する。
そして─────
「帰滅を裁定せし廻剣《マハー・プララヤ》」
「一にして全なる御業《ブラフマー・シャクラスヤ・アストラ》」
廻剣と滅鉾の衝突によって天地は砕け、虚空を穿ち、特異点を破劫した。