第四幕(みんなの反応編その②)

第四幕(みんなの反応編その②)


ローがヴォルフの元で暮らし始めてから1ヶ月の間。

体調の良い日には裏手の森やヴォルフに珀鉛病を治療した時の洞窟にこっそり来ては、オペオペの能力の練習を行っているようだった。

『何か発動の言葉とか決めてた方がいいよな?……うーん、何がいいかな』

洞窟の中、ローは能力発動の言葉決めで悩んでいた。

『『手術室』…長いし言いにくいから却下だな。噛みそうだし。『オペ室』は…なんかしっくりこねぇ。何の能力者かは分からないようにしていた方が得策だろうな』

ぶつぶつと呟いて考えてみるも中々良い言葉が思いつかない様子。能力者ならではの悩みに、経験がある者はニコニコしながらわかるわかると頷いた。

「確かに『手術室』は言いにくそうだよな」

「おれだったら絶対噛んじまうな〜」

ハートのクルー達は試しに『手術室!』『オペ室!』と言いながら能力を展開するローを想像してみた。敬愛するキャプテンであればどちらであっても似合うしカッコイイ〜!!と叫ぶだろうが、やはり聞き慣れた言葉がしっくりくるし一番カッコイイ。

「でも、やっぱ「ROOM」だよな〜」

手を翳し、「ROOM!」と能力を発動して鬼哭を構える我らがキャプテンにクルー達は顔がニヤけるのを抑えられなかった。

「ハァ〜キャプテンカッコイイ♡」

「ちっこいキャプテンもカワイイ♡」

「「「「「キャプテン大好き♡♡♡」」」」」

デレデレとニヤけるハートのクルー達を周りの者は少し引いた目で眺め、センゴクは微笑ましく見つめていた。


『コラさんがおれに命と心を与えてくれたのなら、ドフラミンゴたちは生きていく術を与えてくれたってことになるだろうな。そういう意味じゃ、コラさんと同じくあいつらも恩人なんだ』

それは事実だとローは受け止めていた。それをなんとも言えない表情で見つめるドンキホーテファミリー達。

『だからと言って、ドフラミンゴのために死ぬなんて真っ平御免だ。おれの生き方はおれが決めるし、死に方だって同じだ。弱い奴は死に方も選べないなら強くなればいい。強くなってコラさんの恩に報いるんだ』

恩人を失ってひと月足らずでそこまで持ち直したローの心の強さに一同は感服した。流石は未来の30億の大海賊となる男だ。その素質はこの頃から既に現れ始めていたのだと。

「……」

強くなるための決意を固めるローを、ドフラミンゴは届かないものを見るような眼差しで見つめていた。

彼はドレスローザでまみえた時、復讐でも恨みでもないと口にした。あの時はそれがペースを崩されないための強がりであり、ローはドフラミンゴを激しく憎んでいると思っていたのだが、それが見当違いであったことをようやく理解した。

燃えるような眼差しを思い出す。睨み据えるその目には確かに憎悪の炎も宿っていた。しかしローはそれよりも大きく強い感情を燃やして刀を振るっていた。

理解できない感情だった。誰かのために何かを成したい。受けた恩に報いたい。

ドフラミンゴには全くもって理解不能だ。

だからだろうか。だからこそ、己の手から飛び立っていったままローは帰ってこなかったのか。

結局はドフラミンゴと同じではなかったのだ。深い絶望から生まれた強い恨みと憎しみと怒りで濁った目に見つけたと思った。しかし弟はそこに別の何かを見出したのだろう。だからローを連れ去り、自分から遠ざけた。未来の右腕たり得た男を。

ああ。なんと忌々しい。

「忌々しい……コラソン」

おれから未来を奪ったお前が。

「忌々しい……ロー」

おれから家族を奪ったお前が。

吐き捨てるも耳に届いた自分の声には羨ましさが滲んでいるように感じられた。

「……」

サングラスの奥で目を眇める。以前まで呪縛のように締め付けていた2人への感情は、今は鳴りを潜めている。そうでなければこの上映を、2人の逃避行を冷静に観ることなど出来なかっただろう。

しかし消えたわけではなかった。彼らを目にする度、思う度、心をヤスリで撫でられたような騒めきを味わった。だが以前のような胸を掻きむしりたくなるような衝動は湧き上がってこない。そんな自分の変化にドフラミンゴは戸惑いを感じていた。



