第三幕〜コラソン〜その③
時化が収まり、目指す島が見えてくる。嵐が収まった代わりに雪が散らついていた。
双眼鏡を覗きながら、センゴクの話を思い出していた。
「…取り引きの島のルーベックの東、ミニオン島にゴーストタウンがあり、そこを縄張りにしているようだ。海賊の名はX・バレルズ」
「元海軍将校の…」
「そうだ。ミニオン島には今、軍の監視船が張り付いている。同時にドフラミンゴとお前が合流する予定の島、スワロー島には軍艦二隻!」
センゴクの言った通り双眼鏡に監視船の姿が映る。海軍や海賊達に見つからないよう、入り組んだ岩場に舟を付けて上陸した。
背負ったローに負担をかけないよう注意しながら、足早に進む。
ゴーストタウンに辿り着いた。景色は降り積もる雪で化粧を施されている。丘の上、標的の海賊がアジトにしている建物が視認できる場所でローを降ろした。
濡れてしまった服を交換して寒く無いようにコートを巻き付けてやる。
「ロー、これ以上一緒に連れて行くわけにはいかない」
誰にも見つからないよう、物置小屋の中にローを置いて、戸に手をかけた。
「きついだろうが…ここで待ってろ」
不安そうに見上げている彼をこれ以上不安にさせないように優しい声音で言うよう努めた。
「すぐ戻る。…オペオペの実を手に入れて!」
笑顔でピースサインをしてみせれば、ホッとしたようにローが笑った。
戸を開けて走り出す。目指すはオペオペの実、ローの命を救える唯一の手段を手に入れるために!
コラさんが出て行った戸を開けて、入り口に座り込む。視線を動かすと遠くで走っていくコラさんが見えて、ドジって転んだりしないといいけど…と少し心配になった。
体を苛む高熱と倦怠感がローの意識を刈り取ろうとする。はぁはぁと息を吐きながら、コラさんが向かう先を眺めているうちに意識が落ちていた。
夢の中で、コラさんとの旅を見ていた。何も無い所で転んで火だるまになったり、出来立てのスープを勢いよく飲んで噴き出したり、服の表裏を逆に着ていたり。ほとんどが彼がドジしてる所ばかりだった。彼が無事に帰ってきて、病気を治したら彼のドジっ子の矯正も頑張ろう。きっと苦労するだろうけど、きっとそれ以上に楽しいだろうから。
うつらうつらと夢現を彷徨っていると目蓋に赤が飛び込んできた。目を開けて丘の上を見ると、建物が燃えている。結構な勢いで爆発もしているのに音が聞こえないのはコラさんの能力なのだろう。
どうか無事に帰ってきてね、コラさん…
かじかんだ手を組んで信じられなくなった神様に祈った。
唐突に銃声が響いてローは目を開けた。どうやらまた意識が落ちていたようだ。
音がするということは、これはコラさんじゃない。
大丈夫かな、コラさん…。
立ちあがろうとしたが体が鉛のように重くて動けなかった。熱も上がってきて頭もぼうっとしてきた。
ローはただ、コラさんの無事を祈ることしか出来なかった。
***
「ロー、ロー」
遠くでコラさんの呼ぶ声が聞こえた。
目蓋を開けると微笑んだ彼が覗き込んでいる。
「コラさん」
彼がピースをして笑った。よかった。無事だったのか。
コラさんが「“サイレント”」と指を鳴らして防音壁を張った。周囲の音が消えて二人だけの空間になる。
「見ろぉ〜〜!!オペオペの実だぁ〜〜!!」
嬉しそうに突き出してきた手の中に、ハート型の果物のような物があった。これがオペオペの実なんだろう。本当にこんな物を食べただけで病気が治るのだろうか?
