第六話「戦争前夜」(10)『幻覚からの伝言』(ハナエからの遺言)

第六話「戦争前夜」(10)『幻覚からの伝言』(ハナエからの遺言)

砂糖堕ちハナエちゃんの人



ズキンッ!ズキンッ!ズキンッ!


「あっぐぅぅ…そ、そんな」


 就寝して数分後、眠りに入ろうとしたミネを激しい耳鳴りと頭痛が脳を揺らし始めた。



ドクンッ!ドクンッ!ドクンッ!!


「がっっぐっ、うぅっ…どうしてっ」


 心臓が強く圧迫されはち切れそうなくらい脈打ち――、この感覚、現象をミネは良く知っていた。



 もう数日訪れておらず、もう二度と会う事は無い、そう思っていたあの少女の現れる前兆――!!


「あがっ、いぎっ、がはっ!!あああっ!!」


 胸が内部から激しく叩かれる様な衝撃と痛みがして激しくミネは咳き込む。するとミネの胸元から彼女のヘイローと同じ色の光が溢れ出し空中へと集まる。



「ゲホッ、ゲホッ……はぁっはぁっ」


 集まった光は人の形を作りゆっくりのミネの身体の上へと舞い降りる。


【くすくす……こんばんわ、ミネ団長っ♪】


「ハナ……エ……」


 光が完全に消えるとそこには一人の良く知る少女――を真似た砂漠の砂糖の幻覚がいたのだった。



「どうして……あなたは消えたはずじゃ……一体……何を企んでるの……」


【もう、団長ったらそんな怖い顔しないでくださいよ、今日は私、団長にお別れを言いに来たんです】


 精一杯強がり睨みつけるミネの身体に馬乗り状態でまたがり悪びれる様子も見せずに幻覚ハナエはニコニコ笑う。

 しかし、少女の口から飛び出た"お別れ"と言う言葉にひっかかりを覚える


「お別れって……」


【団長はもうお気づきでしょうけど、今団長が投与されてる治験薬はとっても強力で、団長の体内の砂漠の砂糖の因子は軒並み駆逐されてしまったんです】


【私もコテンパンにやられてしまってその能力の大半を失ってしまい、もう団長の身体にも精神にも干渉する事も出来なくなってしまったんです】


 困ったような表情を浮かべる幻覚ハナエ。彼女の言葉を聞いてミネは気づく。彼女が現れると身体の自由が一切奪われ金縛り状態になるのが今日は全く起きて無く、自分の身体の上に載っているのにもかかわらず重さを一切感じられないのだ。


【わかっていただけましたか?】


「まさか……本当に消えるのあなた」


【はい、そうですよ。でも黙って消えるのは良くないですから最後に団長に一目会ってお別れの挨拶をしよう決めてこの数日間顕現するの我慢して必死に団長の体内に残る砂漠の砂糖の因子をかき集めてたんですよ?】


 礼儀正しい私をほめてくださいっ!と自慢げに話す幻覚の少女。よく見れば彼女の身体はうっすらと透け始めていて間もなく彼女が消える事を示唆した。


(この子…本当に消えるのね)


 そう思うと憎たらしく二度と会いたくないと思っていたはずのミネの心の奥底にある感情が湧いている事に気づいた。それは――、


【あっ!団長っ!もしかして私が消えるの悲しいって思ってくれました?寂しい…行かないでっって思いましたか?】


「っっ!!!!」


 少女が目を細めて見つめてくる。声から姿形まで完全にハナエそのものの幻覚、その小憎らしい性格ともう一つ本物のハナエとは違う蛇のような細く鋭い瞳がミネを射貫く。まるで心の奥を見透かすかのように。


