第三幕(みんなの感想編その③–2)

第三幕(みんなの感想編その③–2)


もうどれだけ殴っても反応を示さなくなったローを投げ捨てて、ヴェルゴは武装色の覇気を解いた。ズタボロになったローとコラソンを一瞥し、電伝虫を操作する。応答した相手はドフラミンゴだった。

ヴェルゴとドフラミンゴが話している傍で、コラソンの指先がぴくりと動いた。己に“凪”を掛けて無音で起き上がり、打ち捨てられたローを拾ってその場から離れる。

幸いヴェルゴは気付かなかった様で、コラソン達は脱出に成功した。

そのまま更に町を外れた所まで移動し、辛うじて屋根が生き残った廃屋へ身を隠す。

途中、上空へ白い線が打ち上がっていくのが見えた。ある程度の高さまで上がったそれが四方八方に散開して、白い尾を引きながら地上に降りてくる。

ズズ…と地が揺れる衝撃が一度だけ伝わって、静寂が訪れた。

『あれは……』

上空から地上を覆うように伸びる白い線。まるで中のものを閉じ込めるような檻だ。正に、『鳥カゴ』という表現がぴったり当て嵌るような。

遠くで海賊たちが突然仲間割れを始めた。斬りかかる方も、斬られる方からも悲鳴が上がる。地獄絵図だった。

画面を見つめるリク王がよろめいた。すかさずその肩をキュロスが支える。隣でギャッツがガタガタと震えていた。

「……っ」

震えが止まらない。細かく震える手で口を覆う。瞼の裏に浮かぶのは10年前の悲劇だ。無理矢理動かされる手足、逃げ惑う国民、肉を斬り裂く感触、浴びる血飛沫、漂う血臭。

「リク王様…」

記憶に引きずられトリップしかけていたリク王を呼び戻したのは、娘婿の掌の熱さだった。ハッと我に返ると、心配そうな顔のキュロスと目が合う。

「…大丈夫ですか?」

「あぁ……すまない、少し思い出していた」

「……、…」

言葉を探すキュロスを制してリク王は己の足でしかと立ち上がる。気遣わしげに見てくる娘婿に首を振って、前方で蹲る孫の方へ促してやる。

「ですが…」

「よいのだ。お前は、あの子の傍に居てやりなさい」

「…ありがとうございます」

リク王の思いを汲み取って、キュロスは大人しく引き下がった。その背を見送った後、視線を画面へと移した。

鳥カゴを見上げるコラソンの顔が映る。絶望を浮かべていた表情が決意を秘めた表情に変わる。それを悲しく思いながら、見つめていた。


コラソンは眠るローの頬へ手を伸ばした。珀鉛病の白に冒された肌は、未だ温かい。小さな体だ。死病に冒されても、どれほどの暴力に打ち据えられようとも、その灯火は精一杯燃え上がり続けている。