「建物も燃えてるし、銃声もしたから、なんかあったんじゃねぇかと…」
待っている時ヒヤヒヤしていたのだ、コラさんが怪我してたらどうしよう、とか不安だった。そんなローの心配を遮るようにコラさんが怒鳴ってきた。
「おい!そんな話をしてんじゃねぇ!!!喜べやーーー!!!お前の命を救う悪魔の実だぞ!!」
「でも…おれがそんな物食ったからって、病気が治るとは…」
どこかハイテンションに叫ぶコラさんに対して、不安になってきたローはどんどん俯いてしまう。
その肩をいささか乱暴にコラさんが掴んだ。
「何言ってる!!治るさぁーー!!!」
驚いて顔を上げると必死な形相の彼がオペオペの実を口に突っ込んできた。
結構大きいから口の中に入り切らない。拒否するように首を振るもコラさんは無理矢理突っ込もうと更に実を押し込んでくる。
「さぁ食え!!早く食え!!」
うわすっっげェ不味い!!
吐き出したいが大きな手がそれを許してくれない。
「ほらぁ!!こうやって食え!!食って飲み込めェ!!!」
口の中に半分入った実を、今度は飲ませようとしてきた。顎を押さえられて強制的に口を閉じられる。だけど実が大きすぎてなかなか喉を通過してくれない。
窒息しそうになった時、ダメ押しと言わんばかりにコラさんが口を覆うように手で押し込んできた。その勢いで喉の許容量を超える大きさの塊が食道を強引に通過して行く。
「はぁ……はぁ……、」
悪魔の実を食べてしまった。食べてしまったんだ。震える掌を見つめているとドクン!と心臓が大きく脈打って、ゾクゾクと全身を悪寒が通り抜けていった。
その痛みに本当に能力者になって良かったんだろうかと心配が込み上げてきた。この実を食べたって絶対治る保証なんて無いのに。
「おい、コラさん…まだおれ、能力者になるなんて心の準備もできてないのに!、」
非難しようと見上げたと同時にコラさんが雪の上に倒れた。
「コラさん…?お、おい…っ」
呼びかけるも彼は荒い呼吸を繰り返している。
「これでいいんだ。…お前はもう、自分で病気を治せる。ドフラミンゴを出し抜いたんだ。…俺たちの勝ちだ!」
「どうしたんだ、コラさん?疲れただけか?」
倒れ伏す彼が何かを耐えるように呻くのに、心配が込み上げてくる。
ふと、雪の上をじわじわと広がっていく色が目に入って視線を落とした。それはコラさんの体から広がっていて、どう見ても血の色だった。
嫌な予感がしてうつ伏せの彼をなんとかひっくり返すと体の至る所が赤く染まっていた。
「コラさん!!!撃たれたのか!!?」
慌てて駆け寄って問いかける。
「あー……ちょっと、ドジった」
荒い呼吸を繰り返しながらコラさんが苦笑した。
「ちくしょう!!何やってんだよコラさん!!!」
思わず責めるような口調になってしまう。どうしようどうしたらと考えている時、ハッと気が付いた。
「治れ、治れ、……治れ〜〜!!」
彼の上に手を翳して必死に念じる。
「止まれ!止まれ!血ぃ止まれ〜〜!!」
オペオペの力で全部治れ〜〜!!
