第六話『戦争前夜』その5『先生』

第六話『戦争前夜』その5『先生』

砂糖堕ちハナエちゃんの人




たす……けて……せ……ん…せい……



"…………?"


 停車したタクシーから降りた大人の人間――シャーレの先生は思わず辺りを見回す。

 微かだが確かに聞こえたのだ。大切な自分の教え子である生徒が助けを求める声を――。

 何処から聞こえたのかどこに居るのか、自分を呼んだのはどこの学校のどの生徒なのか?

 先生は耳を澄ませて意識を集中して、神経と研ぎ澄ませつつ聞き覚えてある声を脳内生徒データベースから検索して――。


「先生!!」


「 "うわああぁぁっ!?!?!?" 」


 精神を集中しているところに突然10代の少女の声とはあまりにも違い過ぎる野太い大きな声がすぐ近くから聞こえて先生は驚き転びそうになる。


「先生!忘れてますよ、領収書!!」


 声の主を見れば、呆れた表情を浮かべ、タクシーの乗車料金が書かれた紙切れを握った腕を運転席から差し出すタクシー運転手が居た。


「 "あ、ああ……すみません" 」


「先生しっかりしてくださいよ。長期の出張明けでお疲れになってるのはわかりますけど……ちゃんと受け取る物は受け取らないと。毎回うちの営業所まで領収書再発行求めて訪ねて来るミレニアムのお嬢ちゃんが不憫で可哀相ですぜって」


「 "申し訳ないです……" 」


 へこへことタクシー運転手に頭を下げて領収証を受け取る先生。タクシーの運転手は苦笑いを浮かべている。


「先生相当疲れてますよね。今日はさっさと帰ってしっかり休んでくださいよ。先生が居ないとうちの商売あがったりなんですから」


「"あはは……"」


 連邦生徒会会長が失踪以来、著しく治安が悪化したキヴォトスの中心都市D.U。その街を走るタクシーもスケバンやヘルメット団の標的になりタクシー強盗が相次いで起きていた。

 しかし、シャーレが設立され先生が赴任して以来、タクシー強盗の発生件数は大幅に減少する事になった。

 うっかり先生が乗るタクシーを襲うともれなく激しい反撃にあうことになったからだ。

 ある時は無数の隕石が、ある時は極太レーザーや迫撃砲の砲弾の雨あられが降り注ぎ、大量のドローンに追い掛け回されたりと容赦なくタクシー強盗犯を痛めつけていた。

 普段からタクシー移動が多く毎回いろんなタクシーに乗り比較的長距離を走りメーターを回してくれる太客で、乗車時は存在感が少し気薄になる先生。

 いつどのタクシーに乗ってるか判らず下手に近づけば同乗しているキヴォトス上位クラスの戦力が容赦なく牙を剥く。

 やがてD.U地区内を走るタクシーを襲う不届き者は居なくなりタクシー強盗は大幅に減ったのであった。

 今ではタクシー業界内ではシャーレの先生は商売繁盛・業内安全の神として崇められ、先生のタクシー乗車依頼の激しい争奪戦が繰り広げられるようにまでなっていたのであった。



閑話休題



 領収証を受け取り挨拶を交わし、走り去るタクシーを見送る先生。

 大切な生徒たちの声を全く似ても無いタクシー運転手の呼びかけと勘違いするくらい疲れてる事に呆れ、喝を入れようと自分の頬を数度叩くとシャーレのビルへと入って行った。

 一瞬遠くから見つめられてるような視線を背中に感じながら――。





「あっ…先生。お帰りなさいっ!」


「"ただいま、ソラ"」


 ビルのエントランスホールに入り少し進んだところでコンビニエンスストア"エンジェル24 シャーレ店"の店員ソラと出会った。

 シャーレのビルの1階に入居しているコンビニ店で先生やシャーレに来る生徒達が買い物をするためによく利用しているお店だ。

 そのコンビニ店員であるソラは入り口付近に置かれたプラスチック製のコンテナボックスを店内に運び入れていた。


「"こんな時間に商品の配送なんて珍しいね?"」


 キヴォトスに来る前、元居た世界で学生時代コンビニバイトを経験した事のある先生、コンビニに商品が配送されるのは大抵深夜や早朝が多く、それはここキヴォトスでも同じな事を知っており、つい懐かしさで気になったようだ。