【ふふふっ図星みたいですね。そう思ってもらえたら砂漠の砂糖の幻覚として冥利に尽きます。嬉しいなぁ~】


「~~~~~~~!!!!」


 知られたくない自分自身認めたくない感情を見透かされ、恥ずかしさと混乱でミネは思わず掛け布団を頭まで被る。今の顔をこの幻覚の少女に見られないようにするために――。


【くすくす…本当ミネ団長は可愛いですねっ!】


「か、揶揄うのもいい加減にしなさいっ!!もう挨拶出来て、私をおちょくって揶揄う事も出来て満足でしょう。さっさと消えなさいっっ!!」



【…………ミネ団長、最後にお聞きしたいことがあります】


「今度は何ですかっ!!私をしつこく揶揄うののもいい加減に――」


 そう怒鳴りつけようと掛け布団を撥ね、幻覚の少女へ詰め寄ろうと起き上がったミネ。しかし、幻覚ハナエの見せる真剣な表情、今まで一度も見せた事のない表情を浮かべる幻覚の少女の前で言いかけた文句の言葉は止まり消えてしまう。


【ミネ団長…。あなたは今でもオリジナルの私を――、朝顔ハナエを救いたいと思っていますか?彼女を救うためならアビドスと言う名の死地へたった一人でも

飛び込む覚悟はおありですか?】



「…………………………………………」


【…………………………………………】


 無言の見つめ合いがしばらく続いた。


「……………………当り前よ」


 最初に口火を切ったのはミネだった。


【例え、その結果全てを失う事になってもですか?団長のすべて…それこそ命を落とすことになったとしても…ですか?】


「私はハナエを救うために地獄の底から蘇ってきたの。これまで数多くの苦難を乗り越えたのも、今ここに居るのもあの子を救うためなのよ。あの子の為なら単身アビドスへ乗り込んで見せるわ。例え相手が小鳥遊ホシノであろうとも空崎ヒナであろうと浦和ハナコであろうともハナエを救えるなら喜んで相手をするわ」


【ハナエに団長の命を課してまで救う価値はあると思ってるのですか?】


「価値なんて関係ない。あの子は私の命よりも大切な仲間なの」


【自ら嬉々として砂漠の砂糖の悪事に手を染めてても?】


「あの子は純真すぎるから騙されてるだけよ」


 ハナエの変わり果てた姿をミネは何度も見ていた。砂漠の砂糖が蔓延しアビドスの支配下にくだったクロノススクール。元々連邦生徒会から全面的にキヴォトスの放送通信網を任され独占的地位にいるのをアビドスカルテルは最大限利用した。

 連日のように宣伝放送されるアビドスの砂漠の砂糖に関する啓蒙宣伝活動放送。そこにハナエの姿があった。

 トリニティの制服を脱ぎ捨てアビドス高校の制服姿の彼女は救護騎士団に似た「アビドス救護部」の部長に就任しており医学的見地から砂漠の砂糖の素晴らしさ、正当性や安全性を何度も熱く語っている姿を何度も放送で見かけたからだ。

 ミネは確信を得た、まるで操られ無理矢理喋らせられているようなハナエの姿。あれはハナエの本心ではないのではと。ならまだ救うチャンスはあるはずだと。


「私はあの子を必ず助け出さなければならないの。そのためならなんだってやるわ」



「…………………………………………」


【…………………………………………】



 再びにらみ合いが続いた。


【ふ、フフフッ…】


「な、何ですか、何かおかしい事をいいましたか!?」


 突然吹き出すように笑い始めた幻覚ハナエに焦るミネ。


【い、いいえ、何でも無いです。ミネ団長は"やっぱり団長だな"って、そう思ったんですよ】


「何を一体……」


 笑い涙を拭うと後ろへ二歩飛んで下がる幻覚ハナエ。


【ミネ団長っっ!!】


 彼女は大きな声で叫ぶ。愛を込めて叫ぶ。


【私の尊敬する、世界で一番大好きなミネ団長!あなたなら必ずハナエを救えますっ!!】


【私には見えるんですっ!!未来がっ!!見えるんですっ!!激闘の末、ハナエの正気を取り戻しあの子をあの地獄の砂漠から救い出すあなたの姿がはっきり見えるんですっ!!】


【だから絶対にあきらめないでっ!!さっき私に想いをぶつけてみてくれたみたいにあの子にも団長の真っ直ぐな思いをぶつけてくださいっ!!砕けない壁なんてありませんっっ!!砂糖で出来た壁なら尚更ですっっ!!】



