第六話『戦争前夜』その7『怨恨のミレニアム』

第六話『戦争前夜』その7『怨恨のミレニアム』

砂糖堕ちハナエちゃんの人




 夢、夢を見てる。


『ノアっ!』


 まだ私達が幸せだった頃の夢。


『ノアの髪…とても綺麗ね、サラサラしてまるで絹糸みたい』


 決して誰にも壊される事も侵される事もない二人だけの世界。


『ノアじっとしてて……はい取れた!桜の花びらが付いていたのよ。』


 二人でセミナーを支え盛り上げ素敵な充実した高校生活を送る……はずだったのに……。




『ノアっ……助けて……』


『ユウカちゃんっ!!』


 蹲り苦しむユウカちゃん。私は必死に腕を伸ばし、彼女の救いを求める手を掴もうとしますが……。


ボロッ……


『ひぃっ!?』


 掴んだユウカちゃんの手は真っ白に染まっていてまるで砂糖のようにもろく崩れってしまいます。


『やだ…しに…たくない…よ……ノ…ア…』


『ユウカちゃんっ!!ユウカちゃんっ!!』


 全身が真っ白に染まってゆくユウカちゃんを前に私は何もできません。私の自慢の記憶力、それを全部ひっくり返してユウカちゃんを救う方法を探しますがどこにも見つかりません。



『た…す…けて……ノ……ア…』



 全身が真っ白になったユウカちゃんがボロボロと崩れて行くのをただ見る事しか出来ない私。崩れ去ったユウカちゃんだった白くて甘い砂粒を必死にかき集めてる私。ユウカちゃんを助けられなかった私――。







「ユウカちゃぁあああんっっーーー!!…………ハァッ、ハァッ、ハァッ…」


 生塩ノアは一瞬、自分が何処にいるのか、ここは何処なのか、夢の中なのか現実かも判らなくなっていた。


「ユ、ユウカちゃんは――」


 さっき見た光景がフラッシュバックし、ノアは慌てて周囲を確認する。消毒薬の匂いが香り、医療機器の規則正しく動く動作音。


「ユウカちゃん……よかった……生きてる……」


 そして視界に映るベッドで眠る一人の少女――早瀬ユウカが居た。夢で出てきた時とは違い綺麗な血の通う肌色をしていて、そっと触れれば彼女が生きてる証である温もりと胸の鼓動を感じた。

 ノアはようやく今の状況を思い出す。先生と砂狼シロコを連れてミレニアムに戻ってから、ずっと先生に今のミレニアムとキヴォトスが置かれている状況と今までの事件の経緯を丁寧に説明し説得を続けていたところ、ユウカが発作を起こしたと連絡が入り、慌てて病室に駆け付けたのだった。

 早瀬ユウカは砂漠の砂糖を摂取した事により重度の中毒症状と禁断症状を発症していた。さらに数日前には容態が急変し、昏睡状態で寝たきりになっており、時折意識が戻っては見えない何かに身体を蝕まれる幻覚に襲われ、暴れ泣き叫ぶといった発作症状が起きていた。

 暴れる彼女を抑えるために身体は複数の黒い革ベルトでベッドに縛り付けられた状態でまるで囚人の様だった。


(どうしてユウカちゃんがこんな目に合わないといけないの?彼女が何をしたって言うの!)


 大切な友人が狙われ、人格も尊厳も傷つけられるこの状況にノアの心は悲鳴を上げていた。

 しかし、一方的に奪われ傷つけられ嘆き悲しむだけの時間は終わった。これからこちらが反撃をするターンだ。


「ねぇ、ユウカちゃん……。あのね、今日先生が来てくれたんだよ」


 睡眠薬と鎮静剤で眠らされているユウカの頬を優しく撫でる。彼女の目から何本も出来ている乾いた涙の痕を指で丁寧で拭って行く。


「あの女の宝物もひとつ奪えた。これで私達は、アビドスに優位に立てる……」


 砂狼シロコを人質に出来たのは大きい。あの娘は小鳥遊ホシノの4つの宝物の一つだ。


「待っててね、ユウカちゃん。ユウカちゃんの憾みは必ず晴らすから……」


「だから……私達を見守ってね」


 眠る彼女の頬に己の唇をそっと落とす。しばらくして顔をそっと離すとノアは顔を引き締めて病室を出て行った。







「ノア、おかえり」


「ただいま戻りましたウタハさん。お待たせしてすみません」


 セミナーの部室に戻ったノアをエンジニア部部長兼"セミナー副会長"の白石ウタハが迎える。


「構わないさ、ユウカの所に行っていたんだろう?ユウカの方はどうだい?もう大丈夫なのかい?」


「はい……発作も無事治まりまして……。あの…ヒビキさんとコトリさんは……?」


「二人なら安静にしてるよ。幸い今日は発作は起きてないみたいでね、ずっと寝ているよ。……まるで死んでるみたいに」


「…………」


 ミレニアムサイエンススクールの1年生であり、ウタハの所属するエンジニア部二人の後輩部員で彼女がとても目に掛けている猫塚ヒビキと豊見コトリ。彼女らもまたユウカと同じく砂漠の砂糖の犠牲者であり、現在は時折禁断症状の発作で暴れ叫ぶとき以外は昏睡状態で眠っている。


