第六話『戦争前夜』その2「蛇の目、蛇の手。」

第六話『戦争前夜』その2「蛇の目、蛇の手。」

砂糖堕ちハナエちゃんの人

※アリスせんせー氏のRABBITシリーズの概念を一部お借りしております。時系列的には「RABBIT Oasis」後半舞台裏のイメージになります。

※アリスせんせー氏の世界とよく似て異なっている全く無関係な別次元並行世界になります。



 アビドス高校と自治区中心街が見渡せるビルの屋上に私とハナコ様は立っていました。


「ハナエちゃん……あの…その……本当にやるんですか……?」


「はい、お願いします」


「でも………」


 ハナコ様が不安がる気持ちは良く分かります。

 私がお願いしたことはハナコ様のホースちゃんを私の頭部……正確にはこめかみから脳内に突き刺し、ハナコ様が精製できる最高純度の砂糖水をハナコ様が一度に作れる最大流量でイッキに私の脳髄へと流し込んで欲しいと言う下手をすると身体が壊れかけない無茶なお願いでした。


「私なら大丈夫です。"お願い"です、やってください」


「うっ……わかりました」


 私の中の宿る砂蛇様の力を滲みだすようにして少し強く視線を向ければ少したじろぎ、渋々と言った感じでハナコ様は了承してくださりました。


「……ハナエちゃん、それでは始めますね」


 ハナコ様が私の背後に回ります。ズルッ…と音がしてハナコ様の背中からホースちゃんが出て来る音と私の身体へ伸びて近づいて来る気配を感じます。


シュル…シュル…シュル…


「うっ……んっ……ううっ………」


 二本のホースちゃんが私の足からゆっくりと絡みつきながら登って行きます。私の身体を優しく締め付け、肌を撫でながら上がって来るのはまるでハナコ様と砂蛇様に抱かれているような感覚を覚え嬉しさで身体が震えます。

 やがて私の頬を撫で上げるようにして頭まで来たホースちゃんがその先端を鋭い針状に変化させると私のこめかみに深く突き刺さりました。


「うっ…ぁっ……あ"あ"っ"」


 チクリと痛みが一瞬走った瞬間、凄まじい衝動が私の脳と身体を揺さぶります。体中の細胞が沸騰したようになり、目の前の景色が揺れ真っ赤に染まったり真っ青に染まったり目まぐるしく変わります。

 膨大な砂糖の力を直接叩き蹴られている脳は悲鳴を上げてブチブチと何かが千切れたり破裂したりする音が聞こえ頭の中をミキサーで掻き回されてるような衝動を受け、何度も意識が消えそうになりながら必死に教えて頂いた術式をくみ上げて行きます。


「ハ、ハナエちゃんっ!!」


 ハナコ様の悲鳴が聞こえますが、私は大丈夫です!と伝えたくて…でも声が出せないので代わりに差し出された手を強く握ります。


(お、お願いですっ!!あとっ!少しなんです!!耐えてっ!!私の身体ッ!!)


 いつの間にか鼻から夥しい血が出ている事に気が付きましたが、構わず作業を続行します。あと少し…あと少しっっ!!!



パァァッッンン!!



 何かが耳元で大きく弾けたような音が聞こえました。



「わ……ぁ……っ」



 私の目の前に浮かび現れる、アビドス自治区の俯瞰図。


 その俯瞰図にまるで真冬の澄んだ満天の星空のような美しい輝きが浮かび上がりました。



「これが……砂糖摂取者さん達の……輝きなのですか……」


 砂蛇様が仰るにはこの星のような光、一つ一つがアビドスに居る砂糖を食べている人達が放つ光だそうです。よく見ればどれも光の大きさや明るさ、色が違う事に気が付きます。

 一つ一つそれぞれの光の星の周囲には薄い光の膜がまるでアサガオの花びらのように広がっていて、その美しさに思わず見惚れていると。その光の海の中を進む黒い影が4つある事に気が付きました。