『ロー。今日は町まで行く予定だが、お前はどうする?』

『……いい。おれは家にいる』

一週間に一度、ヴォルフは生活必需品などを買いに町へ出掛けているようだったが、誘われる度にローは断っていた。

無理もないだろうと一同は思う。これまでの迫害の記憶が彼を人間不信にさせていた。その体には珀鉛病の名残も綺麗さっぱり消えていたが、一度植え付けられた恐怖はそう簡単に怯える心を解放させてはくれないのだ。部屋の奥で目を背けるように本に没頭するローを、たしぎ達は悲痛な面持ちで見ていた。

それからしばらくしたある日のこと。森へ散歩に出かけたローを見守る中、森の奥から微かに聴こえてきた子供の声にペンギンとシャチ、ベポがぴくりと反応した。

「そういえばそろそろだったかな」

ぽつりと呟くベポと、途端に挙動不審になるペンギンとシャチ。周りのクルーから声を掛けられるもますます落ち着かなくなってくる2人にクルー達は首を傾げた。

声のする方へローが進んでいく。やがて画面に人間の子供程度の大きさの白くまを虐める二人の子供が映し出された。

『いたいよぉ、やめてくれよー!』

『へっ! シロクマの癖に弱っちーでやんの!』

『さっさと森に帰れよ!』

二人組は抵抗も出来ずに蹲っている白くまの体に何度も蹴りを入れている。

見覚えのあるキャスケット帽とPENGUINの文字が入った防寒帽に喋る白くま。

一同の視線がペンギンとシャチに突き刺さった。

「お前らマジかよ……」

呆れたような、少し侮蔑も入った声でイッカクが呟いた瞬間耐えきれなくなったペンギンとシャチが泣きながらベポに抱き付いた。

「うわああああああああベポごめえええええええん!!!!」

「ベポおおおおおおおおおおごめんなあああああああ!!!!」

「わっどうしたの2人とも」

急にしがみつかれたベポが目を瞬かせているが、2人は尚もぎゅうぎゅうと抱き付いて離れない。

『何見てんだオメー!文句あんのかコラァ!?』

『別に。テメェらに興味もねぇから勝手にやれ』

『そのスカした態度が気に食わねぇんだよテメー!! 金目のもん置いたら見逃してやるよ』

「わあああああああやめてえええええええ!!!!」

「もうしゃべんなおれえええええええええ!!!!」

「うっっわお前ら船長にまで……」

「安っぽいチンピラじゃねーか」

「旗揚げ組の絆は世界一とか言っておきながら……」

「出会い最悪じゃね?」

ひそひそと話すハートのクルー達と館内からの突き刺さる視線にペンギンとシャチは居た堪れないやら恥ずかしいから後悔やらで顔面をべしょべしょに濡らしていく。

「ごべんなあああああああああ!!!」

「ごべええええええええええん!!!」

「もうおれ気にしてないから大丈夫だって」

あと汚いから離れてよ。

ベポの優しさとちょっとした毒にペンギンとシャチは更に泣いてしまう。

画面内ではちょうど子供時代の彼らがローに成敗されて地に伸びていた。

その後助け出した白くま、子供時代のベポを連れて洞窟へ移動したローは事情を訊いていた。

「えっベポお前新世界から北の海まで行ったのか?」

「良く無事でいたれたものだな、ベポ」

「ハハ……運が良かっただけだよ」

ハートのクルーからは驚かれ、イヌアラシにはしみじみと言われてベポはぽりぽり頭を掻いた。

「……ゼポ兄ちゃんに会いたかったから」

「……そうか」

兄弟の再会は叶うことはなかった。彼の兄の旅路を知る者も、ここにはいない。

「ゼポの兄貴……ベポ……」

寂しそうに遠くを見るベポに眉をきゅっと寄せるペコムズの隣で、イヌアラシはそっと目を伏せた。

『ははは! 馬鹿だなお前、喋れてもクマはクマってことか!』

事情を話す中で船の乗り違いをしてしまったベポをローが茶化している。笑われたベポは徐に落ちていたロープで自殺を図ろうとして慌ててローに止められていた。

『待て待て待て待て!! 何しようとしてんだお前!!!?』

『ううん、いいんだ。……おれみたいな馬鹿なクマは死んだ方が世のため人のため……』

『やめろやめろーー!!! 冗談だって冗談!! な!? 早まるなって!! おれが悪かったから!!!!』

「あんなに必死なトラ男初めて見たなぁ」

「キャプテンも言い過ぎだけど、ベポも打たれ弱すぎだろ……」

「今はちょーっとはマシになったんだな〜」

クルーに突っ込まれてベポは「すいません……」と落ち込んでしまう。

「打たれ弱っ」

陰鬱な空気を纏うベポをやっと復活したペンギンとシャチが撫でてやっている。

画面内では行く宛てがない子ベポをローは家に連れて帰ることにしたようだ。

手を繋いで歩く少年と子ぐまの姿は一同の目に少し微笑ましく映った。

(かわいい……)

