第二話『異世界で生きるには?』

第二話『異世界で生きるには?』


いきなり異世界に飛ばされて、喋る魔法のシルクハットことシルクと出会った春太。今は傘で風に流され、空を飛んでいた。

「勢いで飛び出しちゃったけど……これ大丈夫だよね?」

「お前が傘から手を離さなければ大丈夫だろう」

「ちょっと、怖いこと言わないでよ! ただでさえ右手がちょっと疲れてきたのに!」

「なあに、落ちたとしても我輩がなんとかしてやるから安心しろ」

(不安だよ~)

不安に駆られる春太だったが、シルクはその考えを読み取って笑う。すると、森や草原ばかりだった景色に町が見えた。だが……。

「ねえシルク、このままの高さで流されちゃ、あの町通り過ぎちゃうよ。どうにかして降りることはできないの?」

「傘を閉じれば良いだろう」

「そうしたら落ちるでしょ!」

「途中で何度か傘を開けば、高度を調整できる。それにさっきも言ったが、地面にぶつかりそうになれば我輩がなんとかしてやる、思い切っていけ!」

「わ、わかったよ……危なくなったら、本当になんとかしてよ!」

シルクの言葉で、ようやく踏ん切りがついた春太は、ボタンを押して傘を閉じる。当然、勢いよく落下しはじめた!

「うわあああっ! か、傘……」

まっすぐ落ちる途中で再び傘を開くと、先ほどのようにふわふわとゆっくり降下し始めた。

「ほっ、危なかった……この傘、すごいな……」

「なんだ、意外と落ちなかったな。それに、勢いよく落ちる時はもう片方の手で我輩を押さえておいてくれ。我輩が頭から離れたら、困るのはお前だぞ?」

「……ごめん。じゃあもう一回」

傘を閉じれば、再び自由落下で落ちる。傘を開けば大丈夫とはいえ、高速で高いところから落ちるのは、春太にとっては怖いことだ。

「うううっ……ここ!」

地面がより近くに見えたところで、再び傘を開けば地面へとふわりと降り立った。ちょうど向こうに、町の門が見えた。傘は、シルクが再び自分の中に入れてステッキに戻した。

「で、町に来たんだけれど……町でどうするの?」

「さあな」

「さあなって……何も知らないの!?」

「ジャギーといた時は、そういうのはジャギーがやっていたからな。ああ確か……ジャギーのヤツは冒険者ギルドがどうとか言っていたが……そこへ行けば多分なんとかなるんじゃないか?」

「冒険者ギルドか……とりあえず、そこへ行ってみよう」

とりあえず、町の冒険者ギルドへと向かおうとする春太とシルク。町を眺めてみると、石造りの建物や石畳といった、中世ヨーロッパによく似た景色が見える。春太にとっては、教科書でしか見ることがなかった景色がそこにあった。

(まるで、教科書で見る中世の時代に迷い込んだみたいだ……)

「春太、お前にとってこのような景色は過去のものなのか?」

「大体五百年は昔かな。今はコンクリートとか、アスファルトでできた建物が大半を占めているよ。ああ、コンクリートとかアスファルトって言うのは、石とかを混ぜて作った特殊な石材だよ」

「そんなものがあるのか。お前の世界にも、一度行ってみたいものだな」

「ところで、冒険者ギルドはどっちにあるの? 僕この世界の文字読めないんだけど……」

「あそこの看板に……『冒険者ギルドこの先』だって書いてあるぞ」

革靴をコツコツ鳴らしながら、看板の方向へと向かう二人(?)そこにあったのは、二対の剣と盾が描かれた看板がぶら下がっている建物だった。

「ここ?」

「ああ、そうみたいだな」

重々しい扉を開けると、そこにいたのは巨大な斧や剣を持った筋骨隆々の戦士や、三角帽子の麗しい魔法使いやローブを着た僧侶といった、様々な戦士達がいた。その中において、シルクハットに燕尾服にステッキといった春太は、かなり浮いているようで、中にいる人々の視線が春太に集中した。

(やっぱり、この格好じゃ浮くよね……)

(何を言っている、稀代の魔術師が作り出した我輩だぞ? むしろ他の人間とは違うと思わせられて良いではないか)

受付らしきカウンターに向かうと、メイド服姿の女性が、春太にぺこりとお辞儀をした。

「冒険者ギルドへようこそ、冒険者の証明書を提示してください。無ければ、こちらで新たに発行します」

「新規です」

「ご新規さんですね? こちらの用紙に名前や年齢などを書いてください。記入事項を全て書きましたら、冒険者ギルドへの登録証明書を発行いたします」

メイドさんから出された書類を、シルクの案内で文字を読む春太。だが……。

(この文字、どうやって書くの?)