どれだけ念じても傷は一向に回復しなかった。どんどん焦りが募っていく。
強く念じながら手を翳していると頭に大きな手が置かれた。
「ハハッ…バカだなぁ…そんな魔法みてぇな力じゃないって言ったろ」
力なく笑うコラさんに涙が滲む。
「じゃあどうしたらいいんだ…!これ、おれのために撃たれたんだろ…ッ!?」
溢れ出した涙が彼の上に落ちていく。
ローは酷い無力感に包まれていた。治療法が無い病気も治せるはずの力を得たのに、肝心な時に役に立たなきゃ意味が無い。治せる手段を持っているのに使い方が分からないなんて……。
ローは悔しくて唇を強く噛んだ。
「違うって言ってんだろ。…これはドジっただけだって…」
それでもコラさんはローの所為じゃないと言うのだ。ローの病気を治すための悪魔の実を取りに行って撃たれたのに、それを治す力を持っているのに使えないローを慰めようとしてくれる。
「ロー…俺は大丈夫、これくらいじゃ死なねぇ」
言葉の途中で噎せて血を吐く彼に、更に胸が締め付けられるような気持ちになった。
「だが、少しの間止血したい。…弱っているお前を使って悪いが、頼みがある」コラさんが真剣な眼差しでこちらを見た。
「島の西の海岸に、海軍の監視船があった……彼らに、これを届けてくれ…」
そう言って差し出してきたのは小さな筒のような物だった。南京錠が付いていて開けられないようになっている。
「海兵なら、この筒を見れば、全員理解出来るようになってる…この筒1つで、遥か遠い国のドレスローザという王国を救えるんだ」
彼から筒を受け取る。そこに描かれている海軍のマークに、苦い思いが込み上げてきてしまう。
海軍はフレバンスを、おれの家族を殺した奴らなんだ。
「でもおれ、海軍のこと嫌いだ…」
顔を歪めるローの手に手を重ねてコラさんが言った。
「お前、医者の息子だろ?」
その言葉にハッと息を呑む。
「これからお前の手で救えるのは病気だけじゃないんだ。……ロー、難しく考えなくていい」
コラさんの温かい手に力が込められた。
「届け終えたら、すぐにこの島を出よう」
不安にさせないように明るく言ってくれる彼に覚悟を決めて、頷いた。
そんなローに、コラさんはニッコリと笑う。
「2人で、世界中を旅しようぜ?」
希望に溢れたその言葉がローの背中を押した。そうだ。海軍が嫌なんて言ってられない。おれはコラさんと生きるんだ。2人で一緒に、生きるんだ。
「コラさん、すぐ戻るからな」
コラさんの手を握って言うと、彼は優しく微笑んでくれた。
西の海岸に向けて歩き出す。
真っ白な雪景色の中をたった1人で歩いていると、どうしても悪い想像ばかりしてしまう。
海軍が酷いやつだったらどうしよう。
迷って辿り着けなくて、その間にコラさんが死んじまったらどうしよう。
コラさんが死んじまったら、どうしよう。
立ち止まって彼の元に戻ってしまいそうな足を必死に動かして、歩き続ける。悪い想像が止まらなくて最悪なことまで想像してしまって、泣きそうだった。
でも。それでも、歩き続けた。コラさんを助けるためなら、彼と一緒に生きるためならこの足は動くんだ。
西へ西へと歩いていくと海と船が見えてきた。あれが海軍の監視船なのだろう。
そこから、何人もの海兵が出てきて島に入っていく。
大勢の海兵に、その制服にあの時の記憶が重なって足が竦んだ。
こっちに向かってくる集団がいて、思わず物陰に隠れてしまう。
見下ろした足は情けないくらいガクガクと震えていた。
怖い、怖いよ…っ
恐怖で胸がいっぱいになって、その場に座り込みそうになった。でも。
コラさんの笑顔を思い出す。
コラさんはおれの為にあそこまで頑張ってくれたんだ。なら、おれもコラさんを助けるために頑張らねぇと…!
怯えて縮こまりそうな心を奮い立たせてしっかりと地を踏み締めた。
大丈夫、きっと、大丈夫だから…。
覚悟を決めて物陰から顔を出すと、1人で歩く海兵が目に入った。
(あいつ、1人だ…!)