ロビンが密かに拳を握りしめていた。


ローとベポはヴォルフに事情を説明し、彼は喋る白くまに驚きつつもベポもヴォルフの元で暮らすことになった。

翌朝。初めてのガルチューを受けたローがつい拒絶してしまうと、またもやベポは自死を図ろうとして必死の形相のローに引き留められていた。

『うわああああああ待て待て待て!!!!違う!!! 違うからああ!!!』

『ごめんねローさん。こんなクマなんかにガルチューされても気持ち悪いよね……ごめんね。死んで詫びた方が……』

『違うって!!!……その、えっと……そう! びっくりしただけだから!! 別に気持ち悪いなんて思ってねぇからな!!!むしろふわふわで気持ちよかった!! お前の毛並みはすげぇよ!!! 』

果たしてここまで取り乱す死の外科医を見たことがあるだろうか。ハートの海賊団や麦わらの一味を始め、ローと関わりがある者達は少し思い返してみて……思ったよりあるなあと結論を出した。

なんだかんだ振り回されているローの姿が印象に強く残っていることもあってか、慌てふためく彼の姿を見ても意外性はなかった。哀れなり。

ベポのふわふわな頬すりを受けて新感覚にわぁと目を輝かせているローに、彼のもふもふ好きはここから始まったのかとハートのクルー達は納得するのだった。

「よかった。良い仲間に巡り逢えてよかったな。ロー」

ホワイトモンスターと虐げられ、他人との触れ合いが恐ろしくなっていた彼の心を癒してくれる存在に出会えたことに、センゴクは心の底から安堵していた。

きっとあの白くまのミンク族を始めとした仲間達の存在があったからこそ、彼は今日まで逞しく生きてこられたのだろう。自分は海軍としての立場はあるが、彼らに礼を言いたくてたまらなかった。

きっと息子が生きていたならば、彼に友が出来たとはしゃいで感謝を伝えに行くだろうから。

嬉しそうにガルチューする二人にセンゴクは頬が緩むのを抑えきれなかった。


ローとヴォルフの生活にベポが加わって1ヶ月が経過した頃。

ヴォルフの発明品のビニールハウスで野菜を収穫していた時、森の方から爆発音が聴こえてきてロー達と一同の顔が強張った。

『行くぞベポ!!』

何があったのだろうかと緊張が走る中、ペンギンとシャチは古傷を押さえていた。

爆発があった場所には、子供時代のペンギンとシャチが血を流して倒れていた。

シャチは腹から大量の血を流し、ペンギンに至っては右腕が肘から千切れ飛んでいる。館内に息を呑む声が広がった。

彼等の古傷を押さえる手に力が篭る。

「う、嘘……ペンギン!?シャチ!?」

「シャチぃぃぃいいいい!?!?」

「うわあああああああペンギンの腕が!?腕がああああああ!?!?」

悲鳴を上げたハートのクルー達がペンギンとシャチに殺到し二人は揉みくちゃにされた。

「うおおおお、ぺんおま、おま、腕……ッ!!??」

「だあああああ!!!落ち着けってお前ら!!!あるよ腕!!!ほら付いてる!!!船長が治してくれたから!!!おれの腕!!!!」

泣きそうな顔で詰め寄ってくるクルー達にペンギンは右の袖を捲り腕を高く掲げて見せつけてやった。

「うわああああペンギンーー!!よかった付いてるぅぅうう〜!!」

「大袈裟だって……」

ペンギンは困り果てながらも無事を喜んでくれるクルー達の肩を右手で叩いてやる。シャチの方も同じように詰め寄られて腹を撫でられまくっていた。

『ベポ!! お前はキャスケットの方を背負え!! おれはペンギン帽の方をおぶる!!家に帰って治療するぞ!!!』

『わ、わかったローさん!!』

見るからに重症な2人に直ぐ手術が必要だと判断したローはベポと共に急いで二人を担いで家に急いだ。

必死の形相は零れていく命を失いたくないという思いで溢れていた。ハートのクルー達はその顔がオペに挑む時のローと同じだと気付いて、胸がいっぱいになっていた。

『ガラクタ屋ァ!! こいつらのオペをさせてくれ!!』

家に着きドアを蹴破るように開けて叫ぶローにヴォルフは驚きながらもすぐに動いてくれた。準備をベポとヴォルフに任せ、ローは部屋に行って机の引き出しの中にある手術道具が入った箱を引っ掴んだ。