(しょうがないな……おい、我輩をちょっと頭から外せ。我輩が代わりに書く)

シルクを頭から外し、書類の上にポンと乗せた。書類の上から外すと、名前などが既に書かれていた。その様子を、メイドさんは黙って見ていた。

「では、こちらで承ります」

書類を持って、メイドさんは奥へ行った後、一枚のカードを持ってきてくれた。そのカードには、名前と年齢らしき文字と、黒い星が書かれていた。

「以上を持ちまして、ギルドへの登録は終わりました。後は、掲示板に掲載されている依頼などを見てご自由になさってください。はい、次の方どうぞ」

ほとんど説明もされず、事務的に対応された。その後、後ろに並んでいた人たちがゾロゾロと受付の方へと向かって、春太は横によけられてしまった。

「ああ……説明とか聞きたかったのに……」

そして、メイドさんから言われた通り掲示板に向かうが、どうしたらいいのかわからない。文字はシルクが解読してくれるが、何を受けたら良いのかもわからない。

「えっと……どうしたら……」

掲示板の前でわたわたする春太。すると、横から声が聞こえてきた。

「おいおい、世間知らずのどっかのお坊ちゃんが、ギルド登録したはいいがどうしたらいいかわかんなくて慌てているぜ!」

腰に剣を差した連中が、春太を見て笑った。春太自身も「うう……」となってしまうが、突然肩をポンと叩かれた。

「君、冒険者ギルドは初めてかい?」

「は、はい……」

春太の肩を叩いたのは、白い鎧の騎士だった。背中には同じく白銀の盾と大剣を背負っていた。

「ひょっとして、ギルドで何をしたらいいのかわからないのか?」

「はい、その通りです……」

「全く……ギルドの説明不足にも困ったものだな。わかった、私が説明してやる」

鎧の何者かにそれぞれ違う数の星が書かれた、張り紙が多数ある掲示板の前に連れて行かれる。

「いいか? 登録した時、カードをもらっただろう。それはギルドカードと言って、ギルドに登録した証明書で、依頼などを受ける許可証のようなものだ。そして、ギルドカードには色のついた星が書かれているが、その星の色で受けられる依頼が違う。君のカードを見せてくれるか?」

「これですか?」

黒星が描かれたカードを見せる。

「なんだ、本当に加入したばかりか。黒星じゃ星一つまでの依頼しか受けることはできないな。いいか、この黒星は、実力が一番低いことを示すランクだ。故に、簡単な依頼、一ツ星の依頼しか受けられない。依頼をこなしていけば、ギルドカードにポイントが貯まって、ある程度になれば上の星へと上がれるだろう。ちなみに、一番下は黒星、その上に白星、銅星、銀星、金星とある。金に近い程実力が高いことを示している。ランクが上がれば、星の数が多い依頼も受けられるようになるだろう」

「そうなんですか……」

「まあ、手っ取り早くランクを上げたいなら、お尋ね者を捕まえるのもアリだがな……」

「お尋ね者?」

「ああ、あっちを見ろ」

騎士が指さした掲示板は、凶悪そうな顔を浮かべた人物が描かれた手配書のような張り紙が沢山貼られていた。星の数もそれぞれ違うが、ゼロが沢山ある金額が記されていることは共通していた。

「手配書……?」

「そうだ。ついでにこれも見ろ」

騎士が懐から取り出したのは、不気味な仮面をつけてハットを被った、碧と黒が基調の道化師の格好をした何者かだった。星の数はなんと、掲示板に掲載されている中で一番数の多い五ツ星で、金額も桁違いだった。

「誰なんですか? これ……」

「この人物は、聖都の方で多数の魔物を操って、甚大な被害を与えた人物……最低でも五十人以上がコイツの手にかかって死亡したとされている。その名は『エンド』。自身を『終焉の道化師』とか名乗っている、イカレたヤツさ。五千万もの懸賞金がかかっている」