 でもっ……、言いかけた所で幻覚ハナエの顔がぐにゃりと歪む。いつもの、あの悪夢のような毎晩、ミネを精神的に追い詰めイジメていた時の意地悪(メスガキ)な顔になる。


【ああっ残念だなっ!!ハナエを救えたミネ団長!!これであとはハッピーエンドを待つばかり――だったその瞬間無惨にもハナエの命は奪われてしまうのですっ!!】


 彼女が衝撃的な言葉を口走る。


【あなたの目の前でっ!!腕の中でっ!!ハナエは惨たらしい最期を迎え命を散らしますっっ!!あなたが一番信頼していた、味方だと思っていた者たちによってハナエの命は奪われてしまいますっ!!】


「何をっ!!あなたは言って!!!」


 ミネは直感で理解した。この幻覚は自分を騙すために嘘を言ってるわけでは無い。何かを知っている。そして何かを必死に伝えようとしている。聞かねば…今すぐ問いただし情報と真意を引き出せねば……!!

 幻覚のハナエに詰め寄ろうとした瞬間、彼女の身体が眩い光を放ち空中へと浮かび上がる。よく見れば少女の輪郭が崩れ始め消えようとしていた。


 ああ、もう現界みたいですね、幻覚の少女は涙を浮かべてミネを見つめ叫ぶ。


【団長っ!!ミネ団長っ!!世界で一番大好きなミネ団長っ!!私を救いたい、救うために一人死地往き、命すら投げ出しても構わないと言ってくれたミネ団長っ!!】


【そんな団長にっ!!私から贈り物がありますっっ!!】


少女は指さす。


作戦コードMSS-TSOCC-20210204


「作戦コード……?」


作戦コードMSS-TSOCC-20210204、これを明日ヒマリさんに尋ねてください。オリジナルのハナエに、そしてこのキヴォトスに破滅を齎すものの正体と答えがありますっっ!!】


「待って、待ちなさいハナエっっ!!あなたは何をしっているのですかっ!!私に何をさせようとしてるのですかっ!!」


 ミネの問いかけに寂しそうな笑顔を浮かべ何も答えない幻覚のハナエ。

 空中に浮かび、今まさに消えようとする少女にミネは必死に腕を伸ばす。まだ消えては困る。聞きたい事、伝えたい事、いっぱいあるのにっっ!!


【さよなら……ミネ団長………】


「ハナエぇぇぇええええええええ!!!」



----------------------------------------------------------------------------------


・"その腕は確かにしっかりと消えゆくはずだった少女の腕を捕らえる事が出来たのだった" →幻覚ハナエ生存・共闘IFルートへ


・"その腕は何もない空間を虚しく過ぎったのだった " →本編続行ルート


------------------------------------------------------------------------------------



 その瞬間、突然部屋の照明が灯り、眩き光が消えかけていた少女の姿を完全に塗りつぶし、かき消し――


「ああっ…そんな……」


 必死に少女を掴もうと伸ばしていたミネの腕は何もない空間を虚しく過ぎったのだった――。


もうどこにもあの少女は居ない……声も……姿も……気配も……。


「……ミ…ネ…団…長………」


 驚き振り返れば、病室の入り口、壁にもたれかかりながら肩で息をしているセリナの姿があった。


 恐らく就寝中に目覚め飛び起きてきたのだろう。


 乱れたパジャマにセットすらせずぐしゃぐしゃの髪の毛が汗で濡れた額や頬に無数に張り付いていた。

 寒い真冬の深夜、手袋も靴下も靴も履かず裸足で走ってきたのであろう、素手や素足は真っ赤に腫れていて、足に至ってはガラスか石でも踏んだのか何か所も出血していた。


 震える彼女の利き腕が壁の照明スイッチを押していた。恐らく照明を付けたのはセリナだろう……。ミネは彼女を責めるつもりは毛頭も無かった。


「団長……何があったんですか?……どうして泣いているのですか?」


 セリナに言われ、ミネは自分の顔が涙と鼻水でクシャクシャになっている事に初めて気づく。


 一方セリナはそんなミネの姿に既視感を抱いた。


「また……あの子が来たんですね……ミネ団長を苦しめに来たんですね!!!」


 セリナを顔が憎悪で歪む。つい数秒前まで壁にもたれ掛かって息切れしていた人とは思えないくらい大股で早歩きでミネの傍までくると、ミネを護るように抱き抱え、銃を構えて叫ぶ。