ドフラミンゴがハッと息を呑む。

『先にキャスケット帽の方から治療する!! ベポお前はペンギン帽の止血を頼む!! 右腕は傷口より少し上を紐で固く縛って上に向けて、千切れた方はビニール袋に入れて氷で冷やしておいてくれ!!』

『ア、アイアーイ!!!』

リビングに戻ってきたローは動揺しているベポに素早く指示を出し、手術台代わりのテーブルに寝かされたシャチの状態を確認した。

上着をナイフで割き、現れた傷口に慣れていない者は顔をしかめて目を逸らす。

『腸が破れてるだけか……これなら縫合と輸血でいいだろう』

麦わらの一味が確かめるようにチョッパーを見ると、彼はこくりと力強く首肯した。

「すごいなトラ男。初めての手術だろうに落ち着いてる」

自分への手術と他人への手術は全く違う視点が必要となる。

チョッパーの言葉の通り、ローの顔には緊張や不安はほとんど浮かんでいなかった。あるのは怪我人を助けたいと願う強い意志のみ。その顔からは将来偉大な医者になる片鱗が窺えた。

ハートのクルー達は他船の医者に船長を褒められて胸がカッと熱くなるような誇らしさを感じていた。

運が良いことにペンギンとシャチの二人と血液型が同じだったヴォルフから血を貰いそれぞれに輸血を済ませた後、ローは手早くシャチの縫合へと取り掛かった。

麻酔を注入し針と糸、鑷子を繰り迷い無い手付きで腹を縫い合わせていく。

「すごいれすローランド! あんなに細かく綺麗に縫うのってすごく難しいのに」

あっという間に傷が塞がっていく光景にレオは興奮隠しきれぬ様子でレベッカとマンシェリーに話しかけた。初めは酷い傷口に目を逸らしていたレベッカもその手捌きに魅入っていた。

