第四話「トリニティ襲撃勧誘作戦」 その1

第四話「トリニティ襲撃勧誘作戦」 その1

概念不法投棄の人



※アドビス砂漠の砂糖本スレまとめのリンクから来られた方へ

 2023/12/29 に物語の構成を変更したためにサブタイトルが一部改変されています。

 この物語の旧タイトルは『第三話『トリニティ襲撃勧誘作戦』その1』で合っています。





キヴォトス同時多発テロ事件


キヴォトス同時多発テロ事件(キヴォトスどうじたはつテロじけん)とは●月●日、トリニティ自治区、ゲヘナ自治区、ミレニアム自治区、百鬼夜行自治区、ワイルドハント自治区、ハイランダー自治区、オデュッセイア海洋自治区および船団で起きた7つの協調的なテロ攻撃の総称である。

特に被害規模の大きく、アビドスカルテルトリオと呼ばれる一連の事件の中心人物の3人の生徒が直接かかわったトリニティ自治区、ゲヘナ自治区、ミレニアム自治区、にて発生したテロ攻撃についてはそれぞれ「トリニティ襲撃勧誘作戦事件(別名:浦和ハナコバイオテロ事件)」「ゲヘナ風紀委員武装蜂起事件(別名:空崎ヒナ反乱事件)」「ミレニアムテロ事件(別名:小鳥遊ホシノテロ事件)」と個別に呼ばれている。



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そこはまるで地獄の様でした。美しかったトリニティ中心部は瓦礫と炎に包まれ、怒声や銃弾砲弾が飛び交い、多くの生徒達が倒れ傷つきました。エデン条約の時の襲撃事件すら此処まで酷くはなかったと思います。

普段はあまり前線に出ない私達救護騎士団も正実の皆さんや逃げ惑う市民の人達とともに前線に立ち、銃弾をいっぱい浴び、倒れて行きました。

動かなくなった仲間を泣きながら引きずって後ろに下がってる子にも容赦なく銃撃や砲撃が浴びせられ一人、また一人と斃れて行きました。

鉛の玉の雨が止んだわずかな間、何とか駆け寄り、真っ赤な水溜りに浮かぶ仲間を建物の影へと引っ張っていく。気が付けば正実の人も一般生徒や住人も守る余裕も無くなり私達は私達の仲間を助けるのが精一杯になっていました。


「…………」


夕方、日が落ちて辺りが暗くなり始めた頃、ようやく静かになりました。まるで波が引くかのように銃撃が止み、当たりは静寂……いえ人のうめき声や苦痛に喘ぐ声が響くようになりました。

みんな暫く警戒してましたが、もう攻撃されないと分かると救助活動を再開して学園へと引き返したのです。


「…………」


戻ってきた救護騎士団の詰め所はとても重苦しい空気に包まれていました。ソファーや簡易ベッド、シーツが引かれた床にまで怪我をした仲間達が寝かされており、その隙間にまだ無事な団員たちが座り込んでいました。みんな下を俯いて無言のままです。

どうにかこの重い空気を吹き飛ばしてみんなを元気づけしなきゃ……と意気込んでみるものの何もできずに私はオロオロするばかりでした。



ブルルルルル…



その時ポケットに入ってる端末が震えて着信が入ってるのに気づきました。おかしいです。午前中から通信回線が破壊されて通信不可能状態になっていて通信端末が鳴るなんてありえなかったのですが通信回線が復帰したのでしょうか?

端末を取り出して表示されてる"浦和ハナコ"の文字を見て二度驚き思わず詰所から飛び出てしまいました。どうしてハナコ様が救護騎士団の端末に、それも教えた記憶の無い私個人に電話を掛けて来てるのでしょうか?

詰所の外の少し離れた場所まで行って通話ボタンを押します。


「も、もしもし……」


『もしもし、ハナエちゃんですか?大丈夫ですか?お怪我はないですか?』


「ハナコ様!?はい、私は無事です!」


『そうでしたか……ふふっ、良かったです』


「ハナコ様……」


ハナコ様の温かくて柔らかい優しい声が耳から脳に入りやがて全身に広がっていきます。冷えた身体と心が温まり疲れが消えて元気が湧いて暗い気持ちが吹き飛んでいき、何だか甘い香りも漂っている気すらしてきて……、思わず昨晩の事を思い出して変な気分になってしまいかけたところ、『ハナエちゃん?どうかしましたか?』と言うハナコ様の声で何とか我に返りました。