「私なら大丈夫だからあんまり気に病まないでくれ。……それより先生の方はどうだい?無事説得できそうかい?」


「いえまだ……。先生は私達の提案には賛成してくれませんでした…」


「あれだけの文章や写真の資料、映像資料まで見せてもかい?」


「はい、モモイちゃん達ゲーム開発部の子達のと私のユウカちゃんのとウタハさんが提供してくださったヒビキさんとコトリさんの発症動画を見せても……」


「くっ…相変わらず生徒に甘い人だ……いやいくら何でも甘すぎる……。もうあのアビドスは先生の知るアビドスでは無いのに……」


「ええ……。ですが私は諦めてません。明日また朝から先生の説得工作を行うつもりです」


「あまり無理はしない事だよ。先生とあの膨大な資料を見るのは瞬間記憶能力持ちのノアには猛毒だからね。……そうだな、明日は私も参加しよう。ノアと二人で先生を必ず説得し、対アビドス殲滅部隊の指揮を執って貰おう。」


「はいっ!…………あのウタハさん、明日こちらへ来れると言う事は其方では何か動きがあったのですか?」


「ああ、そうだった。ノアに直接伝えたくてね。それでここに来てノアを待っていたんだ。…………砂狼シロコが自供したよ」


「……!それは本当ですか!?」


「自白剤を大量投与したらやっと喋ってくれたよ。アビドス人は本当に頑丈で強情だね。チオペンタールを致死量投与されても生きてるなんてまるでクマムシだよ」


 先生と共にミレニアムに身柄を移された砂狼シロコ。生粋のアビドス生で小鳥遊ホシノと関係が深い――ある意味カルテルトリオの空崎ヒナと浦和ハナコよりも近い人物であり、アビドスのすべてと小鳥遊ホシノの秘密と弱点を知っているだろうと思われる最重要人物。

 彼女の口からアビドスの秘密を割りだし聞き出そうと激しい尋問が行われたがシロコは頑なに口を閉ざし黙秘を貫いた。苛立ちから尋問はやがて拷問へと変わり、監督役のウタハがエンジニア部から引っ張り出した機械類を使った機械姦など激しい暴行にも彼女は耐えたのであったが……。

 それでもなお、頑なに口を閉ざし続けるシロコに業を煮やしたウタハらは薬物まで持ち出し、自白剤では一番強力でミレニアムでは使用禁止薬物指定されているチオペンタールを致死量を超える2gを静脈摂取させ、ようやくその硬く閉ざした口を開いたのだ。


「やはり、砂狼シロコは砂漠の砂糖を摂取してなかったよ。小鳥遊ホシノは彼女らアビドス対策委員の4人には決して砂漠の砂糖を与えず、他の砂糖中毒者から完全隔離して大切に保護していたそうだ。ミレニアムから強奪したアビドスフリーの食料品や水だけを与え、彼女らの身の回りの世話や食事係に砂糖を摂取してない生徒を拉致してまで充てがい校舎の地下階に専用の生活空間エリアを設けて徹底的に砂漠の砂糖に触れないようにしていたそうだ」


「そんな…!!まさか……」


 ノアは改めて衝撃を受けた。砂狼シロコを保護した時、大怪我を負い意識が混濁気味とはいえ、妙に素面――砂糖中毒者特有の症状が見られない事に違和感を感じ精密検査を行ったところ、砂漠の砂糖の成分が一切検出されなかったのだ。

 小鳥遊ホシノに一番近く一番寵愛を受けており最優先で高品質高純度の砂漠の砂糖を不自由なく好きなだけ摂取できる立場だと思われ、体内に蓄積された膨大な砂糖の成分とそれに染まり変質した体内組織や細胞は砂漠の砂糖の完全解明のための解剖標本になると思われていた。

 しかし、実際には砂漠の砂糖を一粒も摂取せず、一切触れられない様に完全隔離され彼女らは生かされていた。それはつまり……。




小鳥遊ホシノは砂漠の砂糖の人体に対する有害性と危険性を十分認識し理解してた。砂漠の砂糖は麻薬であり劇薬であり毒薬であると知っていた。――知っていてミレニアムに、いやキヴォトス全土にばら撒いたんだ




ダァァアアアン!!!