『よし、キャスケットは終わった。ベポ!ペンギン帽をこっちに運んでくれ!!』

『アイアイ!!』

テーブルにペンギンを載せ、出血で意識が朦朧としている彼にも麻酔薬を注射し創部を確認し、そこで流れるように動いていたローの手が初めて止まった。

ペンギンの創部を見つめてぎゅっと眉を寄せている。

「どうしたんだトラ男。……もしかしてトラ男にも無理なのか?」

「いいや、ただの接合手術ならそう難しくはないよ。…でも、多分トラ男はまた腕が動くように神経を含んだ接合手術をしようとしてるんじゃないかな」

不安そうに聞いてくるウソップにチョッパーは神妙な表情で顎を引く。

スクリーンの中、ローは覚悟を決めるように一度深呼吸して表情を引き締めると、ざっと部屋の中を見渡した。そうして目当ての物を手に取り、

『じいさん! 顕微鏡借りるぞ!!』

貧血でソファにぐったりと凭れているヴォルフに声をかけ、顕微鏡をテーブルに乗せた。

『ベポ! 千切れた方の腕を!!』

受け取った腕の温度を確かめしっかりと冷えていることに頷き、顕微鏡にペンギンの腕と千切れた方の腕を乗せて紐で固定する。

カチカチと倍率を調整していけば、組織も血管も、神経もクッキリと見えるようになった。

『よし、これなら…!』

右手に針と糸、左手に鑷子を構えて、接合手術が開始された。

まずは砕けた骨の欠片を回収し固定、次に筋肉と腱の接合を淀みない手付きで行っていく。

そして最難関とも言える神経の接合に移った。これがしっかり繋がらないと二度と腕を動かすことが出来なくなるのだ。

1mmのズレだって許されない。

『…………ッ!!!!』

ローの指先に力が入る。しかし集中は途切れさせない。慎重に、正確に、迅速に。

凄まじい集中力だった。先程のシャチの縫合よりもその手付きは素早く、同業者が見れば感嘆の溜息が出てしまう程に精確だ。

その見事な手技にチョッパーは息をするのも忘れてスクリーンに見入っていた。

座面を掴む手が震えていることにも気がつかない。瞬きすらも煩わしく、ひたすらにローの動きを追っていた。

いつの間にかローは血管の吻合に移っていた。動脈と静脈を隙間が無いように縫い合わせていき、組織と最後に皮膚を縫い合わせて、パチンと最後の糸を切る音が響いた。

『……オペ、終了…』

ローがぽつりと呟くと同時に、画面を見つめるペンギンの目から涙が零れ落ちた。シャチも崩れ落ちるように膝を着いてしゃくり上げて泣いている。

「うおおおおおおおぉぉぉぉ!!!」

「キャプテェェェェン!!!」

「やったあぁぁぁぁ!!!」

館内で歓声が響き渡り、ハートの海賊団は抱き合って喜び、麦わらの一味は良かったと安堵して笑い合った。

「すげぇ…!!完璧なオペだ…!!」

興奮に頬を染めてすごいすごいと繰り返すチョッパーにロビンは微笑んで頷いてやる。

「シャチーーーーー!!! ペンギンーーーーーー!!! よかった、よかったなぁ!!!」

喜びと感動の涙に顔を濡らしたクルー達に肩を抱かれた二人は、激しく泣きじゃくって何度も頭を下げていた。

「ありがどう……。ありがどう、 ございます…ッッ!!!ギャブデンッッッ!!」

「うああああぁぁぁぁ… !!!ギャブデェェェン!!!ギャブデンッッッ!!!わあああぁぁぁ……!!」

そんな彼等の様子をにこにこと眺めるセンゴク。

『ローさん!!』

『ロー!!』

画面から慌てふためくベポとヴォルフの声が聴こえてきて、何事かと視線を向けると緊張の糸が切れたのか、ローが倒れた。

『…輸血の針が抜けないように見ておいてくれ……ちっとばかり、疲れた……すぐ、起きるから……』

声に出せたのはそこまでで、強烈な睡魔がローの意識を刈り取っていき画面が暗転した。



その後目を覚ましたローは麻酔が効いてよく眠っている二人の容体を確認し、問題は見られなかったためホッと息をついていた。

ベポとヴォルフの三人で交代で看病をし、手術から4日目にてペンギンとシャチは目を醒ました。

二人の状態を一つ一つ確かめた後、ローはペンギンに向き直った。

彼は不安そうに包帯が巻かれた右腕を見下ろしている。

『……包帯をとるから、ゆっくり確かめるように指を動かしてみろ』

ローの指示にペンギンは緊張の面持ちで、もしかしたら二度と動かないかもしれない右腕にそっと力を入れた。

固唾を呑んで見守る一同。泣き止んだこちらのペンギンが苦笑して右手をぐぱぐぱ開閉している。

ーー。

ぴく。

僅かに人差し指が動き、ハッと顔を上げた彼と目が合い、ローは頷いて続きを促した。

「あ!」

思わず声を上げてしまったマンシェリーが恥ずかしそうにレオの後ろに隠れた。

ローに促されてペンギンが力を込めた。再び人差し指が動き、次いで中指、薬指、小指、親指。掌の開閉も問題なし。

そして肘の曲げ伸ばし、前腕挙上。

『痛ッ…』

走る痛みに子供のペンギンが顔をしかめるも、ローが痛みの箇所を確認し大丈夫だと頷いた。

一通りの動作を終えて、そっと腕を下ろしたペンギンは、ほうと息を吐いた。

『……動いた。……おれの腕、うごいたぁ…!』

その口からポツリと零れ落ちた声は涙声になって震えていた。

『うおおおおおん!! よがったあああ!!』

「ペンギーーーーーーン!!!!」

画面内外でベポが彼に抱きついた。画面内では本人よりも大泣きしているのにペンギンは目を白黒とさせたが、再び実感が込み上げてきたのか今度は声を上げて泣き始めた。釣られて泣き始める子供のシャチ。

こちらでも大泣きしているベポにしがみつかれて、ペンギンは照れくさそうに頬をかいた。近寄ってきたシャチもベポに抱き込まれて良かったねのガルチューを受けている。

突如始まった安堵の涙の大合唱にローも一同も苦笑した。

『手術は成功だな。…良かったなお前ら」

『うぅ、あり゙がどう…、あり゙がどう……!!』

涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにしながら繰り返す三人をローとヴォルフは微笑ましそうに見つめている。

