第四幕〜となりまち〜その2

第四幕〜となりまち〜その2


ヴォルフに拾われてから1ヶ月の間。

体調を見ながらではあるが、できるだけ日を空けないように能力の訓練を続けていた。ヴォルフにはオペオペの実のことは秘密にしているのであくまでこっそりとだが。

今後のことや目的はまだ何も決めていないが、生きていくためには能力を使いこなせるに越したことはないだろう。

最初は能力の発動を安定させないとだな。

珀鉛病の治療を行なった時の感覚を思い出す。あの時は薄い膜がドームのように広がっていた。あれが発動の合図だとすると、実の名前からしてあの膜は手術室のような役割を持っているのではないかと思う。

「何か発動の言葉とか決めてた方がいいよな?……うーん、何がいいかな」

『手術室』…長いし言いにくいから却下だな。噛みそうだし。

『オペ室』…なんかしっくりこない。それに何の能力者かは分からないようにしていた方が得策だろう。

強さだけでなく情報が戦いの勝敗を決めることもあるとドフラミンゴから教わった。奴に対して思う所はあるが、それらの教えはどれもこれも重要になるものばかりだ。

コラさんがおれに命と心を与えてくれたのなら、ドフラミンゴたちは生きていく術を与えてくれたのだ。

そういう意味ではコラさんと同じくあいつらも恩人になるのだろう。

(だからと言って、ドフラミンゴのために死ぬなんて真っ平御免だ)

おれの生き方はおれが決めるし、死に方だって同じだ。弱い奴は死に方も選べないなら強くなればいい。強くなってコラさんの恩に報いるんだ。

「そのためにはこの力を使いこなせるようにならねぇとな」

気合を入れ直すべく両手で自分の頬を強く叩いた。


ヴォルフは週に一度、町へ出掛けて発明品や育てた野菜を売って得た金で生活に必要な品を買ってくる。何度か誘われたがどうしても町に行く気になれなくて断っていた。

珀鉛病の白い痣は綺麗さっぱり消えて、普通の人と同じような見た目になったが、それでも迫害の記憶が頭にこびり付いて離れなかった。

もしあの時おれの顔を見た人が町中に知らせていたら? 町に入った途端兵士を呼ばれるかもしれない。消毒液を投げられるかもしれない。

ヴォルフのことは良い人だと思ってるし信じようと決めたが、会ったことも話したこともない奴らを信じることは出来なかった。

怖かったんだ。信じようと思った人から拒絶されることが、とても怖かった。


そうして1ヶ月が過ぎた頃。

ヴォルフが家を空けている間、本を読むのに飽きてきたので気晴らしに散歩に出掛けていた。今日は雪も降ってないし森の方まで行こうかな。

雪が積もる道をザクザクと進み、森の入り口に差し掛かった時、人間の子供くらいの大きさのシロクマと子供を二人見かけた。

「いたいよぉ、やめてくれよー!」

え、シロクマが喋ってる。なんでだ。喋るクマなんてのがこの世に存在するのか?

まじまじと見つめてしまうが、見るからに平和な状況ではなさそうだ。二人組は抵抗も出来ずに蹲っているシロクマの体に何度も蹴りを入れている。

「へっ! シロクマの癖に弱っちーでやんの!」

キャスケット帽を被った子供がシロクマの腹に蹴りを入れる。

「さっさと森に帰れよ!」

PENGUINの文字が入った帽子の子供が木の棒を背中に振り下ろしている。

そして悲鳴と泣き声を上げることしか出来ないシロクマ。

それを見てると無性に苛々してきた。

「ちっ」

舌打ちが聞こえたのか、こちらに気付いた二人が因縁を付けてきた。

「何見てんだオメー!文句あんのかコラァ!?」

「別に。テメェらに興味もねぇから勝手にやれ」

「そのスカした態度が気に食わねぇんだよテメー!! 金目のもん置いたら見逃してやるよ」

安っぽいチンピラのような台詞にローの口から大きな溜め息が漏れてしまう。それに更に激昂した二人は、手に持っていたナイフとバットで襲いかかってきた。

全くだ。呆れ返るがふと思い付いた事があって右手を前に出し小声で「ROOM」と唱えた。

言葉と共に半径数mを青いドームが広がっていく。突然出現したドームに慌てふためく二人だが、隙だらけだ。

足元の小石を上に投げ、「シャンブルズ」と呟くと小石と二人が入れ替わった。

「え!? なんだこれ!?」

「うわ落ちる〜!!」

そのまま頭から地面に激突した二人は「ぎゃん!」と悲鳴を上げたきり静かになった。念の為状態を確認しておいたがどうやら気絶しただけのようだ。こんなんで死なれても目覚めが悪いからな。