 ノアが思いっ切り執務机を殴りつける音が響き渡る。彼女の顔は見た事も無い憎悪に染まっていた。



『んへぇ~、酷いなノアちゃん。麻薬呼ばわりなんて……これはね、みんなが幸せになるとっても美味しい魔法のお砂糖なんだよ』


『おじさんはね、みんなに幸せになって欲しくて、みんなにも幸せをお裾分けしたくてこのお砂糖を配っているんだよ?それを麻薬の売人呼ばわりなんて酷いよぉ~』


『ほら見なよ、このユウカちゃんのふわふわでとろけた幸せそうな顔を……。ノアちゃんも意固地にならずにさ、お砂糖食べよう?お砂糖食べてユウカちゃん一緒にアビドスで幸せになろう?』


『ノアちゃんユウカちゃんの事好きでしょ?おじさんわかるよ~。大好きな子と一緒に幸せになって暮らしたいよね?一つになりたいよね。おじさんが全部かなえてあげる。だからお砂糖食べてユウカちゃんとアビドスに来なよ』



 奪われた早瀬ユウカを奪還すべく、C&Cのメンバーと共に小鳥遊ホシノと対峙したあの晩の事を今でも鮮明に思い出せる。ヘラヘラとにやつきながら抱いたユウカの顔をその汚らしい手で触れ撫でまわしこちらを挑発するような目線を向ける小鳥遊ホシノの顔が鮮明に浮かび上がる執務机をノアは何度も何度も激しく殴りつけ叫ぶ。


「よくもぉっ!!よくもっ!よくもっ!よくもっ!よくもっ!ユウカちゃんを騙したなっ!!よくもユウカちゃんを犯したなっ!!よくもユウカちゃんを壊したなっ!!!返してっ!!ユウカちゃんを返してっ!!返してっ!!返してっ!!返してっ!!返してっ!!私の大切なユウカちゃんを返してよぉぉおおおお!!!!」


 殴れば殴るほど小鳥遊ホシノの憎い顔が鮮明に浮かび上がり、腕に入る力も増していく。最後に思いっ切り殴りつけようとするが、机上にノアの血が滲んだ拳がぶつかる寸前で止まる。いつの間にかすぐ横に来ていたウタハが彼女の腕を掴んで止めていた。


「ノア、もう止めるんだ。机を殴っても小鳥遊ホシノには一ミリもダメージなんて入らない。ノアが傷つくだけだよ」


「ですがっ!!」


「ノア………」


 激昂するノアを諫めるウタハ。思わず文句を言いそうになったノアだが、気づいてしまったのだ。一見冷静に見えるウタハ、彼女の瞳がどす黒い憎悪の炎を宿している事も、彼女の唇に怒りが滲み震えている事を。


「私も同じだよ。私も許せない……小鳥遊ホシノが許せない。あんな奴にヒビキとコトリは人生を、輝かしい将来を奪われようとしてるんだから……」


「ウタハさん……」


 彼女の後輩のヒビキとコトリは、砂漠の砂糖の禁断症状の他に後遺症として脳に障害を負っている可能性が出ているのだ。砂漠の砂糖の症状を抑えないと詳細が判らず治療も出来ないが最悪はもう学園生活を送れないほどの後遺症が残るかもしれないと言う。

 きっと彼女はノア以上に怒りに染まり嘆き叫び暴れたいはずだ、それなのに激憤を抑え込み冷静に冷徹になろうとしている。


「ノア、私は決めたよ。小鳥遊ホシノは絶対に生かしてはいけない。彼女らアビドスカルテルとアビドス自治区を跡形も無く滅ぼし、キヴォトスから消し去ろう」


「ウタハさん……」


「そのために例の計画を実行に移そう。もちろん先生を説得し、先生にアビドス攻略の陣頭指揮も取ってもらう。でもそれだけでは足りない。カルテル"カルテッド"を捕らえ私達の手で処刑し、ヘイロー破壊爆弾を使いアビドスに巣食う砂糖中毒者を一人残らず抹殺する。そして重水素爆弾でアビドスの土地を跡形も無く消し飛ばすんだ」


 こくりとノアは頷く。崩壊したトリニティで見つけた、ティーパーティーがアリウス自治区から押収したと思われる資料にあった恐ろしい兵器「ヘイロー破壊爆弾」。ある日セミナー宛てに贈られた大きな荷物。差出人不明のそれは「熱核爆弾」と呼ばれるキヴォトスには無い外の世界の技術。

 想像すらしなかったこの恐ろしい兵器を彼女達は作ることにしたのだ。すべては復讐のために――。


「許しません……よくも私達を嘲笑い傷つけて奪い去っていきましたね。しかし今度はこちらの番です」


「殺してやる…」


「殺してやるぞ小鳥遊ホシノ……」




 吹き上がる怨恨は少女達を超えてはいけない一線を軽々と踏み越えさせ、破滅への道へと誘うのであった……。



(つづく)

Report Page