『父様や母様もこんな風に感じてたのかな』

幼い頃から憧れ、今でも目標となっている両親も、今のローと同じ気持ちを抱いていたのだろうか。だとしたらとても嬉しいと強く思った。

喜びと充足感をぐっと噛み締めるローを一同は温かい目で見守っていた。



それから一週間。リハビリを重ねた二人は軽い運動なら問題ない状態まで回復した。状態は安定し一先ずの区切りがついたと判断したローは、二人に当時の状況を尋ねた。

表情を暗くした彼等にベポが『無理しなくていいよ』と肩に触れるが、それに首を振ってペンギンが口を開く。

『あの日、獲った野鳥を焼いてたら、その匂いに釣られたイノシシが飛び出してきて…おれがオロオロしているうちにシャチが腹を抉られた…』

その光景を思い描いたのか、館内で息を呑む声が上がった。

『イノシシはおれの方にもやってきたんだ。……でもシャチのこと放っておけなくて、小屋に置いてた爆弾を持ってきて投げようとしたんだけど、それが手元で…』

『爆発したというわけじゃな』

言葉を引き継いだヴォルフにペンギンはこくりと頷いた。

しかし妙な話だ。都合よく爆弾を持っていることもそうだが、そもそも子供二人で森で生活していたというのもおかしな話だ。

ローもそう思ったのか、それを尋ねると二人の親は半年前に水難事故で亡くしてしまったと話した。

当時のことを思い出したのか涙を堪えるようにギュッと顔を顰めたペンギンがぽつぽつと続ける。

その後二人の親族の話し合いの結果、ペンギン達はシャチの叔父の元へ引き取られることになったが、そこで「道具」のような扱いを受けていたと。

違法とされている武器の密輸や宝石の窃盗をやらされ、食事は水とパンのみの奴隷のような生活を強いられていたとのこと。

「酷い…子供になんて仕打ち……」

嫌悪感に眉を寄せたナミが呟く。

ハートのクルー達が驚いたように見てくるのに、「もう終わったことだよ」と大人のペンギンとシャチは力無く笑った。

『おれ達、そんな生活嫌で家を飛び出したんだ。だけど行き場も金を稼ぐアテもないから森の奥に小屋建てて…。そこでもまともな暮らしは出来なくて…もう、生きてる意味が分からないッ!』

血を吐くように叫んで泣き出したペンギンに、横になっていたシャチが起き上がってその背をさする。

「酷ぇ……北の海の極寒地であんな扱いを受けてたらいつ体を壊してもおかしくなかったのに……!」

ペンギン達の境遇にチョッパーは怒りを露わにする。

その境遇にフレバンスのみんなを思い出していたローも怒りに顔を歪めた。

込み上げた激情を抑えるように息を吐いたローが二人をまっすぐ見つめる。

『……お前らの事情は分かった。もう親戚のとこに戻るつもりもないんだろ』

こくこくと頭を振って涙に濡れた顔を上げたペンギン達にローは更に続けた。

『ならお前ら、おれの子分になれ。そしたらとりあえずここに住まわせてやる』

間髪入れずヴォルフが『ここはワシの家じゃろうが!!』と怒鳴るが無視される。じっと見つめられたペンギンとシャチは涙を袖で拭って同時に頭を下げて叫んだ。

『ここに置いてください!! お願いします!!』

二人に頭を下げられたヴォルフはあーとかうーとか変な呻き声を漏らした後、ふんとそっぽ向いて『勝手にせい』とだけ言った。

『ありがとうございます!!! 傷を治してもらっただけじゃなくて住む場所まで…本当に、ありがとうございます!!!』

何度も礼を繰り返すペンギンとシャチ。

そっぽ向いていたヴォルフの耳がだんだん赤くなっていくのが見えて一同は噴き出した。

「素直じゃないじいさんだな」

「おれヴォルフのじいさん好きかも」

「あ〜おれも」

「私もー!」

笑い合うハートのクルーに友人を褒められた旗揚げ組は誇らしげに胸を張る。

『これからよろしくね! ペンギン、シャチ! おれ、ベポっていうんだ』

友達になろうよ!と近寄ってきたベポに画面内の二人は更に泣き出してしまった。

『お゙れだち……、お前のこと、いっぱい殴ったり蹴ったりしたのに……っ』

『ひぐ、えぐぅ…ありがどなぁベポぉ〜〜……』

わんわんと泣く二人にもみくちゃにされてベポは困ったように笑っている。

「うおぉ〜〜〜〜ん!! イイ話じゃねェかぁぁぁぁ!!!」

感動したぜお前らーーー!!! と男泣きするフランキーにつられてウソップとチョッパーも貰い泣きし始める。

褒められたペンギン達はキョトンとした後、三人揃ってエヘエヘと照れまくっていた。



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