それにこの能力が医療方面だけでなく戦闘でも使えるって実証できて収穫はあった。

正当防衛とムカつきの鬱憤を晴らし一件落着とうんうん頷いてその場を去ろうととすると、服を掴んでくる手があった。

「あ、あの! 助けてくれてありがとう……おれ怖くて…何も抵抗できなくて……」

「別に。おれはこいつらがムカついただけだ。お前を助けようとしたわけじゃねぇよ」

「それでも! おれ、すっげぇ嬉しかったから…!」

先程までいじめられていたシロクマが服をがっちり掴まえながら泣き出すもんだから、少し途方に暮れてしまった。

いつまで経っても泣き止まないシロクマに面倒臭いと思いながらも近くの洞窟で話を聞くことにした。

事情を訊くと、シロクマはあのチンピラ共と友達になりたかったから抵抗しなかったとのことだった。

なんだコイツ、馬鹿じゃねぇのか。

そう言えばシロクマはひどく傷ついた表情で見てくるので少し罪悪感に見舞われてしまった。

更に話を伺うとどうやらシロクマはこの島の出身ではなく、なんと新世界のゾウという国から行方不明になった兄貴を捜して一人でここまでやってきたとのこと。

しかし不幸にも乗る船を間違えたようで気付いたら北の海のこの島まで来ていたということだった。

「ははは! 馬鹿だなお前、喋れてもクマはクマってことか!」

ちょっと茶化すつもりで冗談を口にしただけだったのだが、徐にシロクマは立ち上がり、落ちていたロープを首にかけて……

「待て待て待て待て!! 何しようとしてんだお前!!!?」

「ううん、いいんだ。……おれみたいな馬鹿なクマは死んだ方が世のため人のため……」

「やめろやめろーー!!! 冗談だって冗談!! な!? 早まるなって!! おれが悪かったから!!!!」

慌ててロープを奪い、洞窟の奥へ投げ捨ててクマを励ましにかかる。必死の説得の甲斐あってか、クマは少し落ち着いた。

それからクマはベポと名乗り、行く宛も帰る手段もないということだったので家に連れ帰ることにした。

「何じゃそのクマはあああああ!?」

「おうガラクタ屋、コイツはベポ。今日からここに住むことになったから」

「えっと…よろしくお願いします。おれよく分からないままここに連れてこられたんですけど……」

「クマが喋ったああああああ!?!?」

他にも家主の許可は!? とかぷりぷりしていたヴォルフもベポの事情を聞いて仕方ないと諦めたのか、顔を真っ赤にしてふんふん鼻を鳴らしながら許可をくれた。

こうして老人と少年と白クマの奇妙な生活が始まった。


その翌朝。

「ねぇローさん、起きて。もう朝だよ」

ゆさゆさと揺すられる感覚がして意識が浮上する。

「んー…。早起きだな、ベポ」

眠い目を擦りながら体を起こそうとすると、覗き込んでいたベポが突然顔に頬を擦り付けてきた。

「おはようローさん。ガルチュー」

「おわっ!なにするんだ!!」

柔らかくて温かい毛の感触が頬を撫でるが、いきなりのことに驚いたローは思わずベポを突き飛ばしていた。

「あ……」

直後しまったと後悔したローが口を開くよりも早く、突き飛ばされたベポが暗い表情で机の角に頭を大きく振りかぶり勢いよくぶつけようとして……

「うわああああああ待て待て待て!!!!違う!!! 違うからああ!!!」

「ごめんねローさん。こんなクマなんかにガルチューされても気持ち悪いよね……ごめんね。死んで詫びた方が……」

「違うって!!!……その、えっと……そう! びっくりしただけだから!! 別に気持ち悪いなんて思ってねぇからな!!!」

むしろふわふわで気持ちよかった!! お前の毛並みはすげぇよ!!! と必死に宥めると立ち直ったベポが「えへへ〜気持ちいいってほんと?」と嬉しそうな表情を浮かべたので必死に首肯しておいた。