「そ、そんな恐ろしいヤツもいるんですか……」

「賞金稼ぎという、お尋ね者専門のヤツもいるにはいるが……地道にやっていくのが一番だぞ。まあ、私から教えられるのは、これまでだな」

「いろいろと、ありがとうございます」

「それじゃあ、頑張れよ!」

白い騎士は、そのまま去って行った。それを見て、シルクは一言。

「良い奴に出会えたな、春太」

「ホント、ありがたいね……」

掲示板を見て、早速一ツ星級の依頼書を持って受付に行く。依頼の内容は、薬草を採取するという内容だった。受理されたことを受けて、早速依頼人の所へと向かう。依頼人は、町の薬屋だった。

「あなたが、私の依頼を受けてくれる人ですか?」

「あ、はい。僕が依頼を受けた人です。それで、依頼の内容は……」

「ええ……実は、この町の外れの方に、薬草が沢山採れる場所があるのですが、従業員が風邪引いてしまって、その場所に行ける人がいないんです。なので、代わりに採りに行ってもらいたいんです。これが、その地図ですから頼みましたよ! 一応言っておきますが、魔物は出ないと思いますし、出たとしてもそんなに強くないと思いますので、安心して行ってください! 私は仕事が忙しいのでこれで!」

店の人は折りたたまれた紙切れを春太に渡すと、そそくさと去って行った。地図を広げてみると、門から出て森の中の道を進んでいくようだった。そして、薬草がどんなものか描かれた絵もあった。

早速、地図の通りに進んでいく。森の中は、始めに飛ばされた太陽の光も入らない、茂みだらけの鬱蒼とした森とは違い、開けた森だった。木漏れ日が差し込み、木々の間は開けていた。茂みも無く、道が作られていてとても歩きやすかった。

「すごく歩きやすい所だね……さっきいた森とは大違いだ」

「まあ、あんな森の中に比べれば、こんな歩きやすい所はないだろう」

「こんな森の中を、紳士服姿で歩いていると、散歩でもしているみたいだね」

「おいおい、依頼のことも忘れるなよ」

そうして、魔物にも会わず、のんびり散歩でもしているかのように道を歩いていくと、紙切れに描かれた薬草が沢山ある場所にたどり着いた。

「おおっ、薬草がこんなに!」

「よし、紙切れに書かれた数だけ取って、戻るとするか」

早速薬草を採取しようと近づく。だが、それを許さない者がいた。

「グルルル……」

「な、何!?」

恐ろしい唸り声が響き渡った。そして、その声が大きくなると同時に、現れたそれは、巨大なオオトカゲだった。黒く、春太の体よりも遙かに縦幅や横幅が大きく、春太が知っているコモドオオトカゲなんか目じゃない大きさだった。

「で、でか……たいしたことない魔物は、いないんじゃなかったの!?」

「なぜ、こんなものがいるかわからんが、こうなったら戦うしかないだろう! 春太、やるぞ!」

「そ、そんなこと言ったって……!」

シルクの言葉に否定的な春太。なぜなら、こんな巨大な怪物相手と戦うなんて、考えられないことだった。魔物は出ない+出ても強くないという条件で、こんな化け物と戦うなんて……。その上、シルクハットに燕尾服、ステッキという、明らかに戦う為の服装でない格好だから。

「大丈夫だ! 行ける!」

「何を根拠にそう言って――」

シルクとごちゃごちゃ会話している間に、オオトカゲの爪が春太に振るわれた。一瞬にして春太は八つ裂きに……ならなかった。それどころか、黒の燕尾服は傷一つついていなかった。体にももちろんついていない。

「あ、あれ……?」

「フッフッフ……紳士は無防備な姿を晒さないものだ。我輩自身はもちろん、お前が着ている服もまた、並大抵の攻撃では傷一つつかん」

「す、すごいね……でも、なんか武器とか無いの!? 並大抵の武器じゃ、どうにもならなそうな相手だけど……!」

「そうだな、ここは派手にやるか。とっておきの魔法を使うぞ!」

「僕、魔法使えないけど……」

「使うのは我輩だ。だが、お前には呪文を詠唱してもらう。簡単なものなら我輩だけでできるが、大技は詠唱が必要だ。いいか? 今から発動する魔法の呪文を教えるぞ?」

「こ、この状況で!?」

オオトカゲから逃げているというこの状況で、呪文を教えるシルク。逃げるのに精一杯で、普通だったら覚える暇なんて無いとは思うが、この状況を変えるには、必死で覚えるしかない。シルクが言う呪文の内容を、逃げながら覚える。いくらやられても大丈夫な服を着ているとはいえ、顔とかを狙われれば一発でお陀仏だ。