大きく深呼吸して意を決すると、ローはその海兵の前に飛び出した。
突然現れた子供に驚いたのか、海兵は目を丸くしていた。
「おい、これを…っ」
出来るだけ制服を視界に入れないように顔を伏せて筒を突き出すと、訝しげに見下ろしていた男が情報文書に気付いて受け取ってくれた。
「誰かに頼まれたんだな、ありがとう。…私が預かる、安心してくれ」
膝を着いて、ローの頭に手を置いた男が優しそうな声で言ってくれた。
海兵も悪い奴ばっかじゃないかもしれない。
受け取ってくれた安堵と、優しげな口調に信じてみようと思った。
「信用…して、いいのか…っ」
震える声で訊ねるローに、立ち上がった男は一瞬疑問に思ったものの、すぐに笑って答えてくれた。
「……ああ、文書のことなら、私が責任をもって、」
「助けてほしいやつがいるんだ…!撃たれて…っ、死にそうなんだよ…っ」
その言葉を遮ってローは必死に訴えた。
堪え切れなかった涙が零れていくのも構わず、必死に訴えた。
「おねがいします……ッ、助けてください……っ」
驚く男のズボンをギュッと握り締める。
あれだけ視界に入れたくなかった制服が目に入っても、真っ直ぐ男を見て訴えた。
「……絶対、死んでほしくねぇ人なんだ…!!…っ、っ、おれのために、っ、撃たれたんだ…っ」
最後は涙声になって何度もしゃくりあげながら言ったので上手く伝わったら分からなかった。しかし、ローの助けを聞いた男は再び膝を着いて、ローと目線を合わせると力強く頷いてくれた。
「分かった。…その人の所に案内してくれるかな?」
良かった、分かって貰えたんだ……! コラさんを助けてくれるんだ……!
泣きながらローは大きく頷いた。
その後、案内を開始するもふらふらと倒れそうなローを見兼ねて、背負ってくれた親切な海兵をコラさんの所まで連れて行く。
さっきの場所で壁に凭れて目を閉じている彼に心臓がヒヤリとしたが、大きく呼びかけると顔を上げたので安堵した。
良かった!間に合ったんだ…!
コラさんを救えるんだ……!
もうこれで大丈夫だ……!
そう思ってホッとしていると海兵が急に足を止めた。顔を上げたコラさんも驚愕の表情で海兵を見ていた。
「ヴェルゴ…!!」
思わずと言ったようにコラさんの口から零れた名前がふと引っかかった。あれ?どこかで聞いたことがあるような…?
「コラソン…!お前ここで何を…!、今声を…」
コラさんを知らないはずの海兵が彼をドンキホーテファミリーのコードネームで呼んだ。
頭を抱えているコラさんと険しい表情の海兵にローの頭は混乱していく。
え、何だこれ。どういうことだ…?
困惑するローの前で2人は沈黙し合った。海兵が急に手を離したので、支えが無くなったローは彼の背中から落ちてしまった。
「知り合いなのか…?ヴェルゴって、あれ…?」
その名前を呼んでみて、ある記憶を思い出した。初めてコラさんの声を聞いた路地裏で、確かコラさんの先代コラソンで、任務でファミリーを離れてる男がいるって………………あ。
思い出した。その男がこのヴェルゴなんだ…!!
そして、ローはやってしまったと深く後悔した。
ファミリーの裏切り者のコラさんの所にファミリーの人間を連れて来てしまうなんて…!!