コイツの落ち込み癖はどうにかならねぇのか。

「ところで、がるちゅう? てのは何だ」

「あぁ、『ガルチュー』はね、おれ達ミンク族の挨拶なんだ。他にも感謝の気持ちを伝える時とかによくするんだ!」

「へぇ、そうなのか」

「ローさんもやってみようよ!おれガルチューしてると気持ちがふわふわしてきて嬉しくなるんだよ!!」

そう言って抱き着いてきたベポが再び頬を寄せてくる。確かに、ベポのふわふわの毛並みが頬を撫でるのは心地良かった。

「分かったから、ほら離れろって」

「えぇ〜」

渋々離れたベポは「はい!」と手を広げてくるので、なんだと首を傾げると「ローさんの番」と返ってきたので意味を理解して仕方なく同じように抱きしめて頬を擦り付けてやる。

もう完治しているとはいえ、今まで肌のことで迫害を受け、散々感染ると罵られてきた身としては、誰かとの接触が怖くなっていたのだ。

もし触って気持ち悪い、感染ると払い除けられたらどうしようという思いが他人との触れ合いを臆病にさせてしまっていた。

だから、そんな自分がこうして肌をくっ付けていても嬉しそうに笑ってくれるベポのような存在が、とても有り難かった。

「どうだった?ローさん」

「……悪くなかったな」

「ほんと!? じゃあこれから毎日おれがローさんにガルチューしてあげる!!」

とても嬉しそうに笑うベポに、いつしかローの口元は自然と緩んでいた。


***


1ヶ月が過ぎても雪は止まなかった。ヴォルフの話では、このスワロー島は一年の1/4くらいしか暖かくならないそうだ。何もしていないと体の芯から凍えてしまいそうなくらい極寒な土地だが、毎日のように剣を振り回して体を動かしていれば自然と温まってくる。

ベポは白クマなので寒さはへっちゃらのようだし、寒い時にガルチューすると温かくて気持ちがいい。

そんなベポは思ったより使える奴だった。クマだから力仕事も難なく出来るし掃除や洗濯も手順とか教えればその通りにやってくれる。ただ少し不器用な所があるので料理は一緒に作ってやっていたが。

そして空いた時間にはいつか兄貴を迎えに行くためにと航海術の勉強を頑張っていた。


ある日のことだ。

ヴォルフが開発したビニールハウスで栽培した野菜を収穫している時、大きな爆発音が聞こえてきてローとベポは顔を見合せた。

「森の方からだ!」

「行くぞベポ!」

何があるか分からないので周囲を警戒しながら音を立てないように森を進む。しばらく歩くと子供の呻き声と泣き声が聞こえてきて、二人は慌てて駆け出した。

茂みを掻い潜り、開けた場所に出るとそこには以前ベポを虐めていた二人組が大量の血を流して倒れていた。

「ひぐっ……うぅ……」

よく見るとキャスケット帽の方は脇腹から血を流して、ぐったりと地面に横たわり、もう一人のペンギン帽に至っては何があったのか、右腕が肘から吹っ飛んでいる。

素人目にも二人が重症でありこのまま放置していれば死ぬことは容易に想像できた。早く治療しなければ。

「おいお前ら!大丈夫か!?」

「うっ……うぅ……」

「ベポ!! お前はキャスケットの方を背負え!! おれはペンギン帽の方をおぶる!!家に帰って治療するぞ!!!」

「わ、わかったローさん!!」

急いで二人を担いで家に急いだ。人を背負いながらの全力疾走は思ったよりキツくすぐ息が上がってしまうが、うかうかしていると手遅れになりそうだったのでとにかく必死に走った。

「ガラクタ屋ァ!! こいつらのオペをさせてくれ!!」

「また変なのを連れて来よって……ってなんじゃそいつらは!? 血塗れじゃぞ!?」

家に着きドアを蹴破るように開けてヴォルフに叫ぶ。ヴォルフはロー達が連れてきた二人に驚きながらもすぐに準備をしてくれた。二人をリビングに下ろし部屋に行って手術道具一式を持ってくる。

「先にキャスケット帽の方から治療する!! ベポお前はペンギン帽の止血を頼む!! 右腕は傷口より少し上を紐で固く縛って上に向けて、千切れた方はビニール袋に入れて氷で冷やしておいてくれ!!」

「ア、アイアーイ!!!」

動揺しているベポに素早く指示を出し、キャスケット帽の状態を確認。出血量は多いが腸が破れているだけだ。これなら縫合だけで済みそうだ、能力は使わなくても大丈夫だろう。しかし輸血が必要になるな。