「す、すみません……」


『うふふ、ハナエちゃんったら、もしかして昨晩の事思い出してましたか?』


意地悪な事を言うハナコ様のせいで忘れようと頭の奥に押し込めかけた記憶が一気に溢れてきます。ハナコ様の身体……包まれる温もり……私の身体を撫でる柔らかい手……それらが私の身体に触れて……。


「はわ、あわわわわ……」


『うふふ、可愛いですよハナエちゃん♡』


ハナコ様の追い打ちで私の頭はもう爆発しそうでした。


『うふふ……ごめんなさい。ハナエちゃんの声がもっと聴きたくて安心したくて意地悪してしまいました。ありがとう、おかげで私も元気になれました』


「もうハナコ様ったら……」


きっとハナコ様も不安な時期を過ごしていたんだろうなと思い、私の声でハナコ様を元気づけられたと思うとさっきの意地悪も許してしまいます。


『ところでハナエちゃん?今朝の約束の事覚えてますか?』


「今朝の約束ですか?……あっ!」


『ふふっ、思い出してくれましたね♡』


ハナコ様のお部屋に泊めて頂いた昨夜、胸の中のつかえたものをすべて吐き出して、ハナコ様に優しく抱かれて過ごした一夜。そして朝、ベッドからハナコ様に見送られて出た時……。


"今日の夕方、忙しさが一段落したら私の部屋へ来てくれますか?大事なお話があります"


…と言われた約束を。


「あの、すみません、今からハナコ様の部屋に行けばいいのですか?ミネ団長から待機命令が出されていて詰め所から動けないのですが……」


『はいそうですよ。待機命令は気にしなくて大丈夫です。私がミネさんに"お話"しておきますから』


「団長にですか?……団長、許してくれるのでしょうか?いくらハナコ様のお願いでも……」


『大丈夫ですよ。こう見えても私、ミネさんや他の部活の部長さん、ティーパーティの人とも"とっても仲が良い"ので特別なお願いできるんですよ♡ こうやってハナエちゃんの仕事用電話の番号を知っているのも、自由に掛けられるのも、皆さんが私のお願いを"聞いてくれる"からなんです♡』


ふふふ、すごいでしょう?と少し自慢げにお話するハナコ様。確かにハナコ様が学園の上の人や団長と仲良くないとこうやってお話できないはずなので私は納得する事が出来ました。


『じゃあ、ハナエちゃん、"目立つと危ない"ので一人でこっそり来てくださいね』


「はい、ハナコ様」


電話が切れると、私は端末を仕舞い、詰め所の方を一度振り返った後、ハナコ様の居る学生寮を目指して駆け出して行くのでした。



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ハナエちゃんが居ない。


私が気づいたのは、救護騎士団の詰め所に戻ってからしばらく経ったころの事でした。


最後にミネ団長が戻って来られ、上の階の執務室に戻られる際に「全員居るかもう一度点呼をしなさい」と言われて学年別に分かれて点呼をとっていたら一年生の団員の子が「ハナエちゃんが居ない」と騒ぎ始めたのがきっかけでした。


「詰め所には戻っていたんだね?」


「はい、私達の班と一緒に戻りました。少し前まで居たはずなんですが……」


青ざめた表情を浮かべた1年生の子に「大丈夫、私がもう一度外を少し探してみるね」と声を掛け詰め所の建物や敷地の周囲を探してみます。外で何か片付けや掃除をしてるのでは?と思ったからです。

しかし、隈なく探して見たものの外に彼女の姿は無く、私はもう一度詰め所に戻り「ハナエちゃん戻ってきた?」と皆に聞いてみるも戻って来てないと言われ、入れ違いの線も消えてしまいました。

何かあったのかもしれないと泣きそうな一年生の子達に「大丈夫だから。とにかくミネ団長に相談と報告をしてくるね」と言い、執務室へ繋がる階段を上りかけた時の事でした。


「みっなっさぁ~~ん!!只今戻りました!!差し入れが来ましたよぉ~~」


と元気なハナエちゃんの声が響いたのです。


私は一目散に来た道を戻ると詰所の入り口には笑顔を浮かべたハナエちゃんが居ました。


「あ!セリナせんぱ~い!!」


私に気づいたハナエちゃんが嬉しそうに手を振ります。


「ハナエちゃん!!どこへ行ってたの!!みんな、すっごくっ心配していたんだよっ!!」


日中の激しい戦闘でボロボロになったメンタル、戻ってみれば居なくなったハナエちゃん、悪い妄想が何個も浮かび必死にかき消しながら探したさっき、それなのに、こんな非常事態に呑気に笑顔であっけらかんとしてるハナエちゃんに苛立ちを覚えてしまい、ついキツイ言い方をしてしまいました。