 この俯瞰図の中で砂糖を摂取した者は光を放ちますが、砂糖を摂取していない者は光を放ちません。つまり――。


「いっ!居ました!!対策委員会の皆さんを見つけましたっ!!」


「『――っ!!』」


 後ろでハナコ様が、耳に着けた無線機のインカムからはホシノ様達の息の飲む音が聞こえます。

 私はすかさず星の海を進む黒い影の進行方向の先に居る光の一つに指を触れ"接続"します。

 ぐにゃりと視界が歪み、目の前の景色が変わり目の前には街の景色が広がります。すると目の前にアビドス高校の制服に身を包んだ猫耳の生えた黒髪ツインテールの少女が現れたので進路を塞ぐように立ち塞がります。


「ちょっと!!何なのよアンタ!!邪魔しないでよっ!!」


「うるせー!アタシだってわけわかんねーっだよ、いきなり身体が勝手に…あ…がっ……初めまして、アビドス高校廃校対策委員会の黒見セリカさんですね?


「なっ――!?なんで知ってんの。何者なのよアンタ……」


 何か感じ取ったのか、警戒心と敵対心を膨れ上がらせるセリカさん。

 そんなセリカさんを眺めつつ私じゃない声で私が喋るのは何だか違和感が凄いなと私は呑気な事を考えたりししまいます。



 砂蛇様から授かった力――、それはこのアビドスに居る無数の砂糖摂取者さんをレーダーやセンサーのように扱える能力。そしてその無数のセンサーから任意で抽出選択した端末を自由に操り、端末経由で喋る能力。



「こんばんわ。お初にお目にかかりますアビドス救護部、朝顔ハナエと言います。セリカさん達を探しに来ました。ホシノ様が心を痛め大変心配していらっしゃいます。今回の事は一切不問にするとの事ですので無駄な抵抗と逃走を止め、直ちに投降してください」


「うっ!うるさいっ!!砂糖狂いの言う事なんて信じられるわけないでしょっ!!どきなさいよっ!!」


 そのまま端末(わたし)を突き飛ばすと再び逃走始めるセリカさんを追いかけます。頑張って追いかけますが徐々に離されてきます。私が下手なのか…この端末が低性能なのか……。


「あんた、しつこいわねっ!!早くどっか行きなさいよっ!!」


「知るか―!!身体が勝手に動くのがとまんねぇんだょっ!!」


 私が操っている生徒さんが文句言っているのか聞こえてきます。ごめんなさい、あと少し辛抱してくださいっ。


「うわっ!!」


「うおっ!?」


 セリカさんがフェイントをかけながら角を曲がります。それにひっかかり少し遅れた私が曲がったところで誰かにぶつかりそうになりました。


「あっサキさんっ!!」


 RABBIT小隊の空井サキと鉢合わせしました。丁度良かった!!


「サキさんっ!!目標の一人、黒見セリカさんがそっちに行きました!!すぐに追ってくださいっ!!」


「ハァ!?何で見ず知らずのお前なんかに指図されなきゃいけないんだ?」


「私ですっ!!朝顔ハナエですっ!!」


「ハァ?何変なこと言ってるんだよ…お前は」


 ああ…そうか外見違うから分からないんだ……。そうこうしてる間にどんどんセリカさんの姿が人混みの中へ消えて行こうとしてます。ううっ…仕方ありません。


「サキさんっごめんなさいっ、お身体少し借りますっ!!」


「い、いきなり何言ってるだお前……あ…ぐっ…?」


 素早く画面を切り替え、サキさんの光を指でタッチして器(身体)の主導権を奪い操作を始めます。


「何だっ!?何だっ!?身体が勝手に動くっ!?!?」


 サキさんを操作して追跡を開始します。さすがはRABBIT小隊、さっきの端末とは性能が違いますね。ヒトや障害物を楽々躱しセリカさんを補足していきます。


「ハナエッ!!お前の仕業かっ!!!早く、私の身体返せっ!!」


『ごめんなさい。あの猫耳黒髪ツインテールの人を捕まえて欲しいんですっ!!』


「アイツだなっ!!わかった!わかったから早く私の身体返せっ!!勝手に操るなっっ!!」


『すみません!あとお願いしますっ!!』


 サキさんの操作を中止して画面を戻します。黒い影を追跡し続けるサキさんの光の動きを確認した後、私は別操作に入ります。俯瞰図に浮かぶ星々からRABBIT小隊の皆さんの光を強調表示にすると、何と散らばって動く対策委員会の皆さんのすぐ近くに小隊の皆さんが居る事がわかりました。