ヴェルゴが文書に目を落とし、鍵が掛かっているそれを強引に開けて中身を読み始めた。コラさんが必死にそれを止めようとするも怪我の所為でろくに動けない。
「…理解したよ、ロシナンテ」
やがて読み終わったヴェルゴがさっきまでの優しい雰囲気が嘘のように、コラさんに近付いていく。そして、コラさんの顔面に蹴りを入れた。コラさんが壁をぶち破って地に倒れる。
「コラさんッッッ!!!」
悲鳴を上げてローはヴェルゴに飛び付いた。ろくに力も入らない手で、必死にヴェルゴを殴り付ける。
「はぁ、はぁ…お前がヴェルゴって奴か…!」
言い終わる前にヴェルゴに首を掴まれて持ち上げられる。ギリギリと締め上げてくる指に息が出来ない。
「ヴェルゴって奴…?」
とても低い声で言われて背筋が凍った。抵抗しようにも手は外れないし脚をばたばたと揺らすことしか出来ない。
「ってことは、お前が“白い町”から来たローか。話は聞いてる、お前ら2人失踪したってなァ。……なっちゃいねェなァ…オイ」
ギリギリと更に指に力が込められていく。苦しくて意識が飛びそうだ。
「……っ、っ、っ、……っ」
「大先輩なら、ヴェルゴさんだ!!!」
そのまま勢いよく投げられて、ローは地面に激突し何度も跳ねて転がった。
「ロー…!」
コラさんの悲鳴が遠くで聞こえる。
「よく情報を書き込んであるよ。こんなもんが海軍に渡ったら、ファミリーはもう終いだ…今後の計画まで全てなァ」
ビリビリと文書を破り捨てながら、ヴェルゴがコラさんに近付いていく。
なんとか立ち上がったコラさんの体にヴェルゴは蹴りを入れた。コラさんが血を吐いて呻き声を上げている。
上着を脱ぎ捨てたヴェルゴの体が真っ黒に染まっていき、勢いよく拳を叩き込んだ。鈍い音が響き渡る。
「お前が8歳の時、ある日失踪してから再びファミリーの前に現れたのは、実にその14年後!怪しんで当然だ」
倒れかけたコラさんの首を掴んで持ち上げる。
「だが弟だってだけでドフィはお前を疑わなかった。……覚悟はあるな!ロシナンテ!!」
ヴェルゴが拳を叩き込む。何度も何度も叩き込む。その度にコラさんの苦鳴と鈍い音が響き渡った。パッと雪に真っ赤な血が散っていく。
それを、ローは見ていることしか出来なかった。体が重くて動けない。目の前で、あんなに殴られて血を流すコラさんがいるのに。その前にも撃たれてたくさん血を流しているのに。
「やめてくれよ…っ、コラさん…っ、死んじまうよ……っ」
ローのか細い声は彼等まで届かない。あまりの無力感に涙が溢れ出した。そのまま、込み上げる嗚咽と共にローは叫ぶ。
「やめろ〜〜〜!!!ヴェルゴ〜〜!!!!」
その瞬間、ピタリとヴェルゴの動きが止まった。その視線がローを捉えて、ゆっくりと近付いてくる。
近付く程に増していく威圧感と恐怖にローは凍りついたかのように動けなかった。怖い。圧倒的な暴力と恐怖の象徴に震えることしか出来ない。
奴が目の前でゆっくりと拳を振り上げて、勢いよく振り下ろした。
それから、ローが何度意識を失ってもヴェルゴは殴り続けた。痛みで一瞬で意識を刈り取られるのに、また痛みで覚醒させられる。
圧倒的な力の前に、涙と血が飛び散った。声すら上げられなかった。
そうして満足いくまで殴られた頃には、ローはズタボロになっていた。
***
ゆっくりと意識が戻ってきた。目を開けるとコラさんが立っていた。
良かった。コラさん、生きてたんだな。
そこで意識を失う寸前まで目の前にいた男を思い出した。
「コラさん…おれ達……、っ、ヴェルゴは?」
視線をコラさんの方へ向けると、彼の向こう側に、上空にたくさんの線が入っていた。
「なんだあれ…」
「恐らく、ドフィの能力だろう。見た事はねぇが、一つだけ分かるとすれば…」
コラさんの言葉が途切れる。