 よく見るとお弁当や総菜の他にパンやスイーツなど日持ちしない商品の他にもあまり滅多に来ない日持ちする商品や雑誌や日用品まで入荷していてまるでコンビニが店内全商品総入れ替えや改装オープンした時のような装いをしているのに気が付く。

 少し気になってソラに尋ねようとした時、入り口の自動ドアに張り紙がある事に気が付く。






「"ソラ、私が居ない間、お店を休んでいたの?"」


「あっ、はいそうなんです。先生が居ない間、他の生徒さん誰も来ませんでしたので……。最初の何日かはお店を開けていたのですが誰も来なくて廃棄商品大量に出してしまって、オーナーと本部に相談したら先生が帰ってくるまでお店を閉めて別の店舗の応援に行って欲しいと言われていたのでお休みしていました」


「"誰一人も……?ミヤコ達も来なかったの?"」


「はい、RABBIT小隊の皆さんも来ませんでしたよ?」


「"ふむ……"」


 これまでも先生が出張などで暫くシャーレを留守にする事は幾度もあった。しかし、その間もひっきりなしに生徒が訪れ、先生に差し入れをと商品を買う生徒や先生不在で肩落とした生徒が帰りにやって来て商品を買って帰る事が多く、また近くの子ウサギ公園に駐屯しているRABBIT小隊が物資補給や廃棄弁当類の受け取りに来るなど基本シャーレ店は先生の在席不在問わず営業し続けていた。

 それが誰一人もRABBIT小隊のメンバーすら訪れなかったと言うのは異常である。そう言えばミヤコ達と随分連絡を取ってない事を先生は思い出した。


"明日は久しぶりに運動がてら子ウサギ公園へ顔を出してみようかな"


 ミヤコ達に連絡を入れようとしてスマホを荷物鞄の奥に仕舞い込んでいた事を思い出した先生は"シャーレに戻ってからでも良いか"と思い、ソラと一言二言声を掛けて挨拶をして別れシャーレーの執務室のある階へと足を進める。

 以前は先生にべったりで甘える生徒が多かった。中には自分の学校を放り出してシャーレに通い詰めたり、入り浸ったりする生徒もいてシャーレの中は大変賑やかだった。

 先生が留守や出張で長期不在になってもシャーレに来るほどだった生徒達。それが、皆自分の学校へ戻り、自分たちのやるべきことをしっかりやっているようで――。

 大きな苦難を超え成長し、少しずつ先生離れが進んでる事を誇らしくそして少し寂しく感じつつも先生は気合を入れて歩く。


"生徒達が頑張ってるんだ。私も頑張ろう!"


 まずは運動不足の解消と体力作りからかなと、押しかけたエレベーターの呼び出しボタンを離し、階段のあるフロアのドアを開けると少し駈足に上って行ったのであった。






~~♪~~~♪~~♪


 コンビニのバックヤードで店員のソラは鼻歌混じりに商品の検品を済ませて行く。

 久しぶりに先生に逢えたこと、言葉を交わせたこと。それもどの学校の生徒達よりも一番に出来た事でソラは上機嫌だった。

 先生に逢いたくて早めにシャーレのビルに来たのも、入荷した商品を店舗内に入れず店先て検品していたのも先生に一番に逢いたいからだ。

 もしかしたら誰か先に生徒さんがビルの外でお迎えしてるか、それともタクシーに同乗して生徒同伴で帰ってきたらどうしようかと思っていたけど、先生は一人で帰って来てくれた。

 先生と二人っきりでゆっくりお話しできたのはいつぶりだろうか?