消させてはいけないと思った。

脳裏に過ぎるのは、ローと初めて会った瞬間からの、これまでの日々。

何もかもを壊したいと憎しみに濁った目を見た。

大衆の悪意に、差別に傷付き涙を流す目を見た。

初めて俺を愛称で呼んでくれた時の、照れ臭さに逸らされた、目を見た。

苦しい発作の中で、大した看病も出来ない俺に微笑む、優しい目を、見た。

どれもこれも、全部かけがえの無い宝物になっていた。

……あぁ、センゴクさん。

肩入れしすぎるなと言われていたのに、その言いつけも破ってしまった。

けれど、それでも。

……俺は、ローを守りたい。

たとえこの命に代えてでも。

『ロー1人だけなら、逃がせるかな…』

響くコラソンの独白に一同が息を呑む。

『俺はもう、助からねぇけど…死んでも、覚えててくれよ?』

『俺は笑顔で死ぬからよ…』

小さく微笑むその顔は、悲愴な決意を滲ませている。

「だめ、だめぇぇぇええええ!!!!」

「コラさんやめてぇええええ!!!」

ハートのクルー達が口々に叫ぶも、彼の決意は誰にも止められない。

コラソンがパチンと防音壁を張って、立ち上がる。腕の中の重みを大事に大事に抱えて、泣きそうな顔を無理矢理笑顔に歪めた。

『だって、いつか俺を思い出してもらうなら、笑顔の方がいいもんな』

コラソンの決意に涙が止まらない。咽び泣く声が響く中、コラソンに呼ばれて目を覚ましたローが彼を見てぎょっと目を見開く。

『うわぁ〜〜〜〜!!!!』

咽び泣きがいくつか悲鳴に変わっていた。

『行こう!』



『いいか、ロー。ここは海賊の盲点だ。海賊っていうのは、宝箱を見ると必ず自分の船に持ち帰る習性がある』

移動した二人は、隠れ場所を探して彷徨う中で、雪の上にいくつも宝箱が置かれているのを発見した。コラソンは一際大きな宝箱を開けて、その中にローを入れる。

『この中に入っていれば必ず檻から出られる機会がある。それを逃すな』

『コラさんは…!?』

確かにローだけならチャンスはあるだろう。しかしコラソンは?ここにはコラソンが隠れられる程の大きな宝箱は無い。

不安と心配に声を揺らすローに、コラソンは笑顔を見せた。

『バカ。ドフィの狙いは、お前とオペオペの実。俺とドフィは血を分けた兄弟だ。そりゃ、ブチ切れられるだろうが殺されやしねぇよ』

本当になんてことない声音で言ってのけるが、一同はそれが嘘だと分かっていた。

優しい嘘だ。子供を不安にさせない為につく、優しくて哀しい、残酷な嘘だった。

コラソンの優しい嘘を信じたローが、ホッと表情を和らげるのが、皆の悲しみに拍車をかけてくる。

漏れ聞こえる嗚咽が大きくなった。

『“カーム”』

コラソンがローの頭に手を置いて、最後の魔法をかける。

『“お前の影響で出る音は全て消えるの術”だ。……じゃ、隣町で落ち合おう』

ハートのクルーとキッドがハッと息を呑んだ。

宝箱を叩いて確かめているローが本当に音がしないことに目を輝かせた。楽しそうに何度も叩いて遊んでいる。

彼を見つめるコラソンの目が、慈愛に満ちていた。

『おい、ロー』

呼ばれて顔を上げて、ローがギョッと噴き出す。

『愛してるぜ!!!』

コラソンが先ほどと同じ、引き攣った笑顔で愛を告げて、バタンと宝箱が閉じられた。

驚きに固まっていたローの顔に笑顔が広がっていって、満面の笑みになった。

子供らしい、無邪気な笑顔だった。

『……』

閉じられた宝箱をコラソンは名残惜しそうに見つめている。

『ごめんな、ロー』

音無き声で呼んで、宝箱を撫でる。

『一緒に逃げられなくて、ごめん。

一緒に生きていけなくて、ごめん。

…お前が成長していくのを、傍で見守っていたかったなぁ』

とん、と宝箱に額をくっつけた。中に隠した“宝物”がどうか見つかりませんように、と願いながら。

『……じゃあな、俺の愛しい宝物。

……どうか元気で』

最後にもう一度だけ『…愛してるぜ』と囁いて、宝箱の上に重しを乗せた。

コラソンが立ち上がり、ゆっくりと歩き出す。その足取りに迷いは無く、真っ直ぐ前を向いて進んでいく。

館内の嗚咽が号泣に変わっていた。

「行かないで!コラさん!!」

「だめええぇぇいかないでぇえええ!!!」

悲痛な叫びにも、コラソンは振り返らなかった。