「おいペンギン帽!! 意識はあるか!?」

「あ、あぁ……」

「こいつの血液型はわかるか!?」

「分かる……X型だ…おれと同じだから…覚えてる…」

ペンギン帽の返事にローは唇を噛んだ。ローの血液型はF型だ。

型が違う血液を輸血してしまうと体内で赤血球が破壊される「溶血反応」が起きてしまう。これが起きてしまうと全身に酸素を運べなくなるためチアノーゼを起こしたりショック状態による血圧低下に陥って、最悪の場合、死に至ることもあるのだ。

しかしローは二人と違う血液型だ。これでは輸血が出来ない…

「ロー!! ワシの血を使え!! ワシはまごうことなきX型じゃ!!」

「じいさん!……でも二人分なら大量の血液が必要になるんだ。一度に大量の血液を抜いたら……」

貧血どころでは済まないかもしれない。顔を曇らせるローに対しヴォルフは自信満々に己の胸をドンと叩く。

「なーに心配はいらんわい!! これでも若い頃は戦いで血を流すことは数えきれんほどあった。小僧っ子二人分血を抜いたところで死ぬほどヤワな体はしとらん!!」

「じいさん……悪い、助かる!!」

ヴォルフの言葉に迷いは消えた。すぐさま注射器で血液をごっそり抜き取って清潔なビニールパックの中身を抜き、血液を注入していく。あの1ヶ月の間に脱水予防のために輸液パックを買ってきてもらってて良かった。

すぐさまキャスケット帽の静脈に針を刺し、ゆっくりと血が流れるように調整する。同じ処置をペンギン帽にも行って、よし、これで輸血は問題ない。

次に森で見つけた薬草から作った麻酔薬を生理食塩水に溶かし、静脈内に注射した。これで手術中目が覚めることはないだろう。呼吸抑制にならないように注意しておかないとな。

そしてローは手袋を着け、キャスケット帽に向き直り、大きく深呼吸をして一言。

「オペ、開始」

メスを手に取り火に当てて消毒する。十分熱せられたのを確認し、キャスケット帽の腹を開いた。よし、覚醒なし。

ガーゼで止血しながら針と糸を手に取って破れた腸を縫合し、組織、腹膜、最後に皮膚に糸を通して腹を塞ぐ。

「よし、キャスケットは終わった。ベポ!ペンギン帽をこっちに運んでくれ!!」

「アイアイ!!」

テーブルにペンギン帽を載せ、出血で意識が朦朧としている彼にも麻酔薬を注射し創部を確認する。…不味いな、組織がぐちゃくちゃになってる。

ただ腕を繋げるだけなら簡単だがそれでは腕を動かせなくなってしまう。折角ならもう一度腕が動くようにしたいとローは考えていた。

ここで半端なオペをすることで幼い頃「父様と母様のような立派な医者になる」という誓いに、多くを教えてくれた両親に顔向けが出来ないと思ったからだ。

そして何より、医者の端くれとして全力を尽くさないことをローの誇りが許さなかった。

「じいさん! 顕微鏡借りるぞ!!」

大量に血液を抜いたせいか、ぐったりとソファに凭れているヴォルフに叫べば、彼は気怠そうに手を振って応えてくれた。

「ベポ! 千切れた方の腕を!!」

受け取った腕はしっかりと冷えていた。よし、これならまだ細胞組織は生きてる。

顕微鏡にペンギン帽の腕と千切れた方の腕を乗せて紐で固定し倍率を調整すればーー見えた。組織も血管も、神経もクッキリと見える。ーーこれなら、やれる!!

右手に針と糸、左手に鑷子を構えて、接合手術が開始された。

まずは砕けた骨の欠片を回収し固定、次に筋肉と腱の接合……問題なし。

そして最難関とも言える神経の接合に移った。これがしっかり繋がらないと二度と腕を動かすことが出来なくなるのだ。

1mmのズレだって許されない。

思いだせ、父様と母様から教わった知識と技術を。

集中しろ、これまでの学びを生かすんだ。

「…………ッ!!!!」

指先に力が入る。しかし集中は途切れさせない。慎重に、正確に、迅速に。

大丈夫だ。出来る。おれは二人みたいになれる。だからーー!!