 色んな学園自治区へ行き沢山の事件や問題を解決してきた先生。帰ってくるたびに大勢の新しい生徒さんに囲まれて、気が付けば遠い存在に成っていた先生。


 そんな先生と久しぶりの二人っきりの時間を過ごせてソラはもう有頂天になっていた。


「よしっ!明日からがんばるぞ。おー!」


 そんな感じでウキウキ気分で作業に戻ろうとした時だった。



ドンガラガッシャーンーー!!



「ひゃっ!?な、何……?」


 お店の方で大きな物音がして思わず飛び上がりそうになるソラ。

 もしかしてコンビニ強盗でも来たのだろうか?


「ご、強盗なら……お店……守らなきゃ…」


 先生に声を掛けられて勇気と力を貰ったソラは覚悟を決めて、護身用のピストルを手にバックヤードから店内へと飛び出した。


「…………」


 店内のショーケースの角に隠れて銃を構えるソラ。物音はお店の出入り口付近から聞こえたようだ。


ウィィィン…ガコン。ウィィィィン…ガコン。


 自動ドアのところに何かが倒れているようで自動ドアが閉まりかけては何かに当たり、もう一度閉めようとして再び何かに当たるのを繰り返しているのが聞こえる。

 ソラは覚悟を決めるとショーケースの角から飛び出すと銃を構えて、叫んだ。


「誰ですか!!」


 拭いきれない恐怖心からか目を少し細めて構えた銃の先、自動ドアのところに視線のピントが徐々にあって行き、そこにある物に気づいたとき、ソラは強盗よりも大変な事態が起きている事を知った。






プルルルル、プルルルルル、プルルルル、プルルルルル、プルルルル、プルルルルル……。




 シャーレのオフィスの電話が鳴り続けているのを息を切らして階段を上がってきた先生はすぐには出ず、まずは喋れるように息を整えるためウォーターサーバーの水をコップに汲んで飲む事を優先していた。

 呼び出し音の種類から電話の相手は内線、この時間に掛けてくるのは連邦生徒会長代行の七神リンあたりだろうか?


("ごめん、もうちょっと、もうちょっと待ってリン")


 諦めずにしつこく鳴らし続けるのは堅物な彼女らしいなと思いながらようやく息が落ち着いた先生は電話を取ろうとゆったりとした動きで電話機に近づき、液晶画面に表示された相手先の名称に違和感を覚えた。



101:エンジェル24 シャーレ店 事務所



("……ソラ?")


 一階のエンジェル24と内線電話で繋がっている事も知らず、ソラがそれを使ってシャーレまで電話してくるのも今まで無かった。

 何か"違和感"を覚えつつも電話の受話器を取り上げた。


「"もしもし…シャーレオフィ…"」


『先生っ!!先生っ!!!!た、大変なんです!!今すぐっ!今すぐ来てくださいっ!!!』


 喋りかけた先生の言葉を遮って大声で捲し立てるように喋るソラの声。荒い呼吸にどこか悲痛な涙声混じりの叫び声。違和感は嫌な予感に変わった。


「"ソラ、落ち着いて……いったい何があったの……?"」


『―――――!!』



 次の瞬間、先生は電話の受話器を放り投げ撥ねるように駆け出してた。







ダンダンダンダン、ダダダダンダンダンッーーー!!




 シャーレの先生が階段を駆け下りて行く。先程息を切らしながら手摺にしがみ付くようにしてよじ登っていた階段を二段飛ばしで駆け下りて行く。


("どうしてっ!!どうしてっ!!あの時気が付かなかったっ!!")