コラソンの姿が見えなくなっても尚、皆は泣き続けた。


***


暗い宝箱の中でローがじっと息を潜めていると、ふと外が騒がしくなってきた。ドンキホーテファミリーの声とコラソンの声が聞こえてくる。

ファミリー達の罵倒と怒号の中に銃声も聞こえてきて、不安になったローは宝箱から出ようとしたが、上に何か重い物が乗っているようで、ビクともしなかった。

そうこうしている内にコラソンの苦鳴と鈍い音が聞こえてくる。

音しか聞こえない状況が、皆とローの不安を煽った。ローが宝箱に体当たりをしようと構えた時、何かが勢いよくぶつかった衝撃で後ろにひっくり返ってしまった。

『若が来たぞ…!』

その言葉に皆の肩がビク、と跳ねた。

急に場面が切り替わった。

雪降るゴーストタウンの一角で、殺気立つ男達が誰かを取り囲むように立っている。彼等の見つめる先、大きな宝箱に凭れるように一人の男が倒れていた。

コラソンだった。全身を血に塗れさせて、荒い呼吸を繰り返している。意識は辛うじてある様だ。

「コラさんッッッ!!!」

ペンギン達の悲鳴が響く。

センゴクが顔を歪めて、歯を食いしばった。

『半年ぶりだな、コラソン』

ドフラミンゴが冷たく言い放つ。兄としてではなく、ファミリーの裏切り者に制裁を加える冷酷なボスの顔をしていた。

懐へ手を入れたコラソンに警戒するファミリーを、ドフラミンゴが片手で制する。

コラソンは目を閉じた。脳裏に行き場を失っていた幼い自分を、拾ってくれた恩人の姿が浮かぶ。

『センゴクさん…』

貴方は余りに多くを与えてくれた。温かな居場所、生きる術、人としての常識、知識、そして夢。その背は広くて大きくて、憧れだった。

『ドジを踏んだ俺の頭を、ぎこちなく撫でる、その大きな手に救われました。

悪夢に怯え泣く俺を、優しく抱き締めてくれた、その温もりに救われました。

昇進する度、自分のことのように喜んでくれた、その優しさに救われました。

貴方には返し切れない恩があるのに、ろくに返せず、こんな結果になってしまったことを心よりお詫びします』

そっと心の中で呟いて、コラソンは目を開く。

『…俺は、貴方を父のように想っていました。

貴方の息子になれて、本当に、良かった……』

「ロシナンテ…ッ、ロシナンテ…ッッ、ッッ、…」

息子の言葉に涙が止まらない。センゴクは耐え切れず膝をついてしまった。

全てを見届けると決めたのに、目の前が滲んで見えなくなる。

何を言うか、恩など感じる必要などないのに。

ただ、お前が笑って生きてくれるだけで、良かったんだ。

本当は海兵になりたいと言われた時、反対してやれば良かったのだ。だが出来なかった。お前の目があまりにも真っ直ぐで、眩しかったから。

何より、私に憧れを抱いてくれたことが嬉しかったんだ。

私はお前の夢を応援すると約束した。だからお前が死地へ赴くのを止められなかった。ここで止めてしまえば、お前の誇りを、『正義』を否定してしまうと思ったから。

あぁ、あぁ、ロシナンテ。ロシナンテ。

「…ぅっ、うぐ、……ぅう」

止まらない嗚咽に顔を盛大に濡らしても、センゴクはスクリーンを睨み続けた。息子の最後の勇姿を、見届けるために。


コラソンは息を吸って覚悟を決めると、懐から銃を取り出した。ドフラミンゴの眉間に狙いを定め、撃鉄を起こす。

『…マリンコード、01746。…海軍本部、ロシナンテ中佐』

噛み締めるように名乗りをあげる。

『ドンキホーテファミリー、船長ドフラミンゴ。お前がこの先生み出す惨劇を止めるため、潜入してきた…』

そこで一つ息を吸って、

『俺は…海兵だ!』

力強く言い放った。目の前の兄との決別を告げるために。そして、後ろに隠した“宝物”に真実を伝えるために。

後ろの宝箱に頭を2回、打ち付ける。

『嘘ついて悪かった。…お前に、嫌われたくなかったもんで…』

その言葉がローに宛てた物だと皆は理解した。

ローが首を振って口を動かすが、その声をコラソンの魔法が封じ込めてしまう。

『…つまらねぇこと言ってねェで、質問に二つ答えろ…!!オペオペの実は何処だ…!!ローは何処にいる…!!』

ドフラミンゴが怒鳴った。その声は怒りに満ちている。

