第三章
懺罪宮到着懺罪宮
塔へと続く長い廊下。その手前に見張りは二人。どちらも塔まで響く一護と剣八の戦いによる揺れと強大な霊圧に気を取られていた。
⦅席官……ではなさそうだ。隙が多すぎる。私達の狙いはわかっているだろうに、随分と警備が手緩いな。罠の可能性もあるけど……⦆
建物の屋根に膝をつき、青空を背に眼下を見下ろした。そのままゆっくりと左右に目を動かして、伏兵の姿がない事を確認する。
『なんだ、私が一番乗りか』
伏兵どころか共に来た誰も、まだここへ到着していないらしい。カワキは共に尸魂界へ侵入した面々の中で、己が最も救出への意欲が低い事を理解していた。
ああ、だけどそういえば――…。カワキの意識が以前 交わした会話に辿り着く。
⦅石田くんもそうか。彼は死神への報復のために来たんだった……。私とは目的は異なっても救出への意欲は大差ないだろう⦆
まあ、他人の心情なんてどうでもいい話だ。脳裏で再生された記憶をプツリと途切れさせて立ち上がる。一人なら好都合だ。罠でも構わない。自分だけなら如何様にでも立ち回れる。
そう考えて、梟が獲物を狩るように音も無く見張りの背後に降り立った。
霊圧が消えては怪しまれるかもしれない。
命を取るまではせず、意識を奪って捨て置いた。遮るものは何もない長い廊下を通学路を行くように自然な足取りで歩む。
『朽木さん、聞こえる? 一護達と一緒に君を救出に来た。ここを開ける鍵の持ち主か置き場所に心当たりは?』
閉ざされた扉の前、クラスメイトに備品の在処を尋ねるように、気負うことのない自然な口調で呼びかける。
◇◇◇
「音が…止んだ…」
牢の中、小窓から空を見上げる。ぶつかり合う霊圧、それが消えていく痕跡を感じながら呟いた。ルキアは何もない室内で一人、自問自答を繰り返す。
(私は本当に…血を流してまで救う価値がある者なのか…? 教えてくれ……海燕殿…)
思い詰めた面持ちで巡らせる思考が不意に途切れた。幻聴かと思うほど、あまりにもいつも通りの声音で、扉の向こう側から声がかけられたからだ。
「…な…!」
◇◇◇
「なぜ来た…! 私のために流れる血などあって良いはずがないのに……!」
鍵の在処を聞いたら怒られた。なぜだろう? カワキがぼんやりとした表情でこてんと首を傾げる。
『“なぜ”って……一護が助けたがっているから?』
怒られが発生した理由は理解できなくても、“なぜ”という問いには答えられる。“黒崎一護を護衛せよ”。それがカワキに与えられた命令だった。
⦅正直、護衛なんて柄じゃないけど、任務が終われば聖文字が手に入る。そのために引き受けたのに、ここで一護に死なれては困るんだ⦆
だから、彼女の救出に意欲的な一護に付き添ってここまでやって来た。その思いを端的な言葉で言い表す。
「来てはならぬと言ったのを聞いていなかったのか…! あれほど……追ってきたら許さぬと…!」
記憶を辿り、思い起こす。そういえば、一護に向けてそのような言葉をかけていたような……。
『文句はここを出てから一護に言ってもらえるかな。それより鍵は? 朽木さんも知らないなら力尽くで開くか試そうか?』
どうやら自分は八つ当たりをされているらしい。そう結論付けたカワキは質問の答えを催促する。しかし、何やら思い煩うような息遣いが聞こえるばかりで返答はない。
⦅……? 朽木さんはここを出る気がないのか? 私は別にどちらでも良いけど、一護がごねると困るしな……⦆
カワキはルキアの悩み事になど欠片も興味がなかった。幸いと言うべきか、鍵を探す必要も出てきた。カワキは軽く息を吐いて、扉の向こうに声をかける。
『……朽木さんに助かる覚悟がないなら無理には開けないよ。…鍵は自力で探すから、その間に考えをまとめておいて』
「…あ…」
カワキはそう告げると、なにかを言いかけたようなルキアの声を無視して、扉に背を向けた。
***
カワキ…人の心が無いので葛藤なんて理解できない。「何か怒られたんだが?」程度の気持ち。慰めるとかの選択肢は無い。
ルキア…激しく葛藤して思い悩んでいる。カワキがどっか行っちゃったのは、自分に心の整理をする時間をくれたと思ってそうだけど、そんな事実は全然無い。