最初、その可愛い瞳を驚きでまん丸としていたハナエちゃんは私の怒り声と表情に、徐々に涙目になり俯いて行きます。それを見て私はハッとしてしまいました。ハナエちゃんに八つ当たりなんて………。


「は、ハナエちゃん、ご、ごめんなさい」


私はハナエちゃんに駆け寄り謝ります。駄目だ、こんな子に八つ当たりして怒りをぶつけるなんて……私本当にどうかしている。


「い、いえ。私こそ無断で抜けてすみませんでした。だからセリナ先輩は悪くないです。気にしないでください」


ハナエちゃんはそう言うとすみませんでしたと他の皆のも頭を下げます。私なんかよりもよっぽど冷静に対応してるハナエちゃんが少し大人びて見えました。その時ふとハナエちゃんの後に二人生徒が立っているのに気が付きました。純白のベレー帽に制服姿――。


「ハナエちゃん、後ろの人は……ティーパーティーの人?どうしたの?」


ハナエちゃんがティーパーティーの人といるなんて想像もつかなくてとても気になったのです。


「あっ!はいっ!この人たちは救護騎士団に差し入れを持って来てくれたそうです!!入り口でリアカーが壊れて困っていたので私が手伝ってました!!」


えっへん!と胸を張るハナエちゃん。どうやら姿が見えなかったのは詰め所の敷地の入り口のさらに外側に居たからだそうでした。私はハナエちゃんが見つからなかった理由が判明してやっとホッとする事が出来ました。


うんしょ、うんしょ、とハナエちゃんとティーパーティーの人の3人が詰所の中へ車輪が片方壊れてしまっているリアカーを運び入れてます。ガチャガチャとガラス瓶が当たってるような音が聞こえます。

リアカーの中には「レボビタンウルトラD」と書かれた段ボール箱が見えました。


「皆さん!!ティーパーティーの方から差し入れの栄養ドリンクです!!とても美味しくて疲れが取れるのでお勧めですよ~。どうぞ~!どうぞ~!」


ハナエちゃんは段ボール箱の中にあった細長い箱をいくつも抱えて詰所の中を回り、その箱の中に入って居た栄養ドリンクを皆へ配っていきます。ハナエちゃんが配り終えたところでティーパーティーの人が声を出します。


「こちらの品はティーパーティー、桐藤ナギサ様・百合園セイア様両名からの"有難い"差し入れになります!!」


「これから夜半にかけて再び暴徒共の騒乱発生が予想されます!救護騎士団の皆様には疲労等発生により任務に支障が出ないよう、全員必ず服用をお願いいたします!!」


「学園の食堂・炊事場は昼間の暴動で破壊され使用不能。食糧庫も暴徒の略奪を受け壊滅しており、満足な食糧配給は望めません。このドリンクは非常時戦闘糧食と完全栄養食も兼ねております。全員必ず服用お願いいたします!!」


絶対に全員飲めと言わんばかりに睨みを効かすティーパーティの人。入り口に立ち塞がるかのように仁王立ちしています。周りを見れば全員受け取っているものの、誰も瓶は開けていません。


(飲めと言われても飲めれないよね……)


数日前、私達はミネ団長からある言いつけをされています。「昨今の暴徒事件はブラックマーケット製の禁止薬物が混入した食べ物・飲み物が原因で起きている」「どこで・何に混入しているかわからない」「だから出所不明な食べ物や飲み物には絶対口にしない事」それを厳命されていました。