「以上だ、わかったな? そして、我輩を相手に向けて呪文を詠唱しろ! ああそれと、必ず両手で持つのだぞ!」

「わ、わかった……やってみるよ!」

迫るオオトカゲを、薬草が生えている所から十分距離を取って、シルクのつばを両手で持ち、穴が開いている方をオオトカゲに向けて、春太は呪文を詠唱する。

「い、行くよ……? 魔の力よ、今この場に集まり、敵を穿つ力となれ! 砲術魔法マジカル・キャノン!」

呪文が詠唱されると、両手で持つシルクがプルプル震え始める。オオトカゲは目前に迫ったその瞬間……。

「うわあっ!?」

シルクの中から、ドォン! と音を立てて何かが飛び出した! その反動で、春太は後ろに吹っ飛ぶが、シルクから出た何かは、オオトカゲの首を一撃で吹っ飛ばし、跡には首無しの死骸が横たわった。

それを見て、春太は……自分がやったことに驚きの感情と、恐怖の感情が入り交じった表情を浮かべていた。

「これ、君がやったことなの……?」

「ああ、呪文を唱えたお前の力も半分はあったがな。しかしまあ……あんな魔物がいるなど、ランク詐欺もいいとこだな」

「うん、そうだね……で、この死体どうする?」

「まあ、放っておこう。どうせその辺のケモノが食ったりするだろう」

「そ、そうだね……薬草を取って、さっさと町に戻ろう……」

春太は、巨大なオオトカゲの死体をなるべく見ずに薬草を採取して、そのまま町へと戻っていった。薬屋には感謝され報酬を貰ったが、オオトカゲのことは黙っておいた。

そして、貰った報酬を手に町の宿屋へと向かい、シングルベッドのある個室に泊まることとなった。春太は、紳士服を脱いで寝間着に着替え、今まで起きたことに改めて驚いていた。

「信じられないよ……異世界に来ちゃって、喋るシルクハットと出会って、傘で空を飛んで、それからオオトカゲの首を吹っ飛ばしちゃって……まだ夢を見ているみたいだ……」

「でも、お前の目の前で起こったことは全て現実だぞ? 現にお前の目の前には、我輩がいるではないか」

自身を形成するシルクハットの中から燕尾服を着た体を出して、椅子に腰掛けているシルク。それを見て、やはり自分は異世界に来てしまったのだと改めて実感する。

「いや、目の前で起こっていることが、僕の世界じゃ全部本とか漫画みたいな、創作の中でしかあり得ないようなことばかりだったんだ。それが全部、目の前で起こったら……頭が爆発しちゃう……というか、今しそう! だから、今日はもう寝ていい? 脳みそ休めたい」

「では、我輩も共に寝ようではないか。あのクローゼットの中じゃ、やることが無いから、ずっと寝ていたのだが……今から寝るのは随分楽しみだ」

「どうして?」

「もうあんな埃臭いクローゼットの中にいなくて良いのだからな! お前と一緒にいれば、きっとジャギーと一緒にいた時より素晴らしい冒険が待っているだろう。あのクソッタレよりかは、素直そうだからな。では、おやすみ」

シルクは、自分の中に体をしまって、目や口を閉じてただのシルクハットになった。だが、あの時は聞こえなかった寝息が聞こえ、緩やかに動いていているのが見える。やっぱり、生きているんだな……と春太は改めて理解した。

右も左も分からない異世界に来てしまったけれど、このシルクと一緒にいれば……多少のことなら大丈夫だろうと思えてしまう。そんな希望が、少しだけ見えたような気がした。そうして、ベッドに入って眠りについた。


みんなが寝静まった夜……春太が倒したオオトカゲの死骸のそばに立つ何者かがいた。その死体を乱暴に蹴り、一言を吐く。

「……薬草の群生地近くに怪物を置けば、楽にコイツが人を食うことができると思ったのに……誰だよ……こんなことしたヤツ……魔物は人を食えば食うほど強くなるのに……ただ、俺の魔物をこんなにできるヤツは、只者じゃあないよな……いつか会ったら……この落とし前は、必ずつけさせてもらうからな……」

オオトカゲの死体をもう一度蹴り飛ばし、死体のそばから去ったその人物の格好は……春太が手配書で見た、不気味な仮面をつけてハットを被った、青と黒が基調の道化師の格好をした何者か。

その名は『エンド』。自らを『終焉の道化師』と名乗る、聖都で多数の被害を出した男……。


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