第二幕(みんなの反応ver)

第二幕(みんなの反応ver)


館内にはまるで通夜のような空気が流れていた。

全員が重い面持ちで押し黙り、時折しゃくり上げる声だけが響く。


また、映像が流れ始めた。目を背けたいもうこれ以上見たくないと思う者が大半であったが見届けなければならないという思いが芽生えてきてスクリーンから視線を外すことができなかった。

「…………」

映像の中で体に手榴弾を巻いたローが映る。年端もいかない子供が、死への原始的な恐怖を恐れる心を壊され、殺され憎しみに目を濁らせている。その事実に『正義』を掲げる者を筆頭に倫理観を兼ね備えた者達は酷く心を痛めた。

『あと3年と2ヶ月…』

少年が壊れた目で残された時間を淡々と言った時、チョッパーは嗚咽を洩らしてうずくまった。

こんな簡単に死ぬなんて言わないで欲しい。まだ子供なのに、何故こんな酷い目に遭わなければいけないのか。

一体ローが何をしたというのだ。彼は、ずっと、ずっと奪われてばかりじゃないか。あんな体験をしてしまったら心が壊れてしまうのもわかる。でも、どうにか繋いだ命もそれ程早く尽きる運命だなんてあんまりだ。

現在の大人になったローの姿から、珀鉛病は治ったという結果を理解していてもそう思わずにはいられなかった。


幹部コラソンが登場し、ドフラミンゴの実の弟と明かされた時、館内にどよめきが広がった。一斉にドフラミンゴを見るが、彼はただ沈黙を貫いている。

センゴクがグゥ、と喉を詰まらせた。

「え、コラソンってキャプテンの恩人だって…」

ベポ達も動揺していた。ローから恩人コラさんの話は聞いていたが、まさかドフラミンゴの弟であることは知らなかったのだ。

「…トラ男が大好きな人って言ってた」

ぽつりと呟くルフィに一味は驚きに目を見張る。ローとドフラミンゴの間に何かしらの因縁があることには勘づいていたが、まさか恩人がその弟とは。思っていた以上に複雑な関係だったのだろう。

しかし、ローがそこまで慕う人物ならきっと良き人物に違いない。そう思う彼等の期待は次の瞬間に粉々に砕け散った。

「あ……?え、は…?」

誰かが間の抜けた声を漏らした。

ローの恩人であるはずのコラソンが子供のローを引っ掴んで窓から投げ落としたのだ。随分な高さから落下したローが頭から鉄の山に突っ込むのを見て、ペンギン達は思わず悲鳴を上げた。

「キャプテェン!!」

他のクルーも顔を青ざめている。

「…今、子供をあんな高い所から…投げた…?」

ナミが呆気に取られた声で呟いた。ウソップが思わずその顔を覗き見るが衝撃が強すぎて怒りより混乱が大きいようだ。

頭から血を流す子供のローが血走った目でコラソンに殺意を叫ぶその後ろで大人のローの声が懐かしそうな、それでいて大切な物に触れるような優しさを滲ませて彼を恩人と呼んでいる。

ますます分からなかった。

それからも顔を合わせるたびにローや他の子供達に暴行を加えるコラソンの姿を一同は理解不能の眼差しで眺めていた。

「…やめて」

低い、とても低い声が耳に届いてウソップがびくりと震えた。ナミが殺気の篭った目で画面を、コラソンを睨んでいる。食い縛った歯から荒々しい息遣いが漏れ、彼女の身体からは鬼気迫るオーラが立ち上っていた。

「子供にあんな…あんな…ッ!!」

激情のまま飛び出そうとした彼女を止めたのはロビンだった。彼女は静かに首を横に振る。

「ダメよ。気持ちは分かるけど、堪えて」

「でも!」

「大丈夫、トラ男くんが恩人って言っていたのよ。彼はきっとそんな人じゃない」

そう言うと、ロビンはナミを抱き締めて優しく頭を撫でて宥めた。その温もりにやりきれなさが込み上げて顔を歪めたナミは、彼女にしがみついて涙を零した。


ドンキホーテファミリーの戸を叩いて数日。空腹に腹を鳴らしたローが生ゴミを漁っていた。比較的食べられそうな物のみを見繕って拾っていく。その中に半分以上が残ったパンがあった。持ち帰って寝床で食べていた彼がパンへ手を伸ばす。