「…もう逃げ場はない」
断言された言葉にぞわりと悪寒が走った。
「コラさん…」
不安そうな声が出てしまった。大丈夫、とコラさんが振り返って微笑んだ。その顔は血塗れだった。
「心配すんな……逃げる方法はきっとある……!」
「でも、逃げ場がないって…」
「そこもなんとかしてみせるさ!…まだ体キツいだろ?もう少し休んでろ」
「……うん」
確かに、先程のヴェルゴの攻撃による痛みは収まってない。正直動くのも辛いくらいだ。
でもコラさんがそう言ってくれるなら、と休息を求める体に従って目を閉じる。すぐに意識は落ちていった。
「……ロー、移動するぞ」
コラさんの声が聞こえてきて、目が覚めた。ゆっくり目を開けて、彼を見上げて、ギョッと固まった。
「うわぁ〜〜〜〜!!!!」
夢に出そうなほどの不気味な笑顔でコラさんが笑っていた。
正直めちゃくちゃ怖かった。
「行こう!」
コラさんに背負われて雪の中を進んでいく。途中、海賊達が斬りあっているのが見えた。
「あれも、ドフィの能力だ。味方同士で殺し合わせる…惨い能力だ」
低く呟かれた声にゾクリとした。
敵としてドフラミンゴの能力を見ると、それがどれだけ恐ろしいかとても分かる。
しばらく進むと、建物が見えてきた。その前に宝箱がたくさん置かれている。
「いいか、ロー。ここは海賊の盲点だ。海賊っていうのは、宝箱を見ると必ず自分の船に持ち帰る習性がある」
コラさんは一際大きな宝箱を開けると、その中にローを入れた。
「この中に入っていれば必ず檻から出られる機会が来る。それを逃すな」
「コラさんは…!?」
確かにローだけならチャンスはあるだろう。でも、コラさんは?ここにはコラさんが隠れられるくらい大きな宝箱は無い。
不安と心配に声を揺らすと、コラさんは笑顔を見せた。
「バカ。ドフィの狙いは、お前とオペオペの実。俺とドフィは血を分けた兄弟だ。そりゃ、ブチ切れられるだろうが殺されやしねぇよ」
本当になんてことない声音で言ってくれたからローはホッとした。
そうだよな、ドフラミンゴもコラさんが大切だってあれだけ言ってたから、大丈夫だよな。
それに、あいつには兄として弟を守ってやってほしいし。
「“カーム”」
コラさんがローの頭に手を置いた。
「“お前の影響で出る音は全て消えるの術”だ。……じゃ、隣町で落ち合おう」
試しに宝箱を叩いてみても本当に音がしなかった。すごいなぁ、コラさんの能力。
「おい、ロー」
呼ばれて顔を上げて、ビックリしてしまった。
「愛してるぜ!!!」
コラさんがあの変な笑顔でそれだけ言うとバタン!と宝箱は閉じられた。
ビックリしたけど、面白かった。
そして、愛の言葉が嬉しかった。
さっきの笑顔を思い出してつい笑ってしまう。
そうして、ローはその時が来るのをじっと待った。その途中、コラさんと合流した後のことを考えていた。
隣町で合流したらコラさんの怪我の治療をして、いっぱい能力を練習して、珀鉛病を治すんだ。
それで二人でいっぱい旅していろんなものをたくさん見て回るんだ。
楽しみだなぁ、コラさん早く来ないかな…
合流した時、おれも大好きって言うんだ。
きっとコラさんビックリするだろうなぁ。
あの変な顔で笑うんだろうなぁ。
…へへっ、コラさん。早く会いたいよ。
たくさん、たくさん、これからの希望を思い描いてローは待った。
宝箱の中でじっと息を潜めていると、外が騒がしくなってきた。久しぶりに聞く、ファミリー達の声だった。コラさんの声も聞こえてくる。
しかし、ファミリー達はコラさんにとても怒っていた。罵倒と怒号と銃声も聞こえてきて、不安になってローは宝箱から出ようとしたが、上に何か重い物が乗っているようで、ビクともしなかった。
(コラさん…!大丈夫だよな…!?)