 シャーレのビル前でタクシーから降りた時、微かに聞こえた助けを求める生徒の声。気のせいだと聞き流した声は気のせいでも幻聴でもなく、本当の自分の良く知る生徒の声だった。内線電話口で悲痛な声でソラの口から伝えらた生徒の名前。それはあの時聞こえた声の少女だった。

 先生は激しく後悔する。あの時、もっと気を配れば――。もっと彼女の声を覚えていれば――。

 気が付けばもう随分と彼女と声を、会話を交わして無かった。レッドウィンター出張で忙殺さてていたとはいえ、あまりにも杜撰な対応だった。


("彼と約束したばかりなのに――!!")


 あの箱舟で対峙した別の世界線の自分。彼から託され、必ずと約束したのに。



ドンッ!!



("うわっ!?")


 勢いよく階段を降りていたら突然足に強い衝撃を受けて前のめりに倒れそうになる。いつの間にか1階まで降りきっていてもう段が無いのに足を下ろそうとして思いっ切り1階の床を蹴ってしまったらしい。


("ぐうぅっー!!")


 前のめりになったまま、止まるのも減速するのも惜しい先生はそのままの体制でドアにぶち当たり押しのけるようにドアを開いてエントランスホールへと躍り出る。


("……!!!")


 そこで先生の目に飛び込んできた光景。



 ビル入り口の強化ガラスの自動ドアにべっとりとついた血の手形。


 そこから点々と続く血痕。


 エンジェル24入り口に広がる血の海に自動ドアに付いた血の塊とここにも複数の手形。


 発見したソラが引きづったのか、入り口から店内にはべっとりと血痕がまるで絵の具の付いた筆で伸ばしたように店内奥のバックヤードの中まで血の道の様に続いていた。



「"ソラっ!!"」


「先生ッ!!」


 飛び込んだバックヤード。エプロン制服を赤く染め涙を流すソラ。床に座り込んだ彼女の横には――。



無数の銃弾を浴び、さらに刃物で切り裂かれたのか、ボロボロの制服。


血と泥で乱れ汚れすっかりくすんでしまったシルバーブロンドの髪


同じように汚れ、枯れた花のように垂れ下がっている狼耳


自転車で鍛えた足には無数の銃創が刻み込まれ


整った綺麗な顔は右目が晴れ上がり、他の部分も青痣で紫色に変色していて



 そこには数か月ぶりに見る砂狼シロコが無惨にも変わり果てた姿となって横たわっていたのだった。



「"シロコ……シロコォオ!!!"」


 思わず駆け寄り抱きしめる。シャーレの制服が汚れるのも構わず、安静にさせないといけないのに彼女の身体を揺さぶってしまう。


 大丈夫、まだ生きてる。呼吸も脈拍も弱いがある。


「"シロコッ!シロコッ!シロコッッ!!"」


 大きな声で何度も何度も呼びかける。するとゆっくりと彼女の左目が少し開き、こちらを見つめた。


「"シロコっ!!私がわかるっ!?"」


「……んっ……せん……せい……。よ…かっ……た……やっ……と……あえ……た……」


「"シロコっ!!シロコッ!!"」


 一体何があったのか?どうしてこうなったのか?何時からなのか?他の対策委員会の子達は無事なのか??


 聞きたい事はいっぱいあるのに……、いやそれよりも早く病院に連れて行って手当てをしないといけないのに……。

 先生はその場から動けず、ただ、ひたすら横たわり抱きしめている生徒――シロコの名前を呼ぶことしか出来なかった。


「せ…せん…せ…い…ゴフッ…おね……が……い…ゴホッ……」


 シロコが必死に喋ろうとするが口から溢れ出した血で上手く喋れない。それでも必死に喋ろうとしているのも一字一句聞き逃さないように先生は神経を尖らせ集中する。


「み……ん…なを……たす…け…て………、ホ……シ…ノ……せ…ん……ぱ…い……とめ……て」


 ゴフッガハッ、と盛大に吐血したシロコはそのまま気を失ってしまう。




 夜のシャーレのビルに先生の慟哭が響き渡った。





(つづく)


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