「あ、あの~……」


一人の団員が手を上げます。ティーパーティーの人は「何ですか!?」と高圧気味に睨んできます。


「ひぃっ……あの、その、ミネ団長から、怪しい物は飲むなと言われてるのですが……」


「怪しい!?そこのあなた!貴方はティーパーティーからの差し入れが飲めないとっ!!ティーパーティーが怪しいと言うんですか!!!」


「ひぃぃぃっ」


「無礼にもほどがあります!!直ちに謝罪と発言の撤回を要求します!!あなた、ティーパーティーの高貴さを知らないのですかっ!!それでもトリニティの生徒ですか!!!」


「ご、ごめ……」


「この学園の頂点に立ち、この世界統べるティーパーティのセイア様とナギサ様も愚弄するなど本来なら放校処分モノですよ!!本来ならお前たち如きが施しを受ける権利なぞ無いあのお二方の尊いご慈悲を無下に扱うとはトリニティの恥さらし物です!!!今日が非常時でなければ救護騎士団など即刻廃部処分の大罪なのですよ!!!!」


「ぐすっ、すみません…ううっ、お許しください……」


とうとうその団員の子は泣き出してしまいました。私は耐え切れず文句を言おうとして――。



「あっ!あのっ!!これ、本当に大丈夫ですから!!私さっき1本飲みましたけど全然大丈夫でしたよっ!!」



皆の前へ庇うように出たのはハナエちゃん。リアカーにまだ少し残っていたドリング剤の瓶を取り、蓋を開けると、腰に片手を当ててポーズを取り一気に飲んでいきました。


ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ……。


その時、その場に居た人達は私も含めて全員の視線がハナエちゃんに集まり、ドリンクを飲み干していくハナエちゃんの喉元をじっと見つめていました。


「ぷは~っ……ふぅ~美味しかったです~。あっ違った、ファ、ファイトー!!いぃっぱぁぁ~つぅ~~~!!」


栄養ドリンクの有名なCMの掛け声を腕を上げて叫ぶハナエちゃん。その可愛らしさと掛け声を入れる前のボケで、それまで張りつめていた空気が緩み、クスクスと笑い声も漏れてくるようになってきました。

恥ずかしさで顔を赤くするハナエちゃん。そんな彼女に私は「ありがとう」と声を掛けたのでした。


パキリッ、パキリッ。


部屋のあちこちで瓶の蓋を開ける音が聞こえます。ハナエちゃんの元気で優しい声に、そして皆の前で人柱となり飲み干してみる彼女の勇敢な姿に皆を続いて行きます。大丈夫、ティーパーティーの配る物に毒なんてなかった、そもそも2本も飲んだハナエちゃんが何も変わらず元気そうにしてる姿が決定的になったようです。


「皆さん、ご協力ありがとうございます。空き瓶と蓋は、安全と事故防止のため、すべて回収させて頂きます」


皆が飲み終わり、ドリンクの空き瓶を持ってリアカーへ並びます。先程の一触即発の空気は完全に無くなり、「ごちそうさまでした」「美味しかったです」「飲みやすかったです」とティーパーティーの人達に声をかけて空き瓶を返す団員たちと「良かったです」「引き続き任務ご苦労様です」とティーパーティーの人も少し穏やかな声色になっていました。


「あなた、まだ飲んでないようですが、早く飲んで頂けますか?」


「え?私ですか」


「ええ、あなたですよ?まだふたも開けてないようですが?」


ティーパーティーの人に声を掛けられ我に返ります。私の手許の瓶はまだ口も封さえも切られていません。

飲まないといけないのに……。


何でだろう……身体が動かない……?


まるで私の本能がそのドリンクを拒否してる様に身体がビクとも動きません。頭と心では飲まないといけないと思っているのに……。


「どうされたんですか?……セリナ先輩、まだ飲んでなかったんですか!?」


トテトテとやってきたハナエちゃんが私の瓶を見て驚きます。


「セリナ先輩!大丈夫ですよ!美味しいですよ!毒なんて入って無いですよ?」


ハナエちゃんが私の目の前まで駆け寄ってきて鼻先に顔が当たるんじゃないかと思うくらい身体を寄せてきます。


「さぁ!セリナ先輩!どうぞっ!ぐいっと!一気にどうぞっ!!栄養ドリンク、とても"甘くて"美味しいですよ!!」


私の眼前にひろがるハナエちゃんの満面の笑み、そのキラキラと光る瞳の奥に、一瞬何か身震いしてしまうような底気味悪を感じてしまい――。


「……あっ、ああっ!そうだっ!ミ、ミネ団長にまだお渡ししてなかったんです、すぐに持っていきますねっ!!」


咄嗟にティーパーティーの人が持っていた開封済みの小さな箱にまだ残っていたドリンクの瓶を掴むと、私は逃げるように階段へとかけて行ったのでした。



(つづく)


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