『悪魔の実は…、オペオペの実はローに食わせた。あいつはもう能力者、上手く檻の外へ出てったよ…!今頃海軍本部の監視船に保護されている頃だ…!手出しはできねぇ!!』

言い切ったコラソンが得意げに笑った。ドフラミンゴの顔面に青筋が何本も浮かぶ。

『若様ァ〜〜〜〜!!!』

上空からバッファローの声が響いてきた。

『さっき、少年を保護したって、海軍が通信を…!!』

ベビー5にドフラミンゴが怒鳴りつける。

『何故それを先に報告しなかった!!』

『ごめんなさいッッ』

皆がきょとんとした。ローは後ろで息を潜めて隠れているのに。

その中でドレーク一人だけが、あぁ、と納得の息を漏らしていた。

降ってきた幸運にコラソンの顔に笑みが浮かぶ。

『こんな有難ぇ偶然はねぇ。やっぱりロー、お前は生かされているんだ。……次から次へと、救いの神が降りてくる…』

だから、俺も救いの手となろう。

お前の未来を照らす光となろう。

『確認を急ぐぞ!鳥カゴを解除する…!!』

『出港の準備をしろ!事実なら、海軍の監視船を沈め、ローを奪い返すッッ!!』

ドフラミンゴの号令にファミリー達が足早に立ち去った。残ったのはドフラミンゴとコラソンと、隠されたローのみだ。

『止せ…!ローを追ってどうする…!』『ローをどうするって?オペオペの実を食っちまったんなら…俺の為に死ねるよう、教育する必要もあるなァ!!!』

コラソンの問いにドフラミンゴが顔を凶悪に歪めて答えた。

宝箱の中のローが、怯えたように身を竦ませる。ドフラミンゴとローの、決別の瞬間だった。

『全く、余計な事ばかりしやがって…。何故俺の邪魔ばかりする…何故、俺が実の家族を二度も殺さなきゃならないんだッッ!!?』

ドフラミンゴが絶叫した。その声にどこか悲しみも含まれているように聞こえたのは気のせいではないだろう。

ローががむしゃらに壁を叩いた。

しかし音は鳴らない。

『…お前に俺は撃てねェよ。…お前は、父によく似てる』

ドフラミンゴが囁くように言った、その声が少し震えていた。

宝箱の中で、ローは壁を殴り付け何度も何度も頭を押し付ける。泣きそうに顔を歪めながら、何度も叩いていた。

その振動を背に感じながら、コラソンがふっと笑う。

『ローはお前には従わねぇぞ、ドフィ…!』

さぁ、立ち上がれ。動け、動け、俺の体。

ローを守るんだ。あの子の未来を守るんだ……ッ!!!

最後の力を振り絞って、もう感覚もない脚に力を入れて、立ち上がる。

『珀鉛病に冒され、3年後に死ぬって運命に、あいつは勝ったんだ…!!』

精一杯雪を踏み締めて、意地でも立った。銃を突きつけ合って、兄を真っ直ぐに見据える。

『自分を見失い、狂気の海賊の元へ迷い込んだあの日のローじゃねぇ!!』

コラソンの力強い声が、響く。

『破壊の申し子のようなお前から得るものは、何も無いッ!!!』

『もう放っといてやれ…、あいつは、自由だッッッ!!!!』

その叫びに、ローの目から涙が溢れた。

思い出すのはコラソンとの旅の思い出だった。

ホワイトモンスターと言った人を怒ってくれたこと。

ドジって何も無い所で転んで、転びながら燃えてたこと。

安眠の術でぐっすり眠れたローに得意げに笑っていたその笑顔を。

いくつも、いくつも、大切になった思い出が浮かんで、ローの眦から零れてゆく。

ドフラミンゴの顔が激情に染まった。引鉄に掛けた指に力が入り、銃弾が放たれる。

一発目が放たれると、もう後戻りは出来なかった。

二発目、三発目、四発目……と次々にコラソンに銃弾が撃ち込まれていき、その全てが違わず体に吸い込まれて、彼の命を刈り取る死の雨となる。

衝撃に仰け反ったコラソンが背後の宝箱に激突した。中のローが後ろにひっくり返る。

もう、命は助からない。

誰もが直感で解ってしまって、止めどなく涙が溢れた。

ナミが崩れ落ちた。あまりに、似ていた。彼女の母と、その最期が。

止めどなく流れる涙に溺れかけるナミの肩をウソップが抱いて、撫でさすった。その顔をべしょべしょに濡らして。

誰もが、泣いていた。散りゆくコラソンの命に、涙を手向けていた。


涙に濡れるローの視界がぶれた。一定の間隔で揺れるのに運ばれていることを悟ったローが、蓋を持ち上げる。外の景色が飛び込んできた。真っ白な雪景色の中に、血に塗れたコラソンが横たわっている。

