第十七話『上司と部下』

第十七話『上司と部下』


「おお、おったおった。クザン!!」

大将"青雉"クザンは、聞こえてきた人の声に後ろを振り返った。

「どうかしたの? ガープさん?」

声の主は立場としては部下であるガープ中将。だがその功績はクザン以上のものであり、海軍の英雄なんていう呼び名まである。しかし自由に動けなくなるからと、昇格を蹴り続けている変わった人だ。

そんなガープの事をクザンは尊敬している。ガープが本部に居ることも珍しいが、自分に声をかけるとは何の用だろうか。

肝心のガープの方を見れば。一人の海兵の首根っこを掴み、クザンの方へと歩いて来ていた。

「ジジィ離せっての!!」

「離したら逃げるじゃろうが!!」

呼び止めたにも関わらず、クザンを放ったらかしで二人はギャーギャーと言い合っている。引きずられている海兵はまだ若く、服装からみても新兵だろう。そんな若手が海軍の英雄であるガープ相手に萎縮する事もなく、言い合っている。

一体どんな関係だ? とクザンは首を傾げる。

「突然呼び止めてすまんのぅ。コレはわしの孫のエースじゃ!」

クザンの前に引きずっていた海兵を突き出し、ガープは嬉しそうに紹介してきた。

「……どうも。ポートガス・D・エースです」

新兵であり、ガープの孫であるらしい彼は渋々ながらクザンへ頭を下げた。

「こりゃどうも。良かったじゃないガープさん。孫が海軍に入りたがらないっていつもボヤいてたもんね」

しみじみとクザンが呟けば、ガープは更に笑みを深める。

「夢が叶ったわい!」

ガープとクザンが笑い合う中、エースは不機嫌な顔のままだ。

「所で今日はお孫さんの紹介して回ってんの?」

「そうじゃ。大体の所は回ったからクザンで最後かの?」

成程、これは一日中ガープの知り合いの所に連れ回されたな。それは不機嫌にもなろう。クザンはエースの気持ちを察して苦笑した。

年寄りは総じて話は長いし、若者をからかいたくなるものだ。きっとエースも様々な場所と人にもみくちゃにされてきたのだろう。

「それと、お前にエースの指導を任せたくての」

「え?!」

「はぁ?!」

ガープが突然言い出した言葉に、クザンとエースの驚きの声が上がった。この事はエースも知らなかったらしい。

「指導なんていらねェよ!!」

「ガープさん。おれ一応大将よ? いくらガープさんの孫とはいえ特別扱いは……」

二人はそれぞれ、ガープに苦言を呈すが。

「生半可な相手ではエースの方が既に強い。下手な者では指導者にもなれん。しかもエースは自然系の能力者じゃ」

「能力者?!」

更に衝撃的な内容を語ったガープに、クザンは思わずエースを見た。エースは証拠を示すように手を炎に変化させて見せる。

「能力の扱い方は能力者が指導するのが一番じゃからの」

 こんな若くして自然系の能力者、しかも恐らくだが既にかなりコントロール出来ている。ガープの言葉もあながち嘘ではないだろう。

「しかし、氷のおれに火の能力者の指導をしろって……赤犬の方がいいんじゃないの?」

赤犬という単語が出た瞬間、エースはげッと顔を顰めた。

「あらら、もしかして苦手? 分からなくもないけど、仮にも上司なんだからその態度は控えなよ」

まぁ、おれもアイツの正義には思う所はあるけどね……なんて思いつつ。クザンはエースに釘を指した。例外はあるが、基本的に海軍という組織は階級がものを言う。

例えエースが強かろうが弱かろうが、ここでは新兵という括りでしか見られない。

「エース。大将まで上り詰めた能力者の戦い方。習っておいて損は無いぞ」

ガープはいつになく真剣な顔でエースに語りかけていた。

「…………よろしくお願いします」

ガープの言葉に思う所があったのだろう。エースはしばらく考えてからクザンに頭を下げた。

「許可はわしが取っておく。エースの実力を見てから決めてくれてもいい。頼まれてくれんか?」

エースの隣で同じように頭を下げるガープにクザンはため息を吐く。

「……ガープさんにそんな顔して、頭まで下げられたら断れねェでしょ」

仕方ない、それにエースという青年の実力が気になっているというのも本音だ。ガープの孫というだけではなく、年齢に見合わない何かも背負っていそうな青年。……クザンなりに、彼に教えられることもあるだろう。

「そうか! 受けてくれるか! 助かるわい」

「頼まれたからかは、ある程度頑張りますよ」

肩を竦めながらクザンは笑う。

「あ、それと。もう暫くしたらわしのもう一人の孫も海軍に入れるつもりじゃからそっちも頼むの!!」

「ちょ?! そっちの話しは聞いてないけど??!!」

唐突にぶっ込まれたガープの話しに、流石にクザンも慌てた。エースを引き受けることは了承したが、弟までとは聞いてない。

「一人も二人も変わらんじゃろ。その時が来たら頼むの〜」

わっはっはっと豪快に笑いながらガープは去っていった。

「……大将ってのも大変だな」

「……まぁね」

 残されたエースは憐れみを込めた、妙に優しい目でクザンを見つめる。きっとエースも同じようにガープ振り回されているのだろう。クザンは仲間意識を感じて、エースに親しみを覚えてしまった。

「ちなみに、弟のルフィは超人系のゴムゴムの実の能力者だぜ?」

「はぁ?!」

しかし、そんなエースからも爆弾発言が落とされる。

「全く……アンタら家族は揃いも揃って規格外だねェ……」

もう何を言っても仕方ないだろうと、クザンは脱力してポツリと呟いた。

"家族"という単語に、エースがむず痒そうにそして嬉しそうに頬を緩めている事は見ないフリをして。


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