時間が経ち、固くなったパンに齧り付く。ブチブチブチと繊維が千切れていく音が響くと同時にローの動きが止まった。

『…っ!』

瞬間、ローの脳内に死体に隠れていた時の光景が甦る。あの時ローが千切ってしまった白い腕とボロボロと零れていく肌の感触が今食べているパンの感触に重なった。

『っ…っっっ!!』

込み上げる吐き気のままにローは胃の中の物を吐いた。小さな背中が何度も何度も波打つ。その度に内容物が地面に叩きつけられる水音とローの苦しそうな息遣いが響いた。

それを見ていたハートのクルーと麦わらの一味の表情が凍りついていた。あれだけ嫌っていた理由を唐突に目の前に突きつけられて彼らは言葉を失っていたのだ。

特に彼のパン嫌いをただの好き嫌いと推察し食べることを強要した経験がある者は酷い後悔に包まれていた。

「ごめん…なさいッッ!!」

「ごめんなさい!!キャプテンッッ!!」

クルーの幾人かが額を床に擦り付けて泣き叫んだ。

ルフィも顔面蒼白になって震えている。その肩に手を置いてサンジが囁いた。

「ルフィ、お前だけの所為じゃない。俺だって同じだ…」

「おれ…トラ男に謝らねえと……」

力無く呟くルフィにサンジは微笑んで頷いた。


それからもコラソンの暴行は続いた。何度も何度も傷だらけになっていく少年の姿に、恩人だというコラソンへ憎しみを募らせていくローをただ見ていることしか出来なかった。

そして、その時はやってきた。

ローの狂気がコラソンを襲った。

ローの復讐は遂げられコラソンは罰を受けたはずなのに皆の胸に去来するのは虚しさだけだった。

ドフラミンゴを含めたファミリーの面々もローがコラソンに復讐を遂げていた事実を呆然と眺めていた。

バッファローとベビー5が気まずそうに目を逸らす。

しかし結果としてローもコラソンも生き残った。コラソンはローの犯行を黙っていたのだ。

一同のコラソンへの評価がますます解らなくなる。その中でセンゴクだけが彼の勇姿を見届けていた。

そしてローはドンキホーテファミリーへ加入を果たした。

その日々は傍から見ても楽しそうな毎日であった。皆で食卓を囲み、皆で騒ぎ、皆で笑い合って。

その姿は他の海賊団と変わらなかった。

ドフラミンゴは当時の自分を画面越しに眺めながら思いを馳せた。

振り返ってみれば、この時が一番満たされていたように感じる。大切なファミリーがいて、血の繋がった弟が帰ってきて、将来の右腕と呼べる存在の成長を間近で見れる。

満たされていた。幸せだった。それも長くは続かなかったが。

満足そうな若い自分に嫉妬している自分が滑稽で思わず苦笑してしまった。


ローは日々の終わりに鏡の前に立ち、広がっていく白い痣を撫でてあと何年…と残された時間を指折り数えることが日課だった。

いかなる時も笑顔を見せることがなかった。

どれだけ嬉しいことや楽しいことがあっても、その目に光が宿る前に迫る死の現実がそれを攫っていく。諦めたように「どうせ死ぬ」と口にする姿は酷く痛ましかった。

そしてそれを口にする度に酷い暴行を加えるコラソンにいつしか一同は怒りを抱くようになっていた。

「やめなさい!やめろって言ってんのよ!!」

無駄だと分かっていても声を張り上げるナミを筆頭にコラソンに暴言を吐く者が増えていく。

その怒りを聞きながら、センゴクだけが眩しいものを見るような眼差しで彼を見つめていた。

(お前はそうやってあの子の生きる気力を失わないようにしてくれていたんだな)

心の中で感謝を告げる。

その行動が彼なりの不器用な優しさだと知るのは、今は己だけでいい。

(辛かっただろう…。お前には酷なことをさせてしまった)

お前は誰よりも優しいからこそ、その手段しか選べなかった痛みが、苦悩が、手に取るように分かる。

センゴクは静かに目を閉じた。


『あんな野郎でもあんたにとっては大事なのか』

その問に今の自分は何と答えるだろうか。ドフラミンゴは自問自答する。しかし、結局は同じように答えるだろうと思った。血の繋がりの絆は強く深い。それが例え歪んでいたとしても。

『…じゃあ、あんたは守ってやれよ』

そう投げかけるローの脳裏に守れなかった妹の姿が映った。

おれには守れなかったから。

彼がおれに傷付けられないように。

『おれは駄目な兄様だったから…あんたには弟を守ってやって欲しい』

あの言葉に込められた想いを聞いてドフラミンゴの胸がつきりと痛んだ。

(あぁ。…俺も同じく駄目な兄だったな)

「クソガキが。…生意気言いやがる」

あの時の言葉を繰り返して、サングラスの奥でそっと目を伏せた。


ローがファミリーに入って2年が過ぎた。珀鉛病は確実に進行し、もう顔にまで広がっている。

命のタイムリミットを改めて突きつけられて、見守る者達の心を掻き乱した。

ここでコラソンが動いた。

彼が話す内容は衝撃ばかりで皆の理解が追いつかない。

今まで口を挟むことなく見守るだけだったドンキホーテファミリー達がコラソンの仲間と思っていないという言葉に憤慨していた。

その横でドフラミンゴは弟の真意を聞いて、複雑な表情で黙り込んでいた。

ローの本当の名、Dの一族。神の天敵。

その名を聞いて弟は決意したのだろう。


もう、動き出した歯車は誰にも止められない。

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