「砂糖の悪魔っっ!!!いい加減にしてよぉっ!!!いつまで団長を苦しめる気なのっっ!!出ていけっ!!!今すぐここから出ていけっっ!!出て行って、完全に消えてしまえっっ!!!!」


 絶叫しながら銃をコッキングすると乱射しようと指をトリガーに掛けて――。


「セリナっっ!!もう良いっ!!もう良いんですっ!!」


 咄嗟にミネが姿勢を変えてセリナの銃に縋りつく。銃口を下げさせ、トリガーの間に指を差し込み、引鉄を動かせないようして乱射を阻止する。


「ミネ団長!?」


「全部消えたっ!!全部終わったからっっ!!もうあの子は来ません!!もうあの子は消えてしまったんです!!!もう全部終わったのっ!!だから大丈夫だからっ私はもう大丈夫だからっっ!!セリナっっ!!!」




 その後、騒ぎを聞きつけてやってきたミレニアムの生徒達に何度も頭を下げて理由を説明し丁重に送り帰したミネ。

 セリナは「信じられません!今日はここで団長を御守りします!!」と言って帰るのを拒否したのだった。

 ミネはセリナがそこまで言うのならと彼女を一晩病室に滞在させることにしたのだったが……。



「へっくしゅっ!!!ううう…なんで暖房効かないんだろう」


 部屋に備え付けのカーディガンを二枚羽織、震えながらエアコンの操作盤を触るセリナ。

 しかし、いくら待っても天井のエアコンの吹き出し口から暖かい空気が出る事はなかった。


「へっくしゅっっ!!!ううう…」


「セリナ…寒いでしょう?こっちに来なさい……」


「ミネ団長っ!?」


 セリナが振り返れば、掛け布団を持ち上げてミネが呼んでいた。一緒に寝ましょうと。


ミネの思わぬ誘いに戸惑ってると、


「やっぱり恥ずかしい?私と一緒に寝るの嫌?」


 とミネがさびしそうに呟く。


「い、いえっ!そんなつもりは……」


「なら一緒に寝ましょうセリナ」


「はい……」


 カーディガンを脱ぐと「おじゃましま~す」とミネのベッドへ入るセリナ。

 セリナがベッドへ入り込んだところでミネに力いっぱい抱きしめられてしまう


「きゃあっ!?」


「ごめんなさい、驚かしてしまって。こうしないとセリナがベッドからはみ出してしまいますからね」


 病院のベッドは狭い、二人で一つのベッドで寝るなど想定してないからだ。


「だ、団長…」


「セリナ…苦しい?」


「いえ…とても…あたたかいです」


 幸せそうに頬を緩めるセリナをもう一度抱きしめてミネは囁く。


「ありがとうセリナ……私を助け支えてくれて」


「私の方こそ…ありがとうございます団長、私を、私達をずっと守ってくださって」


「おやすみ…セリナ」


「おやすみなさい…ミネ団長」




 寝ずの番とは何だったのか。抱きしめて数度背中を撫でればあっという間にセリナは夢の世界へと旅立っていった。

 この小さい少女にこれだけ負担をかけていた事を恥じ、改めて誓う。

 必ずハナエを救い出し、誰一人死なせず傷つけず、全員を救護すると。


 セリナの顔を自分の胸に埋めさせ、両腕を背中に回し、両足の間にセリナの両足を通してしっかりと挟み込んでホールドする。

 彼女を護るように…。

 セリナの規則正しい呼吸と心臓の鼓動に誘われて、やがてミネも夢の世界へと旅立っていったのであった。





その晩。蒼森ミネは夢を見た。


このミレニアムに来て以来初めて魘され苦しめられる悪夢では無い平和な夢を。


セリナとハナエを引き連れ、救護現場を忙しく駆け抜け回る日々。


つい数か月前まで当たり前のようにあった平和な日々の夢だった。


ミネの見た夢


(つづく)


Report Page