「……出来た……」

よし、繋がった。後は血管の吻合だ。動脈、静脈、これらを隙間が無いように縫い合わせていき、組織と最後に皮膚を縫合すれば、……終わった。

「オペ、終了…」

声に出すと疲労が一気に襲ってきて、ローは後ろに倒れてしまった。

「ローさん!!」

「ロー!!」

ベポ達の声がだんだん遠のいていく。

「…輸血の針が抜けないように見ておいてくれ……ちっとばかり、疲れた……すぐ、起きるから……」

声に出せたのはそこまでで、強烈な睡魔がローの意識を刈り取った。


ローが目を覚ますとすっかり夜は更けていた。跳ね起きてすぐさま二人の容体を確認するが、…ああ、良かった。呼吸も脈拍も安定してる。

ぐっすり眠っている二人の様子から麻酔はよく効いているようだ。

ホッと息を吐いて、それぞれの腕に栄養剤を注入してやる。意識が戻るまで脱水と状態観察、後は感染症に気を付けていればいいだろう。

「ロー、ガキどもの具合はどうだ」

「じいさん、起きてたのか」

「ふん、ワシの家で死人が出たらと思うと落ち着かなくてな」

ヴォルフに山は越えたことを伝えると彼は良かった、と心底安堵したように呟いた。

「よかった? へぇ、珍しい台詞を吐くじゃねぇか。あんたの得になることは何も無いのに」

揶揄うようにローが投げ掛けると、ヴォルフはふー、と息を吐いて顔を背けた。

「……子供が助かったんじゃ。それだけで十分な見返りになる」

そんな彼の不器用な優しさを、ローは嬉しく思っていた。


「ねぇローさん。…二人とも大丈夫だよね?」

「あぁ、手術は問題なくできた。後は目を覚ませば…」

ロー達は交代で二人の看病をしていたが、その中でもベポがより熱心に看ていた。彼はこの二人に散々痛めつけられていたというのに、お人好しにも程があるだろうとローは呆れてしまう。

「でもおれ、やっぱりこの二人とも友達になりたいからさ。だから早く元気になって欲しいんだ」

そう言ってベポは笑った。その笑顔を見てるとローの心もどこか温かくなって、不思議と笑顔になっていた。

「…お前は優しいんだな、ベポ」

ベポの頭をふわふわと撫でてやれば、彼は照れ臭そうにえへへと笑った。


そして手術から4日目。

ロー達が見守る中、キャスケット帽とペンギン帽は目を覚ました。

起きあがろうとする二人をどうにか寝台に戻し、麻酔が抜けていることを確認する。…うん、ちゃんと覚醒してるな。発熱もないし他のバイタルサインも安定してる。

キャスケット帽の方は腸が破れていたから軽いものから食べていけば大丈夫だろう。問題はペンギン帽の方だ。こっちは神経が繋がっていないと腕は二度と動かなくなる。そうなればきっと深いショックを受けるだろう。

ペンギン帽もそれが分かっているのか、包帯が巻かれた右腕を見下ろす顔に大きな不安を浮かべている。

「……包帯をとるから、ゆっくり確かめるように指を動かしてみろ」

ローの指示にペンギン帽は緊張の面持ちで、もしかしたら二度と動かないかもしれない右腕にそっと力を入れた。

ーー。

ぴく。

僅かに人差し指が動き、ハッと顔を上げた彼と目が合って、ローは頷いて続きを促した。

再び人差し指が動き、次いで中指、薬指、小指、親指。掌の開閉も問題なし。

そして肘の曲げ伸ばし、前腕挙上。これは少し痛みを訴えたが傷口の痛みのようなので大丈夫だろう。

「……動いた。……おれの腕、うごいたぁ…!」

ペンギン帽の口からポツリと零れ落ちた声は涙声になって震えていた。

「うおおおおおん!! よがったあああ!!」

そんな彼に真っ先に抱きついたのはベポだった。本人よりも大泣きしているのにペンギン帽は目を白黒とさせたが、再び実感が込み上げてきたのか今度は声を上げて泣き始めた。釣られて泣き始めるキャスケット帽。

突如始まった安堵の涙の大合唱にローとヴォルフは顔を見合わせて苦笑する。

「手術は成功だな。…良かったなお前ら」

「うぅ、あり゙がどう…、あり゙がどう……!!」

涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにしながら繰り返す二人と一匹にローは胸に温かいものが広がっていくのを感じていた。