そうこうしている内にコラさんの苦鳴と鈍い音が聞こえてくる。本気で心配になって宝箱を思い切り押そうとした時、何かが勢いよくぶつかってきて、衝撃で後ろにひっくり返った。
「若が来たぞ…!」
その言葉にビク、と肩が跳ねた。
しばしの静寂の後、ドフラミンゴの声が聞こえてくる。
「半年ぶりだな、コラソン」
その声は聞いたことがないくらい、冷たかった。とても実の弟相手に出していい声じゃない。
また静寂が続いて、次はすぐ傍からコラさんの声が聞こえてきた。
「…マリンコード、01746。…海軍本部、ロシナンテ中佐」
「ドンキホーテファミリー、船長ドフラミンゴ。お前が今後生み出す惨劇を止めるため、潜入してきた…」
そこでコラさんが息を吸った。
「俺は…海兵だ!」
言葉と同時に目の前の壁に振動が2回伝わってきた。
「嘘ついて、悪かった。…お前に、嫌われたくなかったもんで…」
その言葉が自分に宛てた物だとローは理解した。だから、返事をしたいのに、コラさんの魔法がおれの声を封じ込めてしまう。
『今更何言ってんだよ…!そんなこと、とっくに知ってるよ…っ!』
「…つまらねぇこと言ってねェで、質問に2つ答えろ…!!オペオペの実は何処だ…!!ローは何処にいる…!!」
ドフラミンゴが怒鳴った。その声は怒りに満ちている。
「悪魔の実は…、オペオペの実はローに食わせた。あいつはもう能力者。上手く檻の外へ出てったよ…!今頃海軍本部の監視船に保護されている頃だ…!手出しはできねぇ!!」
言い切ったコラさんにローは身を固くした。ここでローが隠れていることを悟られてはいけないのだ。
「若様ァ〜〜〜〜!!!」
バッファローの声が聞こえてた。
「さっき、少年を保護したって、海軍が通信を…!!」
「何故それを先に報告しなかった!!」
「ごめんなさいッッ」
叫ぶベビー5にドフラミンゴが怒鳴っていた。
え?と疑問に思う。おれはここに居るのに。きっと、他の誰かと間違えているのだろう。でも、これでコラさんも見逃してくれれば…!
「確認を急ぐぞ!鳥カゴを解除する…!!」
「出港の準備をしろ!事実なら、海軍の監視船を沈め、ローを奪い返すッッ!!」
ドフラミンゴの号令に複数の足音が去っていく。そのままドフラミンゴも去ってくれれば良かったのだが、彼は残ったままのようだ。
「止せ…!ローを追ってどうする…!」「ローをどうするって?オペオペの実を食っちまったんなら…俺の為に死ねるよう、教育する必要もあるなァ!!!」
コラさんの問に答えたドフラミンゴの言葉に全身が怖気立った。この瞬間、ハッキリとドフラミンゴが受け入れられなくなった。
「全く、余計な事ばかりしやがって…。何故俺の邪魔ばかりする…何故、俺が実の家族を二度も殺さなきゃならないんだッッ!!?」
ドフラミンゴが絶叫した。その声にどこか悲しみも含まれているように聞こえたのは気のせいではないだろう。
しかし、彼は殺すと言った。なら、コラさんは?コラさんは殺されてしまうのか!?