 すぐさま矢継ぎ早に指示を出していきます。


「モエさんっ!!2時の方向2ブロック先のビルの間、対策委員会の十六夜ノノミさんが潜伏しています。炙り出してください」


『ハナエちゃん!?りょ、了解~』


「ミユさん!!聞こえますか。ミユさんが隠れてる通りにあと15秒ほどで対策委員会の奥空アヤネさんが来ます。出来るだけ急所に当てないように狙撃して怯ませて捕まえて貰えますか。それでも逃亡を続けるようでしたら少し強く当てて動きを封じてください」


「ハナエちゃん!?わ、わかった……やってみる………うまく…、できるかな…?」


 モエさんとミユさんに指示をだして次はミヤコさんへ指示を出すため画面を切り替えようとした時でした。


『シロコさん!!お願いです!!止まってくださいっ!!…こ、こちらRABBIT 1、砂狼シロコさんを補足、追跡に入りますっ!!』


 どうやら私が指示を出す前にミヤコさんはシロコさんを補足できたようで私は安心しました。




『こちらRABBIT3、ハナエちゃん~、ノノミちゃんって子確保したよ~』


 モエさんの視界を借りると、周囲の建物が崩壊し燃え盛る中、奇跡的に無傷で両手を上げて跪く十六夜ノノミさんの姿が見えます。モエさんまさか炙り出すためにヘリの火器類全発射してしまったんですか……。


『こちらRABBIT2、対象を無事確保した。任務完了……っておいこら暴れるなっ』


 サキさんの視界を覗けば、手足を縛られ、うつ伏せで捕らえられている黒見セリカさんが見えます。時々暴れて何か叫んでいるようです。


「こ、こちら…RABBIT4、対象……確保しました。ハナエちゃん……私ちゃんと出来たかな?」


 ミユさんの視界には地面に組み伏せられた奥空アヤネさんの姿が……ミユさんってCQC得意ですね。


 続々上がる戦果報告に胸が熱くなります。ホシノ様の安心して落ち着いた顔が見れるが嬉しくて――ああ、いけない大切な事を忘れてた。


「ミヤコさんはどうしてるのかな……」


 少し前にシロコさんを補足して追跡に入ったとの連絡があって以降全く無線連絡が途絶えてるミヤコさんが気になります。何かあったのでしょうか?今の私なら色々サポート出来ますのでちょっと覗いてみようと思い――、


「あれ……ミヤコさんどこにいるんだろう……」


 目の前に広がるサンドシュガーのセンサーの光の星の海、そこにあるRABBIT小隊の光は"3つ"。一つ、足りません。


「あっ……」


 ここで私は大変な見落としを、取り返しのつかない失敗を犯していた事に気づきました。

 私ははミヤコさんが一切砂糖を摂取してない人だとどうして忘れていたのでしょうか?一番忘れてはいけない事だったのに……。


「ああっ……」


 砂糖を取ってないミヤコさんは、この眼には光としては映らず、シロコさんと同じく黒い影でしか見えません。


「あああっ……」


 そして今、私の目の前に映る光の海に、二人の――二つの黒い影は何処にもありません。




"対策委員会の皆さんの捜索、私に任せて頂けませんか?ご安心ください、必ず皆さん全員を連れ戻して見せます"




ホシノ様に堂々と宣言したのに……ホシノ様はこんな私を信じて任せてくださったのに……


「申し訳ありません……ホシノ様……本当に申し訳ございません……」


私は大変なミスを犯してしまった事に、その失態の大きさに身体の力が抜けて目の前が暗くなるのを感じました。


「ハナエちゃんっ!!!!」


バツンッ!!と頭の中で何かスイッチのような物が切れる感覚とともに膝から崩れ落ちそうになったところをハナコ様に支えて貰えました。


「ハ…ハナコさ……ま」


「ハナエちゃん!!もう良い…もう良いです……ハナエちゃんは十分頑張りました。ホシノさんもきっと分かってくれますっ!!」


「ですが……」


「大丈夫ですっ!!だから……もう無茶しないで……」


ハナコ様が私を抱いて、血でグチャグチャになった鼻と口元をハンカチで何度も拭ってくれます。そのまま私はハナコ様に支えられながら校舎へと戻りました。



(つづく)


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