父様や母様もこんな風に感じてたのかな。

幼い頃から憧れ、今でも目標となっている両親も、今のローと同じ気持ちを抱いていたのだろうか。だとしたらとても嬉しいと強く思った。

自分の持てる知識と技術で人を救えた。それはどんなに誇らしいことだろう。

体の芯から震えを引き連れて広がっていく、深い、深い充足感をローはぐっと噛み締めていた。


それから1週間ばかり経過した。

二人とも体力もだいぶ回復してきた様で問題なく起き上がって歩くことも出来るようになった。ペンギン帽のリハビリを手伝いつつ、改めて事の経緯を尋ねた。

まず二人はキャスケット帽がシャチ、ペンギン帽がペンギンと名乗った。

2ヶ月前から森の奥に小屋を建てて二人で暮らしていて、狩りはそれなりに出来るらしく食料の調達は問題なかったそうだ。

「あの日、獲った野鳥を焼いてたら、その匂いに釣られたイノシシが飛び出してきて…おれがオロオロしているうちにシャチが腹を抉られた…」

そこで疲れたように深呼吸をしたペンギンにヴォルフがそっと水を差し出した。それを受け取ってひと口飲んだ彼が重く口を開く。

「イノシシはおれの方にもやってきたんだ。……でもシャチのこと放っておけなくて、小屋に置いてた爆弾を持ってきて投げようとしたんだけど、それが手元で…」

「爆発したというわけじゃな」

最後の言葉を引き継いだヴォルフにペンギンはこくりと頷いた。

しかし妙な話だ。都合よく爆弾を持っていることもそうだが、そもそも子供二人で森で生活していたというのもおかしな話だ。

「爆弾は町から盗んだ。何かあった時のためにと思って」

「親は? どうして一緒に暮らさなかったんだ?」

「……おれとシャチの親は半年前に死んでる」

その言葉にローは一瞬息を呑んだ。

彼等の両親は浜辺でBBQを楽しんでいた時、迫る高波に気付けず木登りで遊んでいた子供二人を残して波に拐われてしまったという。

当時のことを思い出したのか涙を堪えるようにギュッと顔を顰めたペンギンがぽつぽつと続ける。

その後二人の親族の話し合いの結果、ペンギン達はシャチの叔父の元へ引き取られることになったが、そこで「道具」のような扱いを受けていたと。

違法とされている武器の密輸や宝石の窃盗をやらされ、食事は水とパンのみの奴隷のような生活を強いられていたとのこと。

「おれ達、そんな生活嫌で家を飛び出したんだ。だけど行き場も金を稼ぐアテもないから森の奥に小屋建てて…。そこでもまともな暮らしは出来なくて…もう、生きてる意味が分からないッ!」

血を吐くように叫んで泣き出したペンギンに、横になっていたシャチが起き上がってその背をさする。

そんな二人を見ながら、ローの胸中は抑えようのない苛立ちでいっぱいになっていた。

ふざけんなよ、と声に出さずに呟いてギリリと歯を食い縛る。

親を亡くした子供を道具のように扱う大人がいることに。そして生きている意味が分からないという叫びに。

まるでそれは金儲けのために利用され都合が悪くなれば駆除されたフレバンスの人々のようであり、全てを奪われ生きることに絶望していたローのようであった。

怒りが体を突き抜けていくのを感じながらローはペンギンとシャチを見据えた。

「お前らの事情は分かった。もう親戚のとこに戻るつもりもないんだろ」

こくこくと頭を振って涙に濡れた顔を上げたペンギン達にローは更に続ける。

「ならお前ら、おれの子分になれ。そしたらとりあえずここに住まわせてやる」

間髪入れずヴォルフが「ここはワシの家じゃろうが!!」と怒鳴るが無視する。じっと見つめられたペンギンとシャチは涙を袖で拭って同時に頭を下げた。

「ここに置いてください!! お願いします!!」

二人に頭を下げられたヴォルフはあーとかうーとか変な呻き声を漏らした後、ふんとそっぽ向いて「勝手にせい」とだけ言った。

「ありがとうございます!!! 傷を治してもらっただけじゃなくて住む場所まで…本当に、ありがとうございます!!!」

何度も礼を繰り返すペンギンとシャチ。

そっぽ向いていたヴォルフの耳がだんだん赤くなっていくのが見えてローは吹き出してしまった。

「これからよろしくね! ペンギン、シャチ! おれ、ベポっていうんだ」

友達になろうよ!と近寄ってきたベポに二人は更に泣き出してしまう。

「お゙れだち……、お前のこと、いっぱい殴ったり蹴ったりしたのに……っ」

「ひぐ、えぐぅ…ありがどなぁベポぉ〜〜……」

わんわんと泣く二人にもみくちゃにされてベポは困ったように笑っている。


こうしてヴォルフとロー達の奇妙な共同生活に新たな仲間が加わったのだった。


Report Page