『コラさん…大丈夫か!?』
何度も壁を叩く。音は鳴らない。
「…お前に俺は撃てねェよ。…お前は、父によく似てる」
囁くようにドフラミンゴが言った。その声が少し震えていた。
『大丈夫だって言ったよな!!?』
泣きそうになりながら叩いた。
『約束が違うよコラさんッッ!!殺されないって言ったよなッッ!!?』
叩くだけじゃ足りなくて、殴り始めた。それでも、宝箱は壊れる気配もない。
「ローはお前には従わねぇぞ、ドフィ…!」
コラさんの声が聞こえてきた。
「珀鉛病に侵され、3年後に死ぬって運命に、あいつは勝ったんだ…!!」
雪を踏みしめる音が聞こえて、コラさんの声が少し遠くなった。このままどこか遠くへ行ってしまうんじゃないかと思って、壁をがむしゃらに殴り続けた。
「自分を見失い、狂気の海賊の元へ迷い込んだあの日のローじゃねぇ!!」
コラさんの力強い声が響く。
「破壊の申し子のようなお前から得るものは、何も無いッ!!!」
「もう放っといてやれ…、あいつは、自由だッッッ!!!!」
その言葉に涙が溢れた。同時に何発もの銃声が響く。
泣きながら、宝箱に顔を押し付けた。開いてくれ開いてくれとどれだけ願っても、開いてくれない。
脳裏に過ぎるのは、コラさんとの旅の思い出だった。
ホワイトモンスターと言った人に怒ってくれたこと。
ドジって何も無い所で転んで、転びながら燃えてたこと。
安眠の術でぐっすり眠れたローに得意げに笑っていたその笑顔を。
いくつも、いくつも、大切になった思い出が浮かんでは、響く銃声が撃ち抜いてゆく。
そして最後に残ったのは、コラさんが撃たれたという現実だった。
宝箱に何かがぶつかった衝撃でローは後ろに倒れた。コラさんだ。あれだけ撃たれて、後ろに吹っ飛ばされるほど撃たれたんだ。
もう、命は助からない。
直感で解ってしまって、止めどなく涙が溢れた。溢れて溢れて止まらなくて、悲しみを声の限り叫びたいのに、この口からは何も音が出ない。
宝箱が揺れて、浮遊感を感じた。一定の間隔で揺れるのに運ばれていることを悟って、蓋を持ち上げた。外の景色が見えた。真っ白な雪景色の中に、血に塗れたコラさんが横たわっていた。
『……!!』
飛び出そうと思った。飛び出してコラさんの傍に行きたかった。でも。
『愛してるぜ!!』
コラさんがくれた愛が、ローを踏みとどまらせた。コラさんは命を張って、おれを逃してくれているんだ。だから、彼の奮闘を、願いを、おれが台無しにするわけにはいかない。
そっと蓋を閉じて耐える。まだだ、まだ、耐えるんだ。コラさんの魔法はまだ生きている。なら、彼もまだ生きている。
宝箱が下ろされ、人の気配が遠ざかっていった。蓋を開けて、落ちるように飛び出した。雪に埋もれた体を必死で起こして前を見据えて歩いていく。
声を張り上げて泣いた。悲しみの限りを張り上げて泣いた。でも、まだその声はコラさんの魔法で守られていた。
一歩でも、前へ、前へ。
できるだけ遠くへ。
コラさん。コラさん。おれ、生きるよ。生き延びるよ…、だから…っ!!
……コラさん!!
「……ウワァ〜〜〜〜……アアアア〜〜〜!!!」
自分の声が聞こえてきた。ローの口から音が飛び出していた。それで悟ってしまった。
もう、彼の魔法が解けてしまった。
もう、コラさんは死んでしまった。
その悲しみを叫んだ。喉を潰さん勢いで、叫び続けた。
その声を覆い隠すように海軍から放たれた砲撃が轟音を轟かせた。
お陰で、誰にもローの声は届かない。
「うわああああああああああ!!!!!」
爆発音に紛れて、泣き叫ぶローが白い景色の中を歩いていく。
立ち止まらず、前へ、前へ。
ひたすらに、前へ、前へ。
泣きながら歩き続ける子供を背景に、大人のローの独白が響く。
『俺はこの魔法が大好きで大嫌いだった。この魔法が俺を守ってくれたから。
死なないと嘘をついて俺を隠したあんたに…死にゆくあんたの言葉に返す言葉を奪われたから。
…コラさん。俺も言いたかったんだ。伝えたかったんだ。
…コラさん。コラさん。
大好きだよ。俺も、大好きだよ。
……二人で一緒に生きたかった…っ』
最後の方は涙声になって掠れていた。何度か震える吐息が聞こえて、最後に。
『……俺はこの日から安眠出来なくなった』
その言葉と共に画面が暗転した。