『……!!』

飛び出そうと思った。飛び出して彼の傍に行きたかった。でも。

『愛してるぜ!!』

コラソンの愛が、彼を踏みとどまらせた。

滂沱の涙を流して、飛び出したい心を必死で抑えて、ローは蓋を閉じた。

耐えなければならない。

コラソンの想いを無駄にしないために。

彼の愛に、報いるために。

宝箱が下ろされ、ローが落ちるように飛び出した。雪に埋もれた体を必死で起こして前を見据えて歩いていく。

声を張り上げて泣いていた。悲しみの限りを張り上げて、顔を真っ赤にして泣いていた。しかし、まだその声はコラソンの魔法で守られている。

一歩でも、前へ、前へ。

できるだけ遠くへ…


場面が、切り替わった。

しんしんと降る雪の中、横たわったコラソンの指が、微かに動く。

『まだだ…』

微かに聞こえてくるコラソンの声に、一同は目を見開いた。

『もう少し、生きてるぞ……』

まだ終わっていなかった。ローを守り切るために、最後まで命を燃やし続ける男が、そこにいた。

『今死んだら…途端にお前にかけた魔法が解けて、お前の声が、音が、島に響いちまう…』

閉じかける重い瞼を必死でこじ開けて、コラソンは宙を睨む。

どうか1秒でも長く命が続くよう、願いながら。愛しいあの子へかけた魔法が、1秒でも長くその身を守るよう、祈りながら。

その愛の、なんと深きことか。

『歩け、ロー…!気付かれず、静かに、遠くへ、遠くへ…!』

コラソンの体に雪が降り積もっていく。彼を、白で覆い尽くしていく。

『もうお前を縛るものは何もない。白い町の鉄の国境も…、短かった寿命も、誰もお前を、制限しない…』

掠れゆく視界を引き留めるために、荒く息をついて、最後の最後に全ての力を振り絞り、大きく息を吸って、

最後の息を、命を、吐ききった。

『お前はもう…自由なんだ…』

落ちてくる瞼に逆らわず、目を閉じる。

とても、安らかな表情だった。

同時刻、泣きじゃくりながら無音で歩いていたローの口から、音が溢れ出した。

ローも、皆も、理解してしまう。

コラソンの魔法が、解けてしまったのだと。

コラソンが、死んでしまったのだと。

『うわああああああああああ!!!!!』

その悲しみを、ローは叫んだ。喉を潰さん勢いで、叫び続けた。

一同も、共に悲しみを張り上げる。

その声を、覆い隠すように海軍から放たれた砲撃が轟音を立てた。

お陰で、誰にもローの声は届かない。

爆発音に紛れて、泣き叫ぶローが白い景色の中を歩いていく。

立ち止まらず、前へ、前へ。

ひたすらに、前へ、前へ。

泣きながら歩き続ける子供を背景に、大人のローの独白が響いた。

『俺はこの魔法が大好きで、大嫌いだった。

この魔法が、俺を守ってくれたから。

死なないと嘘をついて俺を隠したあんたに…死にゆくあんたの言葉に返す言葉を、奪われたから。

…コラさん。

俺も言いたかったんだ。伝えたかったんだ。

…コラさん、コラさん。

大好きだよ。俺も、大好きだよ。

……二人で一緒に生きたかった…っ』

最後の方は涙声になって掠れていた。何度か震える吐息が聞こえて、最後に。

『……俺はこの日から安眠出来なくなった』

その言葉と共に画面が暗転した。

泣き崩れる者がいた。声を張り上げて泣きじゃくる者がいた。抑え切れない嗚咽に、喉を詰まらせる者がいた。

誰もが、その死を嘆いていた。

誰もが、一人の少年を守り切った男を、讃えていた。

皆が悲しみの涙に濡れる中、センゴクだけが顔中を濡らしながらも、誇らしげに笑っていた。

あぁ、あぁ、ロシナンテ。ロシナンテ。

私の可愛い、可愛い、愛し子よ。

お前の愛を、誇りを、確かに見届けたぞ。

お前のような誇り高き海兵を、私は生涯忘れることは無いだろう。

ありがとう、本当にありがとう。

よくぞあの子を守り通した。よくぞ、よくぞ、よくぞ……!

「ロシナンテ…っ」

ぽつりと呟いた声は誰の耳に届くこともなく消えていく。

お前は、私の誇りだ…!

ロシナンテ、ロシナンテ……ッ!!!

「私は、お前の父になれて…本当に、良かった…ッッッ!!」

掠れ声で叫んで、センゴクは天を仰いだ。

今この時だけは、地位も何もかもをかなぐり捨てて、年甲斐もなく泣いた。

父として。立派に旅立った息子を、心の底から祝福しながら。


声を張り上げて、泣いていた。


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